第116話 グレーター・ニンジャ
磯垣啓子。
現在、大学一年生。
結城先輩のひとつ上で、忍者部の前部長。
いや、忍者部(学校非公認)をつくったのは結城先輩らしいんだけど。
二年前、なぜか彼女が入ってくれたんだそうだ。
そして決闘ののち、啓子先輩は結城先輩に勝利。
忍者部部長の地位を勝ち取った。
通称、グレーター・ニンジャ。
そしてふたりは、いつしか結婚を約束する仲になった。
一応、お互いに大学を出てからという話らしいけど。
「うん。ちょっとツッコミどころがありすぎて、なんていったらいいかわからない」
「あれー、そうかなー?」
啓子さんが、小首をかしげる。
つーかグレーター・ニンジャってなんだよ。
結城先輩と決闘って、どういうことだよ。
「一昨日は、たまたまわたし、ちょっと用事があって、学校に来てたのよー。そのついでに、ユウくんの顔を見ようと思ってたんだけど……そうしたら、地震があって、ちょうど北道を通ってるときだったけど、あの道、地滑りで……」
地震のとき、北側の道は崩落した。
啓子さんは、高等部に戻る道を塞がれてしまったのだという。
仕方なく、いったん山を登ってみたところ、オークに遭遇した。
彼女は、手持ちのナイフでオークを殺し、レベルアップした。
その後も襲い来るオークをなぎ倒し、一日目でなんと、レベル6に到達。
しかし……その後、道に迷った。
「啓子は、致命的に方向音痴なのでござるよ」
各所に忙しく指示を出しながら、相変わらず忍び装束の結城先輩が解説する。
なんだか、ちょっとぐったりしていた。
「でね、仕方ないから木の上で野宿して、昨日も一日、あちこちぐるぐるして……今朝、やっとこっちに戻って来られたのよー。ほんと、たいへんだったんだからー」
二日目は、ほとんどオークと出会わない場所をまわっていたらしい。
かわりに熊を倒したとか。
三日目、アーチャーをなぎ倒しているうちに、同じくアーチャーや蜂を狩っていた結城先輩と運命の再会。
以後は、結城先輩の右腕となっているらしい。
というか、外に出すと帰って来られなくなるので、迂闊にお遣いもできないとか。
ちなみにここまでの会話で三分ほど。
たった三分で、これほどツッコミどころしかない会話も珍しい。
「ミア。このひとって、いつも、こうなのか」
「すごいでしょ、ケイっち」
「聞けば聞くほど、なんというか……」
「いつものこと」
ミアは平然としていた。
いやまあ、結城先輩の婚約者なんだから、これくらいカッ飛んだひとじゃないとダメかもしれないけどさ……。
「ところで、啓子さん、いまレベルはいくつなんですか」
「18よー」
ぶい、とチョキで手を伸ばしてくる。
満面の笑顔だ。
って、レベル高いなおい!
ぼくたちみたいに外の世界に出てないのに……。
「今朝、蜂と弓使いさんをがっつり倒してたら、一気にあがっちゃったわー」
「ええと……ソロで、ですよね」
「もちろんよー」
ちなみにスキルは、偵察5、付与魔法4、運動2、肉体3であるらしい。
え、ちょっと待って。
攻撃系スキルがないんですけど!
