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59_1 - 勇者フューレ

最終章突入。

若干グロイ内容になっているので注意。


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  『カエセ』


       『かえせ』


            『ルチルを、返せ』


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 歪んだ空間が正常に戻ったときには、そこは既に森の中ではなくなっていた。

 あたりを見渡す。

 通路と言えばいいのだろうか。人が5人ほど並んでもまだ余裕のある幅の通路。真っ白な壁に触れると、無機質な硬さと冷たさを返してきた。

 足元を確かめる。不自然なほどに汚れも傷もない白い床があった。

 天井は高すぎて手が届かない。こちらもただ白い。

 光源は見当たらなかったが、通路内は明るかった。

「仕掛けはないようじゃな。あちらに扉が見える」

 案内人の面目躍如。ハスノミヤが前方を指さし告げる。目を凝らしてもシックにはドアのひとつも見つけられなかったが、ハスノミヤは確信をもって断言していた。

 今さら疑うつもりはない。

 シックはシュキハと目配せしあってうなずいた。

 先行するのはシュキハ。

 ハスノミヤと続いてエリスとルーダ。

 最後尾はシック。

 通路には足音だけが響いた。


 時間にして10分ほど。ハスノミヤの足取りが遅くなってきた頃。

 ドアを見つけた。

 ハスノミヤが言った通り、通路の終わりにひとつだけ黒く塗りつぶされたドアがあった。

 そしてそのドアの前に。

「よう、お早いお着きで」

 中年の男性がいた。

「ジーモ」

 名をつぶやいたのはシュキハだった。

 男性、ジーモが苦笑する。

「いやはや、また嬢ちゃんに会うとはね。カッコよく消えたつもりだったんだが、いやー参った」

 ちらりとジーモの目がエリスを見る。

「なんでドレス?」

「気が利かないバカのせいよ」

 散々な言われようである。シックは少しだけバーリハーに同情した。

「あーなるほど。オルフェ好みだな。やけに浮かれてると思ったが」

「飼い主? 迷惑なんだけど。ていうか私そっちの気ないから」

「はは、あれに首輪は付けれんよ。おじさんも手を焼いてるんだ」

 不機嫌そうにエリスが顔をしかめると、さらにジーモの苦笑が濃くなった。


「まぁあれに関してはすまんとしか言えんな。耐えてくれ。それよりおじさんの用件を済ませてもらってもいいかな」

「なに?」

 警戒するようにシュキハが構えた。一度戦った相手だ、出方はわかっているのだろう。

 それでもジーモはやはり苦笑するだけだった。

 無抵抗を示すためなのか、軽く両手を上げてみせる。魔導師がそんなことをしてもなんの安心材料にはならないのだが、ジーモなりの誠意の表し方なのかもしれないと思うことにした。油断するつもりはないが。

