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60_2 - あーそーぼっ♪


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 楽しそうに遊んでいる輪の中に入れた記憶はひとつもない。

 皆が避けた。

 皆が遠巻きにした。


 ――ねぇ、遊ぼうよ?


 そう声をかけることすら許されなかった。


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「アハハハハハハハ!」

 駆け抜けた場所を上空から降り注ぐナイフの雨が穿つ。

 ざりざりと地面を削りブレーキをかけ、振り返り様に鞭を振るえば飛来したナイフが鞭に絡め取られて落ちた。

「クロスライトニング!」

 突き出した左手の先から雷が迸る。

 初めから最大出力で放たれた魔導は、宙に浮かぶニッチが展開した魔力障壁と相殺されて掻き消えた。

「クロスライトニング! クロスライトニング!」

 続けざまに二発。これもまた魔力障壁に阻まれた。

 最大出力の魔導を休憩を挟まずに三発も放ったことで、体内からごっそりと魔力が失われたのがわかる。これが自然に回復するのを待つのならば、30分から1時間はかかることだろう。経験則上、そう算出する。

 地面に突き刺さっていたナイフがニッチの魔力に応えて再浮上するのを見渡し、鞭をつかむ手に力を込める。


『格上の魔導師に勝つ方法はない。正面を切って戦うのなら、ね』

 先ほど発動させた黒のマナチップ。ナルから譲り受けたドーピングのためのマナチップだ。

 黒のマナチップを発動させてからというもの、自身の魔力量が格段に上昇したのが感じられた。およそ8倍から10倍ほど。元の絶対量が一般魔導師並だったことを考えても恐るべき上昇量と言える。

 これで体内の魔力の絶対量はニッチと同等かそれ以上と考えてもいいだろう。そこは同じ土俵に立った。

『少年君、マナチップの効果持続時間は30分前後だよ』

「はい」

 鞭をしならせ地面を叩く。

 同格でいられる時間はわずか。その時間内にニッチを無力化できなければルーダの負けは必死。

 中空を睨むルーダを楽しそうに見下ろしていたニッチがさっと右手を上げた。指揮棒を振るかのように上げられた腕が振り下ろされれば、それに応えてナイフが踊る。降り注ぐという単調な動きではなく、文字通り中空を自由に踊った。

 全方位からの多角攻撃。魔力障壁を展開したところで物理的なものは防ぎきれない。

「トールハウリング」

 自身を中心に雷撃が千路に迸る。毛細血管を構築するように展開された雷撃は飛来したナイフのほとんどを撃ち落とすことに成功した。

「にぎっ」

 撃ち落とせなかった数本のうちの一本が肩口を掠めた。

 痛みが集中力を乱す。

 努めて無視してルーダは体内の魔力をかき集めた。

「サンダーレイン!」

 最大出力――魔力の絶対量が増えた現在の状態での最大出力――で放たれた雷の雨が、悠然と宙に浮かんでいたニッチの背中を打つ。展開した魔力障壁を軽々と打ち砕いた一撃に、堪らずニッチが墜落した。

 とは言え、ダメージ自体はたいしたことはないはずだ。魔力障壁でだいぶ威力は削られたし、ニッチ自身がまとっている魔力が緩衝材となったはずだ。墜落したのは単に驚いたからだろう。


 かつて放出したこともない量の魔力を放ったことで、ルーダの体にずしりとした疲労が襲ってくる。

 残量から計算するに、先ほどの一撃で相当量を消費したらしい。制御が甘かったらルーダにも被害が出たかもしれない。

 懐に手を入れ小瓶を取り出す。カラフルな金平糖が詰まった小瓶から一粒取り出し、口に含んだところでニッチが立ち上がった。

「Ha! 結構やるじゃん。 But そんなに飛ばしたらガス欠起こすよ?」

「ご心配なく」

 奥歯で金平糖を噛み砕く。

 ニッチが驚いたように目を瞠った。

「こっちには反則級のサポートがあるからね」

 噛み砕いた金平糖から体内に補給されるのは魔力。半分近く失っていた魔力が急速に回復していくのを高揚感と共に感じた。

 パレニーから渡された魔力回復用の小瓶は見た目は金平糖の詰まった小瓶だけれど、一粒で魔力のほとんどを回復できてしまうという割と反則なアイテムだった。魔導研究の一環で作ってみたらできてしまったらしい。無茶苦茶な人である。

