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50_2 - 罠

 使用済みのマナチップを脇に捨てる。乗り出していた体を起こして、ルーダは一息ついた。

『君に素敵なポジションをあげよう』

 などとパレニーに言われてこの役目を承ったのだが、思っていた以上に神経をすり減らす役回りだった。

 安全な場所から全体を見渡しその場その場で相応しいサポートを行う。言葉にすれば簡単だが、実際は言うほど簡単なものではない。常に全体を見ていなければならないし、いつでも行動できるように頭をフル回転させていなければならない。

 これをナルはあの戦場でやっていたのかと思うと頭が下がる。

 短時間のサポートで既にルーダの脳みそはくたくただった。


「ていうかあの勇者すごすぎ。人間じゃないよあれ」

 思わず愚痴が漏れる。

 場所を気取られないようにナルの影を利用して移動しているのに、数度マナチップを発動する瞬間に目が合っていた。ナルはともかくシックにも侍の人にもどこにいるのか気取られていないというのに。

 さすがは天の落とし子とまで言われた伝説の勇者。

 凡人のルーダには遥かに遠い。

(嘆いても仕方ないけど)

 気を入れ直して新しいマナチップを取り出す。


 シックが参戦して二体一の様相を呈してもフューレはまだまだ余裕そうだった。

 マナチップを構える。

「――っ!?」

 視界が揺れた。

 後頭部に鈍痛が走る。

 何かに後頭部を激しく殴打されたのだと気付いたのは、ちかちかする視界に涙がにじんできてからだった。

 頭に手を当てて振り返る。派手に血が出ているわけでもないことに安心しつつも、そこにいた人物を確認してルーダはげんなりと顔を歪めた。

「おいおい、人の顔を見るなり嫌そうな顔をするな。おじさん傷つくぞ」

 会いたかったような会いたくなかったような、そんな人物が困ったように苦笑する。

 ジーモだった。

 何度見ても地味以外の感想を持てない杖を肩に担いで、ポリポリと頬をかいている姿がなんだか無性に腹が立つ。ぐるぐるに縛ってナルの前に突き出したらさぞ楽しいことになるだろうに、などと若干不穏なことを考えてしまう。


 ルーダの頭を殴打しただろう杖を恨みがましく見つめ、それから大きく息を吐いて頭から手を離す。

「いやはや、フューレひとりでも問題ないだろうが加勢させてもらうよ少年。悪くおもわ――」

「発動」

「どぅわっ!?」

 口上を遮って発動させた赤のマナチップが炎の塊を吐き出す。が、ジーモに到達する前に掻き消された。

 不意を突いたつもりだったのになかなかの反応速度である。

「おいおいおい。人の話は最後まで聞きましょうって親に習わなかったのか?」

「だってまともにやってもこっちが疲弊するだけだし」

「あー……まぁ、そうだな」

「発動」

「ぉぅふっ」

 今度は青のマナチップを使って氷柱を放ったが、これもまた直前で掻き消えた。

「少年、たった一日会わなかっただけで性格が悪くなったのか? あの嬢ちゃんのせいか?」

「発動」

「やめいっつーの!」

 緑のマナチップから魔導が発言する前に不発気味に効果を消された。


 ジーモを見て、ゆっくりと唇を尖らせる。

 怪訝そうに見返してきたジーモだったが、ルーダのその無言の訴えをやっと感じ取ってくれたのか、頬を引きつらせて視線を逸らした。

「あー……」

「人の頭かち割ろうとしておいて自分が攻撃されて文句言うのは人としてどうかと思う」

 わかりやすく言葉にしてあげたら汗をかき始めた。一応悪いことをしたという自覚はあったらしい。

 他人がどう思っているかは知らないけれど、ルーダだってあまりにもあまりなことをされれば怒る。侍の人のように激しく怒りを前面に出したりはしなくても、普通に報復を企んだりもする。

