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51_2 - 虚像のジーモ

 空間を埋め尽くした円環が一斉に光を放つ。

 これまでの戦いでジーモが煙属性を主体に魔導を扱う魔導師であることはわかった。いや、煙属性などという属性があるのかは知らないが、少なくともシュキハが見た限りでは煙を起点とする魔導が多かった。というかそれしかなかった。

 虚像のという通り名からはなかなか連想しずらい属性ではある。

 そもそも実力のある魔導師につけられる通り名は、本人のあずかり知らないところで勝手につけられるらしいので当然と言えば当然と言える。対戦するシュキハとしては、なんらかの繋がりを持たせてほしいところ。文句を言ったところで無駄なのはわかっているが。


「取引の話をしようか、嬢ちゃん」

 円環からあふれ出した煙が各々好きな形を取るのを横目に、ジーモへと近づかない形で湖の外周を駆ける。

「戯言無用。拙者は戦の最中に小難しい話は聞かぬ」

 大蛇の形を模した煙に追いかけられていたテンテが、走り疲れてぐったりしているのを駆けながら回収する。

 テンテはパレニーがこの場所に置いたと言う保険のひとつだった。誰も彼にも――パレニーの弟子である魔導師にすら――役に立たないと断言されたテンテだったが、場の空気などお構いなしに泣き叫んだことで図らずもシュキハの窮地を救った。

 恩人である。

 大蛇においしく頂かれるのをむざむざ見過ごすわけにはいかなかった。

「はっ! テンテおいしくないのだー!!」

「わ、こら、暴れるな」

 抱えられたことをどう勘違いしたのか、腕の中で暴れるテンテがまろぶように地面に落ちる。

 慌てて拾い上げようとして、とっさにシュキハはテンテを横に蹴り転がして自身もまた横に跳んだ。

 轟、と何かが激しい音を立てて通り過ぎる。振り返ることなく、シュキハはペンギンを抱え上げてさらに駆けた。


 ペースを取り戻した魔導師の本気の攻め。少しでも気を抜けば簡単に命を刈り取られるだろう。

 ――ぞくぞくしてくるではないか。

 強者と戦えることへの高揚感で自然とシュキハの顔には笑みが浮かんでいた。

「おいペンギン」

「へ、へんひぇらのだー……」

 くるくると目を回しているテンテを小脇に抱え直し、挟み込む形でシュキハと並走する人型をそれぞれいちべつする。

 骨格という概念を捨て去ったようなひょろひょろと手足の長い不気味な形態のその2体は、片方は鉈のようなものを片方は斧のようなものをそれぞれ手にしていた。いずれも灰白色なので、武器すらも煙製なのだろう。

 右手側の鉈のようなものを持っている人型が腕のリーチの長さを生かして腕を振り回すのを頭を低くして避ける。狙い澄ましたように下方から上方へスウィングするように斧を振り上げる左手側の人型の一撃を、足からスライディングすることで避けた。

