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53 - 彼方は遥か遠く

ちと忙しくて執筆スピードが落ちているので、しばらく週一更新で行きます。

「――ここの構成式をこういじると力の流れが――」

「――そうするとこっちの流れが阻害されて――」

「それよりテンテと遊ぶのだ」

「黙れ白黒豚」

「テンテ豚じゃないのだ!!」


「うわ」

 ルーダの第一声はそれだった。それ以外なかった。

 帰還のためにパレニーが出現させたドアを抜けた先、そこはダイニングキッチンも兼ねた玄関だ。割と広めのテーブルがひとつだけあり、そこで食事を楽しめるし他の雑事を行うこともできる。

 そのテーブルを占拠しているグループがいた。

 ひとりはティッケ。ルーダらが外に出てから目を覚ましたのか、元気そうな様子でテーブルの上に広げられた紙を指さして何か議論している。

 もうひとりは侍の人の相棒の人だ。ティッケの向かいの席に座って、テンテと何やら議論していた。時折横から茶々を入れるペンギンに言葉の暴力を振るっている。

 さらに奥のキッチンでは、カウンターにもたれかかってリクエストを喚いているトウナと、それを聞きながら適当に聞き流しているヤマトの女の人が2人。厳かな儀礼服のようなものに身を包んでいる女性と、巫女風の女性だ。もうひとり、割烹着姿のシュキハもキッチン内にあったが、明らかに戦力にははなっていなかった。他2人の手際が良すぎる。

 なんというか、割とカオスだった。

 圧倒的なヤマト率。いつからパレニーの庵はヤマト人の溜まり場になったのだろうか。


「あ、ルー兄ちゃん」

 呆然と部屋を眺めていたらティッケに見つけられた。椅子の上から飛び降りて駆け寄ってくる。なぜか一緒にペンギンもついてきた。

「おかえり」

「……ただいま」

 戸惑いつつも、嬉しそうなティッケに返す。ティッケは満足そうに笑った。

 それだけでホッとした気持ちになれてしまう。我ながら現金な性格だと思う。

「何してたの?」

「魔導式の組み替え」

「へぇ~……くみ?」

 事もなげに言われた内容に、理解が追い付かずに目を瞬かせる。そんなルーダの手を引っ張ってテーブルに連れて行きながら、どこか深刻そうにだがどこか楽しそうにティッケは説明を加えた。

「自分の身くらい自分で守らなきゃって思って、常時発動型でかつ思考型の魔力障壁を作ろうかなって」

 大変だ。ティッケの言っていることが理解できない。

 この子ども怖い。

「常時発動型の魔力障壁はすぐに完成したんだけど、思考型にするのが難しくてさ。で、唸ってたらオロ兄ちゃんが来て協力してくれたんだ」

「そ、そう……」

「それで思考型にする回路は組み込めたんだけど魔力消費量が激しくて5分も持たないんだ。だから今は魔導式を組み替えて燃費のいい形にしようとしてるとこ」

 指し示されたテーブルの上の紙。複雑怪奇な魔導文字が浮かび上がっている。一目では何がどう効果をもたらすのか理解はできない。

 侍の人の相棒の人が無造作に組み替えているのをいちべつし、それからルーダは遠い目をして明後日の方角を見つめた。

 ――うん、次元が違う。

 諦観の想いを抱いてルーダは笑った。乾いていたけれど。


「おめぇら、もうすぐ飯できっから片づけろや」

 悟りを開きそうになっていたルーダの耳に侍の人の声が届いた。

 救世主かとそちらに顔を向ける。腕にバナナの房を抱えてもりもり食べながら立っている侍の人が、至極つまらなそうでいてかつ不機嫌そうにイライラしながらティッケと相棒の人を見下ろしていた。

 キッチンのほうからは女子たちのきゃっきゃと明るい声。

 きっと追い払われたのだろうと予想した。

「もうちょっと」

 果たしてその予想は合っていたらしい。すぐに従わないティッケの頭の上におもむろにバナナを乗せる顔には邪悪さがにじみ出ていた。やっていることは小さな嫌がらせ程度だけれども。

