第137話 転移
逃げるが勝ち。
命あってのナントヤラ。
とにかく、ぼくたちは全員、生き残った。
目を開けると、そこは何度かきた木のうろの広間だった。
足もとの魔法陣が輝きを失う。
ぼくは左右を見る。
皆、無事だ。
アリスも、たまきも、ミアも、ルシアも。
ただ、たまきはまだ傷が完全に回復していないのか、いまさらになって片膝をついている。
そんなたまきにアリスがヒールをかけている。
たまきとぼくの目が合った。
「やったね、カズさん! わたしたち、戻ってきたよ!」
「ああ、うん、そうだな」
たまきが、快活に笑う。
さきほどまで滅茶苦茶な強敵を相手に絶望的な戦いを強いられていたとは思えないほど、さわやかな笑み。
いや、彼女のことだから、すっかり忘れたのかもしれないけど。
と、ぼくも肩を押さえて呻く。
急に痛みが走ったのだ。
興奮状態が切れたからか、ザガーラズィナーのビームにやられたところがひどく傷んできた。
「カズさん、いま治療します!」
「いや、ぼくはあとでいい。まずたまきを……」
そのとき、周囲が騒がしくなった。
見張りの兵士たちを押しのけ、息を切らせて広間に駆け入ってくる者がいる。
リーンさんだった。
「ルシアっ!」
リーンさんは、ルシアの無事な姿を見るなり、ぱっと笑顔になる。
駆け寄り、その身を抱きしめる。
その黄色い尻尾が、嬉しそうにぶんぶんと揺れた。
頭の上についた猫耳も、ぷるぷるしていた。
感情表現が豊かだなあ。
ミアが飛びかかりたそうな顔をしていたので、首根っこを捕まえておく。
睨んでくるが、無視。
というか、肩の怪我がズキズキ痛むってのに、なんでこいつの抑え役にまわらにゃならんのだ。
「リーン、ただいま戻りました。心配をかけましたね」
「よかったっ! ルシア、無事に戻ってくれて、本当にっ」
とはいえ。
ルシアの胸に顔をうずめ、涙声でそう叫ぶ猫耳の少女は、なんだか年相応に思える。
少し嬉しくなった。
微笑ましいふたりだからか。
いや、たしかにそれもあるけど、それだけじゃない。
いまやルシアもぼくたちの仲間で、その仲間を大事にしてくれるリーンさんに対して親近感が湧いたのだ。
それにしても……と抱き合うふたりを見つめる。
彼女たちには、種族や出自におおきな隔たりがある。
ふたりの関係は、その差を埋めてなお余りあるほど親密に思えた。
ルシアとの初対面のときも、そうだったかもしれない。
リーンはぼくたちを試すような真似までして、ルシアのことを心配していた。
ぼくたちに悪感情を抱かれることより、ルシアをぼくたちに預けることを不安がっていた。
ルシアは本来、肩書的には亡国のお姫様だが、実際は捨て駒のような存在だ。
そんな彼女と、光の民を率いる少女。
ふたりの間に、ぼくたちの知らないどんな交流があったのか。
「ん。百合百合しい」
「黙れ」
ミアの頭を、軽く拳で叩く。
まあ、いい。
それはいまのぼくたちにとって、あまり関係のないことだろう。
そのうち、ルシアに聞いてみてもいいけれど。
プライベートなことだから……教えてくれるかなあ。
「カズさん、お待たせしました。治療します」
アリスがこっちに駆けよってきて、肩にヒールをかけてくれた。
だんだんと痛みが退いていく。
ふう、やっとひと心地つけた。
「お疲れさま、カズくん」
リーンさんの激しい登場に驚いていて気づかなかったが、いつの間にか、志木さんも広間に来ていた。
軽く手を上げる我らの委員長は、しかしどこかやつれて見える。
目の下に、濃い隈ができていた。
「ひょっとして……寝てないの?」
「そりゃあ、もうね。さっきみんなが出陣するまで、いろいろと調整を。徹夜よ」
「みんなは出発……したんだ」
「ええ。幸いにして、これまでのところ順調……みたいね。わたしはひと眠り、させてもらうつもり」
志木さんは、あくびをする。
なんだか無防備なその姿に、ぼくは思わず、くすりとする。
「なによ、笑っちゃって。こっちは、さんざん心配したんだから」
「すまない。でも見ての通り、全員無事だ」
