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MEMORYS

聖バレンタインデー

 甘い茶色のお菓子を持った女子生徒達が、自分の想いを伝えるために意中の人を捜す。

 今日は、二月十四日。聖バレンタインデー。


「うわ~……」

 私は、テニス部の部室前にいる女子の集団を見て思わず言葉を失った。

 相変わらず、彼らの人気は高い。そんなの毎日聞いている黄色い声で解りきっていたことだけど、痛感してしまう。

 ここに集まっている彼女達は、特に人気のあるレギュラー陣のファンだろう。

放課後になっても渡せなかったから、ここまで来たんだと思う。

 それもそのはず。今日は練習が出来る状態じゃないから部活は休みだし、当の彼らが学校を休んでいる。

 とは言っても、実は部室に避難しているんだけど。

 それほどにまですごいのだ。本当に、冗談じゃないくらい。


 にしても、この中を入って行かなきゃいけないのか……私。


 溜め息を吐くくらいは許して欲しい。

「……よし、行くか」

 自分を奮い立たせて、歩き出す。


「すみませーん、ちょっとどいて下さい!」

 騒がしい声に負けないように張り上げ、集団の中を進んでいく。

 痛ッ、誰か足踏んでるから!

 後ろの人、押さないでよ。苦し……!

 そんな風に苦労しながらやっと部室の扉前に着いたときには、すっかり疲れ果ててしまっていた。

 でもまだ、仕事が残っている。

 扉を背にし、彼女達の正面に立つ。視線が痛いけど、そんなのはいつものことで慣れてしまった。

 出来れば慣れたくなかったけど。

「皆さん、今日はテニス部は休みです。皆さんのチョコレートは、私が責任を持って彼らに渡しますので、この袋に入れて下さい」

 人数分用意していた袋を取り出し、広げる。

 同じ女のコとしては気持ちが解るからこんなことはあまりしたくないんだけど、これ以上部室前に居られても困るし混乱は避けたいから、苦肉の策だ。

 彼女達は彼らに渡せる。

 彼らはスムーズに帰れる。

 ほら一石二鳥。

 私がそう思っている間にチョコはどんどん袋に入れられていき、集団も少なくなっていく。


 その場にいた人間が誰もいなくなったのを確認し、部室と呼ぶにはやけに豪華すぎる部室の扉を開ける。

「お疲れ、マネージャー」

 中に入ると、レギュラー陣が各々自由に椅子やソファに座っている。

「すごい量だな」

 そんな感心した口調で……これはあなた達宛てなんですよ? 他人事じゃないでしょう。

「ここに置いておくよ。もう誰もいないと思うけど、帰る?」

 それにしても、本当に多いね。モテる男は辛いね。なんて軽口も叩きつつ、返事を聴くため部長を見る。

「で?」

「は?」

 返ってきた言葉の意味が解らない。

「お前からは?」

 みんなの顔を見ると、いかにも楽しみにしてますって表情をしている。

 こんなに貰ってもまだ欲しがるのか。まぁ、用意はしてあるけど。

「あー、はい」

 鞄から、チョコを取り出して一人ずつに配っていく。……鞄の中にある、一つだけ雰囲気の違う包みを避けて。

「お前からの、大切に食べさせてもらうぜ」

「いや、義理チョコだし」

「それでも、僕達にとってはどんなチョコよりも価値があるんです!」

「あ、ありがとう」

 そんな風に言われたら嬉しくなってくる。

「さて、じゃあ帰るぞ」

 その声に部員達が動き出す。私も机に置いた鞄を取り、外へ向かう。

 校門までレギュラー陣と、そこからは唯一同じ方向の男子と歩き出す。



 沈黙が辛い。

 校門を出てから、今までずっと無言だ。

 いつもは会話が弾んでいるのに、今日に限って会話が発展しない。

「……すごい、量だね……」

 なんとか話題を見つけようとして、目に入った紙袋……チョコについて振ってみる。

「………」

 返事がない。

 彼の方を見ると、前を見たままでしかも何だか怒っているみたいに見える。

「どうか、した?」

「……あのチョコ」

「チョコ?」

「鞄の中に入っているの、本命チョコだろ。誰宛て?」

「えッ」

 き、気付かれてた!?

「こ、これは……」

「それが俺宛てだったら良かったのにな」

 すごく切なそうな顔で見られたから、何を言われたか理解するのに時間が掛かった。

 今のって、そういうこと? 期待しちゃうよ? 俯きながら彼の前に差し出す。

「はい、これ。帰りに二人きりになってから渡そうと思って……」

 みんなの手前、一人だけに渡さないのも変だから義理チョコも用意した。そして後でこっそり渡して驚かせようと思っていた。

 なのにその相手に本命チョコの存在を知られていたなんて。


 知られていたことと想いを伝える恥ずかしさや緊張で火照った顔を上げると、彼は試合でも見たことのないほど嬉しそうな顔をしていた。

 返事なんて聞かなくても、気持ちは一目瞭然。



 今日から私達は、レギュラーとマネージャーという関係から抜け出す……。









  ―おまけ―







「みんな悪いな」

「え、何か言った?」

「いや、別に」


 彼女がマネージャーである前に、一人の女性として好意を寄せられていること。

 それを知らないのはきっと彼女だけだ。






バレンタインデー前後は色々なチョコがあって嬉しいです

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