「肉体を上げておくと、首を締めあげるだけでオークを殺せるのよー」
「武器持ったやつを相手に、無手で、首を締めあげる態勢まで持っていけるって……」
「啓子は、ガチで喧嘩、強いでござるよ……」
肩を落とす結城先輩。
あの、それもう喧嘩が強いってレベルじゃないです。
ああ、うん、だからこそグレーター・ニンジャなんですね。
このひと、スキルシステムを根本から否定する存在だわ。
ちなみにフルコンタクトの空手と合気道の達人であるらしい。
合気道に関しては、中国人の師父から、もはや教えることがないといわれているとか。
どんな大学一年生だよ。
というか、合気道なのに師匠は中国人って、どういうことだよ。
「蜂は、どうやって倒したんです」
「針をリフレクションしたのよー」
あ、はい。
それが確実にできる動体視力と反応速度があれば、苦労はない。
ぼくには無理だ。
でも、まあ。
彼女はSLG風にいうと完全に森のなかの隠密作戦特化型ユニットっぽい。
しかも雑魚掃除用。
武器スキルがないから、乱戦では厳しいだろう。
ボス相手に空手や合気道ではなにもできないだろう。
メキシュ=グラウのような相手なら、なおさらだ。
それも仕方のないことだとは思う。
彼女は情報から遮断されたまま、まる二日以上に渡り、森のなかをずっと彷徨い歩いていたという。
しかも山の裏側だ。
そちら側はオークの数も少なかったというし、エリートやジェネラルもいなかったのだろう。
ならば、躍起になって武器スキルを上げるより、隠密特化で殺せる相手だけを殺していく方がいい。
付与魔法で身体能力を向上させられるというのもおおきいし。
う、うーん。
なんでそんなスカウト特化のビルドなのに、方向音痴かなあ。
彼女の場合、スキルだけに戦闘力を依存していないから、ってのはあるけどさ……。
いろいろ惜しい。
結城先輩とは別の意味で、残念なひとだ。
「ところで」
と結城先輩が話を打ち切る。
「やはり、少し遠方まで偵察に出た班が戻ってきていないでござるよ。拙者がちょっと見てくるでござる。したがって、いまのうちに転移門とやらをひらき、脱出できる者は脱出させて欲しいでござる」
「もうすぐ、敵の第一波がきますよ」
「危険だと判断したら、撤収して構わないでござる。皆の安全が第一で……アイタタっ」
素早く結城先輩に肉薄したミアが、右手の甲の皮を抓りあげた。
無表情だった。
だがミアの怒気だけは、ヒシヒシと伝わってくる。
「兄さん。いのち、だいじに」
「し、しかしでござるな!」
「わたしがいく。フライ、使える。ウィンド・サーチで捜索もできる。兄さんは、ここで指揮」
風魔法のランク6、ウィンド・サーチは、ソナーのように超音波を飛ばし、その反響で周囲を調べる魔法だ。
人探しには有用だろう。
「そ、それは危険でござるよ!」
「自分なら危険な目にあってもいい?」
五つ年下の妹にジロリと睨まれ、結城先輩はめちゃくちゃひるむ。
ミアこそが彼の弱点だ、と以前聞いた気がするけれど、どうやらそれは、まったくの真実であるようだ。
「兄さんは、指揮官。ここで撤退の指揮をとる。いいね?」
「わかったでござるよ……」
結城先輩が、肩を落とす。
ミアはぼくを見上げ、「ってことで、ちょい、いってくる」と告げた。
「待て、ミア。きみひとりじゃ危険だ。たまきを連れていけ」
「うん、そうね。わたしが一緒ならだいじょうぶよ!」
胸を張るたまき。
あ、なんかぼく、ちょっと不安になってきたぞ……。
い、いや、でも治療魔法を使えるアリスは手もとに置いておきたいしなあ。
「わかった。ちゃんとたまきちんをうまく使う」
「頼んだぞ。ミア、きみが頼りだ」
「え、あれ、わたし使われる方なの?」
ミアとたまきは、グレーター・インヴィビリティをかけたあと、フライで北東に飛び立つ。
まあ、なんだかんだいっても、ミアが一緒ならだいじょうぶだろう。
で、さて。
「リーンさん。いまのうちに転移門の設置を。ぼくとアリスとルシアは……」
