第149話 ガル・ヤースの嵐の寺院5
寺院のなかを、さらに進攻する。
先行した部隊とはまったく出会わないどころか、ぼくたちの発するもの以外、物音ひとつしない。
寺院の壁が厚いせいなんだろうか。
なんか魔法で静穏を保ってる可能性もある。
けして、各国の精鋭部隊が全滅したなんてことじゃないと……思いたい。
ラスカさんによれば、ぼくたちのいる兵舎方面は先行部隊のルートとだいぶ離れているらしいけど。
お互いに協力できず、個々に進攻するって、手際が悪いよなあ。
事前の打ち合わせがまったくできなかったわけだし、そもそも先行部隊はぼくたちの存在を念頭に入れていないだろうから、こっちの方が混乱は少ないだろうけど。
彼らが敵の目を惹きつけてくれていれば、それが格好の陽動ということになるし。
なにがあろうと、どれほどの被害を出そうと、結果的に勝てばいい。
今回の作戦は、そういう性質のものだ。
だからまあ、これでいいとしよう。
「この先が、嵐の寺院の中枢部、第一修練場です」
とある部屋の入り口で、ラスカさんが告げた。
いや、出口……なのか?
破壊された扉の先は、屋内だというのに、鬱蒼と植物が茂る密林だった。
密林なのに、天井がある。
太陽のような白い輝きを放つ天井の高さは、少なくとも十五メートル以上。
二十メートルあるかもしれない。
小鳥が木々の上を飛んでいる。
一見、とても平和な光景だ。
「これは……なんともファンタジーというべきか、むしろSFのドーム都市っぽいというべきか」
「ガル・ヤースの心臓が発するマナのおかげで、植物の氾濫が起こっているとのことです」
「ん。もはや謎エネルギー」
ミアの言葉に、同意せざるを得ない。
ほんと、マナさえあればなんだってできるのか。
できるんだろうな……。
「ここ、修練場ってことは仕掛けとか罠とかあるんですか」
「かつては真面目な修行の場であったといいますが、モンスターに襲撃された当時は……そういったものはすべて、取り払われていたようです。心臓までの道もまっすぐに敷かれていたそうですが、そちらは植物の生育によって埋まってしまったようですね」
そのようだ。
扉から一歩先はもう、蔓状植物が繁茂する緑の世界で、床……ではなく地面も下生えに覆われてしまっている。
この様子じゃ、かつての道を探すより、最初から目的地にまっすぐ向かった方が楽だろう。
「ミア、これだけ自然があるなら、ウィンド・サーチはいけるか」
「無理っぽい。あれはあくまで、屋外限定。ここは天井もある、屋内」
風魔法のランク6、ウィンド・サーチは、そこそこ広い範囲を自然の風のゆらぎでもって感知する魔法だ。
ただしこの自然の風、というのが厄介な様子で、人工的な空間では精度が著しく低下する。
屋内では、たとえ木々に囲まれたこのような空間でも使用できないということか。
「方角はわかっています。森を突っ切り、まっすぐに向かいましょう」
「空を飛んでいく手もあるけど……」
「ガル・ヤースの心臓は、この空間の奥です。そこを守るモンスターがいれば、狙い撃ちにされる恐れが」
なるほど、狙撃か。
ここはラスカさんのいう通りだなあ。
仕方がない、地道に森のなかを歩くか……。
と諦めかけたときだった。
森の奥の方で、派手な爆発音が響く。
衝撃波で木々がざわめいた。
ミアが素早くフライを使用し、樹上に舞い上がる。
「ん。土砂がまきあがって、雲になってる」
「どれくらい離れている」
「ここからまっすぐ、向こうの壁際」
ラスカさんが「ガル・ヤースの心臓が安置されているあたりです」といった。
ということは……。
「精鋭部隊と心臓を守っているモンスターの戦いが始まっているんでしょうか……」
「みたい、だな」
アリスの言葉にうなずき、ミアを呼び戻す。
その間にぼくは、使い魔を召喚する。
呼ぶのは、もちろんぼくの切り札、幻狼王シャ・ラウである。
馬よりも巨大な狼が、ぼくの前にひざまづいた。
どうやら、数時間前の無茶の影響は残っていないようだ。
白い部屋のQ&Aでわかっていたことではあるけれど、ほっとする。
「シャ・ラウ。また頼むぞ」
『主よ、おおせのままに』
幻狼王のおおきな蒼い瞳が、ぼくを見つめ、くりくりと動いた。
彼もまた、ぼくと会ってほっとしているのか。
そりゃそうか、彼からしたら、ザガーラズィナーに追われて逃げているところで消えたわけだから……。
いや、思い出話はあとでいい。
後ろでラスカさんたちが驚いているけど、それも無視する。
シャ・ラウに定番の付与魔法を手早くかけた。
「この森の向こう側で戦闘が始まっている。木の上スレスレを飛んでいく。インヴィジも、サイレンスもなしだ」
『了解した、主よ』
「ラスカさんたちは、申し訳ないですが、走ってついてきてください」
パーティ外扱いの彼女たちにまでフライをかけている手間とMPが惜しい。
インヴィジビリティを使っても、アンデッドには見破られる可能性が高い。
逆にこちらの連携が乱れる可能性が高いことは、さきほどの戦いでよく理解した。
