第178話 世界樹防衛戦2
フォレスト・ジャイアントは、森に溶け込む緑の肌を持ち、ぼくたちが以前戦ったジャイアントよりいくぶん小柄だ。
そのぶん、ちから押しを避けて遠距離攻撃手段を発達させたのか。
怪力自慢じゃないジャイアントって、なんか違和感あるなあ……。
そのフォレスト・ジャイアントが八体、横に並んでいる。
大樹の陰から弓矢を構えている。
二度目の一斉射撃の前に、彼らの弓がきらりと光った。
弓の輝きが矢に集まり、そしてそれが一斉に放たれる。
あー、あれって……。
「弓魔法です」
ルシアが告げる。
やっぱりかー、こりゃまずいか?
「テンペスト」
またミアが、竜巻魔法を合わせる。
だが今度の八本の矢は、竜巻魔法をいともたやすく突き破り、なおも軌道を変えずぼくたちに迫って……。
うん、これは読めてた。
「アイス・シールド」
ルシアの魔法が、ミアの直後に発動している。
竜巻のすぐ後ろに、ぼくたち全員を守る氷壁が出現した。
八本の矢は、この氷の盾に次々と突き刺さる。
氷の壁は五秒ほどでかき消え、矢がボトボトと地面に落ちる。
誰からともなく、安堵の息をつく。
「三射目、来るわよ」
樹上から、朱里さんが警告する。
またフォレスト・ジャイアントの弓矢が輝く。
さっきとはまた少し違う点滅をしているから、別の魔法か?
だとすると、パターンからして誘導か。
ああもう、面倒くさい敵だなあ。
「相手につきあうことはない。アリス、たまき。いつものでいこう。シャ・ラウの背に乗って」
「はい、カズさん!」
「わかったわ、いつものね!」
アリスとたまきを背に乗せて、シャ・ラウが加速する。
あまりの速度に、その姿が一瞬でかき消え……。
ぎゃんっ、と狼の悲鳴があがる。
五十メートルほど前方で、シャ・ラウの巨体がなにかに弾かれた。
大狼は地面に転がり、アリスとたまきもその背から転げ落ちる。
「アリス、たまきっ」
な、なんだ、なにが起こった。
いや、それよりもマズい、このままじゃ彼女たちが格好の的に……っ!
はたして、八本の矢が一斉に放たれる。
矢はまるで野球のフォークのように、弧を描いて、倒れたままのアリスとたまきを狙う。
やっぱり誘導弾型の魔法だ。
でもこれじゃ、ふたりに何本もの矢が直撃して……っ。
そうは、ならなかった。
立ち上がったシャ・ラウがふたりをかばい、八本の矢すべてをその身に受けたからだ。
青い血が、幻狼王の銀の体毛に飛び散る。
『これは我が身の不始末よ』
「すまん、シャ・ラウ」
「ん。回収する。シェイプ・ライトニング」
ミアの姿が、光の粒子を残してかき消える。
一瞬ののち、彼女の姿はアリスとたまきのそばにある。
小柄な少女は、倒れたままのふたりの手をとる。
「ディメンジョン・ステップ」
三人はワープし、ぼくとルシアのすぐそばに戻ってきた。
シャ・ラウもまた雷化の突撃魔法を使い、ぼくたちのもとへ帰還する。
全員、素早く木陰に隠れた。
シャ・ラウは崩れおちるように倒れる。
アリスが、慌てて幻狼王に駆け寄り、その傷を治してやる。
治療魔法をかけると、刺さった矢が勝手に抜け、矢傷がみるみる消えていく。
「いったいなにが起こった」
『透明な壁に衝突した。おそらくは、魔法的な妨害手段だ』
「フォレスト・ジャイアントの弓魔法……じゃないよな。姿を見せないアルビノ・ジャイアントの仕業か?」
アルビノ・ジャイアントがどういう魔法を使うかはわからないけど、フォレスト・ジャイアントの魔法はあくまで弓魔法、とのことだから……。
透明な障壁とかは、それとはまた別のなにか、じゃないかと思うのだ。
根拠なんてなにもない、ただのカンだけど。
