49 - 反省しない奴ら
広げられた地図の傍にそれぞれの武器が置かれる。
片手剣はシックのもの。以前山奥の小屋でシュキハが選んだものだ。あれからまだ数日しか経っていないはずなのに、酷使されているのがよくわかる。
鞭はルーダのものだろうか。どこに隠し持っていたのかは知らないが、こちらは相当年季の入ったものだった。刃物ではないのでシュキハの守備範囲外。良さはよくわからない。
そこで終わり。
シュキハの二槍はもちろん、トウナの刀もない。
曰く。
「ヤマトの君たちはいいよ。私が手を加えるまでもなく強化されているから」
とのこと。
これには少しホッとした。亡き父から受け継いだ二槍を他人に触れられるのも嫌だったし、得体の知れない改造をされるのも嫌だったからだ。
「鞭か……うん、鞭かぁ……」
ルーダの隣に鎮座している布の塊がそれら2つの得物をしげしげと(恐らく)眺める姿は異様を極めた。特に鞭のほうに興味を持っているようで、刃物マニアのシュキハにはよくわからない嗜好だった。刃物のほうが面白いのに。
弟子のほうはペンギンと一緒に奥へ姿を消していた。師に何かを頼まれていたので何かを取りに行ったのかもしれない。
「強化すると言っていたが具体的にはどうするんだ?」
「魔力コーティングが主かな。私は鍛冶師ではないからね」
「うん?」
「実際に見てもらえればわかると思うよ」
追加で質問を投げようとしたシックをけん制するように塊はそう言った。
ほどなくして弟子がひとりで戻ってくる。腕の中に複数の刀剣類を抱えて。それらを地図の上に躊躇なく放り捨てた。
ぞんざいな扱いに刀剣類が文句を言うことは当然なかったが、
「もう少し丁寧に扱ってほしいな」
師に諌められて弟子が軽く肩をすくめた。
少なくとも反省の色はなさそうだった。
何はともあれ運ばれてきた刀剣類に視線を落とす。
鞘から抜く必要もなく、いずれの刀剣類にもただならぬ異様な魔力を感じた。刃物マニアの血が騒ぐ。目が輝きだすのを抑えられそうになかった。
「これらは?」
「私が手を加えたものと、各国に保管されていた魔武器だよ」
「あーーー!」
好奇心に勝てずに手を伸ばそうとしたシュキハよりも先。声を上げたのはトウナだった。
武器の小山を築く地図の上に突撃して、その中から迷いなく一太刀取り上げる。渋い黒銀で設えられた鞘に納められた刀が、外気にさらされて鈍い光沢を放つ。近くで見なくてもうっとりするくらい上等な造りだとわかった。
「これ! 10年前にオロん家から盗まれたもんじゃねぇか!?」
室内に沈黙が落ちる。
全員の視線が塊に向けられた。
「違うよ。借りたんだよ。無断で」
「それを盗みっつーんだろうが!!」
言い訳ひとつしないところは立派だが、悪びれもせずに言い切る塊に堪らずトウナが正論を怒鳴った。
塊がかぶりを振る。たぶん。そんな感じに揺れたから振ったと思う。
「この中から気に入ったものがあったら使ってくれてもいいよ。強化するよりも楽だしね」
あろうことか無視して話を進め始めた。さすがにシックも乗りはしなかったが。
「そこになおれ窃盗犯!」
やおら盗品の切っ先を塊に向け、トウナが声を張り上げる。
思い込んだら一直線ではた迷惑なときも多いが、基本的に正義感の強い男だ。罪状の明らかな窃盗犯――しかも盗品は親友の家が代々守ってきたもの――を前にして黙っていることなどできるはずがなかった。
思わぬ修羅場の到来。しかし下手人はあくまで冷静だった。
「コード:2-A-0620」
よく通る中性的な声が意味のわからない単語を紡ぎだす。
はっとしたようにトウナが左右を見渡した。
「ありがとう侍君。ヤマトの貴重な宝刀を持ってきてくれるなんて、とても助かるよ」
「へ? あ、お、おう。……おう?」
「はいはい協力感謝っしょ。これはあたいが預かっておくけ。キミはナルちゃん特性おにぎりでも食べながら座ってるといいっしょ」
「おうえ? ま、う、は、え、えーと?」
刀を取り上げられた挙句におにぎりを押し付けられたトウナが、腑に落ちない顔をしながらもおとなしくその場に胡坐をかく。頭上には無数の疑問符を浮かべながらも、状況をうまく整理できていないようだった。
それはトウナだけに限らず。
「何をしたんだ?」
代表してシックが問えば、弟子と顔を見合わせた後にふふっと楽しそうに笑われた。
何かをしたのは間違いない。しかし何をしたかは言わない。そういうことらしい。
ルーダが半眼で塊を見ているので魔導を使われたのだろう。
「というわけで」
仕切り直しのつもりか塊がそう言えば、シックも下手に突いて同じ目に遭いたくないとばかりに刀剣の検品に入ってしまった。
高レベルの魔導師なんて性格破綻者しかいない、と言っていたオロの言葉を今納得した。
それはともかく刀剣を間近で見られるのはシュキハも願ったり叶ったりだ。いそいそと近づいていくと、そのうちの一振りを手に取った。
虎の意匠が凝らされた鞘から引き抜けば、両刃の長剣がその鋼の肉体を誇示するようにさらされる。仄かに青白い光をまとっているのは、これが魔武器として加工されていることの証明だった。
うっとりと吐息する。
やはり刃物はいい。鍛冶師の魂が込められているものはなおいい。近くでトウナが気味悪いものを見るような目で見てきても気にならない。
