第150話 死霊使い
現在、モンスターたちの注意は精鋭部隊に向いている。
さらに幸いなことに、ついさっきまで、巨大なルビーとぼくたちの間には土煙が立ちふさがっていた。
そう、ぼくたちが森林地帯を抜ける直前まで、だ。
土煙が晴れるのがあと数秒早ければ、天井すれすれを飛ぶぼくたちは見つかっていたかもしれない。
こちらに面制圧の得意なルシアがいない以上、敵の戦力の底がわからない状態、しかも遠距離での会敵はリスクがおおきい。
爆発が起こってすぐにぼくたちが飛翔したことも、シャ・ラウに乗せてアリスとたまきを突撃させたことも、ギリギリの決断だったが……。
どうやら、正解だったようだ。
幻狼王シャ・ラウは、ふたりの少女を背に乗せて、大鎌を持つ巨人ヴォルダ・アライに突進する。
全身に紫電をなびかせ、矢のように飛ぶ。
敵はまだ、誰もぼくたちに気づかない。
これは、やったか。
ヴォルダ・アライは神兵級とはいえ、どうやら後衛タイプのようだ。
多少、大柄ではあるが、ほかの神兵級ほどのタフネスはないだろう。
アリスとたまきとシャ・ラウ。
ふたりと一体の総攻撃を受ければ、反撃する間もなく蹴散らされるに違いない。
はたして……。
衝突の直前、ヴォルダ・アライが振り仰ぎ、シャ・ラウを見る。
とっさに地面を蹴って距離を取ろうとするが、それも敵わず、まともに体当たりを喰らってしまう。
二メートル半の巨体が、じつに十数メートルも弾き飛ばされる。
「いくよ、アリス!」
「はい、たまきちゃん!」
アリスとたまきが、素早くその背から飛び出す。
地面に叩きつけられ、激しくバウンドする死霊使いを追いかける。
裂帛の気合いのもと、アリスの刺突とたまきの斬撃が、黒いローブに吸い込まれた。
ヴォルダ・アライの身体は、さらに吹き飛ばされる。
「んしょっ、トドメぇっ」
たまきが、宙を舞うヴォルダ・アライの胴体を白い剣で真っ二つに切り裂く。
ローブが引き裂かれ、そのなかが見えた。
痩せて青白くなった胴体が……。
瞬時に、骨に変化する。
ヴォルダ・アライのフードがとれる。
なかから現れたのは、骸骨。
え?
ぼくの頭のなかが、真っ白になる。
さっきまでは、たしかに肉体のある魔術師に見えたのに……スケルトンになった?
『幻影だ!』
シャ・ラウのテレパシーが響く。
『やつめ、己の身代わりを用意していた!』
彼の言葉で、ようやく理解する。
ぼくたちは、謀られたのだ。
精鋭部隊という餌を利用して敵の注意を惹きつけ、ヴォルダ・アライを一気に叩く作戦だった。
だが敵は、ぼくたちのさらに上をいった。
ヴォルダ・アライは配下のスケルトンに幻影魔法を用いて己に化けさせ、目立つところに立たせていたのだ。
それは必ずしも、ぼくたちの襲撃を察してのものとは限らない。
敵の狙撃手や別働隊を常時、警戒するのは、指揮官として当然のことといえるからだ。
ぼくやミアだって、これまで常に、戦場のあちこちに目を配りながら戦ってきた。
モンスターだから馬鹿だと、そう考えていては足もとをすくわれる。
そんなこと、よくわかっているはずだったのに。
ヴォルダ・アライに化けていたスケルトンは、ちからなくその場に倒れ、動かなくなる。
だがその間に、ほかのスケルトンが動く。
アリスとたまきに、スケルタル・チャンピオンのうち三体と、スケルトン・ゴッドブレイカーが迫る。
って待てよ、じゃあ残るスケルタル・チャンピオンの一体は?
