第135話 鬼王登場
白い部屋に来たぼくたちは、床に横たわるたまきを茫然と見下ろす。
手足があらぬ方向に捻じ曲がっていた。
口から泡を吹いて、全身を痙攣させている。
あまりのことに、頭がうまく働かない。
まだ、手足がひどく震えている。
最初に動いたのは、まだ直接、あいつを見ていないアリスだった。
「たまきちゃん!」
大怪我をした親友に駆け寄り、まずサステナンス。
続いて、必死でヒールをかけ続ける。
幸いにして、たまきのやつ、急所だけはうまくカバーしていたようだ。
こりゃ……見た目ほど、ひどくないな。
さすがはランク9の生存本能といったところか。
いまさらだけど、たぶんサステナンスはいらなかっただろう。
治療を受けたたまきは、むくりと起き上がる。
うつろな目で、ぼくを見つめる。
ぽかんと、口をあけていた。
「わからなかった」
少女の蒼い瞳が、動揺に揺れる。
「ぜんぜん、見えなかったよ。なにか来る、って気配があって、慌てて受け身をとったんだけど、それだけだった」
「ぼくも、なにがなんだか、さっぱりだ」
インヴィジビリティのような魔法を使って接近してきたのだろうか。
だとしても、ぼくはシー・インヴィジビリティをかけていた。
乱戦で炎が渦巻くなかであったから、その接近を見逃していてもおかしくはないけど……。
たまきが殴られる寸前までザガーラズィナーの存在に気づかなかったのは、奇妙だ。
「たぶん、煙」
「どういうことだ、ミア」
「変身能力の変形。煙に変化して、近づいてきた。で、ドワグ・アグナムの後ろに隠れて……油断しているところを、一撃」
「見えたのか」
「わたしがつくったものじゃない風が吹いているみたいに、霧みたいなものがちらちら動いてた。なんかへんだな、って……」
ミアは無表情でぼくを見上げる。
その拳が、かたく握られていた。
悔しいのだ、彼女は。
「でも、重要なことだって気づけなかった。違和感があったのに、伝えられなかった。わたしのミス」
「次に生かしてくれ。なにがあっても、報告すること。なにかがおかしいって警告だけでも、充分だから」
「ん。ごめん」
ぼくはミアの髪を乱暴に撫でた。
小柄な少女は「んーっ」と嫌がるそぶりを見せる。
「完全に、ドワグ・アグナムは囮だったのですね」
ルシアがいう。
そうかもしれない。
最初から、ザガーラズィナーは、ぼくたちがドワグ・アグナムと戦っている間に接近し、不意を打つつもりだったのだ。
やつからすれば、ぼくたちは、森をうろちょろしてゲリラ戦を仕掛けてくる、うるさい蠅のようなものだったのだろう。
オーガたちを動員して掃討作戦を行ったとしても、ぼくらに逃げ切られる可能性は高かった。
だからやつは、まずたまきを倒して、人質に取った。
ぼくたちが逃げられないような布陣を取ったのだ。
たまきを見捨てて逃げるなら、それでも最低限の戦力は削れる。
そのために神兵級モンスターを捨て駒にするという取り引きが、彼にとって割に合うかはともかく……。
「いや、待てよ」
ぼくは口もとに手を当て、考える。
それは、ぼくたちの行動を、習性を知っていてこその作戦ではないか?
そもそも、ぼくたちがたまきを見捨てるなんて、てんで考えていないのではないか?
それって、つまり……。
敵は、ぼくたちを研究してきている?
「ドッペルゲンガーから、ぼくたちの素性が伝わっているんじゃないか」
「ん。そうかも。じゃないと、神兵級を囮にするなんて作戦、なかなかできるものじゃない」
たまきがうなずき、首を振る。
「ドッペルゲンガーがどの時点で高等部に浸食してたかは、わからないけど……。昨日の状況から考えて、二日目の夜までには、一部の生徒と接触してたはず」
「どうしてわかるんですか、ミアちゃん」
「噂が確かなら、ドッペルゲンガーはシバってひとに化けていた。なら、一度は生きているシバに接触してるはず。……シバが死んだのは、二日目の深夜」
そう……なるよな。
ぼくたちは昨日、一部のドッペルゲンガーを倒したけど、あれがすべてだって確証はない。
あるいは光の民のもとへいった生徒のなかに、まだドッペルゲンガーが混じっている可能性もある。
もっとも、向こうにはグレーター・ニンジャが行った。
彼女なら、結城先輩、志木さんと協力して、すべてのドッペルゲンガーを暴き出してくれているだろう。
というか、あのとき啓子さんを向こう側に送れていなかったらと思うと……ぞっとする。
おかげでぼくたちは、こちら側に閉じ込められてしまったわけだけど。
そのせいで、こうしてわりと絶望的な状況になっているわけだけど。
「ドッペルゲンガーに生き残りがいたら……そりゃ、オーガと接触して、ぼくたちの情報を伝えるよなあ」
「わたしたちのことは全部、バレていると考えているべき。わりと仲間に対して甘いとことか、たまきっちがへっぽこなこととか、カズっちが結構へたれなこととか」
「へ、へっぽこじゃないわ!」
たまきが涙目でミアに抗議する。
ぼくは黙ってそっぽを向いた。
ここでぼくまで抗議すると、わりと藪蛇になる気がしたのである。