「What's!? なにそれ、卑怯じゃん!」

「う、うん、そうだよね」

 当然の反応を示されて引きつった笑みを浮かべる。

 だけど負けは許されない以上、卑怯だろうと勝つためならば批判は甘んじて受けるつもりだ。心情的には同じ気持ちだし。


 などと思いながら左手を前方に突き出し、

「クロスライトニング!」

 不意打ちに一発。

 即座に反応して魔力障壁を展開させたニッチだったが、良く練れていなかったせいで威力に押されて数メートルほど吹き飛んだ。着地する前に浮上したのでたいしたダメージにはならなかっただろうけれど。

 見下ろしてくるニッチの目は吊り上がっていた。怒り狂うまでは行かないまでも、ご立腹であることは見て明らか。

「Shit! you がそういうつもりならボクも遠慮しないよ!」

「それは困る!」

 正直に訴えたのにニッチは行動を中断してくれなかった。理不尽なことに。

 内心で舌打ちをしながら左手を突き上げる。同時、グンと体を引っ張り上げられる感覚がした。慌てて魔力障壁を展開するもそれは無駄な行為でしかない。

 ニッチの磁力属性の真骨頂。対象の魔力を磁力に見立てて操ることができるなんて理不尽極まる。しかも対象の魔力が大きければ大きいほど抗うことが難しくなるというのだから、今のルーダにとっては奥の手が裏目に出た形になる。

 展開した魔力障壁ごと引き寄せられて、ルーダは奥歯をにぎぎと噛み締めた。

 当然ながらニッチの攻めはそれで終わりではない。むしろただのとっかかりに過ぎない。

「防いでみな!」

 飛来する鋼刃――ナイフの他にも円形の刃を用意していたらしい――がまっすぐに迫ってくる。魔力障壁では防げない物理的な刃を見据え、引き寄せられる魔力の一部をかき集めて魔導になりきらない魔導を苦し紛れに発動させた。


 パチッと火花が散るように、鋼刃が喉元を切り裂く刹那に雷撃が弾ける。

 首筋を通る大きな血管がぎりぎりで切り裂かれない程度、軌道を逸らすことができたのだと痛覚が訴えてくる痛みの度合いで判断した。本当は物凄くヤバイ感じになっているのかもしれないけれど。

 鞭を持つ右手を翻す。

「反則級サポート第三弾んんんんーーーー!!」

 やけくそ気味に叫んで鞭で上空をかき回すように振り回す。本来の鞭としての役割を全無視した使い方ではあったけれど、パレニーに渡されたこの鞭に関してのみこの使い方が正しい。

 空気中の魔力が動く。鞭の動きに合わせて。ぐるぐると。

 まるでわたあめを作る工程。

 振り回す鞭の周りをぐるぐると回る魔力が鞭に付着して巨大化していく。引っ張り上げられていた魔力もわたあめ魔力の塊の一部に強制的に加わっていくのを眼が捉えた。

 周囲の魔力を強制的に取り込んでしまうトリモチのようなこの鞭は、ペンギンがべっ甲飴を作っているのを見て思いついたらしい。最初は剣か何かで作ろうと思っていたのを、ルーダの武器が鞭であるのを見て急遽仕上げたのだと言う。

 失礼を承知で思う。あの人は変だと。


「What's!?」

 驚愕の悲鳴を上げるニッチ。

 他人の魔力を引き寄せたり吹き飛ばしたりはしてきたのだろうけれど、取り上げられたのは初めてだったのだろう。ルーダもいきなりこんな事態になったら混乱して何もできなくなる自信がある。

