第19話(内緒の買い物)
私は王宮へ戻ってからすぐに注文したものが出来上がったと聞き、ワクワクしながら届けられた箱を受け取った。といっても、それは小さなものではないから、部屋の中に運び入れてもらう。
「それは、以前、ナファフィステア妃が業者を呼び寄せてまで発注なさったものですね?」
侍女リリアは胡散臭そうな顔で眺めている。
木の箱から中の物を取り出し、身に付けてみた。
金属の鎧を私の体型にあわせてベスト型で作ってもらっていた。先日の襲撃から、陰険な女性達の策略対策だけでなく、危険から身を守ることを考えておかないといけないと悟ったからだ。ちょっと甲冑にも憧れが……。
金属で重いから上半身の身頃部分だけである。肩の部分で胴囲部と接続するようになっていた。
それにしても、重い。
「ナファフィステア妃、それではドレスが台無しでございます」
侍女リリアに言われて自分を見てみれば、上半身を金属の鎧で覆われ、ドレスはスカート部分しか見えてない。
確かに、大げさに表現すると、救命胴衣を身につけた人みたいな。これでは、周囲を警戒していますと宣伝しているみたいだ。
「それにそのように薄くては、防御の役割をはたさないでしょう」
私の姿を目に写しながら淡々と侍女リリアは指摘する。
なんて鋭い意見。なぜそんなことがわかるのか。さすが王宮勤めの侍女。
これで、薄い?
防御力をあげるために厚みを増すと、重くなる。これ以上重くなると、かなり問題が。重すぎて動けなくなるからだ。
……厚み以外で何か考えることにしよう。
私は箱の中からもう一つの注文品を取り出した。
デザインは、悪い。
私の説明が悪かったと思われる。
私はそれをかぶった。
大きく髪を盛った鬘に見せかけた冑である。テレビで女性が大きな黒いタマネギのような髪型をしている人がたまにいる。あれをヒントにしてみた。
金属の冑をそのまま頭にかぶるのはどうかと思ったので鬘にしてみたのだ。
名付けて、鬘ヘルメット!
「何を、しておるのだ?」
扉の方から重苦しい気配を漂わせながら、低い声が響いてきた。
私はふいっとそちらを見た。
その動きに頭が揺れ、重い鬘ヘルメットを首が支えきれなかった。重力が、重い。
鬘ヘルメットは床へ向かって落下する。
私の視界はそれにつられて落ちていく。
下手に抵抗すると、首がヤバい気がするので自然落下に頭を任せる。
異様に時間がゆっくりと流れる気がする。
これは生命の危機なのでは。
私は地面が近くなると、とっさに膝をつき、さらに腕をのばして身体を差支えた。
が、頭はなおも落下する。
四つん這いで、鬘ヘルメットの先が床の絨毯に埋まり、奇妙な姿勢で止まった。
ほうっ、危なかった。
この鬘ヘルメットでは、頭を守るより先に首の骨を折ってぽっくりいきそうだ。
床しか見えない状況で、男性の靴が視界に入った。
この豪華さは、陛下だろう。
頭上から無言の何かが降ってくるのは気のせいかな。
頭から鬘ヘルメットが取り外された。そばに跪いた陛下の手つきは、押し寄せる冷気とは違い丁寧だった。
自由になった頭をあげると、冷たい青い目が超アップになった。心なしか口元には笑みがある。
笑みはあるけど、笑ってない?
なんだか笑顔が怖いよ、陛下。
「何を、しておったのだ?」
再び陛下の問いかけ。
鎧ベストを身に付けたままの私を陛下は軽々と持ち上げた。
「注文したものが届いたから、試着してたのよ」
「そうか」
陛下は、私がかぶっていた鬘ヘルメットを右手で拾った。私は陛下の左腕に乗ったまま、それを見る。
髪飾りは歪んでしまったけど、無事のようだ。
「この髪はどうした?」
鬘ヘルメットの手触りで本物の髪だとわかったらしい。
すごいな。
私は感心しながら、陛下に答えた。
「私の切った髪を使ったの。ちょっと前に、長くなって重いから切ったって言ったでしょ? あれを鬘にしてみたのよ」
陛下は私と鬘ヘルメットを持ったまま部屋を出た。廊下では騎士達が真面目な顔で目礼してくれる。
上から見下ろすのは中々面白い。
私はきょろきょろと見慣れない視線の高さの廊下を楽しむ。
黙ってすたすたと歩いていく陛下は私を抱えて一体どこに行くのかと思えば、陛下の自室だった。
考えてみれば、それ以外に行くところはそうないのではある。
あれっ?
という間に、私の身体は宙を舞い、陛下の寝室のベッドに落ちた。ふわっふわしているベッドに身体がむにゅっと埋もれる。
「当分、この部屋で大人しくしておれっ! 誰もナファフィステアには会わせるでない」
ベッドでバウンドしてもたもたしている私を余所に、陛下が大きな声で怒鳴った。
酷いっ。
陛下ったら、私をここに閉じ込めるつもりらしい。
文句を言わなきゃと、私はベッドの上で半身を起こそうとした。鎧ベストのせいでふかふかベッドに翻弄され、起き上がるにはかなり時間をくった。
なんとか体勢を整えて陛下を見ると、冷え冷えした表情で私を待っていた。
白い顔に青い瞳が映えて、怖い。これは、怖い。怒ってる。
何で?
頭をフル回転させても陛下が怒るようなことに思い当たらない。
息がとまるような沈黙。時間が止まったかのようだ。
その間、死ぬ間際に過去のことが走馬灯のように頭によぎるっていうけど、まさしくあんな感じで。別に、死ぬような危険に瀕しているわけでは、ないと思うけど。
そんな私の目の前で、陛下はゆっくりと口を開いた。
「ナファフィステア、余に無断で髪を切るな」
陛下は部屋を出ていった。
無断で髪を切るな?
おどろおどろしく言う台詞がそれ? それだけ?
私はぽかんと陛下を見送った。
しばらくして、陛下以外は面会謝絶状態となったことを思い出したのだった。