 最近学んだ。言い返さなければ食われるだけだと。主にナルのせいでだけれど。

 不意にジーモが視線を戻す。気まずそうに苦みが浮かんでいた口元にはなぜか笑み。

「いやいやいや、少年もフューレを狙撃していたんだからその仲間のおじさんに攻撃されても文句は言えんと思うが?」

「うぐぅ」

 まさかの反撃に言葉が詰まる。

 勝ち誇ったどや顔のジーモ。その彼にルーダは赤のマナチップを突きつけた。発動したそれは当然ながら効果を発揮することなく不発に終わった。


 いぎぎっと悔しそうに歯を食いしばる。それを見てますます勝ち誇った顔をしてジーモがふふんと鼻を鳴らす。

 その後ろ――

「――っ!?」

 それまで余裕面をしていたジーモが勢いよく振り返る。

 閃く鋼刃がジーモの腹を貫いた。開いたままだったナルの影から飛び出してきたシュキハの槍によって。

「発動!」

 間髪入れずに赤のマナチップを発動させる。

 ジーモの足元から立ち上った炎が、ジーモの体を呑み込んだ。

 極めて近距離で発動された炎から距離を取る。油断なくマナチップを構えながら、思い出すのはここへ送り出したパレニーの立てた作戦だった。


『狙いはジーモひとり。君と君、それとナルは勇者の足止め。少年君はジーモを釣る餌として、仕留めるのは君に任せようか』

『拙者?』

『うん、君、空気だから』

『ぶふっ!』

『空気とは何事か!? 拙者の存在感がないとでも言うのか?! ――笑うなトウナ!』

『私が持てるすべての知識を総動員させて罠を仕掛ける』

『拙者を無視して話が進んだ!?』

『いいかい? 必ずジーモを仕留めるんだよ』

『そんで破邪の杖をゲットするっしょ』

『頼んだよ』


 ぶれない師弟である。

 目的はジーモを仕留めることではなくて、破邪の杖を手に入れることなのではないかとルーダが疑ってしまうのも致し方ないと言える。逆方向の信頼だけは確実にうなぎ上りである。

「あーあーあー、こりゃ参った」

 威力を減じ始めた炎の外からジーモの声。

「おじさんが小心者じゃなかったらこれで決着がついてたかもしれんな」

 周囲に視線を巡らせる。ジーモの声がそうであるように、ルーダにもシュキハにも焦りはない。

 この程度の不意打ちで仕留められるのならば三魔人のリーダーなどやれていないはずだ。相手は数々の斬新な論文を残した頭脳派の魔導師なのだから。

 沈下した炎の中にジーモの姿はない。当然ではあるけれど。

 最初にジーモの姿を発見したのはシュキハだった。

「作戦立案はあの嬢ちゃんか?」

「その師匠」

「あー……ならもっとえげつない展開を予想したほうが良さそうだな」

「どうしても杖が欲しいらしいよ」

「やらんちゅうに」

 何事もなかったように平然と頬をかいているジーモに釈然としない感情を抱く。常識を理不尽に歪めて理想を現実として塗り替えるのが魔導師の生業とは言え、こちらの行動の一切がなかったかのような様子を見せつけられるとなんとも言えない怒りが湧いてくる。

 八つ当たり気味にルーダは手にしていたカードを足元に叩き付けた。


「おいおい少年、道具を乱暴に扱うのは感心せんな」

「おじさんが素直に直撃して炎上してくれたら大切にする」

「少年、一日の間に何があったかおじさんに言ってみ? お前さんはそんなに歪んだ子じゃなかったろ」

 なぜか本気で心配された。少し不貞腐れた態度を取っただけなのに。

 そんなコントじみた会話を繰り広げる2人の空気を読まない人間がひとり。

「どぉわっ!」

 シュキハである。

 大きく振り回した槍の穂先がジーモの鼻先をかすめていく。手加減などという単語は彼女の辞書にはないのかもしれない。

 そして同じくして、人を殺めるという行為――たとえ相手が死に返りだとしても――に対しての躊躇もないのだろうと思えた。素人目とは言え、ルーダの目から見ても今の振りぬきに躊躇いはなかった。ジーモが回避行動を取らなければ確実に首が飛んでいただろう。

 慌てて杖を構えようとしているジーモにその隙を与えないとばかりに連続の突きを繰り出すシュキハ。

 対魔導師においては無敵を誇ると自慢していたジーモのではあるけれど、それは裏を返せば対魔導師以外では無敵ではないことを表している。

『おっちゃんが慌てふためく姿を特等席で見たかったっしょ』

 至極残念そうに嘆いていたナルを思い出す。

 確かにこれはなかなか面白い見世物だとルーダは思った。


 すぅっと息を吸う。

 前触れもなくシュキハが大きく後方に跳躍した――の後に天上から降り注いだ鉄の杭が屋根を貫いた。

「クロスライトニング!」

 吼えるように。

 マナチップに頼らない自前の魔導を発動する。大気を切り裂く稲光が、攻め手が引いたことにより気を緩めたジーモに直撃した。

「オジサン!」

 上空から少年の声が聞こえてくるがそれは無視。素早く腕に巻きつけていた鞭を外して構える。

 すんでのところで雷の直撃を防いだジーモに、再びシュキハが迫った。

 見上げる。空に浮かんでいるニッチがいた。突き出した両手の先はシュキハに向けられている。その手の先に収束されている魔力の膨大さにぎょっとしつつも、ルーダは努めて慌てないように呼吸を整えた。