 つくづくパレニーが味方で良かったと思う。

「クロス――」

 導火線に火を点ける。

 体内の魔力から迸った雷撃が鞭にまとわりつく魔力の力を取り込んで肥大化した。

 が、ニッチはやはり天才だった。幼くても三魔人に名を連ねるひとりであることに変わりはない。

 驚愕から脱して両腕を広げれば、ルーダを真似るようにして周囲の魔力を引き寄せる。

「――ライトニング!」

「Magnetic field zero!」

 発動のタイミングはほぼ同時。ニッチの魔導発動スピードには目を瞠るものがあった。


 迸る巨大な雷撃がニッチの放った磁力砲と正面から衝突する。

 いや、一方向からではない。ルーダの放った雷撃に対して正面と左右合わせて三方向から同時にぶつけられていた。

 驚愕に目を見開く。

 あの短時間で三方向から魔導を放つなんて、もはや反則の域である。パレニー特製反則アイテムを惜しげもなく使っているルーダが文句を言えることではないけれど。

 魔導が激突する。

 絶妙な拮抗状態を保って。

(いや――!)

 じわじわと中心部から魔導が消失していくのを感じた。

 相殺だ。

 まったく同威力の魔導同士が喰い合う。

 普通ならば激しく反発し合いながら押し合うはずの魔導の正面衝突が、四方から同威力で衝突したおかげで侵食し合う状態に陥っていた。

 経験がなくてもわかる。押し負けはしないが押し勝つこともできない。

 これが天性の魔導センスというものなのだろう。悔しいがこんな発想はルーダにはできない。


 手首を返して鞭を回収。魔導を放棄する。

 もはやルーダの制御がなくても結果は変わらない。喰い合い始めた魔導は間もなく凪となる。

『動揺したらダメだよ』

(わかってます)

 脳内に響くパレニーの声にそっと息を吐く。

 冷静さを失った魔導師は脆い。それはパレニーとナルに繰り返し言い聞かされた言葉だ。

 今さら規格外の実力を見せつけられたからと言って、驚きこそすれ動じるルーダではない。これまでの旅路でインパクトのでかい出来事を目の当たりにしすぎてもう十分お腹いっぱいだった。

 懐に手を入れる。今ので消費した魔力を再び回復しておく必要があった。

 が。


 魔導師としての格はニッチのほうがはるかに上だった。

「うそっ!」

 思わず悲鳴が漏れる。

 未だ喰い合う魔導同士の中心をニッチが突き抜けてきた。全力で展開された魔力障壁をもってしてもダメージを負いながらも。

 逃げる足がもつれる。とっさに魔力障壁を展開しようとするも、ニッチが到達するほうが早かった。

 一切の減速もされない体当たりに堪らず体が浮く。普通ならば体格の小さなニッチに体当たりをされたところでルーダも踏ん張ることができたけれど、そこに魔力が付与されれば体格に依存しない威力を発揮する。中途半端に魔力障壁を展開しかけたのもマイナスに働いた。

 衝撃が体を突き抜ける。

 磁力属性で逃げる体を引き留められたのもあって、衝撃は余すことなく前面から背面へと突き抜けた。

「ふっ――」

 めきめきっと体内から音が聞こえたような気がした。

 どこかの骨が折れたか。単なる幻聴か。

 折れたとしたら臓器を傷つけていなければいいな、と妙に冷めた部分で考える。


 ルーダが負けたら次は誰が戦うのだろうか。

 順当に行けばシュキハだろうか。シックも連戦はきつかろう。

 刃物を使うシュキハでは磁力属性と相性が悪いけれど、ここまで消耗させたニッチが相手ならば対等に戦えるかもしれない。今まで活躍の場があまりなかっただけで普通に強いかもしれないし。

