第110話 和平派
ぼくたちを襲撃した和平派の男の死体は、光の民の兵士たちが手際よく回収していった。
彼に殺されたハガンさんの遺体も、一緒に持っていかれた。
残された兄弟のもとに運ぶのだという。
なんだ。
彼にもまだ、生きている肉親がいたんじゃないか。
それなのに、死に急いで……いや、そのときはアリスの魔法で助かったわけだけど。
なのにそのアリスの行為も、結局は無駄だったのか。
やりきれない。
かぶりを振るぼくの服の裾を、ミアがちょいちょいと引っ張る。
「これからも、ひとはいっぱい、死ぬよ」
「思いつめたりは、しないよ。でも、ありがとう」
ぼくは彼女に、精一杯の笑顔を見せる。
ミアが、まじめくさってうなずく。
いつもみたいに冗談をいわないのは……彼女も、なんだかんだで少し堪えているからなんだろうか。
ミアの頭をぐしゃぐしゃ撫でた。
なるべくちからを込めた。
ミアが「うーっ」と上目遣いに睨んでくる。
「カズっち、そこはぎゅっと抱きしめるところ」
「あいにくと照れ屋さんなので」
ぼくは首を振って、ルシアを見る。
ルシアが「参りましょう」とうなずく。
そうだ、いつまでも感傷に浸ってはいられない。
ハガンさんが望んでいたのは、モンスターを一体でも多く倒すこと。
その望みを叶えるためにも、いまはリーンさんのところに赴かなくては。
※
前回と同じ、木のうろのなか。
ぼくたちはリーンさんと向かい合って座る。
「最初に、こちらの不手際で和平派の襲撃を許したことをお許しください」
謝罪するリーンさんの声には元気がない。
どうやら、この本拠地でテロが起こったことにショックを受けているようだ。
ここに来るまでの警戒態勢も、いっそう、ものものしい。
兵士たちは、皆、ピリピリしていた。
あんな襲撃があったあとだ、無理もない。
「和平派、っていったい、なにものなんです。そもそもモンスターと交渉なんてできるんですか」
ぼくは質問を畳みかけた。
それになにより、一番聞きたいのは……。
「ぼくたちを襲った男は、マナかなにかで槍を大量につくり出して、操っていました。あれはなんですか」
「報告を受けましたが、おそらくは……特殊なモンスターが寄生していたのでしょう。詳しくは解剖の結果次第ですが」
人間と合体するモンスターってことか?
「あれはモンスターの特殊能力、なんですか」
「あなたがたを襲った男は、この地を警護する優秀な兵士のひとりでしたが、特別なちからの持ち主ではありませんでした」
あの男の身元ははっきりしてるのか。
それにしても、人間と合体……寄生するモンスターって、怖いな。
リーンさんの態度からすると、和平派にとっては常套手段なのかもしれないけど。
それにしても、これって親衛隊から裏切り者が出たようなもの、だよね。
そりゃ、リーンさんも気落ちするよなあ。
「その男が寄生したモンスターに操られていた、とかそういうことですか」
「無論、その可能性もあります。彼は、もともと前線に出て戦ってはいません。なにものかが最近、彼に接触し、悪しき種を蒔いたということになりましょう」
あの男にこっそり近づき、モンスターを寄生させたやつがいる。
あいつが意に反してぼくたちを襲ったのか、それとも望んで行動を起こしたか、それは現時点ではわからないけれど……。
どっちにしたところで、光の民は内部に不穏分子を抱えているということになるわけか。
しかも、ことが起こったのはリーンさんのすぐ近くだった。
不注意、ではすまないだろう。
かなり重大な問題である。
彼女が厳しい表情なのも、当然だ。
「現在、男の妻と娘を拘束し、事情を聞いております。尋問でなにかわかればよいのですが……」
「拷問?」
ミアがぴくっと反応する。
おい、どうしてそこで嬉しそうになる。
ほんときみは、不謹慎のかたまりというか、残念すぎるというか……。
「いいえ、魔法を使用し、真実のみを聞きだすという方法があるのです」
なるほど、それは便利でいいなあ。
ま、じゃあ情報の方は、今後の報告待ちか。
「では、リーンさん、次ですが……」
本題に入ろう。
ぼくは改めて座布団の上に座り直す。
ぴんと背を伸ばし、リーンさんと視線を交える。
「明日、世界が滅亡するって話について、詳しく教えてください。あと、どうすればそれを回避できるのかも」
「はい。お話いたしましょう」
リーンさんも、この質問が来るのはわかっていたのだろう、真剣にうなずく。
「そもそも、この世界、いえ、いまわたしたちがいるこの大陸は、五つの神殿に支えられて海に浮いているのです」
そして、語り始める。
まるで神話のような、ぼくたちがいま踏みしめる大地の物語を。
※
かつてこの世界に存在した陸地は、諸島群だけだった。
古き神々は、それぞれが己に似せて、眷族、つまり人をつくり出し、それぞれの支配する島に住まわせた。
人族も、エルフも、人族に獣人と呼ばれる光の民も、それぞれを産みだした古き神に似た姿であったということだ。
もっとも、どの古き神がどの種族を産みだしたかについては、伝承から失われてしまっている。
これら古き神々は、ずっとずっと昔にこの世界から去ってしまったからだ。
己を産みだした古き神々に見放されてからも、人やエルフや光の民は生き延び、栄え、数を増やした。
次第に、陸地が足りなくなった。
どの種族も、少ない資源を奪い合いうようになった。
ちょうどそのころ、この世界に降り立った、別の神々がいた。
彼らを、先にこの地を見捨てた古き神に対して、新しき神、あるいは単に神と呼ぶ。
そのうちの一柱、魔術の神ルゴールが、陸地の少ないこの地に暮らす人々を不憫に思った。
