遠い夢の中で
―――――――――――――ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ
部屋に無機質な音が響く。
しかしそれは感覚が長くとてもゆっくりだ。どうやらここは病室で、俺はベットの上にいるらしい。
「優! 優! …何で、何でこんな!」
(あれ、俺どうしたんだっけ・・・・・・)
ぼんやりとした頭で考える。同じくぼやけた視界で辺りを確認すると、側には車椅子の女の子がベットにしがみついて顔を涙でぐしゃぐしゃにして何かをしきりに叫んでいる。
その後ろには何人かの大人がいるのがわかった。
医者か、その子の家族だろうか。
ここまでの記憶をたどってみる。朝、いつものように彼女の見舞いのために病院へ行き、その後――――
(そうか、思い出した)
この泣いている女の子は俺の幼なじみの※※※※。
昔から仲が良くてずっと一緒だった。
少し気が強いけれど優しくて、大人びていて、でもやっぱり子供っぽい一面もあって。
当然のことながら彼女が好きだった。
しかしある日、彼女は突然病気にかかってしまった。
それも、とんでもない重病に――――
病名は筋ジストロフィー。体中の筋肉が衰え手足が動かなくなり、最終的には生命維持に必要な筋力までも奪い去る。治療法は見つかっておらず、ほとんどが成人前に死亡する。
少しでも長く生きるためには辛いリハビリを続け、筋力の低下を遅くするしかない。
それでもやがて彼女は日に日に筋力がなくなり歩くこともままならず、車椅子で生活するようになった。
体は思うように動かず、食事も満足に取れない。
そんな彼女を見ていることしか出来なかった。
少しでも気晴らしになれば、と思い、たびたび散歩に誘うようになった。
いつの日にかそれは習慣となり、毎日続いた。
俺が車椅子を押して、他愛ない話をして――――
そして今日事件が起きた。
いつものように二人で散歩していると、一台のトラックが突っ込んできた。居眠り運転のようだ。
でも幸い気づくのが早かったのでギリギリ避けれるだろう、と思った。
―――――――― 一人だけなら。
俺は迷わず彼女を、車椅子を突き飛ばした。
おそらく彼女はこれで助かるだろう。
良かった、と思った。
直後、凄まじい衝撃とともに視界が暗転した。
(やっぱ轢かれたか。でもこいつは無事みたいだな)
「お願い、死なないで!置いてかないでよぉ!医者になるって言ってたじゃない!」
(ごめんな、それは守れそうにない)
彼女の病気を直したくて、本気で医者を目指していた。
大学も受かって、いよいよこれからと言う時にこのざまである。
(笑えねえな、告白もまだだっていうのに)
小さい時からずっと一緒にいたので、いざとなると気恥ずかしくてなかなか言えなっかったのだ。
後悔しても遅いということは分かっているが、未練というものはある。
「嫌、嫌! 起きてってば、ねえ!」
ガクガクと俺の体を揺すりながら言う。
(おいおい、揺するなって。内蔵とかぐちゃぐちゃだろうし出たらどうしてくれる――って医者が止めないってことは本当にやばいんだな)
心なしか体が重いような軽いような、ふわふわとした感覚がする。
これが死の予兆ってやつだろうか。
音もなんだか遠い。
「――――――! ――――――――――!」
(もう何言ってるか聞こえねえよ。泣くなって、美人が台無しだろ。)
だんだん意識が遠くなってくる。
限界なのか。
やりたいこと、まだたくさんあった。それこそ星の数ほど。
でも今はそんなこと全てどうでもいい。
(好きだって。愛してたって伝えたい――――――)
どうか、この世界に神とやらがいるのなら。
彼女に、愛していたと、出会えて幸せだったと伝えてくれ。
―――――――――――リィン。
何かが応えたような音色が鳴り響いた。