「カズさんは、へたれてなんかいません! ちゃんと、その!」
アリスが余計なことをいいかけ、顔を真っ赤にして黙る。
うつむく。
「ええと……ちゃんと、してくれます……よ?」
「ん。おう、せやな」
ミアが、なぜか横柄な口調になる。
やさぐれてぼくを睨む。
「話が進まないから、ミア、そういう話はあとで」
「わかった。あとで覚えてろ」
絶対に忘れてやる。
それは、さておき。
「どういう戦術をとるか、だけど……。なりふり構わず、とにかくザガーラズィナーを足止めして、たまきを拾って逃げる。基本方針は、これでいいかな」
「逃げきれるでしょうか」
ルシアが首をかしげる。
うん、そうなんだけどさ。
でも、いま戦って勝てる相手かといわれると……。
「あ、あのさ、カズさん! わたしを……」
「見捨てて逃げて、とかいいだしたら、ミアの変態道具全部使ってお仕置きするから」
「でも!」
悲壮な決意を固めてぼくを見つめてくる、蒼い目の少女。
ぼくはたまきの、秋の稲穂のような髪をそっと撫でた。
「きみを見捨てたりはしない。これは最低限だ。いいね」
「で、でもっ、あいつが相手じゃ……っ」
「作戦は、これから考える。……ミア、なにか案はあるか」
ぼくは小柄な少女に振りかえった。
ミアは「うーん」と腕組みする。
「やはり、縛って浣腸……」
「それはいいから」
「まず最低限のラインとして、たまきちんが万全の状態じゃないと勝ち目はない。雑魚と一緒に戦うのも、無理。ザガっちをひとりだけつり出して、みんなでフルボッコして、ようやく土俵に上がれるかも……ってところ?」
ザガっちいうな。
「本当に、それが最低限の条件だな」
正直、そこまでしても勝てるかどうか、わからない。
いまのぼくたちは、神兵級を相手にしてすら、ここまで粘られている程度の戦力だ。
神兵級をも従える、本当にヤバそうな存在を相手に、いまのぼくたちでどこまで通じるのだろう。
ぼくたちは、何度も何度も打ち合わせを重ねた。
疲れたら、サモン・フィーストで宴会をする。
ルシアは相変わらず、デザートばかり、おいしそうに頬張っていった。
ひたすらに行動を煮詰める。
とにかく、初動がすべてだ。
さまざまなパターンを想定し、それぞれに対策を講じる。
レベルアップしたアリスのスキルポイントは、温存する。
覚悟を決め、白い部屋を出る。
アリス:レベル28 槍術8/治療魔法5 スキルポイント5
※
戦闘、再開。
紅蓮の炎に包まれて、ザガーラズィナーが高らかに笑う。
ゆっくりと、地面に着地。
彼の足もとには、手足があらぬ方向に曲がったままのたまきの姿がある。
あえて攻めてこない、か。
やはりこいつは、わかっているのだ。
たまきが、こちらで一番腕の立つ戦士であることを。
ぼくたちが仲間を見捨てないということを。
つまり、舐められている。
ぼくは、オーガの部隊を背にしてたまきのもとへ駆け寄るアリスを横目に見ながら、まずぼくのそばにいたインヴィジブル・スカウトにディポテーションを使用する。
使い魔は送還され、MPとなる。
これで、準備はできた。
いまこそ、切り札を切る。
「シャ・ラウ!」
特殊能力を行使する。
使い魔覚醒。
消費するMPは、ぼくの残り、ほぼすべてである162点。
幻狼王の全身が、赤黒く輝いた。
巨狼が咆哮する。
「ザガーラズィナーを食い止めろ!」
「ん。別に倒してしまっても構わんぞ」
ミア、それは死亡フラグだ。
シャ・ラウがザガーラズィナーに飛びかかる。
対して。
漆黒のオーガは、一歩、前に出た。
象ほどもある巨大な銀狼に、正面から相対する。
「楽しませろ」
そういって、凶暴に笑う。
しゃべった。
いや、一部のモンスターがしゃべるのは、わかっていたことだけど。
両者が激突する。
シャ・ラウの爪の一撃を、ザガーラズィナーが左手だけで受け止めてみせる。
体躯だけでいえば、銀狼の方がひとまわりは上なのだが……どうやら、パワーは互角。
いや、そうではなかった。
ザガーラズィナーは、幻狼王の爪を受け止めたまま、左手を無造作に横へ。
軽く薙ぐような動作。
それだけで、シャ・ラウの巨体が真横に吹き飛ばされる。
マジか。
いまのぼくにできる最大の使い魔覚醒をもってしても、こんな程度なのか。
だがシャ・ラウは、空中で魔法を用いて制動し、身をひねって着地、すぐまた黒い肌のオーガに突進する。
その身体から、紫電がほとばしる。
突進の勢いに雷撃の魔法を重ね、さらなる加速をしてのける。
「面白い」
ザガーラズィナーは、またもその一撃を正面から受け止めた。
今度は、両手だ。
完全には勢いを殺せず、一歩だけ下がってしまう。
だが、それだけだった。
まるで赤子の手をひねるがごとく、幻狼王の巨体を軽々と吹き飛ばす。
「もっと、もっとだ! もっとちからを見せてみろ!」
ザガーラズィナーが、叫ぶ。
嬉々として、両手を高々と振り上げる。
三度、シャ・ラウが突進し、ザガーラズィナーが正面から弾き返す。
「なんだよ、こいつ。遊んでいるのか?」
ぼくはその戦いを、茫然と見守ることしかできない。




