おまけ話◆私は王妃になるらしい(前編)◆
素晴らしく食欲の秋を迎えた私は、食事制限に苦しんでいた。
食事制限くらいと軽く思ってたけど、甘かった。私は普段そんなに食欲があるわけではない。身体が必要なだけお腹がすくと思っていたくらい。自然の欲求が求めるままに食するべしという感じ。胃が膨れれば満足する生活だったのだけど、やはりお腹に子供がいると違うらしく。脳が食え食えと催促してくる。私ではなく子供がたくさん食べたいらしい。
そうして欲求のままに食べていると、女医さんに叱られてしまった。食べ過ぎだと。自分でも自覚するくらいには太ってしまっていた。
でも、ついでに胸もかなりボリュームアップしたので、自分的には非常に満足だったりする。私の過去に例をみないグラマラスな体型になって満足感と幸福感が満載な日々。そして旺盛な食欲のままに美味しい食事が毎日並べられるのだから、太らないはずはない。私の食べっぷりに料理長がはりきって腕をふるってくれてたらしい。
そんな生活で急激に体重増加してしまい。現在は食事制限中なのだ。
普段の生活では、我慢することがあまりないので、食べたいのに食べられないというのは思いの外辛かった。
食欲でいらっとする気分を紛らわせるため、私は散歩に出かけることにする。
緑に囲まれた空間というのはとっても癒される。それにしても、私には特にこれといって趣味がなさすぎる。こういうときに、散歩するだけというのは年寄りじみて人生終わっている感がしないでもない。後宮にいたときからそうなんだけど。
趣味といっても、貴族女性達がするという楽器や絵を嗜むということには興味が惹かれない。
どうせ時間があるなら、へそくりを増やして、子供の将来のために蓄えておかないと、とか。そんな発想が、我ながら地味すぎる。でも、陛下が贈ってくれた妙な宝飾品は売り払いたいから、あれを元手に何かを考えるのもいいかもしれない。
「ナファフィスティア!」
そんなことを考えていると、散歩を聞きつけたのだろう陛下が庭園へと現れた。
散歩くらいで目くじら立てることはないと思うのだけれど。
「ここよ、陛下」
私の声に、陛下は一直線にずんずんとやってくる。庭園の通路を無視して。そこの草木の枝は乱暴にしないで欲しいな、と思っている傍から身体でへし折っていく。
今日の陛下は無表情ながら超絶不機嫌らしい。
「出歩くのなら、建物内だけでよかろう。なぜ外へ出るのだ!」
いつもに増して口調が荒い。政務で何かあったのかもしれない。訊かないけど。
そんなに不機嫌でも私を抱き上げる時は丁寧だ。非常に繊細な壊れ物でも扱うような。
そうして少しだけ出てきたお腹の脇をそおっと触れる。その時には陛下の表情がほんの少しだけ和らいだようだった。
「緑の中は気持ちがいいでしょ? 散歩も必要よ」
「医者は建物内を歩くくらいで十分だといっておったではないか」
そう。王宮の建物はとても広いから、そこを歩くだけで結構な運動量が稼げる。でも、廊下ばっかり歩いてもねぇ。楽しくないでしょう、やっぱり。
「建物内には緑がないでしょ?」
「では、庭園を室内に作らせるか」
「えっ、あ、いや、庭園は外がいいのよ! 室内にあっては楽しみが半減するでしょ! 妙なものをつくらせないで」
私は慌てて陛下を止める。今にも庭園を何処かの部屋に本気で作らせそうだった。
陛下、真剣に宙を見ている。私の声、聞こえている? やばい。本気で考えてるかも。
何かで誤魔化さないと。ええっと。
「だ、だいたい、どうして外に出てはいけないの? 警護の騎士だっていっぱい連れて歩いているのに」
とっさに出た私の問いかけに、陛下は眉間に皺を寄せた。
この表情は、わからないのか?、とでも言いたいらしい。わからないから聞いてるんでしょうに。
「ここへ来るまでには階段があるではないか。その上、この庭園にはいくつもの段差がある」
「階段を上り下りする時には侍女や騎士達が周りを固めているから、大丈夫よ」
階段は私にとって、障害だった。ここの人達は大きいので、一段の高さが高い。もちろん階段だから高いといってもたかが知れてるので、利用できないほどではない。ただ、スムーズに使うには厳しい。特に下りが。
後宮にいた頃は一階建だったから問題なかったんだけど、王宮では二階に私の居住空間があるので、どうしても階段を利用せざるを得ない。
今の身重の身体だと、確かにきついと感じることはある。そして、お腹が大きくなっていく今後は、危険かもしれない。
落ちそうになっても前後の侍女や騎士が待ち構えてて身体が傾いた段階で支えてもらえるんだけど。その素早さ逞しさたるや、見事の一言に尽きる。
陛下のせいで身体がだるい日とか、時々、膝ががくっときたことは一度や二度ではなく。その度ごとにフォローされてきたので、彼等はその対応のプロというレベルになっており、とても安心なのだ。
だとしても、子供のことを考えると、これからは控えた方がいいかも。もしもってことがあるから。
「ねぇ。私の部屋を一階にできない? これだけ大きい建物なんだから、部屋はたくさんあるでしょう?」
「一階には寝室がない」
陛下のいう寝室が、私の考える寝室と異なることは間違いない。ベッドを置けばどこでも寝室と考える私とは。
「別に陛下の寝室じゃないし。私はベッドがありさえすればいいから、小さな部屋を一つ空けてくれれば引っ越すわよ?」
「小さな部屋になど移れるはずはなかろう。警護の者達の配置や、扉や壁の強度、脱出用非常通路を考えると、今から改装してもどれだけかかるか……」
そんなことが必要なのか。脱出用非常通路? 私の部屋にはあるってことで。知らなかった。ただの、寝室にしては広い部屋、ではなかったんだ。
そんなこと気にしなくても、とは言えない。さすがに子供のことを考えると。
妃でも危険手当が必要なくらいだから、子供はますます危険だろう。王妃になりたい人達は、王位継承者を産むことを最終目標にしているわけで。私の子供が産まれなければいいと思っている人々が何人もいることは容易に想像できる。
「じゃあ、引っ越しは出来ないのね?」
「出来なくはないが、すぐには無理だ。提案させてみよう」
「それならいいわよ。無理に引っ越ししなくても。子供が産まれるまで、少しの間、不自由なだけだから」
「そうか。では、これからは二階だけで過ごせ。明日には、階段を使わずとも執務室へ抜けられる通路の工事が完了する。散歩には執務室へ来ればよい」
執務室は、王宮内にあるとはいえ生活空間とは違うため同じ二階であっても長い廊下を歩いて階段を上り下りしなければ到着できない場所にある。
私が庭園へ行くのは嫌だが、執務室へは来て欲しかったらしい。庭園へ行くなら、なぜ執務室へ会いに来ないのかと思っていたのかもしれない。
王宮のどこかで工事してるなと思ってたけど、まさか二階からそのまま執務室へ行くための通路を作ってたなんて。それはもちろん私のためで。
うむむっ。
執務室へ来いとの無言の催促とは。
「わかったわ。庭園の散歩は当分我慢することにする。緑は、そうね、部屋に鉢植えでも並べることにするわ」
「それがよい」
陛下は私の答えに満足したらしい。前を向いたままで表情は変えないけど、抱き締めるようにして私の背中を撫でてくれてるから。
まあ、その、こういうのは嬉しかったりする。




