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51_1 - 知 VS 武

金曜更新間に合いませんでした><

「いやいやいや、こりゃ参った」

 どこかのんきにも聞こえる声音でぼやいて、魔導師ジーモは無精ひげを撫でた。


 まずは一手。

 彼の仲間をあのオルフェを除く全員から切り離すことに成功した。

 姿は不細工な短冊の成れの果てだったり、取り込んだまま積み重ねて放置しすぎた洗濯物の山だったりするが、怠惰の魔導師パレニー・ラキッシュは確かに優秀な人物らしい。彼の思い描いた通りに事が運んでいた。

 後はシュキハが彼を討ち取ることに成功すれば作戦は無事終了する。

「ここはどこだ?」

「拙者も知らぬ」

 ぐるりと辺りを見渡すジーモの姿を視界の中から外さないようにしながら、シュキハもまた周囲に視線をやる。

 ありていに言えば、湖だった。

 穏やかな気候。静かに揺れる水音。鼻腔をくすぐるのは湿った香り。

 疑いようもなく湖である。どこの湖かまではわからない。


「なるほど? おじさんと嬢ちゃんとの逢引場所をわざわざ用意してくれたわけか」

「気持ち悪いことを言うな」

「はは、即答か。おじさん泣きそう」

 苦笑をにじませながら、ジーモ。言葉通り泣きそうになっているわけでもないので、口からのでまかせかシックと同じようにただの軽口だろうと判断を下す。軽口にいちいち付き合う義理はない。

 背負ったままだったもう一槍を左手に構える。ジーモの口元に浮かんだ苦笑がより濃くなった。

「せっかちだな」

「戯言無用」

 一言の下に斬り捨て右手の槍を突き出す。さすがに油断はしていなかったのか、先ほどまでと違って慌てることなくジーモは魔導を発動させた。

 槍がジーモの体を突き抜ける。が、まったくと言っていいほど手ごたえはなかった。


 ジーモの体が煙となって霧散する。

 とっさにシュキハは左手の槍をスウィングさせた。しかし槍は煙をかき混ぜただけでその実体を捉えることはできなかった。

「作戦立案者は性格がねじ曲がってるのか?」

「愚問!」

「いやいやいや、そこは少しくらい否定してやれよと」

 初めはぼやけていた声が次第に明瞭になっていく。

 ジーモは前方にいた。槍二つ分ほど離れた位置に。どんな魔導を用いたのかは知らないが、物理的な攻撃も無効化できる術を持っているらしい。

 もっとも、転移前は慌ててシュキハの槍を防いでいたので万能ではないのだろうが。

 懐から取り出した煙草をふかす余裕を見せるジーモに槍の穂先を向ける。

「拙者はお前を殺める」

「……そうか」

 宣言に意味などさほどない。それでもジーモは苦笑ではない笑みを浮かべて口から細く紫煙を吐き出した。


 中空に複雑な文様を描く円環が浮かび上がる。魔導の知識に疎くとも、それが普通ではない光景であることはシュキハにも理解できた。

『力ある魔導師が嫌う相手はどんな存在かわかるかい?』

 脳内に再生されるパレニー・ラキッシュの言葉。

『君たち兄妹みたいな人たちだよ。脳筋グッジョブ!』

 今思い出しても腹が立つ。言われている意味はよくわからなかったが、馬鹿にされていることだけはよくわかった。拳を固めたシュキハを珍しくシックが制止したのはまだ記憶に新しい。

