第205話 白き異形の手2
ぼくたち全員がある程度のラインまで下がったところ、触手の攻撃が止んだ。
敵の迎撃可能範囲外に逃れることできたのだろうか。
しつこく追ってくるタイプじゃなかったのは僥倖だ。
おかげでアリスが全員の怪我を治療できた。
さて、これからの対応だけど……。
とにかく、まずは敵の正体を暴かなくてはどうしようもないということで皆の意見が一致する。
「ミア、ウィンド・サーチを頼む。たぶん道の上にいると思うけど……それだと下がるか?」
「もうやってみた」
おう、早いな。
ところがミアは、首を横に振る。
「でもダメ。この霧、探知系魔法を阻害してるっぽい」
「魔法の霧か……」
ためしにぼくが、トゥルー・サイトを使ってみた。
目の前が真っ赤に染まって、なにも見えない。
あ、こりゃアカンわ。
慌ててトゥルー・サイトを切る。
視力が戻った。
額の汗をぬぐう。
「やばいっしょ」
「ミア風にいうと、ゲキヤバっすわ」
「なぜおぬし、ミアに合わせるのでござるか……」
しまった、よりによって結城先輩からツッコミが入ってしまった。
いまはまだ戦闘中なのだ、あまりいつものノリでいくと……うん、百合子&潮音コンビが呆れている。
咳払いして、話題をもとに戻す。
「そうですね。ミアの魔法で霧を払って敵の姿と距離を確認、そのあとディメンジョン・ステップでたまきとアリスを突っ込ませるってあたりでどうでしょう」
「つまり強襲でござるな。相手の打撃力が高いだけに、いささか不安が残るでござる。できれば、拙者と啓子も近接戦闘を挑みたいでござるよ」
「じゃあ、シャ・ラウも召喚しましょう。結城先輩と啓子さんは、シャ・ラウに掴まってください」
そういうことになった。
ぼくは使い魔強化分も重ねて幻狼王シャ・ラウを呼び出す。
ぼくとミアで、シャ・ラウに定番の付与魔法をかける。
「任せたぞ、切り込み隊長」
『任された』
シャ・ラウの首のあたりを、ぽんと叩く。
今回、ぼくたちの守りには桜を残す。
残りの前衛四人とシャ・ラウが、前線に出ることになる。
あ、ミアはアリスとたまきを送り届けたあと、すぐディメンジョン・ステップで戻ってくる予定だ。
今回の敵、中途半端なところにいると、あの触手でハチの巣にされるからなあ。
「んじゃ、いく。テンペスト」
暴風が、霧を吹き飛ばす。
だいぶ遠くまで、視界が晴れて……。
ようやく、敵の姿を視認することができるようになる。
それは、五百メートル以上離れたところでゆらゆらと浮遊する、巨大なクラゲだった。
本体部分の全長だけでも、たぶん十メートル以上はあるだろう。
その半透明の本体から、無数の白い触手が伸びている。
クラゲには本来、目なんてないはずだけど、この巨大クラゲの内部には赤い球形の発光体が無数に舞っていた。
それら赤い眼球のようなものが、一斉にぼくたちの正面に集まる。
まるで、ぎろりと睨まれたかのようで……背筋に冷たいものが走る。
巨大クラゲはその触手を一斉にこちらへ向けて……。
げっ、この距離で撃ってくるのかよ!
「みんな、シャ・ラウに掴まれ! まずは退避だ!」
ぼくは慌てて叫び、自分も幻狼王の首筋にしがみつく。
百本くらいの触手から、弾丸が一斉発射される。
ほぼ同時に……。
『いくぞ』
シャ・ラウが高速移動を開始。
ぼくたちの身体が、グイと引っ張られる。
幻狼王は魔法による急加速で敵から見て横に駆け出す。
一瞬、意識が飛ぶほどのGがかかる。
背後で少女たちの悲鳴。
たぶん、百合子と潮音だろう。
で、急ストップ。
荒い息をつき、顔をあげ、背後を振り返る。
弾丸がぼくたちのいたあたりで連鎖的に爆発していた。
その足もとの木々が余波で引き裂かれ、地面がえぐれて土煙が舞う。
爆風がこちらまで届いてきた。
うわー、あそこにいたら、タダじゃすまなかっただろう。
ヤバいな、このあたりも安全地帯じゃないとなると……。
って、あれ?