ふと見れば、そいつが両手をおおきく掲げていた。
その手にあった剣が、いつの間にか大鎌に変化している。
「ミア!」
「ん。ディメンジョン・ステップ」
ぼくはとっさに、ミアの手を掴む。
直後、ミアは風魔法のランク9、ディメンジョン・ステップを行使した。
これは簡単にいえば、ワープの魔法だ。
900メートル以内の任意の目標地点にテレポートすることができる。
ただし連れていけるのはミアの手につきひとりずつ、つまり彼女自身を含めても最大で三人。
また、目標地点までの視界が通っているという条件も存在する。
よって、煙が晴れるまでは使えなかった。
アリスとたまきとシャ・ラウをいっぺんにテレポートさせることもできなかった。
だが、いまなら。
ぼくの視界が切り替わる。
目の前に、大鎌を手にしたスケルタル・チャンピオンがいる。
骸骨のモンスターは、不意に眼前に出現したぼくたちふたりを見ても委細構わず、その大鎌を地面に振り下ろす。
地面から、スケルトンが四体、飛び出してくる。
いずれもこれまで戦った雑魚と同じ装備、つまりベテラン・スケルトンだ。
本来は、こいつらもアリスたちのもとへ送り込みたかったのだろう。
ところが、目の前にぼくたちが来た。
ならば、と敵も狙いをぼくたちに切り替えようとして……。
だが同時に、ぼくたちも動いている。
「ディスペル・マジック」
「ストーム・バインド」
ぼくの付与魔法ランク6、ディスペル・マジックが大鎌を持ったスケルタル・チャンピオンにかかった魔法をまとめて剥ぎ取る。
そいつが、真の姿を現す。
黒いローブをまとった、二メートル半の巨人。
それが、こいつの正体だ。
すなわち、ヴォルダ・アライ。
やっぱりか。
とりまきのひとりに扮しているとか、やってくれる。
まんまと騙されたよ。
ヴォルダ・アライのフードの奥で、真紅の双眸が、ぼくを睨む。
次の瞬間、ミアのストーム・バインドによってヴォルダ・アライを中心とした半径数メートルの空間に竜巻が発生する。
地面から現れたばかりのベテラン・スケルトンもこの竜巻に巻き込まれ、吹き飛ばされないようにするだけで手いっぱいとなった。
もっとも、神兵級が相手では、この程度の足止めなど数秒保てばいい方だろう。
それでいい。
その数秒が、アリスたちに必要だった。
「たまきちゃん!」
「うん、任せて!」
ヴォルダ・アライの監視はミアに任せて背後に振り向けば、アリスとシャ・ラウが三体のスケルタル・チャンピオンを引きつけ、その隙にたまきが黄金の鎧を着たスケルトン・ゴッドブレイカーに打ちかかっていくところだった。
ゴッドブレイカーは大剣を構え、たまきを迎撃する。
両者、数歩の距離で一閃。
ゴッドブレイカーから放たれた黄金の光と、たまきの白い剣から放たれた白い光が衝突する。
轟音と共に発生した衝撃波で、たまきの身体が宙に舞う。
「わっきゃーっ」
妙な叫び声をあげ、たまきは空中でくるくる回転し……。
どうやら、一方的に吹き飛ばされたわけではなく、自分から飛んだようだ。
空中で方向を転換し、さらに白い剣を一閃、斜め上から白い光を放つ。
ゴッドブレイカーは大地をちから強く踏みしめ、これを黄金の光で迎撃。
またも、轟音。
たまき自身は、しかしそのときすでにゴッドブレイカーの上空まで移動していた。
「とったぁっ」
ゴッドブレイカーの頭上に落下する。
位置エネルギーを運動エネルギーに変換し、白い剣を振るう。
ゴッドブレイカーは大剣でこれを受けようとするも、わずかに及ばず、刃先が流れて鎧の肩部に白い剣が叩きつけられる。
モンスターの頑丈な鎧が、ひび割れた。
よほどの衝撃だったのだろう、ゴッドブレイカーはよろめくようにあとずさる。
「まだっ! いくよーっ」
たまきは地面に着地するや、すかさず距離を詰め、追い打ち。
ゴッドブレイカーが防戦一方となる。