「オルフェに力を貸してもらって少しだけ自由になる時間を作れたもんでね。さっさと終わらせちまいたい」

「だからなに?」

「あー……おじさんを封印してくれ」

 言いにくそうに、だけどはっきりと言う。

「最初は死魂召喚を解く協力でもしてもらおうと思ったんだが、そちらさんには封印魔導が使える魔導師がいるようだからな。それが一番手っ取り早いと判断したわけだ」

「……いいの?」

「いいから言ってる。オルフェの魔力で無理やり支配から脱してる状態なんだ、早めに頼む。魔力が切れたらおじさんは君らと戦わなきゃならんくなる」

 説得される形でエリスはマナチップを取り出した。

 パレニーから託された封印の力を持つマナチップ。それをジーモに向ける。


「ひとつ教えてくれるか?」

 発動の直前、問いを舌に乗せる。

「なんだ?」

「君はどうして完全に支配されていない? 他の2人に比べて君は支配の度合いが違いすぎる」

「あー……闇の深さ、だろうな」

「闇?」

「心の闇だ。言い換えれば心の一番脆い部分だな。そこを囚われたら簡単に支配される」

 道理だ。シックも旅に出る前に兄の死のことをつかまれていたら簡単に崩れていただろう。

 うなずき礼を言う。ジーモは苦笑を返すだけだった。

「このドアの先にはフューレがいる。オジサンらの中で、一番か二番かってくらいに闇が深い御仁だ。特にお前さんは気を付けたほうがいいな」

「俺?」

「フューレは大切なものを護れなかった側の人間だ。護るものが傍にいるお前さんはフューレにとってトラウマを抉りまくる存在だ」

 言葉に詰まった。


 発動された封印の力がジーモの体を包み込む。

 瞬きの刹那、ジーモの姿は完全にその場から消え失せていた。


 これが封印の力。

 エリスの手元を覗き込むと、発動した後のカードに大きく×が浮かんでいた。発動済みを示す記号だろうか。

「……ひとつ提案があるんだが」

 ふと思い立って口を開く。

 顔を上げたエリスと近場で目が合った。

「なに?」

 たまに思うのだが、男を知っているくせにエリスがたまに見せるこの無防備さはなんだろう。

 誘っているのならばいくらでも乗ってやる気はある。今は場合が場合なので自重するが。

「フューレとは俺ひとりで戦わせてくれないか?」

 きょとんとエリスが目を瞬かせる。

「あんたジーモの話聞いてた?」

「もちろん」

「じゃあなんで?」

「俺は君を手放す気はない」

「ええ、腐るほど聞いたわ」

「いやそこまで何度も言っていない」

 悪戯っぽく笑ってエリスが小首を傾げる。

 誘っているのか。乗るぞ。


「護れなかった男に示したい。俺は君とは違うと。大切なものを護れなかったことが心の闇ならば、そいつが果たせなかったことを俺はできるぞととことん見せつけてやりたい」

「あんた性格悪いわね」

 肩をすくめる。

 呆れたようにエリスがかぶりを振った。それをもって了解の返事とした。勝手にした。

「そういうわけだから2人も手を出すなよ」

「うむ、(もののふ)同士の戦いに無粋な横槍を入れるつもりはない」

「シックがそうしたいなら手は出さないけど、負けそうになったら手出すよ?」

 とりあえずルーダの頭を小突いておいた。

 人の負けを想定するとは失礼な奴だ。


 全員の了解は得られたことに満足して黒く塗りつぶされたドアに触れる。ノブはなかったが、手を触れさせたらゆっくりと奥に向かって開いた。

「シック」

「ん?」

 振り返る。

 鼻先に指を突きつけられた。

「自分で言い出したことなんだから、ピンチになることも許さないからね」

 エリスらしい言い方だった。

 突きつけられた指をつかんで捕まえて、顔をエリスのそれに近づける。

「俺は君を諦めない。二度と、だ」

 瞬きもせずに見つめ合う。

 何度も何度も刻めつけるように。

 ふっと息を吐くようにしてエリスが口角を上げた。

「ばーか」

 胸を押されてつかんでいた指を離す。


 思わぬところで気合が入った。負ける気はしない。

 改めて、シックは開いたドアの先へと足を踏み入れた。

 そして足を止めた。

「なんだ?」

 ドアを抜けた先は室内だった。狭くはないが広くもない、恐らくはダイニング。

 燭台の火がゆらゆらと揺れ、クロスの敷かれたテーブルの上にシチューの満たされた皿。鼻腔をくすぐるいい匂いが空腹感を刺激した。

「なにこれ?」

 シックに遅れて入ってきたエリスが怪訝そうに言う。それを聞かれてもシックが知るわけがない。

 戦闘モードで突入したら一般家庭の食卓に誤って入ってしまったような、そんな感じである。

 生活感のある室内には家庭のぬくもりを感じられた。


 パタパタパタ、とスリッパの音が近づいてくる。誰かが近づいてきているようだった。

『ごめんなさいね、今夜はあの人出かけているの』

 誰に対してか、そんなことを言いながらダイニングに入ってきたのはひとりの女だった。

 年の頃ならば30代半ばだろうか。栗色の髪を肩まで伸ばした聡明そうな女は、シックらの脇を通り過ぎて隣のキッチンへと入っていくと、すぐにカップを乗せた盆を持ってパタパタと通り過ぎていった。まるでシックらに気付いていないように。