 動きが止まらないうちに両手で地面を押して倒立。左右の人型に対して開脚した足で蹴りを放つ。左手側の人型にはまともに入ったが、右手側の人型には避けられた。

 追い打ちはせずに前転してその場から離脱する。が、蹴りを避けた人型の動きは俊敏だった。

 ぐにょりと跳ねるようにして人型が跳ね上がる。

 振り下ろされた鉈のようなものを、寸でのところで槍の柄で受け止めた。

 顔の各パーツがないのっぺりとした顔を睨み返す。まるで芯のない体の構造からは想像できないほど力が強い。気を抜けば押し負けそうだった。


 鉈のようなものを受け止めているのとは逆の槍を薙ぐ。人型はその振り回しに抵抗もなく吹き飛んだ。

 はっと短く息を吐く。

 休んでいられる隙はない。

 シュキハは両手両足で地面を押し出し前方に飛び出した。

 倒立回転蹴りの一撃をまともに喰らった斧のようなものを持った人型を、勢いを乗せた槍の一突きでとどめを刺す。人型は煙となって霧散した。

 振り返り様に槍を振り回す。再び飛び出してきていた鉈のようなものを持った人型は、その横薙ぎにまたしても吹き飛ばされた。

「ぐえ!」

 踏み出した先にテンテがいたので思いっきり踏んでしまったが、それを気にしている余裕はない。

 跳躍して槍を振り下ろす。鉈のようなものを持った人型の脳天から槍が突き刺さって、人型は霧散した。


 即座に引き返してテンテを拾い上げる。

「ペンギン、おいペンギン」

「きゅー……――はっ! テンテはペンギンじゃないのだ!」

「そんなことはどうでもいい」

 この期に及んでくだらないこだわりを口にするのを聞き流しながら上空を見上げる。コウモリのようなそうでないような、1対の羽を組み合わせただけに見える奇妙な飛行物体が上空を複数旋回していた。

 視線を下げれば、こちらを包囲する四足獣の姿。不用意に近づいてはこず、じりじりとその包囲網を狭めてきている。

 さらに視線を這わせてみたが、ジーモの姿は見つけられなかった。代わりに未だ効果を発揮しないままの円環がふよふよと漂っているのが見える。

 控えめに言っても絶体絶命だった。

 追い詰められたネズミの気持ちがよくわかる。


「そろそろおじさんの話を聞いてくれてもいいと思うが」

 ようやく状況を把握できたらしいテンテが、慌てた様子でしがみついてくる。そんなテンテを背中を撫でて落ち着かせてやりながら、どこからか聞こえてきたジーモの声をシュキハは鼻で笑った。

「公平さを欠いた状況で持ちかけられる交渉事など聞く価値がない」

「ごもっとも。だが利口じゃないな」

 テンテの背中を二度叩く。

「交渉決裂、か。気は進まんがしょうがない」

 足元に降ろしたテンテにいちべつを向け、シュキハは大きく息を吸った。

 包囲網を完成させていた獣たちがざわざわと動き出す。それらを丸ごと意識の外に置いて、シュキハはためらうことなく思いっきりテンテの背中を蹴り上げた。

 ふくよかな丸い体が湖へと飛んでいく。水切りの石のように、テンテの体は水面を跳ねた。

「……は?」

 間抜けなジーモの声。

 気にせずシュキハは地を蹴った。

 自立して動くとは言えジーモの虚を突いたことが獣たちにも影響があったのか、獣たちの反応が一瞬だけ遅れた。その隙を見逃すシュキハではない。


 強く地を蹴り、四足獣の頭を踏み蹴り、包囲網の外へと一息に跳び越える。

 魔導師と戦う上で大切なことは意表を突きまくること。パレニー・ラキッシュの言っていたことは正しかった。

 獣たちを置き去りに湖畔を駆ける。

 立ち塞がるように浮遊していた発現前の円環が強く光を放った。

 横に跳ぶ。円環から吐き出された煙が今までシュキハが駆けていた軌道上に顕現した。今や伝説としか語られることのない巨人族の姿を模した煙が。

 ――こんなものまで出してくるのか。

 辟易しながらもシュキハは駆け抜ける足を止めなかった。ここで足を止めたら包囲網から脱した意味がない。

 が、そうこうしているうちに置き去りにしてきた獣たちが追い付いてきた。相手は煙製とは言え四足の獣。シュキハの足よりもはるかに俊敏だ。


 小さく舌打ちをこぼして体を反転させる。遠心力を伴った一振りは、獣の鼻先を掠めその動きを阻害した。1体だけ。

 振り回しの範囲に逃れていた獣のうち3体が左右に展開する。

 それらを視線を這わせてそれぞれいちべつし、しかしそれらを一切無視してシュキハは大きくその場から飛び退いた。ずん、と重い音と共に飛び退いた地面を巨大な塊が押しつぶす。巨人の拳だった。

