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50_1 - 待ち伏せ

 久方ぶりに聞いた街の喧騒。

 右から入って左へと抜けていく。

 閉じていた目を開けると、空を流れていく雲が疎らに見えた。太陽はそろそろ真上に達しようかといったころか。

「本当にここに現れるのか?」

 空を見上げたまま問う。

「師匠の言うことに間違いはないけ。キミは安心してそこにいるといいっしょ」

 返事は足元から。己の影の中から聞こえてきた。

 顔を下げるものの足元に視線は落とさない。

「もっかい確認するけーど、おっちゃん以外の死に返りに死魂(しこん)召喚のことは口にしちゃいけないかーら」

「存在が揺らいで力が暴走するから、だったか?」

「そうけ」

 確認のために口にしたはいいが、正直なところよく理解はできていなかった。

 ただ何度も念を押されるのならば従ったほうがいいのだろうとそう思うことにした。


 腰を落ち着けていたベンチから立ち上がる。

 剣帯から外していた剣を装着している間に、場に満ちていた喧騒が波を割るように引いていった。

 前を見据える。

 シックのいる広場にまっすぐと向かってくる人物が視界を占領した。

 そこらを闊歩していた人々の姿が泡となって消えていく。向かってくる人物はそれに動ずるでもなく、ただまっすぐに向かってきていた。あるいは初めからこうなることを知っていたのではないかと疑うほどに平然と。

 口元に苦みが浮かぶ。相も変わらず余裕さを失わない態度には腹立たしさすら湧かない。

「待たせてしまったかな?」

「いや。策を弄するには十分な時間だったよ」

 足を止めた人物が浮かべた微笑にこちらも負けじと笑みを返す。爽やかさでは劣っていただろうが。

「街の人たちは?」

「避難させた。多少強引にだが」

「先ほど消えたの人々は?」

「幻影らしい。俺も詳しくは知らない」

「なぜ僕がここに来ると?」

「魔導国レトポーフは自衛以外の戦争を永久に放棄した国だ。その国の、しかも魔導学校のある街であるところのファーニ・エモが襲われたとなれば、混乱は必至。世界中が未知の敵の出現に震え上がる」

 否定はなかった。


 それ以上余計な会話をするでもなく、シックは剣帯から剣を、フューレは光の魔導で作り出した長剣を、各々手に構える。

 前戯は入れない。そんなものは必要ない。

「全部で3……いや、4人かな」

 フューレが長剣を頭上に構える――屋根上から飛び降りてきたトウナの振り下ろしをそれで受けとめた。

 影がゆらり揺れる。出し惜しみもせずにシックは疾風乱舞(バースト)を発動させた。

 隆起した影がフューレの足首をつかむ。

 開いた(たい)を狙って突きを繰り出すも、トウナを振り払ってなお余裕のある速さで振り下ろされた長剣に阻まれた。

 無理に攻めず、大きく飛び退いて距離を開ける。フューレの足を戒めていた影も元の影に戻っていた。トウナも当然ながら危なげなく着地して油断なく刀を構えている。

 シックを右に、トウナを左に、フューレが位置取りする。長剣を左脇構えにしたフューレがそれぞれをいちべつした。


 息を吐く。

『一対一を挑んだところでまずフューレには勝てない。レベルが違いすぎるからね』

 脳裏に思い描くのはパレニーから言い渡された作戦だった。それを反芻する。

『裏を返せばレベルだけの違いでしかないということ。君には技術があるけど圧倒的に経験が足りない』

『それは自覚がある。だが現状、時間がない』

『だから彼を相手に経験値を稼げばいい』

『それは……無茶振りすぎないか?』

『彼は剣士としての完成系だよ。胸を借りると思って、文字通り死ぬ気で経験値を稼いでくるといい』

 穏やかなのに鬼畜だった。さすがはあの女魔導師の師匠だ。

 それでも納得ずくでこの場にいるわけだが。トウナなんてむしろかなり乗り気である。

 シュキハが言うには、昔から割と戦馬鹿だったらしい。最近は自分の立場やハスノミヤの感情を考慮してそれらしく振舞っていたが、そうしなくてもいい立ち位置になって本来の戦馬鹿っぷりが存分に発揮されているのだそうだ。

 傭兵として戦場を渡り歩きながら生計を立てていたがゆえにシックよりもずっと戦闘経験も豊富で、代々伝わる魔武器である刀を使いこなせるトウナの存在は頼もしい味方ではある。彼の実力はヤマトで修行に付き合ってもらったシックもよく知っていた。


『いつもは踏み込めないところまで踏み込んできてごらん。爆裂四散していない限りは私が元通りにしてあげるよ』

『たいした自信だな』

『ふふ、余計なオプションがついても文句は言わないでね』

 絶対に大怪我だけはすまいと誓った。ルーダなんてティッケに余計なオプションがつけられていないか慌てて確認していた。

 なにはともあれ。

 魔導師という生き物にまともな思考を期待してはいけないということがわかった。エリスと再会した暁にはそのあたりをしっかりと言って聞かせよう。まだ魔導師に知り合いはいないと言っていたし。


