表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/261

第19話 女子寮を覗く

 ミアの取得魔法については、彼女の判断を尊重した。

 いちおう、ぼくの方からはパーティのだいたいの指針を提示していた。

 それは以下のようなものだ。


・すぐではなく今後の話になるが、ぼくたち精鋭パーティは、ぼく、アリス、たまき、ミアの四人で構成する。


・そのとき前衛はアリスとたまき、ぼくとミアは後衛となる。


・直接火力を重視する必要はないが、あれば嬉しい。


・逃走に便利な魔法があると嬉しい。


 地魔法と風魔法という組み合わせは、少なくともランク1の段階では、たいした直接攻撃魔法がない。

 しかし、そのラインナップには、いろいろ便利なサポート用魔法があった。

 ならばこれで、充分だ。


 ミアの次は、たまきのレベルアップだ。

 ここからは、完成した落とし穴を使った。

 

 一度、穴を掘ってしまえば、あとはきちんと隠ぺいすることで再利用が可能だ。

 アリスが獲物のオークを釣ってきて、落とし穴に落とす。

 それをたまきが突き殺す。


 たまきの次は、志木さんがレベルアップした。

 志木さんが取ったスキルは、偵察1と投擲1だった。


 偵察スキルを取った志木さんは、落とし穴を隠すのが上手になった。

 このスキルを上げると、狩人的な罠設置能力も向上するようだ。


 志木さんが偵察スキルを取った理由は、殊勝にスカウトの真似事をするためではない。


「戦うなんてゴメンだから、全力で逃げ隠れするわ」


 と彼女はいった。

 フンと胸を張った。

 おおきいなあと思った。


 また投擲スキルを取った理由については、


「ナイフとか包丁なら、いくつかあるわ。オークから鹵獲した武器より信頼できる」


 とのことである。

 なるほど一理ある、と思ってしまった。

 彼女はとことん、ロジカルなのだ。


 ミアの取得した魔法は、さっそく威力を発揮した。

 地魔法のアース・バインドが非常に有効だった。

 地面の草を操って敵の足首を拘束する魔法である。


 オークの動きを止め、うまくいけば転ばせることができる。

 あとはアリスが上手く武器を持つ手を破壊しておけば、誰でも比較的安全にオークを殺せる。

 なんかもうただの弱い者いじめになってくるが、なに、こいつらがこれまでやってきたことを思えば、この程度は全然ヌルいと思う。


 三人もレベル1になれば、ぼくがいなくても大丈夫だろう。

 というわけでぼくは、たまきを道案内役として偵察に出た。


 アリスによれば、早朝はまだオークたちの動きがほとんどなかったとのことだ。

 もう少し近づかないと詳しいことはわからない、だから建物に接近させて欲しいとのことで……。


 ぼくは即座にその意見を却下した。

 ならばぼく自身が偵察する、と宣言したのである。


 というわけで、まず赴いたのは、育芸館から距離的にもっとも近い……といっても茂みを徒歩で十分ほど歩いたところにある、女子寮棟だった。


 三階建ての女子寮は、その名の通り、中等部の女子全員がそこで寝起きする建物である。

 一辺六十メートルほどの方形の建物だ。


 うちの学校、たしか高等部が千三百人、中等部が七百人くらいのはずだ。

 となると女子は三百五十人程度か?

