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第172話 アシッド・ハウンド

 アシッド・ハウンド。

 火ではなく酸を吐く、ヘルハウンドの変異種みたいなものだろうか。

 ほかに違うところはあるのかなあ。


 このモンスターを知っている様子のルシアに詳しく聞いてみたいが、それはあとでいい。

 Q&Aの通りなら、酸のブレスを水レジで防げるはずだ。

 見たところ、アリスたちが交戦しているアシッド・ハウンドは残り二体。


「ミア、バフりにいく。ディメンジョン・ステップ」

「ん」


 ミアはなにも聞かず、ぼくとルシアの手をとった。


「ディメンジョン・ステップ」


 テレポートにより、ぼくたちはアリスたちのすぐ近くに姿を現す。

 ぼくはすかざす、自分にディフレクション・スペルを使う。

 急いで次の魔法を行使。


「ハイレジスト・エレメンツ:水」


 水のバリアをパーティ全員に張る。

 直後、ぼくたちに酸のブレスが降り注いだ。

 ぼくはとっさに腕で顔をかばうが……。


 ぼくたち五人プラス大狼の身体のまわりに、薄幕のようなものが展開されていた。

 酸の飛沫が薄幕に衝突し、弾け飛ぶ。

 ああ……炎とか喰らったときはまぶしすぎてわからなかったけど、ハイレジってこういう風に防いでいるのか……。


 で、まあ。

 ヘルハウンドもそうだけど、ブレス対策さえしてしまえば、いまのぼくたちにとってはたいしたことのない相手だ。

 世界樹のちからによってブーストされているということもあり、アリスたちの動きはいつも以上に鋭い。


 

 アリスの刺突が、たまきの斬撃が、あっという間にその命を刈り取る。

 これで、親衛隊の兵士たちを襲っていたアシッド・ハウンドは全滅だ。

 敵の増援が迫っているけど、ひとまず戦闘は終了した。

 アリスがシャ・ラウにヒールをかける。


 ぼくはその間に、落ち着いて周囲を見てみた。

 死屍累々、兵士たちが苦痛に呻き、倒れている。

 一応、数人は立って五体満足のようだけど……。


 最初にここを守っていたのは、全部で三十人くらいだろうか。

 そんな一団が、アシッド・ハウンド三体でここまでやられた?