一方、アリスとシャ・ラウは、三体のスケルタル・チャンピオンを相手に、いささか苦戦を強いられていた。
スケルタル・チャンピオン一体で、ほぼシャ・ラウと互角か。
しかしこいつらの持つ青い輝きの剣を警戒し、シャ・ラウは果敢な攻撃ができないでいる。
幻狼王が、本能的な危機感を覚えているのか。
ならば、慎重な行動は正解なのだろう。
一方、アリスは幻狼王をフォローするように、スケルタル・チャンピオンの攻撃を受け流していくも……。
骨人間を相手に、刺突しかできない槍というのはいささか不利のようだった。
しかも、うまく肩や脚に一撃を与えても、骨に入ったヒビがまたたく間に修復されている。
こいつは……よもやの自己回復持ち、なのか。
もしかして、とたまきと戦うゴッドブレイカーに注意を戻せば、さきほどの一撃によりできた黄金鎧の傷が、みるみる消えていく様子が見えた。
参ったな、これは。
膠着状態か。
となれば、鍵を握るのは、ぼくたちとヴォルダ・アライの戦いとなるが……。
「カズっち、来る」
ミアの言葉に振り向く。
激しい竜巻が、ヴォルダ・アライの魔法によってかき消えるところだった。
これは……ディスペルか。
なら、どうしてもっとはやくディスペルしなかった。
その理由は、すぐにわかった。
竜巻が土砂をまきあげていたせいで見えていなかったが、ヴォルダ・アライ周囲のスケルトンの数が大幅に増えていたのである。
その数、およそ二十体か……いや、三十体はいるだろうか。
そのすべてが、ベテラン・スケルトンである。
「おいおい。こいつまさか、レベル5の兵士をいくらでも量産できるのか」
「っぽい? 神兵級にしても、強すぎ?」
いや、おそらくこれは、目の前にガル・ヤースの心臓があるこの場でのみ可能な業であろう。
それが証拠に、外で暴れているモンスターにアンデッドはいなかったはず。
ひょっとしたら、アンデッドたちは外に出られないのかもしれないけれど。
だからといって、たいした慰めにはならないか。
この広いフィールドで、無数のスケルトンに数で押されるというのは……。
しかも、敵は無限にこいつらをつくり続けることができるというのでは……。
「ちょうどいい経験値稼ぎ要員、かなあ」
「ん。相性がいい」
ぼくはにやりとする。
ミアもまた、余裕をもってうなずく。
どうやら今回は、アリスもたまきも、そしてシャ・ラウすらも、皆、ぼくの引き立て役になってもらう番のようである。
ぼくとミアは、低空を飛び、攻めよせるスケルトンからいったん距離を取る。
逃げると見たのか、スケルトンたちは一度、立ち止まってアリスたちの方を見るが……。
ぼくは地面に着地した。
距離を取ったのは、それだけのスペースが必要だったからだ。
この魔法を使うなら、それが必要だった。
つまり……。
「サモン・レギオン」
満を持して、ぼくは魔法を行使する。
これまではいろいろな制約の結果、使用できなかった召喚魔法のランク9。
自己評価では、シャ・ラウよりも強大なそのちからは、このひらけた場所で多数のモンスターを相手にするという限定的な条件でなら……。
ぼくの周囲に、無数の使い魔が出現する。
青白い馬に乗った、幽鬼のような騎士たちだ。
Q&Aを信用するなら、全部で騎士と馬は百体ずつ。
騎士は、その一体一体が、ランク4のサモン・ソルジャーと同等だ。
つまりランク2の前衛と同等のちからを持つ。
それらが騎乗しているから、純粋な戦闘力では一段上になると考えていい。
「ディフレクション・スペル。ヘイスト」
ぼくはそんな使い魔軍団に、付与魔法をかけた。
百体の騎士と青白い馬が、すべて黄金の光に包まれる。
ぼくは、全身を輝かせた騎士部隊に突撃を命じる。
歓声をあげて、騎士たちは馬の腹を軽く蹴り……。
進撃が始まる。
百体の騎兵が、三十体のベテラン・スケルトンに向かっていく。
両軍が激突した。