第146話 ガル・ヤースの嵐の寺院2
隠し通路の出口は、兵舎の通路に続いているとのことだった。
行き止まりの扉は、向こう側からもやはり隠されているとのことで、モンスターたちがそちら側を発見している可能性も低いだろうとのこと。
それでも一応、と慎重にいく。
まず、ぼくがサモン・グレイウルフで灰色狼を召喚する。
横に開くタイプの扉を、たまきがそっと開ける。
直後、灰色狼が通路に飛び出す。
もしモンスターがいれば、囮役の使い魔が襲われるだろう。
弾除けと思えば、MP9点は安い。
幸いにして、すぐに襲撃、ということはなかった。
扉の向こう側は、明るい通路だ。
ふたりが並んで歩けるくらいの幅で、天井がオレンジ色に輝いている。
魔法の人工照明だろう。
通路に飛び出した灰色狼は周囲をきょろきょろと見渡し、こちらを向いてちいさく吠えた。
安全、ということらしい。
ぼくたちは、ほっと肩のちからを抜く。
と同時に、かび臭い空気が漂ってきた。
少し、甘い臭いもする。
なんだこれ……。
「アンデッドがいるようです」
ラスカさんが囁いた。
アンデッド……ゾンビとか、ヴァンパイアとか、そういうやつらかな。
でも、だったら……。
「腐臭とか、しませんね」
「死者の肉はとっくに溶けて、骨だけになっているでしょう。一部のモンスターは、そういった白骨を媒介として、アンデッドと呼ばれる使い魔をつくり出します。アンデッドはモンスターとして扱われていますが、召喚にマナ・ストーンを必要としません」
あー、ぼくの召喚する使い魔みたいな感じか。
でも触媒として白骨とかが必要だと。
そうして生まれたスケルトンは、つまり倒してもトークンを出さない。
そういう経緯で生まれるってことは、アンデッド・モンスターを倒したとき、ぼくたちは経験値を得ることができるんだろうか。
いまのところ、経験値を得る経緯ってよくわかっていないんだけど……。
トークンの存在が経験値と関わっているとすれば……いや、ぼくがシバを殺したときも経験値を得られたし、トークンは関係ないのかなあ。
たとえば、ぼくが召喚した使い魔をアリスが殺しても、経験値にはならない。
アリスがパーティを抜けても、だ。
このあたりは白い部屋ですでにQ&A済みである。
ま、これができたら無限レベルアップが可能だからなあ。
対策されているのも当然か。
このシステムがゲームかなにかだとしたら、の話だけども……これまでのところ、システムの設計者はそこそこ熱心にシステムの抜け道を塞いできているように思えるから。
もうひとつ、問題が出てきた。
アンデッドがここにいるってことは、つまりアンデッドをつくり出しているやつもここにいる、ということだ。
死霊使い、とでもいうんだろうか。
「ラスカっち。アンデッドをつくるやつって、どんなモンスターがいる?」
ミアが女騎士を見上げていう。
ラスカっちいうな。
当の彼女は、気にしていない様子だけど。
「もっとも知られているモンスターは、スケルトンのような下級のアンデッドを使役するデスナイトでしょうか」
聞けば、分厚い鎧を着こんだ騎士に見えるモンスターであるという。
ただし鎧のなかは空洞で、鎧そのものがモンスターの本体なのだと。
「ん。さまようよろい?」
「本当にそんな感じみたいだな」
イメージしやすくて助かるモンスターだ。
別に、わざわざそんなことをイメージしなくてもいいんだろうけど。
あと、さまようよろいよりはずっと強い気がする。
「ほかにも、いくつか思いつきますが……」
「一番厄介なやつを教えてください」
「でしたら、ヴォルダ・アライという伝説がございます。いい伝えによれば、そは死者の神の尖兵として生ある神々を狩るもの、すなわち死神であると」
死神かー、あははー。
会いたくねー。
つーかそいつ、間違いなく神兵級っすよね!
もしそんなのが待ち構えていたら、精鋭部隊、全滅必至っすよね!
「ちなみに、そのヴォルダ・アライって、どんなアンデッドを使役するんですか」
「いくつものアンデッドを使役するといいます。ただ、そのもっとも強力なしもべを、神殺しの剣士、すなわちゴッドブレイカーと呼ぶそうです」
ゴッドブレイカー。
翻訳の関係上、これだけ英語ってのは……翻訳魔法が空気を読んだのかなあ。
別にいいけど、中二病っぽくて。
いや、よくない。
神を殺せるやつを使役するとか、どんだけだよ、死神。
これまでの神兵級と比べても、ひときわヤバそうだぞ。
いやまあ、そいつがここにいるとは限らないわけだけども。
いないと……いいな……。
ああ、でも楽観的な予測に基づいて行動するなんてのは、絶対にノーなわけだから……。
「カズっち、逃げちゃダメだ」
「わかってるよ。そんなつもりはない。ちゃんとやるさ」
そうだ、ちゃんとやってやるさ。
照れ隠しにミアの頭に手を置き、髪をぐしゃぐしゃ乱暴に撫でる。
ミアは「うーっ」と呻いてぼくを睨む。
「いまできることを、できる限りやろう」
「ん。具体的には?」
「みんなで隠し通路に戻る。ぼくが偵察を出すから、その間の護衛をお願い」
今回、偵察に出すのはグレイウルフだ。
いくら照明があるといっても、カラスで屋内の行動は、いささか厳しい。
こういうときのためにネズミとか呼べるとよかったのかなあ。
いや、一応、白い部屋のミアベンダーにあるんだけどね、ネズミ召喚。
わざわざトークンを使って取得するのもなあ、とためらってしまっていた。
ちなみに、トークン二百個である。
幻狼王シャ・ラウが使えるなら、多彩な魔法を行使できる彼も選択肢に入るんだけど……。
この通路幅だと、大型な彼はちょっと厳しい。
ぼくは隠し通路の一角に腰を下ろした。
グレイウルフにいくつか指示を出し、リモート・ビューイングをかけて出撃させる。
灰色狼は、足音を忍ばせて通路の奥へ。
背後で隠し通路が閉まったのだろう、グレイウルフの耳がぴくりと動いた。
狼だからね。
聴覚も優秀だから、こういう狭い場所でも、きっと探知役として活躍してくれるに違いない。
っていうか、専任の偵察役が欲しいなあ。
偵察スキルを上げている子って、育芸館組でもほとんどいないらしいけど。
一番高いのは、現状、志木さんらしい。
さすがに志木さんを偵察役としてぶっこ抜くわけにはいかない。
高等部組から偵察役を借りるにしても、つまりそれって、ニンジャ先輩かグレーターニンジャ様なわけで……。
なんで指揮官に限って偵察役の適任者ばっかりなんだよ! おかしいだろ!