 いや、ぼくたちが倒した分以外にも、十個くらい、宝石が転がっている。

 アシッド・ハウンドは、ヘルハウンドと同様、一体で二個、青い宝石を落とすみたいだから……彼らだけで五体は倒したわけか。

 そうはいっても、たったのアシッド・ハウンド八体を相手に、こんなになってしまうのか……。


 彼らも一応、リーンさんの親衛隊、精鋭と呼ばれていた集団のはずなんだけど。

 この分じゃ、親衛隊がジャイアントとかそれ以上の敵を相手にするのは厳しいだろう。

 せいぜい、雑魚オークに当たってもらうくらいか。


 ぼくは、ルシアのそばに舞い降りた鷹に、現地の状況を伝える。

 鷹はリーンさんの声で「治療術師を派遣します。お手数ですが、そちらに向かっている敵、残り四体の迎撃をお願いします」といってきた。

 まあ、それくらいはするさ。


「ミア、次の敵は、あとどれくらいで……」

「十秒後」

「それをさっさといえ!」


 ミアの言葉の通り、きっかり十秒後。

 茂みを割って、アシッド・ハウンド四体が飛びかかってくる。


 とはいえ、ぼくたちは敵の存在に気づいているし、八十秒から百二十秒保つハイレジストは、まだ効果が残っている。

 ブレスを恐れず踏み込んだアリスとたまきが、それぞれ一撃でアシッド・ハウンドを倒してみせて……。

 そこで、ぼくたちは白い部屋へ。



        ※



 どうやら、たまきとミアが同時にレベルアップしたようだ。

 このふたり、いまは経験値が50点違うだけだからな。

 なお、たまきの方がミアより50点上である。


 で、白い部屋に来たぼくたちは、向かい合って座る。

 ぼくとルシアが並んで、反対側にアリス、たまき、ミアが。

 ぼくは貫録の正座である。


「ひとまず、アリスたちに断りもなくルシアと致しましたことを謝罪します」


 土下座する。

 ぼくの頭を、容赦なくミアが踏んだ。

 てめえ。


「さっきもいいましたけど、ちゃんといってくれたから、もういいです」


 アリスはそういって笑う。


「だいだい状況は、想像できるわ。いろいろあったんだよね」


 たまきは、やけに冷静な推察をしていた。

 あー、捕虜のひとたちを助けたときのこと、いろいろ聞いたのかな。

 護衛でルシアと一緒だったんだもんな……。


 とりあえず、ミアの足をふん捕まえて転ばし、身を起こす。

 ミアの額を、ぺしんと叩く。


「最近、カズっちの扱いがひどい」

「自分から進んで道化になってくれていることには、感謝してるよ」

「半分は天然ゆえ」


 そうなんだよなあ、こいつ半分……というか七割くらいは天然なんだよなあ。

 絶対、忍者のことをアレコレいえないだろ。

 そのへんは同族嫌悪の類いなんだろうけど。


「別行動中のことを、いろいろ話そうか」

「はい、聞かせてください」


 ぼくはみんなに、ルシアとふたりで行った潜入作戦の顛末を語った。

 彼女の姉妹を助けたくだりでは、ミアが異常なほど興奮していた。


「リアル、それなんてエロゲ」

「おまえって心の底から残念なやつだな」

「ルシアの前で不謹慎であるという認識はありますゆえ」


 そこを認識してて余計なこと口にするきみに、尊敬の念を覚えるよ……。

 なおルシアは、そのあたりはあまり気にしてない様子。

 根本的な感覚が違うっぽいなあ。


「そもそも、姉たちは王族の義務を果たしたのです。わたくしの従者たちも、同様です。その点に関しては、誇らしく思っているのですよ」

「そういう考え方をするわけか」

「ん。貴族の義務的な感じっぽい」


 ルシアは首をかしげたあと、「そうですね、概念としては、そうなりますか」と答えた。

 様子を見るに、彼らの語彙に貴族の義務、って言葉そのものがなかったわけかなー。

 翻訳魔法がニュアンスとして伝えた感じなんだろうか。


「それが当然で、あるべきかたちだと認識しておりました」

「嵐の寺院をぶん取られたやつらに聞かせてやりたい言葉」


 ミアの言葉に、ルシアは彼女らしくもなく苦笑いを浮かべた。

 ああ、やっぱそのへん思うところはあるんだね……。

 生き残った連中……神子とかそのとりまきとかに含むところはなさそうだけど。


 そういえば、嵐の寺院攻略中に出会ったラスカさんって女戦士、神子の護衛をしてたっていってたな。

 あのひとも嵐の寺院の関係者だったんだろうか。

 だとしたら、そうとうに肩身の狭い思いをしていたに違いない。


 だからなおさら、必死に手柄を立てたかったのかなあ。

 この世界の人間特有の心の機微までは、さすがにわからない。

 あのときは、この世界の事情に詳しいルシアがいなかったから、なおさらだ。


「ときにルシアちん。オラーお姉さんとかって、今後、王家再興とかするわけ?」

「はい、そういうことになるでしょう。すべてはモンスターとの戦いに勝利したあとのことですが……。ア・ウル・ナアヴは、いまや大陸にたった三つだけ残った楔を保有する国家です。再興した暁には、かつて以上の権威を持ちうるでしょう」