 勝手に先に進んで戦い出したのに、あっけなく負けたことをエリスは怒るだろうか。それでもきっと心配はしてくれるだろう。なんだかんだ言っても優しいエリスだ。

 シックは呆れるだろうか。失望するだろうか。男には厳しいからきっと怒るだろうと思った。

 パレニーは、ナルは、どうだろう。ナルのおかげで魔導師としての地力が上がったし、パレニーの魔具のおかげで遥か格上のニッチ相手にも善戦できた。がっかりさせたとしたら申し訳ない。

 仕方ない。

 ニッチは遥か格上の魔導師だ。ここまで善戦できたことがそもそもおかしいことなのだから。いや、むしろ善戦できたことを誇ってもいいくらいだ。

 勝てなくて当たり前。負けて当然。

 だってニッチは歴史に名を残す三魔人のひとり。かたやルーダは職を失ったばかりの元使用人。魔導師と名乗るのもおこがましい。


 でも。

 だけど。


 磁力による反発力で吹き飛ばされる体を捻る。

 全身を駆け巡る意識を刈り取る激痛、しかし全身に魔力を蔓延させることで一時的に痛覚を麻痺させることに成功した。なんでもやってみるものである。魔導師に不可能はない。そう言ったのはナルだったろうか、パレニーだったろうか。

 見開いた目で魔力を捉える。ニッチの魔力だ。

 痛覚を麻痺させても拭いきれない違和感の中で右腕を振るう。魔力わたあめ製造機としての機能以外は至って普通の鞭は、腕のしなりを受けて狙い澄ました軌道を描いた。

「にっ!」

 鞭は絡みつくようにしてニッチの首に巻きついた。

 これは意外なことではあったけれど、恐らくニッチ側にも油断があったのだろう。今のぶちかましでルーダを倒せたと思っていたのではないだろうかと予想した。

 もっとも、ルーダとしては巻き付く場所が首でなかったとしてもなんの問題もない。自分とニッチ、その2つの点が線でつながっていればそれで良かった。

 体内に留まっていた最後の魔力がバチバチとスパークする。制御の手から外れた一部魔力がルーダの血液を沸騰させるのも感じられた。


「貫け天の矢――インドラ!」


 鞭が導線となって、ルーダの体内からあふれた電撃がニッチの体を貫いた。

 ただの鞭だったならば電撃がニッチに到達することはなかっただろう。だけどこれはパレニーお手製の魔力わたあめ製造機。魔力伝導率は他の魔武器を凌ぐ。

 鞭でつながっているため魔力障壁も意味をなさず、巻き付いた首から直接電流を流され堪らずニッチが墜落した。

 二度目の墜落だ。だけど今回は先ほどの驚いて落ちたのとは訳が違う。

 ルーダもまた吹き飛ばされた状態であった体が地面に叩き付けられて動きを止めた。

「ぅえ」

 魔力麻酔でもごまかしきれない嘔吐感が喉を焼く。

 制御しきれなかったせいでフィードバックされた電撃で自身も焼かれながらも、腕を突っ張ってルーダは体を起こした。

 こんなところで寝ていられない。自分は、強くなったのだから。

「――っは」

 腹筋に力を入れて息を吐く。軋む骨が内臓をチクチクと刺激する。

 ルーダは腕を上げて地に伏したニッチを指さした。

 一言。


「勝負あり、だよね?」


 黒く焦げてピクリとも動かなかったニッチがもぞりと顔を覗かせる。

 その顔に張り付いていたのは小生意気そうな、だけどどこか満足したような笑顔だった。

「こ、んかい、は、――……っ……まぃった、してあげ、る、よ」

 ひゅ、ひゅ、と苦しげな呼吸の合間に生意気なことを言ってくる。

「今度も勝つけどね」

 ルーダもまた口角を上げて返した。

 ほとんど道具の力を借りての辛勝だったので、そんな大口を叩ける余裕なんてなかったけれど。なぜか嬉しそうにニッチが笑ったのでその発言に間違いはなかったのだと思った。

「また遊んでね」

 それだけは詰まることなく紡がれた。

 ニッチの体が光に包まれる。

 その結果を見届けることなく、ルーダはその場に崩れ落ちた。


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