うん、わかってる。
みんなそれぞれの事情で、その日、そのときを生き残るために必死だった。
こんな集団戦を行うこと前提の成長なんて、している余裕がなかった。
ただそれだけのこと。
だったら、いまぼくたちが持っている能力だけで戦うしかない。
そういう意味で、ぼくの付与魔法と召喚魔法の組み合わせは、ベストではないがベターなのだろう。
大部屋の前で、グレイウルフの動きが制止する。
狼は、ゆっくりと顔をあげた。
きっとその聴覚はモンスターの音を感知しているのだろうけど、リモート・ビューイングは音まで拾ってくれないゆえ、こいつがなんに反応したのかわからない。
でも、黙って観察するうちに、だいたいのところを理解できてきた。
部屋の奥、ここからだとテーブルとソファに塞がれて見えないところに、なにかがいる。
しかも、このまま狼がなかに入っていくと感知される可能性がある。
グレイウルフに与えた使命は、発見されそうだったら戻れ、だ。
はたして、狼はぼくの命令に忠実に行動した。
身をひるがえし、通路を戻っていく。
今度は通路の反対側を捜索してくれた。
そちら側は行き止まりで、倉庫のようだった。
モンスターによって荒らされた跡はあるものの、無人の様子である。
ぼくは皆に合図を送って、戻ってきたグレイウルフを隠し通路に迎え入れた。
お役目ご苦労さん、と狼の頭を撫でる。
ディポテーションで送還し、MPに変換した。
「ごめん、結局、モンスターがなにかまではわからなかった」
「ん。いる、とわかることが重要。向こうに探知されなかったことも貴重」
「そうね。相手がなんでも、わたしがぶった斬るわ!」
威勢よくそう宣言するたまきに、きみはアホ可愛いなあという視線を送る。
なんで見つめられているかわからない様子で、たまきはにこにこしていた。
まあ、それはさておき。
「いつものインサイで、いいかな。悪いけど、パーティに入れないラスカさんたちは少し後ろで待機をお願いします」
「敵の正体がわからない以上、いたしかたありませんね」
ここはラスカさんたちに任せてみるのも、手ではある。
でもそれって、たぶん、舐めプの一種だ。
敵の戦力がわからないのだから、ここは基本に忠実に、最大戦力を最強の定番戦術で投入していくべきだろう。
彼女たちは、道案内として貴重な人材だ。
あたら無駄な戦いで散らせたくはない。
ああ、彼女たちを入口待機にさせた男たちの気持ちが、いまならとてもよくわかる気が……。
ひととおり付与魔法をかけたあと、ディフレクション・スペルからミアがサイレンスとグレーター・インヴィジビリティをかける。
互いに手を繋ぐアリスとたまきの肩を軽く叩く。
ふたりが大部屋に向かって走り出す。
ぼくはミアと手を繋ぎ、彼女たちを追った。
皆にはぼくが見えないが、ぼくには皆が見えている。
これ、問題はたまきとアリスが同士討ちしかねないところなんだけど……いまは手を繋いでいるから、だいじょうぶか。
ここは、ふたりの友情パワーを信じたい。
ぼくたちの十メートルほど先で、アリスが、続いてたまきが、部屋に突入する。
よし、このまま……っ。
あ、たまきがソファの端に服の裾をひっかけた。
すっ転んだ。
手を繋いでいるアリスも、不意を突かれてよろめいた。
お、おまえら……なにやってんだ……。
ぼくは脱力したくなる気持ちをこらえて、部屋の入り口で立ち止まる。
いまのぼくと同じ場所に、さきほど、グレイウルフも立っていた。
あの使い魔は、背が低いからこの光景が見えていなかった。
奥に立つ四体のモンスターを、耳と鼻でしか探知できなかった。
ぼくの背丈なら、部屋全体が見渡せる。
白骨死体が、理科室の人体標本のように直立していた。
コンピュータRPGでよく見るようなスケルトンだ。
スケルトンは、錆びた金属製の胸当てを着て、頭上だけを覆うかぶともかぶっている。
手足にも防具を装着していて、右手にはやはり錆びた剣を、左手には丸い小盾を持っていた。
骸骨の眼窩の奥で、赤いふたつの光が怪しく輝いている。
そいつらが、四体揃ってこちらを向いた。
あ、普通に位置がバレてるっぽい?
いや、まったく視線が合ったわけじゃないから……だいたいの位置がわかるのだろうか。
どちらにせよ、奇襲は失敗。
正攻法で殴り合うしかなさそうだ。