「以前はそんなに楔のことって重要視されてなかったんだっけ」

「はい。ここ最近の予言を知るまで、大多数の者たちにとって、楔の国家とはせいぜい、強力なマナ発生装置を保有する古よりの国、という程度のものでした」


 楔がこの大陸を支えてるっていい伝えも、一部にしか伝わってなかったんだよな。

 だからこそ、各国はあっさりとモンスターにガル・ヤースの嵐の寺院やロウンの地下神殿を明け渡してしまった。

 最初から敵の狙いを知っていれば、もっとやりようはあっただろう。


 というかこれ、ルシアの国って今後、ものすごい利権になるんだよな……。

 そのへんに群がってくるひとたちを相手にするの、たいへんそうだ。

 つまり……。


「ルシアちんが王族の義務を放棄するのって、そのへん含めてオラーお姉さんたちを動きやすくするため?」

「おまえ、ぼくが思ってても口にしなかったこと、ずばずば聞くな」

「知っておいたほうがいいと思う」


 そうかもしれない。

 ミアのこういう積極的なところは、美徳だろう。


「カズっちは、ルシアちんの価値をもっとしっかり理解するべき。そのうえでコマして手駒にしたことを誇る」

「コマしたとかいうのやめろよ!」


 スラングも含めて翻訳されたのか、ルシアは口もとに手を当て、くすりとした。


「はい、コマされてしまいました」

「ルシアも平然と返すなよ……」

「男女の仲の話以外で申しあげましょうか? わたくしとしても、リーンとカズに強い繋がりをつくることで、彼女への借りを返すことができます。不安定なわたくしの立場を強化することもできます」

「そういう風にいわれるのも、なんか嫌だな!」


 ルシアはくすくす笑った。

 遊ばれている気がする。


「それはともかく、外部から見れば、わたくしたちのパーティの戦果を代表する人間とは、唯一のこの世界の住人であるわたくしとなりましょう。そんなわたくしが王権まで手に入れるのは、いささか不都合なのですよ」


 うわー、嫌な話になるけど、わからないでもない。

 なんせ今日一日で、ぼくたちのパーティは戦果を稼ぎすぎた。

 ガル・ヤスの嵐の寺院とロウンの地下神殿を、ほぼ単独パーティで攻略し、そのついでに複数の神兵級を撃破。


 パーティで唯一、この世界の原住民であるルシアは、その功績をほぼ独り占めすることになる。

 間違いなく、英雄だ。

 彼女が王族のままでは、新生ア・ウル・ナアヴの統治に支障をきたす、と考える者たちも出てくるに違いない。


 ルシアはそのあたりを考慮して……。

 ま、それもこれも、すべてこの戦いが終わったあとだ。

 勝たなきゃ、意味がない。

 いまやるべきことは、この世界樹を守ることである。


 ぼくは、ルシアとペアで行った戦いの続きを語った。

 ゾラウスの精神攻撃とか、ぼくのトラウマを抉られたこととか、そのあとルシアとどうなったかとか、そのへん話しにくいことも、すべて語った。

 途中、ミアがちゃかしてきたので、脳天に拳骨を見舞った。


「カズっち、逆切れとかひどい」

「そーかそーか。んじゃ、いまのがひどいと思うひとー」


 ミアひとりが手を挙げた。

 ほかの者は苦笑いしている。


「ひどい。いじめだ」

「とりあえず最後まで話すから、ちゃかすのはそのあとにしろ」

「いたしかたなし……」


 ミアはそのあと、何度もツッコミを入れたそうな顔をしつつも、無言を貫いた。

 おかげでぼくは、最後まで語り終えることができた。


「よく我慢したな、ミア」


 頭を撫でてやると、ミアは少し悔しそうにぼくを見上げた。


「脅しに屈して素直になってしまった……」

「どんだけひねくれてるんだよ!」


 それから、ぼくたちは今後のことをちょっと話し合った。

 戦いのことではなく、ぼくたちの関係のことだ。

 ルシアは、どこまでもぼくたちについていく、ということも。


「別にもとの世界に帰らなくていいと思う」


 一番、もとの世界との繋がりが強そうなミアが、あっさりとそういった。

 アリスとたまきに関しては、養子で、しかも義理の両親との関係がよろしくないということもあって、最初からわりとこっちの世界でオッケーな感じだ。

 あ、もちろんぼくも、こっちの世界の方がいい。


「いっそ、ルシアちんが女王さまになって、カズっちが王配に……」

「で、ミアが影ですべてを操るって? そもそもぼくは、そういうの嫌だよ」

「ちぇっ」


 舌打ちするな、舌打ち!

 ルシアがくすくす笑った。

 冗談だと思ったようだ。


 でもミアは、たぶん、半分くらい本気だと思う。

 こいつ、腹黒いのとか大好きそうだからな……。


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