第214話 鬼王の本気
鬼王ザガーラズィナーは巨大な斧を振りまわし、こちらを威嚇する。
ついで呪文の詠唱を始めた。
こいつ、やっぱり呪文も使うのか!
いや、前回は霧になって接近してきたから、そういう特殊能力か呪文を持っていることはわかっていたけどね。
いま空中から武器を呼び出したのも、そうだし。
戦闘中に役立つ魔法まであるとなると……むしろこれまで、どれだけ手を抜かれていたのか。
でも、臆してはいられない。
この戦い、どのみちぼくが勝つか、死ぬか、ふたつにひとつなのだから。
ぼくは強い決意で命令する。
「突っ込むぞ、シャ・ラウ」
『うむ』
ぼくの意識を乗せたシャ・ラウが空中を駆けだす。
一直線にザガーラズィナーに突っ込む。
天亀ナハンが横から放った炎の蛇が鬼王に直撃するも……。
爆炎のなか、現れた鬼王は無傷に近い。
こいつ……いまの呪文は火レジだったか!
「これで、おれに炎はきかぬ」
『ならば牙で噛み殺すまで!』
シャ・ラウとカナーグで前後から挟撃する。
ほぼ同時の突進に対し、ザガーラズィナーは右手一本で大斧を操り、まずカナーグを迎撃する。
征龍王カナーグはその鋭い一撃を紙一重でかわすも、突進の勢いが止まってしまった。
だがその間に、幻狼王シャ・ラウが斧の間合いの内側に肉薄している。
ここだ!
「アクセル」
ぼくと幻狼王の意識が加速する。
シャ・ラウは鋭い牙でオーガの脇腹を狙い……。
だがそのとき、すでにザガーラズィナーの左手がこちらに突き出されていた。
「あ……ま……い……っ」
スローモーションのなか、鬼王の口がそう動く。
嫌な予感がしたものの、意識加速中では命令を出す暇がない。
ぼくは強引にシャ・ラウの身体を奪い、その身を横に飛ばす。
その直後、ザガーラズィナーの左手に虹色で扇状の薄幕が生まれた。
幸いにして、それはシャ・ラウに触れることなく消える。
意識の加速が終了した。
「リフレクションか!」
「よくぞ避けた。褒めてやろう」
やばい。
やばすぎる。
こいつ、こっちの切り札のひとつであるリフレクションすら我がものにしてるのかよ!
斧の斬撃が来る。
シャ・ラウは瞬間的に雷となり、鬼王の背後に飛んでその一撃を避けた。
一瞬の隙を突いてカナーグが飛びこむも、ザガーラズィナーは大斧を自在に操り、カナーグの前脚の爪を斧の柄で受け止める。
「余興だ。おれの魔法、もうひとつ見せてやろう」
鬼王が、短く呪文を詠唱する。
すると大斧の刃が白くまばゆく輝きだした。
急速に周囲の温度が下がる。
「氷の刃だ」
鬼王が大斧を縦に振るう。
カナーグは紙一重でそれを避けるが、衝撃波で遠くに吹き飛ばされる。
魔法の冷気をまとった斧が、地面に叩きつけられた。
まるで焼いたナイフでバターを斬るがごとく、すっと刃が土に埋まり……。
地面に無数の亀裂が走る。
一瞬ののち、地面がぱっくりと割れた。
「な……っ」
大地が、無数の破片となって落下していく。
ザガーラズィナーの一刀が、浮遊要塞の岩盤を微塵に破砕したのだ。
鬼王は高笑いしながら森に落ちていく。
「なにやっているんだよ、あんたは!」
「面白い、面白いぞ! おまえたちが相手なら、存分にちからを振るえる」
「狂ってるのか!」
ザガーラズィナーは哄笑する。
そう、それは狂気の笑い。
戦いの空気に酔ったのか、それともこれが本性なのか。
ぼくたちが呆然とするなか、鬼王は浮遊要塞の下にある森に落下し、地面に叩きつけられる。
激しい土煙があがった。
直後、土煙のなかから黒い影が飛びだしてくる。
「フライか!」
まあ、飛行手段くらいあって当然だけどさ!
一瞬で数十メートルの高さまで飛びあがったザガーラズィナーが、高度を下げつつ様子を見ていたカナーグに対して斧を振るう。
だが征龍王もさるもの、この突然の攻撃にもよく対応し、右前脚の爪で受け止め……。
爪が、すぱっと断ち切られる。
青い血しぶきが舞う。
カナーグは吹き飛ばされ、怒りの唸り声をあげた。
「まだまだぁっ」
ザガーラズィナーは、体勢不十分のカナーグを追撃するのだが……。
「トランスポジション」
ぼくはシャ・ラウを通じて位置転換魔法を行使する。
征龍王カナーグと幻狼王シャ・ラウのポジションが入れ替わった。
あらかじめこれを予期していたシャ・ラウは、ザガーラズィナーの突撃を間一髪、回避する。
こちらと鬼王の距離が離れたその一瞬で、天亀ナハンが光のビームを放った。
ビームはまっすぐザガーラズィナーに向かうのだが……。
「リフレクション」
ザガーラズィナーが、攻撃を撥ね返す。
天亀ナハンは、慌てて結界を張り、己の身と動けないぼくの身体を守らねばならなかった。
「軌道が単純だ」
くそっ、ナハンにはぼくの身体を守るという役割もある。
これでは思いきった攻撃に出られない。
攻め手がひとつ減るのはきついが……ぼくは天亀ナハンに待機を命じる。
『いたしかたありますまい。ご武運を』
「ああ。周囲の警戒を頼む」
ぼくがナハンと連絡をとりあう間も、カナーグとシャ・ラウは高度を落としながらザガーラズィナーと戦い続ける。
ふと仰ぎみれば、浮遊要塞は山の上空から外れ、ゆっくりと落下しつつあった。
おい、まさかこいつ、自分の居城を再建不能なまでにぶっこわしたのかよ。
それだけ、猛っているってことか。
ぼくたちとの戦いに真剣なのか。
なんなんだよ、こいつは!