「なによりなことね。そうそう、ドッペルゲンガーの顛末は、聞きたい?」
「あとでいい」
志木さんの様子からして、ドッペルゲンガーに関しては完璧な対策ができたのだろう。
彼女のそういうところは、信頼できるように思う。
「そう。……で、MPは?」
ぼくは肩をすくめた。
「すっからかんだ。あ、でもぼく以外は、まだ少し余裕があるかな」
「そう。じゃあ満タンになるまで、あなたも休みなさい」
「いいのか。みんな、戦っているんだろう」
「あなたたちは、切り札よ。準備が整うまで、温存。いいわね」
なるほど、まあ、そうなるか。
どのみち、MPのきれたぼくにできることは、なにもない。
おとなしく休憩……かなあ。
*
さて、せっかくぼくの部屋から救出したノートPCだが、バッテリーはすっかりあがってしまっている。
育芸館組は、昨日、転移門で脱出する際、発電機を持ち出していたはずだから、それを使わせてもらうとするか。
聞けば結城先輩は現場指揮官として出撃してしまっているらしいから、USBメモリの情報を見るためにはどうしてもパソコンが必要なのだ。
そんなもの、あとにすればいいという気もしないではないけれど……。
気になるのだ、なぜか。
ことに、グラウンドの下にあったあの謎の空間、そして大量に仕掛けられていたダイナマイト。
結城先輩は、いったいなにを知ったのだろう。
なにを考えていたのだろう。
そして、ぼくたちになにを伝えたかったのだろう。
志木さんは、あとのことを杉之宮すみれに任せて、ひと眠りしに行ってしまった。
アリスとたまきの親友、すみれは、ぼくの要請を聞き届けてくれた。
「わかりました、わたしたちが事務所としているところに案内しますね」
そういって、すみれは樹上の街をあぶなっかしい足取りで歩き出す。
ルシアは一度、リーンに状況を報告するとのことで、別行動となった。
残るぼくたち四人は、すみれについていく。
すみれは橋の上を歩く途中、わたわたして二度ほど、橋から落ちそうになっていた。
この子……うう、不安だなあ。
道すがら、樹上の街を観察する。
行き交う光の民の人々は、慌ただしく、一様に厳しい表情をしていた。
すでに彼らの命運をかけた最終決戦が始まっているのだから、当然かもしれない。
この世界樹は、絶対に防衛しなければいけない拠点だ。
ほかの二か所は、敵に明け渡し、自爆する。
敵に占拠されている二か所を奪還し、これを我がものとする。
一か所を守り、二か所を奪い返す。
今日、そのすべてができなければ、この世界の人類は滅ぶのだという。
そりゃあ、厳しい顔つきにもなるだろう。
いや、彼ら、彼女らがどれだけのことを知らされているかはわからないけれど……。
ひょっとしたら、最低限の命令だけを聞いているのかも?
そんな状態でも、今日が正念場だということくらいはわかっているだろうし。
まあ、いい。
いまはぼくたちのことだ。
辿り着いたのは、ほかよりいくぶん小柄な樹。
一目で「ここだ」とわかった。
そりゃあ、樹のうろの外、中継の足場ギリギリまで機材がはみ出しているのだから、わからない方がおかしい。
光の民は、その樹には近寄らない。
まわりの橋を歩く者たちは奇異な目で、がこんがこんとおおきな音を立てる発電機を見ている。
うん、無事に発電機が動いているようでなによりだ。
予備の灯油がどれくらいあるかわからないけど、これだけガンガン使っているようなら今日、明日は大丈夫なんだろう。
樹のうろのなかでは、非戦闘員の育芸館組が三名、蛍光灯のような魔法の明かりのもとで書類と格闘していた。
ぼくたちを見て顔をあげ、ぱっと明るい表情になる。
「ご無事だったんですね、カズ先輩! よかったです!」
「あ、うん、仕事してていいよ。……なんでここまで来て、書類仕事?」
「偵察隊の情報とか、これまでのことをまとめているんです。志木先輩が、カズ先輩たちが戻ってきたとき、すぐメモを見られるようにって」
なるほど、それは助かる。
彼女たちによれば、ぼくたちがこんなにすぐ戻ってくるとは思っていなかったとのことで、まとめの完成にはあと数十分かかるとのことだった。