 思考が横道に逸れすぎた。

 改めてフューレを見る。

 仕掛けられるのを待っているのか、あちらから仕掛けてくる様子はない。油断なく構えているが、まだまだ余裕の色がうかがえる。彼は複数人で囲まれても焦ったりしないらしい。憎らしい男である。


 じりじりと距離を詰めていたトウナが地を蹴った。

 フューレと目が合う。続いて斬りかかろうとしていたシックは、それによって二の足を踏んだ。

 トウナの刀とフューレの長剣とがぶつかり合う。さすがはヤマト随一の傭兵と評されるだけはある、トウナの動きはフューレのそれに引けを取らなかった。

 2テンポほど遅れてシックも疾風乱舞を発動させてフューレに迫る。

 打ち合うフューレの背中に向けて剣を振り上げ――見えない壁に阻まれて、振り下ろした刃がフューレの体に到達することはなかった。

(光の盾、か。厄介な)

 不可視域の光で構成された盾は魔導師でもないシックに見破る術はない。ここがただの剣士と魔導剣士との違いだった。

 それでもまだ普通の魔導剣士ならばここまで厄介ではなかったはずだ。光の属性を操る魔導剣士だからこそ、フューレは史上最強の魔導剣士になりえた。


 押され始めたトウナがフューレの剣を振り切って後退する。シックも再度踏み込むことはしなかった。

 空が陰る。見上げれば十数本からなる鋭利な氷柱が今まさにフューレに向けて一斉に落下するところだった。

 が、フューレの動きは迅速だった。

 構えていた長剣が強く光をまとったかと思えば、振り上げの勢いに乗って光の奔流がすべての氷柱を呑み込み天空へと昇って行く。魔導で作られた氷柱だとしても、同じく魔導で作られた光に呑まれて原型を保っていられる氷柱はただの一本もなかった。

 聞きしに勝るでたらめ性能。

 だが僻んでいる場合ではない。

 シックは剣を肩の高さに構えた。投擲の構えだ。そのまま水平に打ち出す。山小屋から持ち出した片手剣は疾風乱舞による膂力によって、弧を描くことなく弾丸のように飛び出した。

 フューレが大きく体を捻る。長剣で弾かれるものと思っていたが、予想に反して避けるだけだった。

「うおっと!」

 向こう側からトウナの声が聞こえてくるが無視である。

 再度、フューレと目が合う。反射的にシックは横に跳んだ――斬撃が左腕を深く撫でる。剣で受けようとしていたら間違いなく剣ごと斬られていただろう。無手の状態が逆に功を奏した。

 頭上から雷撃が降ってくる。フューレが回避した隙にシックは大きく距離を取った。


 左腕を押さえる。腕は押さえた手の下で急速にその傷口が塞がれつつあった。数分もしないうちに傷跡がわからないほどに元通りになる。

「もっかい頑張ってくるっしょ」

 影から女魔導師の声。次いで影から排出された片手剣を拾い上げて、シックは軽く左の肩を回した。

 戦い慣れた魔導師のサポートがこれほどまでに頼もしいとは。ルーダには悪いが、魔導師を少し舐めていた。

 もっとも、ルーダもシックたちと別れて行動している間に女魔導師に相当鍛えられたらしい。フューレと打ち合っているトウナのサポートをしっかりと行っているのが見て取れる。どこの屋根上に潜んでいるのかはわからないが。雷以外の属性も扱えているのは、マナチップとかいう不思議なカードを女魔導師に貸してもらっているからだろうか。

 女魔導師は女魔導師で、怪我をしたそばから治癒してくれたり、文字通りフューレの足を引っ張ったりと細やかなサポートをしてくれている。正直シックとしてはこちらのほうが助かっていた。


 手にした剣を鞘から抜き放つ。

 不気味なほど真っ白な刀身は陽光を受けても輝かず、所有者の微量な魔力を吸って一瞬だけぬめりとした光沢を見せた。

 これがシックの新たな武器。貸し出しなので一時的なものではあるが。

『それは試作品の中でもかなり特殊なものだよ。使いこなせれば勇者と渡り合えるかもしれないね』

 脳内でリピートされるパレニーのセリフ。字面だけならばまともだが、何やらルーダに熱心に何かの説明をしている片手間に割と投げやりに言われたことを思い出すとどこまで信用できるかわかったものではない。

 話半ばで認識していたほうがいいかもしれない。

 なんにしろ武器だ。魔武器だ。今はその程度の認識で構わない。


 疾風乱舞を発動。

 再び切り結ぶべく飛び出した。


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