「汝らに大地を与えよう」
ルゴールはその言葉の通り、海底に眠る大地を浮上させた。
それが、いまぼくたちがいる、この大陸であるという。
ふたたび大地が沈まぬよう、大陸各地に、五つの楔が穿たれた。
ルゴールは、喜ぶ人々にただし、と忠告した。
「五つの楔のうち、三本が倒れれば、この大地はふたたび海に沈む。その余波で、周囲の島々も滅びる。この世界に住まうすべての陸の命は、滅びのときを迎えるだろう」
人々は五つの楔を五大神殿として、聖地として崇めた。
当然のことながら、どの種族も、それら聖地を汚すような真似はしなかった。
楔の神殿は、周囲の土地をマナ的に肥沃な状態へと変化させる。
必然的に、人はその周囲に集まる。
それらは文明の中心地として、長きにわたって栄えた。
だが……百年前、モンスターが現れてから、事態は急変する。
モンスターにとっても、この五大神殿は重要な施設であるようだったのである。
モンスターの軍勢は、五大神殿に攻め込んだ。
激しい攻防が続き……。
「五大神殿のうち、ロウンの地底神殿とガル・ヤースの嵐の寺院は、すでにモンスターの手に墜ちました。残るは聖都アカシャ、ハルーランの尖塔、そして……」
リーンさんは、一度口を閉じ、そっと目を伏せた。
ぼそぼそと、祈りの言葉のようなものを呟く。
顔をあげ、ぼくたちを見る。
「みなさんもご覧になったでしょう。この地の世界樹もまた、五大神殿のひとつなのです」
なるほど、とぼくたちはうなずく。
だからこそ、二万もの軍勢が攻めてきているのか。
いや、ほかに人類側の拠点があまりないから、ってだけかもしれないけど。
モンスターがあとひとつ神殿を奪ったあと、彼らがそれをどうするのか、世界がどうなってしまうのか、それははっきりとわからない。
とはいえ、それと神託の言葉を合わせて考えれば、なにか致命的なことが起こるのは明白。
進退きわまる状況で、なおかつこの三つの地点をひとつでも落とせば、その時点で人類の敗北が決定する。
この世界、マジで詰んでるなあ。
こんな状況、皆がとっくに絶望していてもおかしくない。
つまり……。
「リーン。こういった情報は、民には伝わっておりませんね」
ルシアが、かたい口調でいった。
ま、緘口令が敷かれているよな。
適切な判断だと思う。
「ええ。我々も、神託を受けてから情報を集め、ようやくこれらの伝承が真実であると確信に至ったのは、つい最近なのですから」
「それじゃ、いまの話は……」
「モンスターが、五大神殿を奪いなにをするつもりなのかについては、不明です。ただ、致命的なことが起こることだけは、間違いありません。そして……このままただ、抵抗を続けているだけでは、残る三つの神殿を守りきることができないというのも、たしかな計算なのです」
だからこそ、さきほど聞いた通り、反攻作戦、なのか。
不利を承知でも、打って出る。
問題は、その作戦内容だが……。
「作戦は二段階に分かれます。生き残った各人類拠点から兵力を捻出し、ロウンの地底神殿とガル・ヤースの嵐の寺院を奪還します。同時に、ハルーランの尖塔と聖都アカシャを、わざとモンスターにあけわたします。そして……ふたつの地のモンスターが神殿周囲に集まったときを狙い、濃いマナが集まるこのふたつの神殿を爆破します。計算では、爆発によって地平線の彼方まで広い土地が灰塵に帰します。たとえ神兵級のモンスターが多数、集まっていようとも、全滅させることができることでしょう」
なるほど、わざと城に敵を誘い込み、そこに爆弾を仕掛けておくわけか。
苦肉の策ではあるけれど、悪くないように思える。
で、それだけじゃ大陸の破滅だから、一度奪われたふたつの拠点を奪還するわけで……。
「奪われたふたつの拠点……その、地底神殿と嵐の寺院、でしたっけ。そこの楔が、もう使いものにならなくなっているという可能性は」
「神託の結果、現在のところ楔の機能に異常はない、という回答を得ることができました」
ああ、神さまに聞いたのか。
便利だなあ神さま。
「この世界樹は、残る拠点でもっとも守りが硬いゆえ、われら光の民は守りに専念することになりましょう。みなさんは、ふたつの楔の神殿を奪還するチームに入っていただきたく思います」
「そのへんも、転移門とかでさっといけるんですか」
「はい。すでに事前準備は整っています。目的地のすぐ近くに秘密の砦を築きあげております」
行動がはやい。
さっきぼくたちを呼んでみせたように、使い魔とかを利用するからか。
魔法って便利だな。
「すぐに決断する必要がありますか」
リーンさんは首を振った。
「みなさんの今後に関わることです。ほかの方々とも、そして山に残した方々とも相談のうえ、明朝に答えを聞かせてくだされば結構です」
なんか余裕の答えだなあ。
いや、まあ、向こうもわかっているってことか。
この作戦、ぼくらには乗るしか道が残されていないってこと……。
って。
待って、いまさらっと聞き捨てならないことをいったぞ、このひと。
「ぼくたちの山が見つかったってことですか」
「はい、ついさきほど」
リーンさんは微笑んだ。
うわー、それを先にいって欲しかったよ。
意地が悪いなあ。
違うか。
会談のなりゆきによっては、取引材料にしようとしていたってことか。
ぼくたちは、まだそこまで信用されていなかったってわけかな。
「みなさんが揃ってから、転移門をひらきます」
リーンさんはそういって、うなずいてみせる。
いやまあ、この件をさっと切りだしてくれたってことは、いまは信用してくれている……のだろうか。
よくわからない。