 飛びかかる隙があったにも関わらず飛びかかってこなかった獣の不自然さを見逃すほどシュキハも経験は浅くない。

 着地と同時に地を蹴り、シュキハは振り下ろされた巨人の腕を駆け上がった。

「桜華二槍流」

 その巨体を裏切らず挙動の緩慢な巨人に振り落とされる前に。

「白椿!」

 渾身の力を込めて振りぬかれた二槍が巨人の首を切り落とした。


 巨人の肩の上を駆け抜け中空に身を投げ出す。背後で巨人が煙となって消えていった。

 眼下にはジーモの姿。

 探し物をするならば高いところからに限る。駆け上げた巨人の肩の上から位置を探し出していた。

 ジーモが杖を構えるのが見える。その前方に巨大な円環が出現したのも。

「…………調子に乗りすぎた」

 思わず呻く。

 普通人間は空中で自由に動き回れない生き物である。そんなところを狙い撃ちされたら待っているのは完全なる撃墜ではないか。

 頬が引きつりそうになるのを堪え、とっさにシュキハは二槍を軸に体を回転させた。

 円環から煙が飛び出してくる。それは見る見る間に大蛇の形となって、シュキハの体にぶち当たった。それでも体を少しとは言え回転させていたからだろう、まともに体当たりは喰らわずにきりもみ回転をして弾き飛ばされた。

 果たしてそれは幸運だったのか――シュキハは湖のほうではなく木々が生い茂る樹林に突っ込んだ。

 枝を折り葉を振り落とし幹を揺らし。

 体のあちこちにひっかき傷を負いながらも、シュキハの体は地面に激突を免れ枝に引っかかる形で動きを止めた。


「――っ!」

 左腕を動かそうとした瞬間に激痛が走る。見下ろして、その原因に納得した。

 どの時点でかは知らないが、左腕が折れていた。手にしていたはずの槍もない。

 右腕を確認する。こちらは健在だった。ひとまずそれに安堵しておいた。

 取り落とさなかった槍を口にくわえ、右腕だけで体を引き上げ枝の上に体を持ち上げる。姿は見えなくとも獣たちがシュキハの姿を探しているのは容易に想像がついた。

 くわえていた槍を右手に持ち直し、できるだけ音を立てないように気を付けながら枝から枝へと飛び移る。まったく人間の手が加えられずに好き勝手に伸び放題になっていたため、本体の違う枝同士を渡り歩くことにそれほど苦労はしなかった。

 樹林の切れ目。シュキハはあえて音を立てて飛び降りた。

 駆ける。駆ける。駆ける。

 先ほどと変わらぬ場所にいてくれたジーモに向かって。

 フェイントも駆け引きも何もない。ただ愚直にまっすぐに。


 突きつけた槍がジーモの喉元で止まる。

 突きつけられた杖の先から生み出された円環が眼前で輝きを放つ。


 全身を駆け巡る痛みのせいで自身がどんな顔をしているのかわからない。

 だけどわかる。自分は今、笑っている。ジーモもまた笑っているのだから。

「はは、参ったなこりゃ」

 言葉とは裏腹に、ジーモの表情はまったくそんなことを言っていない。

「パレニー・ラキッシュって魔導師は相当極悪だな」

「人として終わっていることは否定しない」

「いやいやいや、たいした性格だと思うけどな、おじさんは」

 一見拮抗した状態に見えてその実、今の状態はシュキハにとっては不利でしかない。

 ジーモには体を煙にして逃げる手段が残っているし、獣たちもまだ残っている。

 そのはずなのに、ジーモの顔に余裕はなかった。笑ってはいるがそれは余裕から来る笑みとは種類が違っていた。


「他人が発動した魔導を封印とはまた無茶なことをする。あの召喚獣はこれを発動するために逃がしたのか?」

「封印? いや、拙者は知らん」

 ジーモの肩がこけた。

 浮かんでいた笑みが苦笑に変わる。

 よくはわからないが、どうやら湖に蹴りだしたテンテは無事に最後の――というかテンテを除けば唯一の――保険を発動させることに成功したらしい。シュキハには何が起こっているのかがまったくわからないのが難点。

 ただジーモの嘆きから推測するに、ジーモの魔力で煙から作られた獣たちは封印されたようだ。

 確かに無茶苦茶な話だった。

「生きてる間に封印属性を操れる魔導師に会えるとはね。……――いや、おじさんはもう生きちゃいないか」

 杖が下げられる。

 大きく息を吐き出すジーモが空を仰いだ。

「あー……悪いな。嬢ちゃんらにオルフェは任せた」


 突き進めた槍がジーモの胸を貫いた。


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