「おいトウナ、卑猥なことをするな」

「どこがだ! バナナおすそ分けしてやっただけだろうが!」

「特殊な性癖に目覚めたらどうする。それは貴様だけにしておけ」

「目覚めねぇよ!!」

 相棒の人に返り討ちに遭っていた。

 いろんな意味で残念な人だ、侍の人。初めて会った時から抱いていた怖い人だと言う印象はすっかりと剥げ落ちてしまっていた。


「随分と賑やかなんだな」

「あ、シック」

 ペンギンに顔面ダイブされて暴れる侍の人と、それに構わずマイペースに魔導式の組み替えやらを行っているティッケと相棒の人から視線を外して振り返る。

 最後に戻ってきたシックがその現状を見て呆れたように苦笑した。

「ナルは?」

「後始末が終わったらジスターデと帝国に行くそうだ。しばらくは戻ってこない」

「ジスターデと帝国に? なんで?」

「さあ、そこまで聞いていない」

 脇を通り過ぎ椅子に座るシックに倣ってルーダも座る。

 テーブル――そういえば出る前に見たときよりも大きくなっているような気がする――のティッケらに占拠されていない一角で、侍の人が放り出したバナナを剥いて口に運ぶ。後半はともかくとして、前半は大いに活躍した脳が激しく糖分の摂取を喜んでいるようであった。

 バナナを片手にシックと他愛もない話に華を咲かせているうちに、キッチンのヤマト女性陣が料理を完成させた。

 次々に運ばれてくるヤマト料理の数々に、バナナを摂取したばかりだと言うのに腹の虫が催促するように鳴く。慌てて腹に手を当てるが、

「ババァ! かぼちゃの煮物がねぇじゃねぇか!!」

 あっちのほうで侍の人がうるさかったので腹の音は周囲にまで届かなかった。

 ごくりと喉を鳴らす。初めて目にするヤマト料理に空腹は最高のスパイスとなった。


 箸――大陸ではあまり馴染みはないけれど存在は知っている――を握りどれから食べようかと箸を彷徨わせる。正面に座った巫女姿の人がなぜか不快そうに顔をしかめた。

 なんだろうとは思ったものの、食欲の前にはその疑問もすぐに掻き消された。

「白黒デブ! おめぇ今オレ様の肉食っただろ!」

「テンテ太ってないのだ!」

「ふっざけんなデブこのやろう!!」

 侍の人と席が離れていて良かった。

 煮物を頬張りながらしみじみそう思う。味の良くしみた煮物は大陸に馴染みのない味付けとは言え、どこか優しい味がした。里芋のほっこり感がまた幸せな気持ちを呼び起こす。

「シュキハ、手傷を負ったと聞いたがもう大丈夫なのか?」

「ぬ? ああ、パレニー殿に癒してもらった」

 隣のシックとその正面のシュキハの会話を聞きながら、そして聞き流しながら魚に箸を伸ばす。

 グーで握りこんだ箸で焼き魚を解体するのは困難を極めた。きれいな焼き色のついた魚が徐々にぐちゃぐちゃになっていく様は、死してなお穢されていくような罪悪感をもたらす。いっそ噛り付くかと箸を引いたところで、正面に座っていた巫女さんがきれいに解された自身の魚とルーダの手によってぐっちゃぐちゃにされた魚とを交換してくれた。

 あ、と小さく声を出すルーダに、笑みを向けるでもなく巫女さんが進めてくる。恐縮しつつ解された魚の身を口に運ぶ。

「おいしい」

 シンプルな味付けをされた魚の身に素直な感想が漏れる。

 そこで初めて満足そうに巫女さんがわずかに表情を和らげた。

 嬉しくなって笑顔を返そうと――対角線上から鋭い視線を感じて慌てて顔を向ければ、ペンギンをアイアンクローした侍の人のぎろりとした視線とぶつかった。目が合うとすぐに逸らされたけれど。

「青いな」

「趣味が悪い」

 シックと相棒の人がちょっと意味のわからないことをつぶやいていた。


「やぁ、食事中にお邪魔するよ」

 人間関係について考え込もうとした矢先に横から声がした。いつの間にか階下に行ってしまっていたパレニーだ。

「大事なことを伝えるのを忘れていたよ」

「大事なこと?」

 布の塊スタイルに戻ったパレニーにもはや驚きはすまい。

 当たり前の光景として問い返すシックに、パレニーが大きくうなずいて見せる。

「空気君に相手してもらったジーモなんだけどね」

「おい、空気君とは拙者のことか? 拙者のことを言っているのか?」

「とどめを刺してもらったんだけど、彼、また死に返るよ」

 シュキハの抗議の声を遮ってパレニーが告げる。続けて抗議をしようとしていたシュキハもその一言に口を噤まざるを得なかった。

 すごい勢いで食べ続けているペンギンを除いて、全員がパレニーを黙って見つめていた。

死魂(しこん)召喚は以前にも説明したとおり、生物の尊厳を踏みにじる最低の邪法だ。魂が擦り切れ消滅するまで、死んでも死んでも再召喚され使役される。摩耗した魂は転生することも、生命(いのち)の海に還ることも叶わない。そうだね、テンテ」