空を仰げば、数十体のモンスターが、飛行して迫ってきていた。
ルシアがいっていた、先遣隊か。
オーガ。
ここから見る限りでは、赤茶色の肌を持つ、身長三メートルくらいの巨人だ。
額に一本、角を生やしている。
半分、あいた口から、狼のような尖った牙が見える。
つぶれた鼻、醜い顔、その目は凶暴に、赤く輝いていた。
まさしく、赤鬼だ。
武器は長い槍と丸盾。
粗末な皮鎧を着用している。
なんかこう、三百体ほどでファランクスを組みそうな感じである。
やー、でもあんな巨人たちがファランクスを組んだら、こっちとしてはキツいなあ。
アリスの槍だと、リーチの差で負ける。
ルシアの魔法くらいしか対抗手段がなさそうだ。
「身体能力に長けたやつらが集団戦術を使ってくるのって、反則じゃないかな」
「はい、強靭な肉体を持った個体が統率のとれた集団行動をとる。極めて効果的でした。わたくしたちエルフの軍隊では、対抗手段がなきに等しかったと聞きます。光の民であれば、森のなかでゲリラ戦術に特化することで、やりようがあるかもしれませんが……」
なるほど、とルシアの言葉にうなずく。
あんなやつらに正面から会戦を挑むのは、弱者たる人間たちにとって自殺行為だろう。
「ルシアの国の軍隊は、どうやって対抗したの」
「遠くから弓矢で。魔法も効果的です。接近は厳に戒め、砦のなかから消耗戦を挑みました。しかし、空中から攻め込まれては、それすらも……」
だろうな。
どんな堅牢な砦も、空から攻めてくる敵に対しては砂上の楼閣も同然だろう。
いや、この世界では、飛行ユニット対策が練り上げられているかもしれないけど……。
そのあたりは、また今度聞くとしよう。
いまは目の前の敵をどう相手にするか、だ。
数えてみたところ、こっちに向かってきているオーガの数は、三十体と少し。
どいつがメイジかは、ちょっとわからない。
あ、ローブを着て杖を手にしたやつがいるから、あれかな?
だとしたら、いち、に……メイジは、四体か。
ルシアの予想より多い。
ほかに、ほかよりひとまわりおおきな、青い肌を持つオーガが一体。
「あの青いやつが、キャプテン・オーガか」
「そのようですね」
キャプテンは青鬼か。
よし、敵の戦力はおおむね把握した。
背後の空き教室では、転移門がひらき、そこに次々と生徒が呑みこまれていく。
結城先輩のもとに集った高等部の生徒は、五十人程度。
そのうち、いまここにいるのは三十人と少しだ。
離れた場所にいる者が数名、それを連れてくるため出ていったものが三名ほど。
そして、ミアとたまきが探しにいった、北東の方にいるはずの六人チーム。
さて、ミアたちが戻ってくるまでの時間は、なんとしても稼ぐ必要があるけれど……。
「わたしも手伝うわよー」
啓子さんが進み出てくれる。
ああ、グレーター・ニンジャの応援は助かります。
正直、オーガの体格を相手に、だいじょうぶかなと思うけれども……。
その啓子さんは、ひとりの少女の肩を抱く。
ジャージの色からすると、二年生だ。
「あと、この子も火魔法が使えるから、連れていきましょー」
「ええと……」
ぼくは啓子さんが連れているその先輩を見た。
三つ編みおさげで丸メガネをかけた、少し挙動不審な少女だった。
「雪野ちゃんよー」
「よ、よろしく、お願いしますっ」
雪野と呼ばれた少女は、ぺこぺこ頭を下げてくる。
あー、ぼくたちの方が年下なんだけど。
まあ、いいか。
たまきとミアをパーティから外し、かわりに啓子さんと雪野さんを迎え入れる。
向こうは、パーティを解散したことにすぐ気づくだろう。
これで五人パーティだ。
「ルシア」
ぼくたちは本校舎を出て、ひらけた場所に向かう。
先手は、こちらが打つのだ。
空のオーガたちは散開しているから、一気に殲滅とはいかないけれど……。
校舎から少し離れて、グラウンドの隅で迎撃するのがいいかな。
「初手は、ファイア・ストームだ。魔力解放、三倍で」
「わかりました」