 まあ、これくらいの規模じゃないと収容できないよなあ。


 それにしても……。

 女子寮、か。


 いや、別に他意はない。

 女子寮、という響きにいろいろな思いとかは、ない。

 ないったらない。

 攻めるにしても、まず近いところから解放していきたい、というだけだ。


 女子寮を攻める。

 ……いい響きだ。


 女子寮そばの茂みから顔を出し、双眼鏡で内部を覗く男。

 すなわちぼく。

 平時なら立派な変質者である。

 だがいまは緊急時だ。


「カズさん、変質者っぽいわ」

「いいか、たまき。これは作戦行動の一環だ」


 とはいえ女子寮の窓はどこもカーテンがかかっていた。

 内部が見えない。うーん。


 いや、三階の一室の窓ガラスが割れている。

 あそこからなら、侵入できるかもしれない。


 ぼくはカラスに偵察させることにした。

 新しい魔法を投入する。

 付与魔法のランク3、リモート・ビューイングだ。


 リモート・ビューイングは、かけた対象の視線でモノを見ることができるという、まさにカラスと併用するためにあるような魔法であった。

 ただこの魔法、効果を切るまでの間、ずっと対象の目線のままであった。

 ぼく自身は実質盲目になってしまう。


 誰か護衛がいないと使えたものではない。

 というわけで、たまきに周囲をよく見張っておくようお願いする。


 なお、たまきが取ったスキルは、剣術1と肉体1だった。

 昨日倒したエリート・オークの大斧を使いたいらしい。

 実際、スキルを手に入れたあと持ち上げさせてみたら、軽々、とはいかないもののその重量に振りまわされない程度には扱えるようになっていた。

 スキルのちからは、すごいものだ。


 もっとも、いまの偵察行において、あんなバカでかい武器は邪魔である。

 現在、彼女は、適当な鉄剣を手にしていた。

 オークが持っていたさびた剣を、リペア・メタルで研ぎなおしたものだ。


 たまきはちょっと不満そうだが、いまだけは我慢してもらおう。

 ぼくは、彼女とアリス以外に護衛を任せる気がしなかった。

 たまきの性格はまだよくわからないが、アリスが大切なひと、すなわちぼくを害するような人間ではないと思うのだ。


 さて、リモート・ビューイングを使い、ぼくはカラスの視点を得る。

 使い魔のカラスがはばたき、空に舞い上がった。


 おお、これはすごい。

 空を飛ぶのは気持ちいい。

 ゆっくり時間があるときに、これで遊んでみたい。

 ……そんな時間をいつ得られるのか、まったくわからないけど。


 カラスは三階建ての女子寮の屋上の柵に、一度舞い降りる。

 すると、屋上に集まっていたカラスたちが一斉にはばたき、逃げていった。

 ぼくのカラスは普通ではないことが、わかるのだろうか。


 それにしても、カラスたちがこの屋上のなにに興味を示していたのかと思えば……。

 屋上に倒れている人影があった。

 死体だった。

 いずれも少女で、数は六。


 カラスに群がられ、食い散らかされていた。

 ぼくはこみ上がる吐き気を必死でこらえる。


 幸いにして、カラスはすぐふたたび舞い上がった。

 この魔法、視界は共有できても、指示までは送れない。


 三階の割れた窓ガラスから、内部に侵入する。

 窓のすぐ横に少女の死体が転がっていた。


 首がへんな方向に曲がっている。

 やはり、下半身が露出していた。

 逃げようとして窓ガラスを割って、そこで捕まって、犯され殺されたというところか。


 せめてあまり苦しまなかったなら、とぼくは名も知らぬ少女のために手を合わせる。

 ぼくの隣にいるたまきには、ぼくが虚空に手を合わせる様子が見えていたはずだけど、彼女はなにもいわなかった。


 カラスは、ぼくのいいつけ通り、女子寮内部の探索に移行する。

 昨日と違って、今日は時間がある。

 万一、このカラスが殺されても、ぼくにとっては実害がない。


 向こうが使い魔の存在を認識しているかどうかは、ちょっとわからないが……。

 まあ、オークは馬鹿そうだし。


 慢心かもしれない。

 フラグ?