 パレニー・ラキッシュへの怒りをぶつけるようで申し訳ない気持ちはあるものの、ジーモは――黄昏に利用されているだけとは言え――敵なのだ。情けをかける必要はない。

 それに――

『おい。…………その、……なんだ、その……――』

『なんだ? この期に及んでまだ拙者にケチをつける気か?』

『ちっ、違ぇよ! 黙って聞けバカ! おめぇがじ、じー……痔持ち?とかいうヤロウを始末できたら認めてやるっつってんだよ!』

『は?』

『負けやがったら今度こそ勘当だからな! 気合入れてけバカ!!』

 思い出しただけでも心が沸き立つ。絶対に負けられない理由がシュキハにはあった。


「おいおい、嬢ちゃん顔がにやけてるぞ」

「笑止!」

「何がだ!?」

 困惑しているジーモを無視して地を蹴る。

 迎撃するように宙に浮く円環から灰白色の靄の塊のようなものが吐き出された。

 正体は不明。魔導による事象であることだけは明白。

 ――ならば恐れることは何もない。

 構わずシュキハは迫りくる灰白色の塊をかいくぐり駆け抜けた。

「い゛っ――!」

 クロスさせた槍を振りぬく。面食らった顔をしていたジーモがとっさに前に構えた杖諸共に、シュキハの一撃はジーモの体を後方へと弾き飛ばした。

 頭上で円環が煙となって消えていく。

 シュキハは両の足の裏で強く地面を蹴った。体勢を整えきる前のジーモに向けて二槍を振り下ろす。

 体重を乗せた渾身の振り下ろしは、ジーモの体を貫くことなく地面に突き刺さった。

 寸でのところでまたジーモの体が煙となって掻き消えたのだ。


「おいおい、普通突っ込んでくるか今の。荒事を2人に任せすぎたツケかね。あー、こりゃ参った」

 顔を上げてジーモの姿を探す。ジーモの姿は先ほどよりもさらに遠く離れた場所にあった。

 地面に突き立てた二槍を引き抜く。

 相変わらず手ごたえはなかったものの、ジーモの羽織っている革のジャケットに線が一つできていた。ちょうど上から下に。槍の穂先が引っかけたようだ。

 一呼吸も置かない。シュキハはすぐに飛び出した。

 パレニー・ラキッシュが言っていた。魔導師を相手取るのならば二呼吸以上の余裕を与えてはいけないと。虚像のジーモと通り名まである魔導師を相手にするのならば二呼吸すらも与えてはならないと。