「こっちからも矢を射かけてみたけど、やっぱり透明な壁に弾かれているわね」
樹上から、朱里さんの声。
彼女は矢筒から一度に三本、四本と矢を抜き、連続して射かけている。
一秒に一発くらいのペースだ。
ロード・オヴ・ザ・リングのレゴラスもかくや、という速射ぶりだった。
ううむ、射撃スキルはランク7であんなにすごいのか……。
だがそれも、当たればのこと、すべて透明な壁に跳ね返されてしまっている。
朱里さんは、ここからの射撃が無駄だとわかると、別の枝に飛び移り、敵の矢から身を隠した。
直後、八本の矢が彼女を狙い、追尾してくる。
木の後ろまでもぐるりとまわり込み……。
「朱里さん、あぶないわっ」
「ええい、しつこいっ」
たまきの悲鳴にも似た声を受け、朱里さんが連続して矢を放つ。
その標的は、フォレスト・ジャイアントの放ったおおきな矢だ。
一矢につき、一矢。
矢と矢が正面から衝突し、互いにはじけ飛ぶ。
それを連続して四回。
残る四矢がなおも彼女を狙うが木の枝から飛び降りてこれを回避。
四本の矢は一度、彼女がいた枝を通りすぎたあと、くるりと九十度回転して、彼女を追い落下する。
朱里さんは空中で冷静に四本の矢を抜き、四連射した。
矢と矢が衝突、四つの相討ちに取る。
本人はさらに半回転し、身軽に地面に着地する。
ふう、とため息をひとつ。
「あーびっくりしたわ」
「こっちがびっくりだよ! どんな曲芸だよ!」
思わず、ツッコミを入れてしまう。
※
さて、敵の布陣をどう攻略するか、である。
誘導ミサイル化しているフォレスト・ジャイアントの矢と、真ん中付近に張られた不可視の障壁。
このままでは、敵軍のコンボによって一方的になぶられることになる。
「矢を放つ一瞬は、障壁を解除しているはずよ。その瞬間を狙って飛び込んではどうかしら」
朱里さんが提案してきた。
うん、正面から破るなら、それがひとつだろう。
あとは……そうだな、遠隔攻撃でゴリ押しするという手もある。
でも今回は、もっとスマートにいきたい。
あまりルシアのMPを消費したくないし。
「ミア。インヴィジ後、アリスとたまきを連れてディメンジョン・ステップで敵のなかに飛び込んでもらえるか」
「らじゃー。念のため、二度にわけてジグザグワープで強襲する。おっけ?」
「そうだな。ワープ系魔法すら遮断する壁って可能性もいちおうあるし」
いや、あくまで念のため。
さすがにワープすら通じない壁、なんてことはないと思う。
……今後のためにも、そう思いたい。
いや、違うか、なら逆だ。
ぼくは思いなおし、ミアに「待て」と告げる。
「最悪、痛い目に遭う可能性もあるけど……ここはジグザグじゃなくて、あえて一発で敵の懐に乗り込んで、ワープ作戦が有効かどうかを確認してくれ」
「ん、そだね。失敗したらフォローよろ」
ぼくはうなずき、ミアにディフレクション・スペルをかける。
ミアは自分とアリス、たまきを対象にグレーター・インヴィジビリティをかけたあと、ふたりの手をとってディメンジョン・ステップ。
シー・インヴィジビリティのかかったぼくの視界から、三人の姿がかき消える。
これで、あの不可視の障壁がワープすら防ぐなら、彼女たちの悲鳴が聞こえるはずだが……。
はたしてそんなことはなかった。
かわりに、百メートル先、ジャイアントたちが隠れているあたりで戦闘の音が聞こえてくる。
テレポートしたアリスたちが、フォレスト・ジャイアントを奇襲したのだろう。
こちらに飛んでくる矢が途切れる。
「よし、成功したか……っ」
「無茶な賭けをやるわね。……でも、ためらいなくそういうことを実行できるところが、あなたたちの強さか」
朱里さんが呆れつつ、肩をすくめる。
そりゃぼくたちだって、痛い目には遭いたくない。