それで問題ない、と彼女たちに伝える。
なにせぼくのMPが回復するまで、一時間半はかかるわけだし。
ああ、それはそれとして……とぼくが頼む前に、すみれが発電機に繋いだ電源コードを引っ張ってくる。
「ノート、これでやってみてください。起動すればいいんですけど……」
「たぶん大丈夫だと思う。……そういや、メイジ・オーガの魔法を喰らったとき、少し衝撃を受けたかなあ」
幸いにして、ぼくのノートPCは無事、立ち上がった。
木製のテーブルに置き、起動画面を眺める。
ミアが「どれどれ」と覗き込んできた。
「エロ画像はどこだい。お姉さんに見せてみな」
「入ってません」
誰がお姉さんだ、誰が。
あとでPCに鍵をかけておこうと思う。
いや……どうせ電源が保って数日のこの状況で、そんな意味もないかもしれないけど。
ぼくはUSBスロットに地下室で見つけたメモリを差しこむ。
フォルダが開き、なかのファイル一覧が出てくる。
普通のテキストと、エクセルファイルと、ワードファイルか……。
「バージョンの関係で閲覧できなかったら、笑える?」
「ええい、余計なことをいうな!」
幸いにして、ファイルを開くことに問題はないようだった。
ワード文書の方は、なんか工事に関するお堅いもので、予算がどうとかエクセルデータが埋め込まれている。
ざっと見たところ、あまりぼくたちにとって重要なことは書かれていないっぽい。
エクセルデータは、もっと詳細な金額に関するもので……うん、これもいらない?
問題は、テキストファイルか。
日付を確認してみると、テキストファイルが一番、新しい。
愛用しているフリーソフトのエディタで開く。
おそらくは結城先輩の手によるものなのだろう、簡潔な文体の文書が出てきた。
まず最初に、ワードデータとエクセルデータの説明。
やはり、あの地下の工事に関するものらしい。
貯水池として発注され、のちに使用目的が倉庫に変更されているとか。
それだけなら、あまり問題ないだろう。
入口が明らかに隠蔽されているのも、生徒には秘密の倉庫ということなら納得は……いくのかなあ。
重要なのは。
壁一面に描かれた魔法文字とおぼしきアレだ。
石柱に描かれていたものと同じ、あの蛇がのたくったような文字は……。
ああ、しまったな。
リーンさんにミアが撮影した写真を見せてみればよかったか。
「ん。いまからでも見てもらった方がいい?」
「ああ、そうだなあ。案内のひとを見つけて、リーンさんのところへ……」
「道は覚えてる。行ってくる」
ミアが飛びだしていく。
ああ、拙速な。
いや、彼女に任せておけばだいじょうぶだとは思うけど。
「ミア、通行人の耳に飛びついたりしないかな……」
たまきが心配そうに呟く。
い、いや、だいじょうぶだと思うよ。
……そう思いたい。
「なるようになるだろう」
考えるのをやめた。
ため息をつき、PCの画面に目線を戻す。
そこから先は、結城先輩の考察だった。
なぜ、あんなものがあったのか。
あれはいったい、なんなのか。
そうとうぶっ飛んだ考察が、何パターンか並んでいた。
でも、ぼくには。
彼の荒唐無稽な考えを、ちっとも笑えなかった。
「うーん、なにいってるのか、よくわからないよ。……眠い、かも」
横から覗き込んでいたたまきが、真っ先に根を上げた。
まあ、仕方がないか。
最低限の情報には目を通したし。
「少し仮眠を取ろうか。三十分くらい、横になっていいかな」
「はい、どうぞ。うるさいですけど……これ、アイマスクと耳栓です」
すみれが、部屋の隅にあるシーツの山を指差した。
あそこで寝ろ、ということらしい。
召喚シーツによる簡易布団か……まあ、充分だろう。
「わーい、わたし、カズさんの右! アリスは左ね!」
「もう、たまきちゃんったら」
ぼくたち三人は、真っ白いシーツでできた布団の上に横になった。
川の字になって目をつぶった。
またたく間に、意識が闇に落ちる。
今回はここまでです。
次の更新は書き溜めができてからで。
2月中にはなんとかしたいと思いますが……。