ディフレクション・スペルからのフライで、全員が樹上まで飛び出す。
奥を見れば、ちょうどまた連続した爆発が起こるところだった。
やはり、あそこで戦闘が発生している。
「先行したひとたちが、うまく敵の戦力を削ったところで全滅してくれれば、漁夫の利で経験値もおいしい」
「ミア。無駄に露悪的なところ、別に恰好よくもないし、萌えもしないぞ」
「ぬう」
木々のすぐ上を飛びながら、そんな会話を交わす。
たまに伸びすぎた木が天井にまで達している部分もあって、そういうところは迂回せねばならない。
蔓が野放図に伸びて、網のようになっている部分もあったが、これは……。
「任せてっ」
先頭を飛ぶたまきが、十数歩の間合いから、白い剣を一閃する。
剣から飛び出たマナの刃が天井まで這い上っている蔓状植物を両断し、道を切り開く。
ぼくたちは、まっすぐにその一帯を抜ける。
爆発の煙が晴れると同時に、森が切れて、その向こう側の広場が見えた。
広場の中央から放たれる赤い光が、目に飛び込んでくる。
台座の上に、ひとの背丈の倍ちかいおおきさの、紅蓮に輝く八面体が直立していた。
あれが、ガル・ヤースの心臓。
この大陸に穿たれた五つの楔のひとつ。
それ自体が、巨大なマナを供給していて……。
ガル・ヤースの心臓のすぐ近くに、他を圧して威圧感のあるモンスターがいる。
一見、ただぼろぼろの黒いフードつきローブを羽織ったせむし男にしか見えないそいつ。
だがその身の丈は、真紅の結晶体と並ぶとひとまわりちいさく見える程度。
つまり、そのモンスターは身長が二メートル半くらいあるのだ。
しかもその手にあるのは、本人よりもおおきな両手持ちの鎌である。
なおかつその大半がフードの奥に隠れた顔が、ちらりと見える。
ガリガリに痩せ、頬骨が浮き出た、幽鬼のような顔つきの男性だった。
眼窩の奥の双眸が、ぞっとするほど赤い輝きを放っている。
「うわっ、ほんとに死神っぽいっ」
思わず漏れた、たまきの呟き。
それがまさに、正鵠を射抜いているように思える。
そう、あれは死神なのだ。
神兵級の死霊術師モンスター、ヴォルダ・アライ。
その周囲を、十体ほどのスケルトンが囲んでいる。
そして左手奥、この広間にあるもうひとつの入口近くでは、五十人ほどの人間たちが、無数のスケルトンを相手に奮戦していた。
あれが、ぼくたちより前にこの神殿に突入した精鋭部隊か。
彼らが相手にしているのは、その大半がベテラン・スケルトンと思われるが……。
なにせ、数が多い。
百体は超えるだろう。
なおかつ、ベテラン・スケルトン部隊のすぐ後ろで、長い杖を手にしたローブ姿のスケルトン八体が火の矢を放っている。
「メイジ・スケルトンか」
「ん。そうっぽい」
「カズさん、あれはファイア・アローと……精鋭部隊さんの魔法をディスペルしてます」
アリスが、額に手をかざして戦闘の様子を観察している。
ちょうど、精鋭部隊の後衛に立つ魔術師が、蜘蛛の糸をまき散らすような魔法を放ったところだった。
ベテラン・スケルトンが無数の白い糸にからめとられるも……そこでメイジ・スケルトンが魔法を行使する。
蜘蛛の糸が、虹色の輝きを放って宙に溶ける。
解呪されたのだ。
メイジ・スケルトンはそうした的確なサポートで、前線を安定させている。
あれ、厄介だなあ、おい。
しかも百体に及ぶスケルトン部隊を突破したとしても、ヴォルダ・アライはまだ手もとに少数のスケルトンを残している。
ボス直衛のそいつらは、白い鎧を身にまとった、やけに身なりのいい骸骨どもだった。
手にした剣も盾も、錆ひとつない。
いやそれどころか、たまきが持つ剣に似た淡い輝きを放っている。
もっとも、その光の色は背筋が寒くなるような青で、どこか禍々しいのだが……。
特にそのうちの一体は、黄金の鎧をまとって、一本角のついた兜を目深にかぶり、剣もひときわ巨大であった。
かわりにそいつだけは、盾を持っていない。
なんだろう、あいつもまた、特別な個体に見える。
「ゴッドブレイカーって、あいつかなー」
たまきが、ぼそりと呟いた。
ああ、そういえば、そんな名前のやつもいるんだったか……。
たしか、神兵級に迫る戦力を持っているんだっけ。
「じゃあ、それ以外はスケルタル・チャンピオンか」
ヴォルダ・アライの親衛隊は、ゴッドブレイカーが一体、それにスケルタル・チャンピオンが四体。
数は少ないけど、いずれも一騎当千の猛者であろう。
とはいえ……。
「漁夫の利になるけど、一気にヴォルダ・アライを叩く」
ぼくは迷わず、そう宣言する。
ここに至って、雑魚を相手にする必要性は感じない。
いや、ボスが後衛という時点で、悠長なことなどしていられないといった方が正しいか。
「たまき、アリス。シャ・ラウの背中に。シャ・ラウ、一気に距離を詰めてくれ」
『承った』
「ヘイスト」
それが、合図だった。
幻狼王は、ザガーラズィナーに対してやったように、魔法を行使する。
紫電となって、加速。
ふたりの少女を乗せた幻狼王の巨体が、矢のように飛び出した。