第204話 白き異形の手1
またフライング・シップを使うかどうかの議論したすえ、普通にフライで飛んでいくことになった。
やはり、あれは目立つ。
幸いにしてこのあたりは霧が濃いから、人間サイズの物体が複数、飛行しているくらいなら周囲のモンスターに気づかれないことも期待できる。
リーンさんが持つ昔の地図を信じるなら、目的地はこの道に沿ってまっすぐ、フライの移動速度で五分ほどとのこと。
順番にパーティを組み換え、ディフレクション・スペル+フライで皆を飛行させる。
保険としてのエア・ウォークはかかったままだから、万一、途中でフライがきれても安心だ。
先頭を飛ぶのは、気配察知能力がむやみに高い啓子さん。
例の師匠とかアレとかソレとか、彼女にいろいろ聞きたいところだけど……。
いまやるべきことじゃないよなあ。
道の左脇から二、三メートルの樹上を、縦二列で飛行する。
ぼくは後ろから二番目、志木さんの隣だ。
しんがりはルシアとミアである。
フライの飛行速度ならバックアタックはないだろうと、考えての配置だった。
万一、広範囲の攻撃がきたら、ぼくが身体を張って、ついでにリフレクションも使って意地でも志木さんを守る。
彼女ひとり、レベルが低いからなあ。
「嬉しいわ、カズくんがわたしのために命を捧げてくれるなんて」
「見捨てていいかな?」
フライでも、時速60キロは出せる。
飛行を始めてから気づいたけど、足もとの青々と茂った木々は、風もないのにゆらゆら揺れていた。
ひどく不気味で、あのなかに落ちたくはない。
「あらー」
一分ほど飛行したところで、啓子さんが間の抜けた声をあげた。
あーこれマズいやつだ。
「来るわよー」
ほら。
そう思って身構えた次の瞬間、右手に見える林道の奥から、濃い霧を割って白い槍のようなものが無数、伸びてくる。
それは先頭の啓子さんだけでなく、ぼくたち全員を襲い……。
「リフレクション」
啓子さんがとっさに反射の盾を展開し、己に向かってきたそれを弾く。
結城先輩やアリス、たまき、桜といった面々は剣や槍で白い槍を迎撃。
ぼくは志木さんの手を取って、ミアの後ろに退避する。
「グラビティ」
ミアが白い槍の盾として、重力フィールドを展開する。
白い槍は、そんなものに構うものかと重力フィールドを突き抜けてきた。
そこに、ルシアが立ちはだかる。
「ブライト・シールド」
まばゆいばかりに輝く炎の盾が、彼女とその背後のミアやぼくたちを守る。
白い槍が炎の盾に突き立った。
かん高い音を立てて、これを弾く。
「しま……っ」
反動で、ルシアの身体が吹き飛ばされる。
空中をくるくると舞う。
静止した白い槍を見て、ぼくたちは知った。
「これは、触手だ!」
そして触手の先端がもぞもぞと蠢き先端部分に穴が開く。
わりと卑猥なかたちをした穴で……いや、それはどうでもいい。
「ミアっ」
ぼくはとっさに、抱えていた志木さんを小柄な少女に押しつける。
ミアも心得たもので、志木さんと、そしてルシアの手を取り……。
「ディメンジョン・ステップ」
後方にテレポート。
後衛で残ったのは、ぼくひとりだ。
そのぼくめがけ、十本以上の触手がいっせいに狙いをつける。
先端の穴から、爆発するような音が響いた。
「アクセル」
ぼくは、己の思考を加速させる。
いまなにが起こったのか、理解した。
触手は、先端から弾丸のような固形物を射出したのだ。
おそらくは、あの触手そのものがライフルのような存在なのだろう。
いや、直接あれで殴りつけることもできるみたいだから、銃剣か?