 いや、事実、気付いていなかったのだろう。

『昔のお友達がね、近くまで来ているらしくって』

『へぇ、そうだったんですか』

『あまりおもてなしできなくてごめんなさい。今日はあの人もいないし、息子もお父さんに預けちゃったし、お夕飯も手抜きなものしかないのよ』

『いえ、お構いなく』

 パタパタパタ、と再びスリッパの音。

『そうだわ、昨日焼いたクッキーがあったんだわ』

 女がすぐそばを通り過ぎていく。

『急に押しかけてしまったのでお気を使わないでください』

『そういうわけにはいかないわ。あの人の大事な弟さんなんだもの』

 誰かがダイニングに入ってくる。今度は男だった。

 反射的に剣の柄に手を置く。

 その男は顔立ちがフューレにそっくりだった。ただし、フューレのような柔らかさはない。むしろ捻くれた印象を受けた。

『今日はあなたに用があって来たんですよ、義姉さん』

 男がそばを通り過ぎていく。

 どうしてだろうか。妙に胸がざわついた。

『あいつの、勇者様(・・・)のこの世で最も大切な、あなたにね』

『え? あ――』

 思わずキッチンに駆け込む。

 場面が切り替わるように、室内は目の前から忽然と消え去った。


「妻はキッチンで亡くなっていた。僕が帰ってきたときには、もう冷たくなっていた」

 前方から、声。

 今度こそフューレがいた。

 見せつけられたのは、恐らく彼の心の闇。護れなかった者の最期の姿。

 フューレは微笑んでいた。無表情に微笑んでいた。

「見つからないんだ。ルチルの首が。ルチルの首だけが」

「君の、弟が?」

「知らなかった。彼が僕にあんなにも劣等感を抱いていたなんて。ずっと、気付かなかったんだ」

 ぐにゃりと空間が歪んだ。まるで今の彼の心情を表すように。


 また場面が変わった。今度はどこかの遺跡の中のような石造りの建物の中。

 気配を感じて振り返る。

『はは、あははは! 無様だな! 無様だな、ええおい!』

 あの男がいた。フューレによく似た顔で、フューレには似ても似つかない歪んだ哄笑を垂れ流して。

 フューレもいた。瞳の奥の輝きを失いすっかりやつれた顔をしたフューレが。数人の大男たちに押さえつけられ地面に組み敷かれている。

『何が勇者だ。お前のどこが勇者だ! こんなに哀れで無様なお前が!』

『――――――ル……』

『あ?』

『ル、チル、は……――』

『ああ? あの女の首か? もちろん持ってるさ。顔だけはいい女だったからな。綺麗に剥製にして残してやった』

 男が包みを取り出す。ちょうど人ひとりの首が収まる程度の大きさの。

 もったいぶるように男は包みを開く。

 包みの中身は、シックの位置からは見えなかった。

『あ、ああ……ルチル、ルチル――!』

『嬉しいか? この女の首に会えて嬉しいか? はは、そうか嬉しいか。ははは、ははは、あははは!』

『カエ、セ。ルチル、を、カエセ』

『やなこった』

 男が傍らに置いてあった鉄塊を持ち上げる。

『やめ、や、やめろ。やめろ! やめろ!!』

 察したフューレが暴れだす。強靭な肉体の大男たちに押さえつけられた状態ではそれは無駄な抵抗と言わざるを得なかった。


 暗く狂気に満ちた男の双眸がフューレの姿を映して歪む。愉悦に。

『お前は無力だ、勇者様(・・・)

『ルチル! ルチル!!』

 振り下ろされた鉄塊は無慈悲に結果をもたらす。

 ぐしゃりとつぶされた生首は鉄塊の下。

 フューレの絶叫が響き渡った。

『は、はは、ふ、ははは』

『――――セ』

『はは、は?』

『カエセカエセカエセカエセカエセカエセカエセカエセカエセカエセカエセカエセカエセカエセカエセカエセ!』

 フューレの体からあふれた光が彼の体を押さえつけていた大男たちの悉くを一瞬で溶かし尽くした。

『かえせ』

『お、お前。こ、ころ……おま、お前は、殺しだけは、し、しない、い、はず、はず――』

『ルチルを、返せ』

『ひっ――! く、くるな!』

 耐え切れなくなってシックは目を逸らした。

 男の断末魔の悲鳴が聞こえてくる。凄惨な声だった。


 こんなことが本当にあったのだろうか。こんなにもひどいことが、本当に。

 彼ほど人々のために生きた人物はいない。彼ほど人々に愛された人物はいない。

 多くの人を愛し、多くの人に愛された彼が、どうしてこんなにも残酷な運命を背負わなければならなかったのだろう。

 勇者と称えられた彼に対する仕打ちがこれか。

『チガウ』

 うつろな声が届いた。

『チガウ。ルチルジャナイ。チガウ。ルチル。チガウ』

 夢遊病者のようにふらふらと、死んだ目をしたフューレが遠ざかっていく。

 行く当てもなく、手がかりもなく、それでも愛する人を探すために。

『君に逢いたい』

 どうして狂わずにいられるだろうか。

 同じ目に遭って、彼と同じようにならないという自信はシックにはなかった。


「見つからないんだ。どんなに探しても」

 場所はまた変わった。

 何もない、ただ白いだけの空間に。

「護りたかった。護らなきゃいけなかった。誓いを立てたのに。一生護るって」

 現実のフューレは微笑んでいた。無表情に、微笑んでいた。虚無の中で、微笑んでいた。

 これが彼の闇。彼の抱える闇のすべて。

 息苦しさにシックは喘いだ。

「ズルいな。どうして貴方はいるんだろう。傍に。大切な人が」

 かぶりを振る。否定のためではない。

「フューレ、君はもう眠っていい。これ以上、自分を責めなくていい」

 ゆっくりと剣を抜く。

 見せつけてやる、とか。そんな悪趣味なことは言わない。

 ただ彼のために彼を眠らせてやろう。そう思った。

 それがきっと彼にしてあげられる唯一だ。

 フューレは微笑んだ。とてもむなしく。


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