第118話 専従契約
木簡でつくられた巻物の文字は、リード・ランゲージによって読むことができる。
まず専従契約の内容についてだが、以下の通りだ。
・専従契約とは、霊精界と呼ばれる概念的な世界に住む幻獣の特定個体との間で結ばれた、召喚契約である。
霊精界やら幻獣についての説明はなかった。
ルシアも知らないという。
・一度、専従契約を結んだ個体を呼び出すための魔法は、従来の召喚魔法の詠唱と同一でよく、召喚する種族についての項目を該当個体に書き変えるだけである。
ここは……ちょっと気になるところだ。
なぜなら、ぼくが使っている召喚魔法には、詠唱など存在しないから。
ってことで、さっそくノートPCさんに訊ねてみた。
魔法行使の際、末尾に該当個体名を連ねる、念じ認識すること、との解答が出た。
あー、念じて認識することが大切っぽいな……。
・専従契約を結べるのは、一体の幻獣につき、召喚者ひとりである。
ひとりの契約者は、複数の幻獣と契約することが可能である。
別の召喚者が該当個体と契約を結びたい場合、前の召喚者との契約が破棄される必要がある。
なお、契約者の死亡は、契約破棄事項に該当するという。
・専従契約を結んだ幻獣の死亡は、契約破棄事項に該当し、召喚者はこの個体を二度と呼び出せなくなる。再契約も不可能。
これってつまり、幻獣は一般的な使い魔と同様、この世界で死亡しても霊精界でピンピンしてるってことか。
でも殺されちゃった幻獣は怒って「おれを殺すような使い方するなんて、もうお前のいうことなんて聞いてやらんもんねー」ってなるわけか。
囮や捨て駒として使うことはできないってところは、重要だ。
・召喚者の技量によっては専従契約を結べない場合もあるし、結べたとしても呼び出した個体の能力がダウングレードされることがある。
たとえば召喚者のランクが5だとすると、本来ランク7の幻獣を召喚しても、ランク5まで性能が低下するってことかな。
なるほど、だいたいわかった。
ちなみに契約の儀式についてだが、必要なのは床か地面に書かれた古代文字と、契約者の血であるらしい。
古代文字については、ルシアがわかるそうだ。
「この教室で専従契約の儀式、できるかな」
「Q&Aしてみればいいのでは」
ルシアは即座に答える。
もはや、ぼくたちよりよほど、この白い部屋システムを理解していらっしゃるご様子。
で、Q&Aしてみた。
・この白い部屋で起こった出来事は、もとの場所に戻ったとき、なかったことになる。専従契約もその例外ではない。
「やっぱり無理よねー」
啓子さんが笑う。
まーそーだよな。
「カズさん。それで、リーンさんからお借りした幻獣さんは……」
「あー、なんか狼っぽい? 名前がついてる。幻狼王シャ・ラウだって」
アリスにそう答える。
ルシアが目をおおきく見開いた。
「聞いたことがあります。古い伝承にある、森の奥に棲む大狼。齢は千年とも万年ともいわれ、その体躯は馬よりもおおきいと」
「詳しく教えてくれ」
ルシアが語ったのは、ぼくらの世界でいえば金太郎や桃太郎のようなおとぎ話だった。
森に捨てられた人間の子を育てた森の主、幻狼王シャ・ラウ。
シャ・ラウは、幼きその子に、己が持つ知識を惜しみなく与える。
長じたその子は、森を出て、大狼から得た知識と知恵でもって一国の王となる。
シャ・ラウは、別の物語にも出てくる。
竜と大狼が何年も、何十年も、何百年もの間、戦い続けるお話だ。
シャ・ラウはその戦いのなかで竜の王と友誼を結び、のちには手をとりあって世界の平穏を守ったという。
人間の勇者がシャ・ラウに挑む物語もある。
だが無敵を誇った勇者すら、伝説の大狼はこれを退けてのける。
だが勇者の気高き態度に敬意を表し、大狼は彼に秘蔵の聖剣を与える。
勇者は聖剣のちからで邪悪な魔女を討伐し、王国に平和を取り戻す。
「……なんか、すごい強そうなんだけど」
「もしも幻狼王シャ・ラウが実在する大狼であったなら……そうですね、とても強大な存在であると思います。なにせ、竜と並び称されるほどの存在ですから……」
「ぼくの召喚魔法のランク次第で、ダウングレードされている可能性はあるけど。いや、それ以前に、契約できない可能性もあるか」
実際、リーンさんはシャ・ラウと契約できなかったという。
だから、ぼくに渡してくれた。
彼女は、客観的に見ても、そうとうな術者のはずだ。
ぼくの召喚魔法のランクは8だから、たぶん格的にはリーンさん以上で……。
それで契約できないって、もうほんとにすごい話になる、か。
つまり、ぼくならなんとかなる、はずだ。
なんとかなるといいなー。
「とりあえず、契約するにしてもこの戦いが終わってからかなあ。儀式の準備には一時間くらいかかりそうだし。リーンさんのところに戻れば、サポートしてくれるかもしれないし」
「そうですね。図面を描く作業には、少し手間取りそうですから。経験者であるリーンが手助けしてくれるなら、成功率もあがるでしょう」
そう正確な図面でなくてもいいようだが、なにせルシアは、そういった作業に慣れていない。
そしてリード・ランゲージは文字を読めても、それを的確な作文に応用する能力がない。
どんな文字でも書けるようになる、ライト・ランゲージとかいう魔法、ないかな……。
いや都合がよすぎだけどさ。
さて、現状で専従契約について調べられることは調べた、かな。
あとは、もとの場所で敵を掃討するだけか。
その前に、もうちょい休みたいけど。
「アリスちゃんと、心いくまでいちゃいちゃしていいですよー」
啓子さんが笑う。
「いちゃいちゃの先に行くなら、カーテンかけてあげましょうかー?」
「妙な気遣いはやめてください」
「それとも、たまきちゃんとアリスちゃん、ふたり一緒のときじゃないと、エッチなことはできないんですかー?」
あ、こいつ爆弾投下しやがった!