「ミアたちは?」
「つっこんじゃったみたいよー」
げ、マジか。
啓子さんの声に前方を振り仰ぐ。
マジだった。
ミアと共に巨大クラゲの上空に姿を現したアリスとたまきが、そこから急降下してゼリー状の本体を強襲している。
巨大クラゲも、まさかの奇襲に対応できず、ざっくりと一撃を喰らい……あ、でもゼリーが少し欠けただけっぽい。
慌てて触手を上に向け、赤い球体も上方に集まろうとしている。
「いまいくしかないでござるよ」
どう指示すべきか迷っていると、結城先輩が重々しい声でそう告げた。
彼の方を見る。
面頬の奥で、まっすぐな双眸が、ちから強くぼくを見据えていた。
「わかりました。作戦通り、いってください。……桜もついていって」
「いいの?」
「ああ。どのみち、敵の遠距離攻撃はきみじゃ防げない。こっちはこっちでなんとかする」
桜は納得した様子でうなずいた。
結城先輩、啓子さんと共に、シャ・ラウの背中にしがみつく。
『では、参ろう』
シャ・ラウの姿が消える。
次の瞬間には、彼らの姿は敵の眼前にあった。
総力戦が始まる。
※
空飛ぶ巨大クラゲに、五人の人間と一体の巨狼が群がっている。
前衛は主に上空から打ちかかり、シャ・ラウは電撃の魔法をゼリー状の本体にぶちこんでいる。
だがどうやら、武器による攻撃はひどく効きが悪いようだった。
「どう思う、ミア」
ぼくは、いったんぼくのもとへ帰還してきた小柄な少女に訊ねた。
ミアは口をヘの字に曲げ、「むー」と唸る。
「物理耐性あるっぽい? たまきっちの剣よりシャ・ラウちんの魔法の方が効いてるの、普通じゃない」
「それは……そうだなあ」
現在、シャ・ラウは電撃魔法をメインウェポンとして戦っていた。
ぼくが使い魔強化で上昇させた分で、幻狼王の魔法のレパートリーは二十個ほど増えたとのことだ。
そのうちのひとつにあった雷を撃ち出す魔法が、巨大クラゲにとってはかなり嫌らしくあるようで……。
いまは、シャ・ラウを集中攻撃するべく触手が狙いを定めている。
もちろん、アリスたちだってそれを阻止するべく動いていてたけど、いかんせん剣も槍も、あまり効果的なダメージを与えられていない。
戦闘は膠着状態に陥っていた。
ならば、こっちに残してきた後衛の出番、ってところか。
とはいえ巨大クラゲとの距離は五百メートル以上。
これ以上近づくと、あの触手が襲ってくるだろう。
「ルシア。プロミネンス・スネーク、とりあえず三倍で放ってくれ」
「わかりました」
最強の火魔法であるプロミネンス・スネークのために集中した。
三秒ほど狙いをつけて、ロックオンする。
これで、炎の竜が対象を自動追尾するのだ。
この魔法なら、五百メートル先であっても的を外す心配がない。
乱戦にあってフレンドリィ・ファイアが起こることもまずないだろう。
「プロミネンス・スネーク」
魔力解放三倍で放たれた巨大な炎の竜は、森の上空を駆け抜け、巨大クラゲの本体部に衝突する。
これまでどれほど攻撃を受けても、ほとんど痛痒に感じてなかった巨大クラゲは、全身を炎に包まれて苦しみもだえるように触手をばたばたさせた。
かなきり声に似た、耳ざわりな音が響く。
その音は、強い衝撃波を伴っていたのだろう。
巨大クラゲに群がっていたアリスたちが吹き飛ばされる。
だが巨大クラゲは、そうしてできた優位を生かす余裕もなく、炎に包まれたゼリー状物質を震わせ続け、ついには地面に墜落する。
土煙があがる。
よし、これだけきいてるなら!
「ミア、百合子さんと潮音さんを連れてクラゲから百メートルのところまでワープ。攻撃魔法を連打だ」
「ん、了解」
ミアが火魔法使いふたりの手を取り、ディメンジョン・ステップで敵との距離を詰める。
ぼくはルシアを見て「まだいけるか」と訊ねた。
「問題ありません。いまのうちに畳み掛けるべきです」
「よし、もう一発、プロミネンス・スネークを三倍で」
それからは、一方的な戦いだった。
巨大クラゲはかなりタフなモンスターだったが、火魔法の集中砲火を食らってもはや反撃する余裕もない。
「見て、カズくん。あの触手、炎で炙られて縮んでるわ。熱が弱点だったのね」
「クラゲだから水属性、とかそういう相性があったりするのかなあ」
ぼくと志木さんが、そんな呑気な分析を始める余裕すらあった。
ついさきほどまで、めちゃくちゃビビっていたことも忘れそうである。
いやほんと、こいつものすごい初見殺しだわ……。
「どうしようか、ルシアやリーンさんが知っているモンスターでもなさそうだし、適当に名前をつける?」
「そうねえ。普通にフローティング・ゼリーフィッシュとかでいいんじゃないかしら」
「じゃあそれで」
まあ、こいつが単一個体で、二度と出てこないって可能性もあるんだけど。
念のため、というやつだ。
今後、反省会を開いたときに話しやすいしね。
ほどなくして、フローティング・ゼリーフィッシュが息絶える。
その身が消えていき、あとに残ったのは……。
神兵級と同じ、黄色い宝石が一個だった。
「やっぱり神兵級か……。神兵級とランダムエンカウントとか、マジで勘弁だなあ」
思わず、ぼくは愚痴を吐く。
いや、ランダムだったのか、それとも守護者の類だったのかはわからないけど。
そもそもこいつが複数いる可能性は……あまり考えたくもない。
ちなみに経験値は第二パーティの方に入ったらしく、何人かレベルアップしていた。
ちょっと惜しい気もするけど……アガ・スーのときはぼくたちのパーティがもらってたからなあ。
まあ、いいさ。
トークンも、結城先輩に渡しておく。