「少年、キミにはこれっしょ」
「ありが……ってなにこれ」
「鞭け」
「いや、ウソでしょ。どう見てもただの金平糖が詰まった小瓶じゃん」
「金平糖に見える鞭っしょ」
「なんでそういうすぐにわかるウソつくのさ」
「師匠~、少年が刃向かってくるっしょ~」
「ダメだよ、少年」
「パレニー様がそうやって甘やかすからナルの性格がねじ曲がるんですよ」
「いい性格してるっしょ?」
「ナルは少し反省したほうがいいよ、いろいろ」
「にゃーん」
BGMの代わりに交わされる会話を聞きつつ、堪能し終わった剣を鞘に納める。刀もいいがたまには大陸の剣を眺めるのも良いものである。
ホクホクした気分で次のに手を伸ばす。横からその手を蹴られた。
「刃物バカ、自重しろ」
トウナだった。
むっと眉をしかめる。
彼はいつもそうだ。人の趣味にケチをつける。個人的に楽しんでいるだけなのに気に入らないらしい。
やれ女は包丁より長い刃物を持つな、やれ女は戦場に出るな、やれ女はさっさと家庭に入れ、やれ女は男より前に立つな、やれ女はあーだこーだと、時代錯誤も甚だしいことを飽きもせずにぐちぐちぐちぐちと。
思い出したらむかっ腹が立ってきた。
「トウナ」
「あん?」
「前から思っていたことだが」
抑えた声で切り出したところでトウナの眉が不快気に跳ね上がった。いつもならこの時点で怯んで口を噤んでいたが、今日ばかりは我慢の限界だ。
「男女差別も大概にしろ今日という今日は拙者も堪忍袋の緒が切れたわ!」
鼻先に指を突きつけ一息に言い切る。言った後にドキドキと心臓が激しく脈打った。
突然のシュキハの大声に呆然としていたトウナだったが、徐々に言われたこととされたことを理解し始めると、
「あ゛ぁん?」
乱暴に床を叩いてから勢いよく立ち上がる。顔にははっきりと怒気が乗っていた。
「おめぇ、誰に物言ってやがんだ?」
柄の悪さを惜しげもなく披露しながらの比較的静かな声で、トウナ。
ドキドキを通り越してキシキシと軋み始めた心臓を宥め、負けじとシュキハは顎を上げてトウナを睨み上げた。
「トウナ以外の誰に言ったと?」
「ほ~~ぉ?」
殺気まで乗せ始めた眼光が鋭さを増す。
が、怯むわけにはいかない。今日という今日こそは言ってやると決めたのだ。
「そもそも勝手に人のことを弟と勘違いしていたくせに、妹とわかるやよそよそしくなって拙者がどれだけ傷ついたと思っている! そのくせ人が鍛錬していると女がそんなことする必要ないとかごちゃごちゃ言って邪魔をして! 口答えしたら縁切りだとか喚くから家を出て大陸へ向かったのに度々忍を寄こして監視して何がしたいんだ!?」
溜めに溜めた諸々を一気にぶちまける。感情の発露が目元に涙を浮かべさせていた。
反論に備えて構える。
が、予想に反してトウナは動揺したように目を泳がせておどおどとしているだけだった。
「……トウナ」
憐憫を含んだシックの声にハッとトウナが正気に戻った。慌てたように2,3歩後退って思いっきり顔を逸らされる。
「ばっ、ばばばーか誰がおめぇなんか監視するかババァが勝手にやったことだしオレ関係ねぇし男と勘違いしてたとかねぇしマジ頭悪ぃんじゃねぇのばーかばーか!」
「ぬっ、トウナにバカと貶されるいわれはないぞ! 拙者はトウナと違って大陸の横文字も理解できる!」
「あぁ? ウソ言うんじゃねぇぞ! くそアマのくせに――い?」
トウナが消えた。
いや、それは言いすぎか。
引っこ抜かれた大根のように、見事なまでに綺麗な弧を描いてバックドロップをかまされていた。トウナの背後に回っていたシックによって。
ゴッ、と鈍い音を立ててトウナの頭が床に激突する。反射的に駆け寄りそうになりそうなほど派手に。
「頭を冷やせ、トウナ。魔導師連中に酸欠を起こさせるほどに笑われているぞ」
ぎょっとして塊がいるほうへ顔を向ける。
弟子が腹を抱え、真っ赤な顔をしてげらげらと笑い転げていた。塊はよくわからないが震えているので笑っているのだろう。ルーダも膝を抱えて顔を隠しているが、プルプルとしているので恐らく笑っている。
「ひっ……ひぃ、ひぃ、あひゃひゃひゃ…ぅ、げほげほっ」
「絶滅危惧種並みのツンデレ。ぷっくく」
何が彼らのツボにはまったのかはわからないが、人前で取り乱してしまったことに今さらながら気が付いた。
熱が昇ってきた顔を伏せる。
トウナを責めるように睨みつけてみるが、頭を押さえて痛みに転げまわっている彼には気付いてもらえなかった。
「シュキハ、君は俺に扱えそうな得物でも選んでてくれ。俺は少しこのチェリーくんと話がある」
「ぬぅ。わかった」
うまいこと引き離された感はあるものの、トウナを引きずって離れていくシックを見送ってシュキハは深々とため息を吐いた。
刀剣類の前に正座して、改めて検品を再開する。
しかしトウナが気になって、ついついちらちらとそちらに目をやってしまう。
「師匠、あたいはもうダメっしょ」
「耐えて。頑張って」
魔導師師弟とルーダは未だにプルプルしている。
何がそんなにおもしろかったのだろうか。
「オレ様は悪くねぇよ!」
後ろからはトウナの怒声と、その後に鈍い音が聞こえてくる。
シュキハは再度ため息を吐き出した。