 言われてみれば道理だ。

 間を置かず突っ込んでくるシュキハを見て、ジーモが顔を引きつらせるのが見えた。


 ジーモが杖を横に振るう。零れ落ちるようにして小さな魔力の円環がいくつも出現した。さすがにそれらを無視して突っ切るには数が多すぎる。

 踏み込みの足を押し出してシュキハは右に跳んだ。円環から吐き出された灰白色の紐のような物体が勢いよく飛び出して地面を貫いたのはほぼ同時だった。

 動きは止めない。

 体を倒して重心を低く留め、ジーモとの距離を縮める。視界の左隅に円環を捉えておくことも怠らなかった。

 射程圏内に入ったジーモに向け右槍による突きを繰り出す。ジーモもジーモで反射的に杖で弾こうとしたようだが、残念ながらその動きは素人と言って差し支えない。

 当然シュキハの槍を弾くことなどできるはずもなく、しかし捻られた体を槍が貫くこともまたできなかった――完全には。

 脇腹を抉った槍を引き戻し、その間にも左の槍で追撃をかける。喉元を狙った突きは大きく体を仰け反られたことで躱された。狙い通りに。

 引き戻した右の槍で足を払う。回避すらできずにジーモは後ろに倒れこんだ。

 大きく足を振り上げる。

「がっふ!」

 振り下ろした足がジーモの腹を踏み抜いた。

 左槍をジーモの喉元に突きつける。体を起こそうとしていたジーモの動きはそこで止まった。


「は……はは、おいおい、呆気なさすぎだろ」

 こんな状況だと言うのに、ジーモの口元に浮かんだのは苦笑だった。これを豪胆と見るべきか、それとも自棄と見るべきか。

 ジーモの顔を見下ろしながらシュキハはなんとも言えない微妙な違和感を味わった。

「なぁ嬢ちゃん、こんな言葉を知ってるか?」

 湖から吹き抜けてくる風が頬を撫でる。ジーモの浮かべていた苦笑がただの笑みに変わった。

「魔導師に二呼吸以上の猶予を与えるな」

 それは先ほど反芻したパレニーの言葉と同じ。

 足の裏の感触が消失した。

 しまったと思ったところで既に遅いのは見て明らか。飛び退こうとしたシュキハの足に何かが絡みついた。

「女の子に手を上げない主義だったんだが、悪く思わんでくれよ、嬢ちゃん」

 足に絡みついていたのは灰白色の紐のようなものだった。先ほど小さな魔力の円環から吐き出されていたものだ。地面に突き刺さった時点で掻き消えたとばかり思っていたが、シュキハの視界の外で消えずに残っていたようだった。


 油断。

 しているつもりはなかったのに、心のどこかでしていた。

 足に絡みついていた灰白色の紐が這い登ってくる。紐だと思っていたものはよく見れば蛇を模した、質量を持った煙だった。

「おじさんは確かに対魔導師以外はそれほど得意じゃないが、不得意だと言った覚えもないんだなぁこれが」

 振り解こうと足を振っても絡みついた煙の蛇は離れない。それどころか逆にぎりぎりと締め付けてくる。

「変態め」

「いやいやいやいやいや、その返しはあんまりだろ」

 何やら抗議してくるジーモを無視して槍を垂直に振り下ろす。左足に絡みついていた煙の蛇は槍の穂先に引き裂かれて霧散した。若干手元が狂って太ももに薄く線が引かれたが、蛇が絡まっているよりはよっぽどいい。

 右足に絡んでいる蛇も同様に霧散させた。

「おいおい、簡単に外しすぎだろ。そりゃ魔武器の類か?」

 またしても抗議の声と問いの声が上がった。

 当然無視だ。


 二槍を構えてあたりを見渡す。今度はジーモのを姿を簡単に見つけだすことはできなかった。

「まぁいい。こっから反撃といきますか」

 その言葉が終わらないかどうかのタイミングで円環が浮かび上がった。一斉に。周囲一帯に。

 ぐるぐると喉の奥で唸る。

 魔導師が冷静さを取り戻す前に片を付けるつもりだったのに、とどめを刺す前に寸止めなんてしなければ良かった。ここにトウナがいたらさぞ盛大に罵ってきただろう。今回ばかりは反論できそうにない。

 とは言え、今は後悔している場合ではない。反省ならば後でもできる。

 視線を走らせる。


『さて女傭兵君、君にジーモのとどめは任せるけど保険は掛けさせてもらうよ』

『保険?』

『そう、保険』


 走らせた視線が白と黒の物体を捉える。

 気は進まないものの、ここを己だけの力で乗り切れる自信はなかった。負けられない理由がある以上はプライドにこだわって勝ちを捨てるなど愚の骨頂。

「ペンギン!」

「テンテなのだー!」

 岩陰に隠れていた白黒の生物が勢いよく飛び出してきた。ひれ状の手をパタパタとさせながらよちよちと。

 速いとは言えないながらも(恐らく)走ってきたテンテが無造作に円環を殴打する。ぺちんと軽い音を立てて円環は霧散した。それを残りの円環にもどんどんと仕掛けていく。シュキハも同調して槍を振り回すことで円環の悉くを撃ち落として行った。

「いやいやいやいやいやいやいや!」

 悲鳴にも似たジーモの声が聞こえてくる。

 何も役目を果たせぬまま消えていく円環の数は既に半分以下になっていた。

「ちょっ――!」

 槍を振り回しの動きを止めて振り返る。揺らぎが視えた。

 すぐさま駆け出す。

 揺らぎは慌てたように薄れてジーモの形になった。


 駆けた後ろからぺちんぺちんぺにょんと間の抜けた音が聞こえてくるのをBGMに、姿を現したジーモへと肉薄する。

 それでも距離が開きすぎていたのが災いして、テンテ登場の困惑から立ち直るだけの時間は与えてしまっていた。杖を構えたジーモの体の前に円環が現れる。ジーモの体よりも大きな円環だった。

