プロローグ
緑が太陽の光をうけ綺麗に映えている。というか、緑が異様に元気すぎて、羨ましいと思う。
夏です、真っ盛り。
日本の夏みたいにじめじめした湿気がないのは助かるけど、暑いものは暑い。
私は小さな庭園に設えられた四阿で涼んでいる。
ここは昔の王妃様が作った小花や蔓草ばかりの庭園で、王宮の中では隠れ家的な場所。最近見つけたんだけど、お気に入りの散歩コースになっている。
蔓草をアーチにしたり滝状にしてあり、通路に日蔭をたくさん作ってあるからここは吹く風も涼しい。
「ナファフィステア」
声がした方を向けば。
石の門柱で飾られた庭園入口から、大きな体格の、細やかな刺繍がたっぷり施された豪華な衣装を羽織った男性が金髪をキラキラさせながら入ってくるのが見えた。
繊細な庭園にはちょっと似合わない人だ。
「陛下」
私は呼びかけた。彼が探しているようだったから。
たぶん、日蔭にいるから陛下は私が見えにくかったんだろう。
決して私が小さすぎるから目に入らなかったとかではない。はずである。
私の声に気づいて、四阿の方へと歩いてくる。その背後には侍女や女官達の姿も見えるけど、控えめに陛下の後ろに下がっている。
陛下は金髪青い目の外人。いや、ここではこれが普通で、黒髪の日本人な私の方が外人なんだけど。彼は彫りの深い整った顔でハンサムだ。
でも職業柄か陛下は無表情なので、取っ付きにくい。ハンサムな無表情でじっと見られるのは、時々こわい。
目がガラス玉みたいだし。
「最近はいつもここだな」
そう言いながら、陛下は私を右腕に抱き上げた。ほんっとに軽々と。
まあ、ここの成人男性は二メートルあるし、アメフト選手かってくらいごっついのが標準体型だから、私なんて子供よ。軽いもんだわ。
「ここ、涼しいでしょ? 小さくってなんか可愛いいし、気に入ってるの」
陛下の腕にお尻を乗せた状態なので、私は陛下の首に腕を回す。
陛下がこうして私を抱き上げるのは私の発言が原因だったりする。
ここの人達は大きいから、私はいつも首を真上に上げて話しをすることになる。人は壁みたいだし。
何か欲しいものはあるかって陛下に聞かれた時、つい頼んでしまった。
陛下の視界を見てみたいから、ちょっと抱き上げてって。荷物みたいに片腕で抱えられることはよくあったから、陛下にはそれが簡単に出来ることを知ってたしね。
陛下は私の答えが気に入らなかったみたいだけど、今日みたいに片腕に乗せてくれた。
その上げられた最初はすっごく視界が高くなって恐かったけど。これがすっごく快感だった。人壁がないばかりか、侍女達女性陣を見降ろす高さ。いつも見上げてばかりだったのに。
なんて視界がクリアーなんでしょ。子供が抱っこ好きなのは、これのせいかーっ。と、私は陛下の腕の上できゃあきゃあとはしゃぎまくった。その上、廊下も歩いてもらって。
あの時の、驚いた騎士達を目にするのもすっごく面白かったな。
で、陛下は抱き上げると私が喜ぶと思っているわけ。
実際、楽しいから嬉しい。待っていると言っても過言ではない。ただ、今の季節は人肌が暑いのが難だわね。
「陛下、その服、暑いんじゃない? すっごく汗かいてる」
「涼しい服などあるまい」
私の問いに陛下は淡々と答えながら、庭の蔦草アーチの通路を歩く。
素っ気ない答えだけど、陛下は不機嫌なわけじゃない。これで、かなり機嫌がいい。
「うわっ、可愛いいなぁ、この花。これがいっせいに咲いたらアーチがピンクになって綺麗になりそう」
陛下は何も言わないけど、私の言葉を聞いてはいる。
近くにある陛下の顔を見た。すると、陛下は足を止め、なんだ?と無言で問いかけてくる。
至近距離で見ると、ここの人達は肌が弱いのか乾燥肌な体質なのか皺が多くて私的には老けて見える。そのせいか、私はここの人達の年齢を大幅に誤解することが多い。四十過ぎだと思った陛下が三十前だったくらいに。
でも陛下が歳より老けて見えたのは、王様の仕事が忙しくて疲れてるからなんだろうと思う。王様ってのは、本当に休みがなくて忙しい。
私は陛下に笑って、歩いて欲しいなと顔を動かした。陛下はまたゆっくりと歩きはじめた。
陛下が私を探してやってくるのは、休憩と気分転換をするため。だから何も尋ねたりはしない。ほんの少しの時間をこうやってのんびりと過ごす。
私はこういう時の陛下は好きだな。無表情なんだけど、ちょっとだけ気を抜いている。
庭園を一回りして四阿に戻れば、女官達がお茶を用意してくれていた。どうやっているのか、ほんのり甘く冷たく感じるそれはとても美味しい。
それを飲み干し、陛下は王宮の執務室へと戻っていった。
短い時間だけど、この時間がデートみたいで愉しみだったりする。
彼氏いたことないから、わからないけど。こういうのを、彼氏って言うのかもしれない。私はニヤニヤと一人妙な考えにはまってしまった。
陛下に彼氏って言葉はとっても似合わない。うくくくっ。
「ナファフィステア妃、そろそろお戻りになりませんと」
侍女リリアが声をかけてきた。
部屋へ戻って昼寝して、今夜王宮で開かれるパーティに出るための準備をしなければならない。
私は腰を上げた。
二十一世紀の日本から、いきなりこの古い時代のヨーロッパみたいな世界にやってきた。
そうして二年と少しの時が流れ。
そろそろ結婚とか将来のこと考えないとなっていうお年頃の二十六歳女子。そんな私が、知らない世界でお妃としてのんびり暮らしている。これは、そんなお話。