でもそれ以上に、これから先の戦いで致命的な失敗をしたくないのだ。
「なんだかんだいって、ぼくたちは何度もミスって死にかけてるから」
「それでもしぶとく生き延びているんだから、たいしたものだわ」
高等部のサブリーダーは、皮肉に笑う。
「わたしを含めて、あなたたち以外の全員に足りないものね。ちょっとしたつまづきでも、おおきく落ち込んでしまう。たったの三人、死んだ程度で取り乱して、組織の連携すら危うくする。実際のところ、田上宮くんはちょっとできすぎのリーダーだし、啓子さんは頼もしすぎる」
「それは、こっちも似たような事情だよ。幸い、まだ今日はひとりも死んでないだけで」
ぼくは、二日目にぼくの盾となって死んだ下山田茜さんを思い出す。
あの苦い経験が、ぼくのなかで糧となっているのは間違いない。
でもだからといって、皆の経験を積むためにひとが死ぬというのは……。
「あなたは、もう少し気楽に考えた方がいいわね」
「はい。わたくしも朱里と同じ意見です」
朱里さんとルシアに慰められてしまった。
ぼくはどんな顔をしていたのだろう。
ぼくたちは白い部屋に連れていかれたのは、その直後である。
※
レベルアップしたのは、たまきとミアだ。
フォレスト・ジャイアントを六体、倒したところだという。
経験値的に考えて、草原の町で戦ったジャイアントと同じくらいのレベルなのかなー。
「たぶんフォレスト・ジャイアントはレベル12」
床に油性ペンで計算式を展開していたミアが、顔をあげてそういった。
おいこら、なにやってやがる。
いっぺん白い部屋から出たら室内の情報はリセットされるから、別にいいっちゃあいいんだけどさ……。
それから、朱里さんといくらか打ち合わせした。
彼女としても、ぼくたちがこれまで身体を張って手に入れた情報は垂涎の的であったとのこと。
敵のデータ、この世界の人々の情報、各地の情報、そういったものを、ぼくたちは快く彼女に提供した。
朱里さんも、高等部の現状や結城先輩の目が届かないところでの不満などを教えてくれた。
やっぱり結城先輩ひとりじゃ限界があるとのことで、さきほどの騒ぎの件についても、改めて頭を下げてくれた。
「結局のところ、なにも決断ができないまま、ずるずるとここまで来ちゃった人の方が多いのよ。そういうひとは、なにかあってもすぐ他人のせいにする。わかるでしょう」
「わかりたくないけど、よくわかるよ」
ぼくは苦笑いする。
シバにいじめられていたころのぼくは、そのことをなによりもよく知っているのだから。
「ところで、ミアちゃん」
「ん。なんですかな」
朱里さんは、危険を感じて後ずさるミアに運動スキル3の身のこなしで肉薄し、その首ねっこを捕まえた。
「ひどいにゃー」
「さあ、お姉さんと一緒に田上宮くんの弱点と操縦について話し合いましょう」
「ぬう。かつてなくわたしピンチ」
朱里さんはミアを抱きあげて、草原モードの隣の部屋に連れていく。
ミアが情けない顔でこちらを振り返った。
ぼくは白いハンカチを振って、さよならする。
「いいか、ルシア。ぼくたちの専門用語で、あれをドナドナという」
「はあ」
「カズさん、ミアちゃんみたいな嘘をつくのやめましょう」
朱里さんとミアは、一時間ほど語らっていたようだ。
ぼくたちは、その間、特にすることもなかったので御馳走を召喚して、飲み食いを楽しんだ。
戻ってきたミアは、彼女には珍しく、げんなりした顔になっていた。
「ミア、ケーキ食べるか」
「ん。もうさっさとこの部屋を出よう……」
たまき:レベル36 剣術9/肉体6 スキルポイント6
ミア:レベル36 地魔法6/風魔法9 スキルポイント6