 さすがにそれに突っ込もうとは思わない。

 が、体にブレーキをかけて減速するシュキハが思うよりも円環がその効果を発揮するのは早かった。

 吐き出された灰白色の煙がシュキハに覆いかぶさる。抵抗する間もなく、押し倒された。

「おっと、とどめは刺すなよ」

 目の前に獣の顔があった。シュキハの顔ほどの大きさのある牙を生やした肉食獣が。

 色は灰白色。自然界に生息している獣とは明らかに違う。息遣いもなく、獣臭さもない。

「チェックメイトってやつだな、嬢ちゃん」

 獣の四肢に押さえつけられ体を起こすことはできないが、自由に動かすことのできる目玉だけを動かしてジーモの姿を探す。届いた声からすると、あまり近くにはいないようだった。案の定、目玉が動かせる範囲にその姿を見つけることはできなかった。


「ぎゃーーーーなのだーーーーーー!!」

 遠くでテンテの声。こちらも姿を確認できないが、ぺんぺんぺんと気の抜けた足音が右へ左へ移動しているので何かに追われているのだろうと推測できた。

 これでテンテによる救出も望めない。初めから期待はしていなかったが。

 他の者の救援もないだろう。トウナたちは勇者フューレやニッチ少年の相手をしているし、そもそもシュキハがどこにいるかも彼らは知らない。シュキハですらここがどこなのかわからないのだから。

「さて嬢ちゃん、交渉といこうか」

 自身を押さえこんでいる煙の獣を見据える。それがジーモであると思いながら睨みつけてやっても、煙の獣が表情を変えることはなかった。もっとも、煙でできているためなのか、全身灰白色であるためなのか、そもそも種族が違うからなのか、表情の変化は実にわかりにくかったので定かではない。

 試しに身をよじったらより強い力で押さえつけられた。

 諦めて四肢を弛緩させる。


「交渉と言ってもまぁ脅しみたいなもんなんだが」

「ここまで来てみろなのだ! テンテは怖くなんかないのだ! ――あっ、ホントに来ちゃダメなのだーーーー!!」

「…………あーー……」

 場の雰囲気をものの見事にぶち壊すテンテの声に、言葉を続けようとしていたジーモの声が途切れた。

 今なら見なくても確信できる。ジーモはまた苦笑をしているのだと。湖のほうに逃げて行ったペンギンを見ながら――シュキハの決断は早かった。

 腹筋の力だけで上半身を起こし、自身を押さえこむ獣の喉元に歯を立てる。

 体の構成物が煙だけなので血が噴き出すことはなかったが、獣の戒めの力を緩めさせることには成功した。

 倒されても手放さなかった左手の槍の石突きで獣の横腹を殴打する。獣が怯んだ一瞬の隙を突いて、シュキハは素早く獣の腹の下から転がり出た。

 その際、食いちぎった獣の喉元を地面に吐き出す。吐き出したものはすぐに煙となって掻き消えた。

 両手で地面を押して体を起こす。完全に立ち上がらず体勢を低くしたまま、両手の槍を振り回す。飛びかかってきていた獣の横面にちょうど振り回しの一撃が入った。

 四肢が地面から離れていたのもあって、獣は10メートルほど吹き飛び、転がり動きを止めた先で掻き消えた。


 立ち上がり、槍の穂先をジーモに向ける。距離はあるものの、その顔が引きつっているのが確認できないほど離れてはいなかった。

「拙者もひとつ教えてやろう」

 足を開き重心を低くして槍を構える。

武士(もののふ)から意識を逸らすな」

 ジーモの口元が皮肉に吊り上った。


 ここまで1勝1敗。

 勝敗は、次で決する。


 シュキハは地を蹴り、周囲は円環に埋め尽くされた。


かつてないほどシュキハを動かしたような気がしないでもない。


今週の金曜も更新怪しいけど、がんばる~

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