とにかく、ああして敵に肉薄し、弾丸を放ってくるのが敵の戦術だ。
ぼくに十数個の弾丸が迫る。
いまのぼくに、これをすべて回避する手段はない。
リフレクションやフォース・フィールドでは、全身をくまなく襲う銃弾に対処できない。
って、いや、そうか。
ふと、思いつく。
「サモン・フォートレス」
召喚魔法のランク9、普段はコテージを呼び出すことに使っているこの魔法は、砦を形成するさまざまなパーツを呼び出すことも可能だ。
今回召喚したのは、頑丈な石垣。
空中に出現したそれは、すぐ落下していくはずだけれども、いまこの一瞬だけは銃弾に対する壁となる。
はず、だった。
弾は厚さ一メートル以上もある石垣を粉砕し、ぼくに迫る。
ぼくはとっさに、急所だけ腕でかばい……アクセルが、切れる。
「ぐ……あっ」
全身に鈍い衝撃と、焼けるような熱を感じる。
ぼくの身体が、吹き飛ばされる。
あ、これ、結構もってかれた。
「カズさんっ」
たまきの悲鳴。
くるくる舞いながら確認すれば、アリスとたまき、桜も何発か銃弾を浴びていた。
桜の左腕がない。
で、一瞬遅れて、ぼくは四肢を襲う激痛に襲われる。
歯を食いしばって耐え、己の身を確認。
あー、左足の膝から先がない、か。
銃弾を受けたのは、左足と左腕。
腕の方は肉をえぐってそのまま貫通している。
これ、弾速からいって身体が吹き飛んでもおかしくないんだろうけど、なんせぼくのレベルはすでに50近いからなあ。
たぶん志木さんなら、かすっただけで爆発四散してると思う。
つまり、それくらいヤバい相手。
神兵級か、それ以上なのは確実だ。
激痛に耐えながら、ぼくは必死に思考を巡らせる。
なにせ、まだ敵の本体の姿すら確認できていない。
こんな状況で次に取る手段というと……。
「後退だ! 距離をとれ!」
ぼくはとっさに、そう命じた。
皆、すぐに了解する。
啓子さんとたまきをしんがりに、きびすを返す。
で、そのぼくはまだくるくる回転していて……。
ぼくの右手が、誰かに掴まれる。
見れば、ミアだった。
あー、テレポートしてきてくれたか。
ミアは、わかっている、とばかりにうなずき……。
あ、やばいぞ、ミアとぼくめがけ、すべての触手が狙いをつけている。
銃弾が一斉発射される。
「ミア、逃げ……っ」
「ディメンジョン・ステップ」
それが届く寸前、テレポート。
ぼくたちはずっと後方に出現する。
振り返った。
銃弾は、さっきぼくたちがいた場所を通り過ぎ……爆発した。
げっ、さっきとは違うタイプの弾丸か!
距離で爆発するタイプって……あんなの食らったら、タダじゃ済まないぞ!
あ、リフレクションを展開した啓子さんが吹き飛ばされてる。
ひょっとして、リフレクションのすぐ手前で爆発したのか。
謎の敵は、この瞬時に、こっちの戦法に対応したというのか……。
触手は、一時的にぼくたちの存在を見失ったようだ。
いまはしんがりを務める啓子さんとたまきが集中砲火を浴びている。
たまきは黒い剣を左手に持ち、右手に抜いた銀の剣で遠距離攻撃を飛ばしまくるという擬似二刀流で銃弾を迎撃していた。
派手に爆発が起こり、煙が立ち込める。
敵の姿が見えなくなる。
よし、このタイミングで彼女たちが退避できれば……。
ふたりがきびすを返して、こちらに飛んでくる。
なんとか距離を稼いで欲しいところだ。
「いま、治療します。せめて傷口だけでも」
ルシアがぼくにフレイム・ヒールを使い、出血を止めてくれる。
あ、だいぶ楽になった。
さらに……。
「フェニックス」
彼女は火魔法ランク9、再生の魔法を使用する。
これはリジェネレート系魔法でもあって、ゲーム的にいえば徐々にHPを回復させるといった効果を持つ。
ちぎれた手足も、そのうちまた生えてくるとか。
「できれば、うまく撤退できるといいけど……」
「支援を入れる」
煙を突き抜け、白い触手が追ってくる。
そこにミアが、ストーム・バインドを叩き込んだ。
強烈な竜巻によって、質量の少ない触手たちは否応なく翻弄される。
なるほど、これなら銃も撃てまい。
ミアのやつ、考えたな……。
「ん。やったか」
「ってなんでこの状況でフラグ立てに走るんだよ!」
「どうせ、時間稼ぎにしかならない」
悔しいけど、彼女のいう通りだった。
触手群が、淡い銀の輝きを放つ。
次の瞬間、嵐がぱっと消え去る。
「デバフか、あれ」
「たぶん」
ディスペルの類なのだろう。
神兵級となると、このくらいは当然、やってくる。
それでも、竜巻は敵にほんのわずかの混乱を引き起こした。
撤退の支援としては充分であったといえる。
最後尾を務めていた啓子さんとたまきが、ぼくたちのもとへ辿り着く。
「アリス、まずは桜さんの治療だ」
「は、はいっ」
「啓子さん、敵の正体とか、わかりますか」
「うーん、ぜんぜん本体が見えなかったからー」
ま、そうだよなー。
ぼくはルシアを見る。
「あれがどんなモンスターか、伝承とかにありませんかね」
「そう……ですね」
ルシアはさきほどから考え込んでいる。
「残念ですが、あのような異形、まったく心当たりが……」
こりゃ、参ったな……。