「喜ばしい!」
空中で二体を相手に斬り結びつつ、ザガーラズィナーは叫ぶ。
「この地に降り立って、もっとも楽しい宴だ!」
こっちは必死だっていうのに、こいつにとっては遊びなのか。
いや……そういうことじゃないのかもしれない。
そうだ、こいつにとっては、戦うことそのものが遊戯なのだ。
あまりにも隔絶した強さを持つ戦闘狂。
それこそが鬼王ザガーラズィナーの本質だ。
これまでは、その強さを発揮できる相手が存在しなかった。
そこに現れたのがぼくと、ぼくの使い魔である。
こっちにその気がなくとも、そんなことは彼にとってどうでもいいに違いない。
彼はただ、全力で戦えることが嬉しいのだ。
迷惑極まりないことだが、それならそれで、懸念がひとつ減る。
それは、敵が不利を悟って逃げ腰になる心配が少ないということ。
なにせ鬼王は、片目を失いあちこち傷を負ったままで、高笑いしながら戦い続けているのだから。
ヘイストの赤い輝きをまとい、ぼくたちとザガーラズィナーは何度もぶつかりあう。
空中で、そして森のなかに突っ込み地上に降り立って、余波で周囲に破壊をまき散らしながら戦い続ける。
ザガーラズィナーの哄笑が森に響く。
『いつまでも勝手はさせぬ!』
シャ・ラウが無数の雷撃を放つ。
それぞれ別の軌道を描き、ホーミングしながら鬼王を襲った。
限界を突破し、使えるようになった魔法なのだろう。
これをリフレクションしても意味はない。
一発、二発は防げても、すべてを反射させることは不可能である。
だがザガーラズィナーは……。
「ぬるい」
まるでそれを予期していたかのように、雷撃の発射とほぼ同時に斧で地面を薙いでいた。
吹き上がる土砂が、雷の目標への到達を阻害する。
土砂にぶつかった雷が弾け、無数の紫電が走った。
オゾンの匂いが立ち込める。
『来るぞ、主』
「アクセル」
ぼくはとっさに意識を加速させた。
はたして予想通り、土砂煙の壁を破って漆黒の巨人が突進してくる。
距離を取る手もあったが……。
これはチャンスでもある。
シャ・ラウは雷となって宙を蹴り、前に出る。
ザガーラズィナーとのすれ違いざま、前脚の爪で一撃を入れる。
今度の獲物は、右耳だ。
耳ひとつそぎ取ってみせた。
意識の加速が消える。
「素晴らしい闘争だ! そうは思わぬか!」
青い血を流しながら、鬼王はなお哄笑する。
とても愉快そうに笑いながら、反撃に転じる。
離れた場所から大斧を振るった。
それは氷の刃となって縦に広がり、数十倍の巨大な鎌となってシャ・ラウを襲う。
ちょうど着地したばかりだったシャ・ラウは、その攻撃をまともに食らい、吹き飛ばされた。
鈍い衝撃。
ぼくのリフレクションを入れようにも、ちょうどアクセルがきれたところである。
完全に、動きが止まるタイミングを狙われていた。
『ぬ……ぐうっ』
シャ・ラウの巨体が宙を舞う。
一体化しているぼくも、身を引き裂かれる苦痛に悲鳴をあげる。
シャ・ラウはとっさに治療魔法を使用するが……彼のこれは、リジェネレーションだ、完全に回復するには時間がかかろう。
ぼくは使い魔専用の回復魔法を持っている。
それを何度か使い、リジェネレーションと共に時間をかけて回復……。
いや、ダメだ、そんな悠長なことをしている余裕はない。
ザガーラズィナーを相手に持久戦を挑むなど自殺行為である。
そんな暇があったら、少しでも打撃を与えていかなければ
なんとか反撃を……と思ったところで。
鬼王の苦痛に呻く声が響く。
慌てて下を見れば、征龍王カナーグがその身をロープのようにしてザガーラズィナーに組みついていた。
龍の鋭い牙が、大斧を握る右手を刺し貫く。
漆黒のオーガは、思わず斧を取り落とした。
「やってくれる!」
ザガーラズィナーはカナーグの頭をそのおおきな左手でわし掴みし……。
ごりっ、とこちらまで聞こえる、いやな音がした。
カナーグの絶叫が響き渡る。
「カナーグ!」
『無駄だ、主』
体勢を立て直しつつ、シャ・ラウがいう。
ほぼ同時に。
征龍王カナーグの頭が、トマトのように潰れた。
『致命傷だ』