 い、いやまあ、たぶんだいじょうぶのはずだ。


 カラスは、床に降り立ち、薄暗い廊下をぺたぺた歩く。

 見た感じ、動くものの姿はない。

 この魔法、音声はないため、うめき声とかが聞こえていたとしても、ぼくの耳には入らない。


 カラスが一階まで降りた。

 適当にひらいてるドアの前まで行き、ひょいと覗きこむ。


 食堂のようだった。

 オークの太い足が、いくつも見えた。

 床に寝そべり、時折、けいれんするように身を震わせる少女たちの姿も見えた。


「生きてるひと、いたのね」


 ぼくの表情の変化に目ざとく気づいたのか、たまきが耳もとでささやいてきた。

 少女の吐息が耳たぶをくすぐる。

 ぎゅっと握ったぼくの手に、少女のちいさくてやわらかい手が重なる。


「どうして、わかった」

「そんな悔しそうに歯を噛みしめてたら、わかるに決まってるわ」

「……ああ」

「助けにいけそう、かな」


 彼女たちがまだ生きているなら、助け出したいところだが……。

 問題が、ひとつ。

 オークたちの一体は、青銅色の肌をしていた。


「エリート・オークがいる」


 ぼくは、呻くような声でいった。



        ※



 ぼくとたまきは、一度、オーク狩りをしている仲間のもとへ戻った。

 女子寮のことを相談するためだ。


 ちょうど、全員のレベルが1にあがったところだった。

 これでレベル1が九人。

 ぼくとアリスだけがレベル5。


 こうなると、いっそ全員のレベルを2に上げておきたいところではあった。

 過去の経験から、武器のレベルが2になれば、オークなど敵ではないとわかっていたからだ。


 とはいえ、もし女子寮を攻略して生存者を救出するなら、あまり猶予はない。

 現在、午前九時より少し前。

 そろそろオークたちの活動も活発化するはずだ。


「薄情なようだけど、エリート・オークを確実に倒せる目途が立たないのなら、女子寮へ向かうのは反対だわ」


 そういったのは志木さんだった。

 じつに正しい意見だと思う。

 彼女に同意するのは、少々不本意なのだけど。


 いや、わかっている。

 これは単に、ぼくが狭量なだけだ。


 ぼくがいないときは、志木さんが全体の精神的な支柱となっているようだった。

 アリスも、戦闘に関すること以外では彼女の意見を頼りにしている。

 もともと志木縁子という人間は、面倒見がよく、リーダーシップのあるタイプなのだろう。


 ……ぼくが苦しんでいるときは、目をそらしているだけだったけどさ。

 ああもう、愚痴っぽくなるなあ。

 それはいいんだ。

 いまは、横に置いておかなきゃいけない。


「もちろん、あそこでまだ生存している生徒が、あなたたち中等部の子の友人という可能性は考慮しているわ。それを踏まえたうえで、わたしは慎重論を唱える」


 この場で、ぼくと志木さん以外の生徒は、全員が中等部だ。

 地震が起きたのは土曜日の放課後、部活動等がなければ寮にいる時間だ。彼女たちのクラスメイト、ルームメイト、友人、先輩後輩、そういったひとびとがあの場に囚われている可能性は高い。

 もっとも、生きているとすれば、だが……。


 そうか。

 不意にぼくは、気づいてしまう。

 志木さんは、ぼくに代わって憎まれ役を買って出てくれているのだ。


 それは別に、やさしさではないかもしれない。

 単純に、いまぼくが憎まれ役をするべきではないと判断しただけかもしれない。

 いや、きっとそうなのだろう。


 彼女はぼくなんかよりずっと、ひとの心を操る術を心得ているように見える。

 いまぼくがリーダーをやっているのは、単純にレベル5というちからがあるからに過ぎない。


 暴力こそが、いまこのとき、皆を誰よりも安心させることができる。

 そのことを彼女は、いやこの場の全員がよく理解していた。


 ぼくはアリスを見る。

 ぼくの醜い心のうちをどれだけくみ取ったか、アリスはぼくのもとへスッと寄ってきて、手を握った。


「わたしはカズさんの意見に従います」

「おお、ご両人、お熱いねえ」


 たまきがちゃかしたので、脳天に軽く拳骨を叩きこんでおいた。

 金髪碧眼の少女は、頭を押さえてうずくまる。


「うう、アリスぅ。カズさんがいじめるよう」

「いまのは自業自得だよ」


 アリスが冷たくいい放つ。


 それはさておき、とぼくはほかの意見を募った。

 中等部一年のミアが挙手した。


「行動の指針じゃないけど、いい?」

「ああ、なんでも構わない」

「地魔法のランク2に、ヒート・メタルという魔法、ある」


 その魔法については、ぼくも白い部屋で調べて知っていた。

 金属を加熱させる魔法だ。

 剣などにかけると、対象は熱くて武器を持っていられなくなり、取り落としてしまうのだという。


「なるほどな。エリート・オークがいくら強くても、武器がなければ、ってことか」

「ん」


 魔法でなんとかする、という手段が出てきたのはいいな。

 作戦の幅がおおきく広がる。


 それにしても、ミアという少女、中等部一年生にもかかわらず冷静だ。

 彼女は拾いものかもしれない。


 ぼくは腕組みして少し考える。

 さきほどミアは、地魔法をうまく操り、他者のレベルアップをよく助けた。

 わりと度胸もあるように見える。


「わかった。きみと、あとたまきを早々にレベル2に上げよう」


 すぐ女子寮を強襲するのは難しい、と判断する。

 実質的な戦力がぼくとアリスのふたりだけでは、いかにも層が薄い。

 下手をすれば昨日の二の舞である。

 昨日は一か八かの賭けが功を奏した。

 だが二度目も上手くいくとは限らない。


 戦力の底上げは急務だった。

 ちょっと予定より早いが、早々に主力精鋭パーティの構築を始めよう。


 本当は、レベル2くらいまでは全員を平均的に上昇させるつもりだったのだが……。

 どうやらその時間はなさそうだ。


「アリス、オークが四、五体集まっている場所とかないかな」

「さっき、ざっと見てまわった限りですけど、まずテニスコート横の物置に、三、四体が眠っていました。さすがにもう起きていると思いますけど……」


 ひとまずは、そこかな。


「じゃあ、PLといこうか」

「ぴーえる、ってなんですか」


 アリスが小首をかしげる。


「あー、パワー・レべリング。ゲーム用語で、強いひとが弱いひとを連れまわして強引にレベルアップさせまくること」


 それはいまの状況にぴったりの用語に思えた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ぼくは走る。ぼくは却下する。 必要ないところで一人称がくどい。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