『魔導師は冷静であれ。取り乱したら命を落とすのは君ではなく仲間だよ』

 ナルに教えられ、パレニーにも念を押された言葉を反芻する。

 魔導師は常に感情を平淡にしていなければならない。相手を自分のペースに引き込むことができれば戦局は有利になる。

『さぁ、獲物を追い詰めようか』

 左足を踏み下ろす。そして吼える。


「発動!」


 力ある言葉は世界に超常の現象をもたらせる。

 先ほどルーダが叩き付け、そして今は足の下で踏みしめられているマナチップが効果発現の光を放った。

 その1枚だけではない。

 無造作に落ちているマナチップの中の数枚が同じく光を放っていた。合わせて5枚。ジーモとシュキハを中心に五芒星を描くように。

 それと気づいたときには既に遅い。五芒星の光に包まれた2人の姿は、その光に抱かれるようにして掻き消えた。

 パレニー特製、強制空間転移魔導陣。ジーモに無効化される危険はあったものの、うまいことシュキハが引きつけてくれたおかげで不意を突いて罠にはめることができた。転移後ならば、たとえジーモであろうと易々と戻っては来れまい。後はシュキハを信じて待つのみ。

 一拍遅れて鉄の杭が屋根を穿った。誰もいなくなったそこを。

「なっ――!?」

 上空のニッチが驚愕の声を上げるのを聞きながら鞭を振るう。狙いは上空のニッチではなく、屋根の上に散らばるマナチップ。使い捨てたマナチップも多数あるが、あらかじめばらまいておいた未使用のマナチップも数枚存在する。それらに鞭を通して魔力を送る。

「発動!」

 光るマナチップはすべて赤。

 複数枚同時に発動した赤のマナチップは炎の渦と化して上空のニッチへと立ち昇った。

 攻撃の手はまだ緩めない。

 驚愕から脱したニッチが迫る炎の渦から逃れようと行動するよりも先。

「サンダーレイン!」

 自前の魔導を、炎の渦から逃げるために移動するであろう方角に対して発動する。

 炎に呑まれるか、雷撃に墜とされるか――ニッチが選んだのは炎に呑まれるほうだった。ニッチの姿が炎の中に消えていく。それを確認してすぐにルーダは近くに開いたままになっていたナルの影に飛び込んだ。

 このまま真正面から戦うほど無謀ではない。


「ナル、隔離に成功したよ」

「おっけおっけー、リョーカイっしょ」

 影の中を進みながら姿の見えないナルに話しかける。ナルの声は少し遠くのほうから聞こえてきた。

 離れていても明確に聞き取れたのは、ここがナルの支配する影の空間だからだろう。

「後はあのチミっ子がおっちゃんを探しに行かないように引きつけるっしょ。イケメン勇者に加勢しないようにも調整する必要あるけ」

「ねぇ、それ本当にひとりでやるの?」

「あたいはこっちから手が離せんかーら。影同士の移動サポートはしてやるけ、踏ん張るっしょ」

 かすかな希望すら打ち砕かれて影から排出される。耳に優しい気休めひとつ言ってくれないことに不満を感じつつも、ナルはナルで忙しい中で会話をしてくれたのだからそこは感謝しなければならないかもしれない。


 煙突のある屋根上に出たことを確認して、煙突の陰に身を潜ませる。

 先ほどまでいた屋根は大通りを挟んだ反対側にあった。マナチップで発生させた炎の渦は既にない。空中に浮かんでいたニッチの姿は、未だにそこにあった。

 無傷で。

「魔力量が違いすぎるんだからそうだよねー」

 わかっていたことではあるけれど、現実を目の当たりにすると地味にへこむ。

 それでも多少は煤けているのでそこには満足しておくことにした。


「う゛あ゛ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 それは雄叫びと呼んでも良いほど激しい慟哭の声だった。声に乗せられた魔力でびりびりと大気が震えるほどに。

「うあ」

 ルーダは思わず呻いていた。

 煙突の陰からそっと様子をうかがう。後悔した。

「お ま え か」

 下手なホラーよりよっぽど恐ろしかった。

 即座に煙突の陰に身を隠す。時既に遅しであることは重々承知で。

 手が滑っちゃったごめんりんりん☆では許してもらえないほど激怒していらっしゃった。いや、そんな謝罪で許してくれる人間なんてナルくらいなものだろうけれど。

 バクバクとうるさく鳴り響く心臓を宥めて、もう一度だけそっと覗き込む。

 こちらに照準を合わせた魔力が解放されたのが見えた。


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