啓子さんは、とても嬉しそうな顔をしている。
完全にわざとだ。
間違いない。
このひとも結城先輩やミアの同類だわ。
「え? あ、あの、恋人って、アリスちゃんじゃ……」
雪野さんが、頬を真っ赤にしてぼくの顔色を窺う。
う、うぐ。
「ユウくんから聞いたわー。カズくんは、アリスちゃんとたまきちゃんとミアちゃんの三人とも恋人なのよねー」
「ミアはまだ違う」
ぼくは観念して、肩を落とした。
しゃあない、もうこうなったら、いろいろバラしてしまおう。
下手に勘ぐられるより、その方がいい。
主にぼくの精神的に。
あと、アリスやたまきがのちのち、妙に勘ぐられないためにも。
そういや、ルシアにも詳しい経緯までは説明してないしね。
「そもそも、ぼくが地震のあとすぐにレベルアップできたのは、シバを殺すつもりで計画を練っていたからなんだ」
ぼく自身の手でシバを殺したいまでは、殺意の有無なんてたいした問題じゃないだろう。
そもそも、雪野さんや啓子さんが、高等部で好き勝手やっていた彼を同情するとも思えない。
だからそのへんは、すべてぶっちゃけることにする。
落とし穴を掘っていたこと。
偶然、レベル1になったこと。
アリスと出会い、彼女と共に育芸館の解放に向かったこと。
ギリギリのところでエリートを倒したこと。
二日目になり、中等部の子たちを指揮しながら女子寮、中等部校舎と解放していったこと。
その過程で犠牲者が出たこと。
ぼくの心は、過酷な戦いのなかで次第に摩耗していったこと。
それらがすべて、シバとアリスが密会する姿を見たときに爆発したこと。
たまきが助けにきてくれて、自暴自棄になったぼくを救ってくれたこと。
そのあと、たまきと共に高等部に向かい、結城先輩と出会って、アリスを助けるためオークの部隊に突っ込んだこと。
ジェネラルを殺し、さらにシバを殺したこと。
「大冒険、ですね……」
ぼくが二日目までの出来事をひととおり話し終えたあと、雪野さんはおおきく息を吐き出し、感嘆とともにそういった。
「物語の主人公みたいです」
「普通の物語の主人公でも、ここまで忙しくはないと思うけどね」
ぼくは苦笑いする。
そう、あまりにも濃密な時間だった。
ぼくとアリスとたまきとミアの間に流れた時間は、きっと通常なら何カ月分、いやひょっとしたら何年分にも値する、濃厚な経験を与えてくれた。
「それで、三日目の今日は、ミアちゃんといい関係になったのかしらー」
で、まぜっかえしてくる啓子さん。
うわーこのひと空気読めよ!
いや、空気読んでるから、こういう風にちゃかしてるのかもしれないけど。
「ミアとの間は、あいつが……そうですね、いまの啓子さんみたいに、要所要所でギャグにしちゃうせいで、なかなか」
そういって、苦笑いしてみせる。
「いま思ったんですけど、結城先輩とふたりきりのときの啓子さんって、そんな感じでいい雰囲気台無しにしてません?」
「あ、あうーっ」
あ、啓子さん、いじけた。
クリーンヒットだったっぽい。
部屋の隅っこの方にいって、体育座りになった。
あ、シクシク泣き始めたぞ。
案外、精神弱いな、グレーター・ニンジャ……。
「違うもん。わたしだって、ちゃんとそういう関係になりたいんだもん。でもユウくん紳士だし、わたしお姉さんだからリードしなきゃって思うけど、つい恥ずかしくなっちゃうだけなんだもん。だいたいユウくんもユウくんで……」
「あ、あのっ、わたし、啓子さんは魅力的な女性だと思います!」
アリスが慌てて駆け寄り、慰めている。
うん、いい子だなあ。
「そっ、それにわたしも、白い部屋でしかカズさんとは、その……。だからまだ実際は!」
「余計なことまでいわんでいい!」
テンパるといつもこれだ、この子は!
アリスは自分がなにを口走ったか悟って、「ひゃあ」と空気が抜けるような声をあげると、あわあわと奇妙な踊りをはじめた。
戦いでは鬼神のごとしなんだけどなあ……。
不器用なひとたちだ。
いや、ぼくもひとのこといえないけど。
ルシアがじっとぼくのことを見ている。
「なにさ」
「文化の違いから来る、ものごとの受け取りようが面白いですね、と」
「いっとくけど、アリスも啓子さんも、だいぶ極まった感じに面白いひとたちだからね」
ルシアは口もとに手を当て、そうかー、という表情をしている。
で、傍らで苦笑いしている雪野さんに「そもそも、あなたがたの一般的な感覚において、貞操観念というのは……」とか余計なことを聞いていた。
ぼくは知らないふりをする。
やー、もうなんかこの会話、収拾がつかない。
他人のふりをしたい。