「ふぉうふぁもだ!」

 なぜそこでペンギンに同意を求めたのかはわからなかったけれど、改めて死魂召喚の邪悪な狂気性を思い知らされた。

 こくんと喉を鳴らす。魚の身を口にした時の幸せな気持ちはすっかりと薄れ去っていた。


「今回彼を仕留めてもらったのは、彼から破邪の杖を奪うことの他にもうひとつ、実験したいことがあったからなんだ」

「実験?」

「そう、実験」

 もったいぶるパレニーに最初に痺れを切らしたのは案の定侍の人だった。

 イライラした態度を隠しもしないで食ってかかる。パレニーはそれに動じるでもなく、布の塊の中から一枚のカードをテーブルの上に放り捨てた。

 果たしてそれは狙い通りだったのかどうか。カードは侍の人のハンバーグに突き刺さった。

「二度と死に返りできないように魂を封印するマナチップの実験、だよ」

 悲鳴を上げる侍の人に構わずパレニーが告げる。

「封印? って、これみたいな?」

 問いながらシックに押し付けられたままだったガラス玉のような物体を取り出す。ニッチが寄り集めた建物の残骸の塊が、目前でこのガラス玉のようなものに変わったのを思い出した。

 言われてみれば確かにあれは封印魔導だったのだろうと納得できる。

 空間属性と時間属性からの派生属性とも言われている封印属性のことは聞いたことがあるけれど、実際に目にしたのは初めてだった。

「それはカードを使わずに私が直接魔導を発動させただけだけど、そうだね。今回の実験で発動するタイミングを計測して最適解を得た。これから調整して、明日には完成させるよ」

 明日の晩御飯これだから、とでも言わんばかりの気軽さで断言するパレニーに思わず半笑いが漏れる。

 ここにはルーダの想像をはるかに超えた規定外の人間が多すぎるような気がしてならない。


「なるほど。明日はそれを持って彼らを全員捕獲するわけか」

「しないよ」

「ん?」

 あっさりと否定されてシックが動きを止める。

 ルーダもシックと同じ結論に至っていたため、パレニーの返答には意外さを隠せなかった。

「何度でも死に返るとは言え、ジーモは肝心要の破邪の杖を奪われた。これからはより慎重に動くことになるだろう」

「じゃあどうすんだよ。やることねぇから寝てろとでも言うつもりか?」

「まさか。もちろん働いてもらうよ。君たち3人と、それとハスノミヤ殿にね」

 シック、シュキハ、ルーダと順に指し示して最後に儀礼服みたいな服に身を包んだ女性に向き直って、そこでパレニーは意味深にふふっと小さく笑った。

 むっとしたような顔をして侍の人が立ち上がりかけ、それを手で制したのはヤマトの女性自身だった。

「わらわに何を成せと?」

「見たいモノも見たくないモノも見てもらう。千里の彼方も心の奥底も視る(・・)ことができる邪視の魔女殿、君にね」

 細いだけだと思っていた女性の目が、その呼びかけに応えるように薄く開く。

 シュキハと侍の人が驚いたように立ち上がった。

「1000の時を生きながら何ひとつ成さず瞳を閉ざし逃げ回ることしかしてこなかった己が罪、(あがな)う覚悟はおありか?」

「……いやらしい男じゃこと」

「だろうね」

 小さく嘆息をこぼして女性が再び目を閉ざす。

 手にしていた湯呑から中身を口に含み、それから気付いたように立ち上がっているシュキハと侍の人に座るように示した。


 難しいことはわからないけれど、わかったことはある。たったひとつだけ。だけどとても重要なこと。

「パレニー様、男なんですか?」

 長らく性別不明だったパレニーを、ヤマトの女性ははっきりと男だと言った。

 聞いた限りだと千里眼とかそれ系の力を持っているであろう女性が断言したことだ、何よりも信憑性のある発言だった。

「おや? 言ってなかったかな?」

「前聞いたら思いっきりはぐらかされましたけど」

「そうだったかな」

 とぼけられはしたものの、男であることを否定はしなかった。

 はい確定。

 これはさっそくナルに報告しなくては。

 早く帰ってこないかとドアをちらちらと振り返る。

 そんなルーダの期待に応えるようにドアが開いたのは、食事も終わり皆がまったりと歓談し、女性陣は女性陣だけで風呂に行って男性陣は好きなタイミングでそれぞれ風呂に入りに行って、また好きに集まってそれぞれ会話に華を咲かせてそろそろ寝るかといった時刻にだった。

 つまりは数時間後だ。


 ゆっくりと開いたドアの向こう側からぬっと人影が入ってくる。

 それは入ってくるなり、

「し、しょ……――」

 崩れ落ちた。

 肩に担いだ男と共に。右腕を失い、全身から血を流したナルが。


迷い箸は行儀が悪いから良い子は真似しないように。


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