48 - これからのこと
目覚めは最悪だったと言ってもいい。
昨夜、かつてないほどの上質なふっかふか感を味わえるベッドに横になったのは、時刻にして20時前。シャワーから出てきてすぐに横になったので恐らく間違いないと思う。寝る前に壁の本棚の魔導書をパラパラと読みたいと思っていたのに、ルーダ自身が思っていた以上に疲労は蓄積していたらしい。
ひとりにつき一部屋ずつ用意されていたので、シックたち他の面々がいつ寝たのかはわからない。
それでも目覚めが最悪であっただろうことは想像に難くなかった。
原因はこれ。
「起っきるのだ~♪ 起きるのだ~♪」
大音量でかき鳴らされる楽器に混ざるペンギンの歌声。お世辞にもうまいと言えない。
部屋の外から朝一でもたらされた騒音に、ルーダの機嫌はすこぶる悪くなっていた。
「ペンギンめ」
悪態をついたところで騒音は消えてくれない。
頭からかぶっていた掛布団を蹴飛ばし、仕方なくルーダはもそもそとベッドから這い出た。
あふ、とあくびを噛み殺す。目尻に浮かんだ涙を親指の腹で乱暴にぬぐった。
顔を洗って軽く身だしなみを整えれば準備は万端。洗った上に乾燥までしてもらえた服を着込んで、ようやくルーダは部屋の外へと出た。
ペンギンは上階に続く階段の前で指揮棒を振り回していた――用意された客室は食事をした階の下の階にあった。
指揮棒を振るだけでどこから音を出しているのかわからないけれど、存在自体が意味不明な召喚獣のやることは概ね理不尽なことが多い。最悪な形での寝起きなことも相まって、ルーダはツッコミを入れることもせずに再びあくびを殺した。
「――――るっっせぇーー!!」
向かいの部屋のドアが乱暴に開けられると同時に怒声が響き渡る。驚いて指揮棒を振るのをやめたペンギンは、次の瞬間には宙をくるくると吹き飛んでいた。
侍の人――寝たら名前を忘れた――が一直線にペンギンを蹴り飛ばしに行った結果のようだった。
蹴り飛ばされたペンギンがべちゃりと本棚に追突して落下する。いちいちコミカルな効果音が鳴るのも召喚獣だからだろうか。
「何をするのだ!」
ペンギンはすぐに復活した。
「朝っぱらから騒音垂れ流してんじゃねぇよ!」
「テンテはご主人の代わりに起こしにきたのだ!」
「るっせぇ! ペンギンのくせに生意気言うんじゃねぇよ!」
「ペンギンじゃないのだ!」
つかみ合って怒鳴り合う1人と1匹。侍の人には悪いけれど、さっきよりもうるさくなったと思う。
そうこうしているうちに残りの2人も起きてきた。
こちらは怒りを見せていない。表面上は。
「テンテうるさいっしょ」
上からナルも降りてきた。手には大量のおにぎりが乗せられた盆を持っている。
「ひどいのだ! テンテはご主人のためにがんばってるのにナルちぃひどいのだ!」
「師匠が下で待ってるけ、行くっしょ」
ペンギンの抗議の声をまるっと無視してナルが階下に促す。ぺちぺちと叩いてくるペンギンを足先で蹴転がして、さっさと降りて行ってしまう。今日も相変わらず絶好調にナルはナルだった。
ナルの後をついて降りて行ったペンギンに遅れて、ルーダたちも階下へと降りて行った。
以前の訪問時にはいろいろ積み上がりすぎていてかき分けることすらできなかった地下2階は、劇的にきれいに整理整頓されていた。初めて見た床は、上階と同じくワックスで磨かれたように艶のある輝きを放っている。
未知の場所に踏み込むような心境で床を踏みしめる。
「なにをしている?」
やけに慎重に歩くルーダに、不審そうにシュキハが尋ねてくる。なんと言ったらいいのかわからなくて、ルーダはあいまいに苦笑だけ返しておいた。さらに訝しげな顔をされたけれど。
「師匠、入るっしょ」
一言中に声をかけてからナルがドアを開ける。
雪崩が起きた。
ペンギンが巻き込まれた。
「師匠ー、あたいが飯作りに行った30分でなんでここまで散らかせるけ?」
ペンギン救出に動くでもなくナルがドアの向こう側へと吸い込まれていく。
ようやく物が散乱した場所に出会えた安心感に、思わずルーダは胸を撫で下ろしていた。やはりここはそうでなくては。
シックたちは固まっていたけれど、そのうち彼らもこれがここの日常だとわかるはずだ。
昨日の自分を見ているような微笑ましい気持ちで、うんうんと何度かうなずいておいた。
「少年たちもさっさと来るっしょ」
ドアの向こうからひょこりと顔を覗かせて再度ナルが催促してくる。それでシックたちのフリーズも解けたのか、各々が微妙な顔をしながらも物の散乱する室内へと足を踏み入れた。
誰もペンギンを救出しないまま。
部屋の中は相変わらずよくわからないもので散乱していた。よくわからない生物も増えていた。
魔導文字が書き散らかされた紙束なんて空気と同じ、あって当たり前のレベルである。部屋の隅で山となっている雑魚魔キューブみたいな四面体ブロックとか、なぜか天井から吊り下げられている薄い和紙のようなものとか、アリの行列よりも統率悪く行進している小人とか、ぽよんぽよんと跳ねている毛玉だとか、のそのそと這っている蛇っぽいけど顔だけ劇画調の生き物とか、未確認飛行物体にしか見えない円盤型飛行物体とか――視界に入ったものをすべて認識しようとすると途中で頭がおかしくなりそうなものであふれていた。
その中でも特に奇異なのが、部屋の中央に鎮座する大掛かりな装置。その装置に固定化されている大きな魔力結晶である。
もっとも、その手前にいる布の塊のほうがよっぽど奇異ではあるけれど。
「おはよう、よく眠れたかな?」
布のせいでくぐもって聞こえてくる声は変わらず性別不明な透明度を保っていた。どこか明るく聞こえるので機嫌でも良いのだろうか。
皆が入室したのを確認してからドアを閉めたナルが、盆に載せられたおにぎりを配って回る。布の塊状態のパレニーはともかくとして、ナルもおにぎりに手をつける様子はなかった。先に食べていたのだろうか。当然のようにペンギンが受け取っているところが気になると言えば気になる。召喚獣なら奉仕する側に回るべきなのではないか。というかいつ雪崩から脱してきたのだろう。
「あ、ああ、おはよう」
引いているシックというのもなかなか珍しい。口元を引きつらせながらそう返すのが限界だった。ヤマト2人組は完全に引いて一言も発しないし。
「師匠? ボーズはどこに行ったんしょ?」
「ん? ああ、彼なら確かこの辺に…………ほら、いた」
「ティッケ!」
かき分けられた物の下から発掘された少年の姿に思わず声を上げてしまった。
小人を蹴り飛ばしてしまうのも気にせず駆け寄る。至って健康そうに見えるティッケの姿にホッとするものの、よほど寝苦しかったのかかなりぐったりしていた。
怪我人を散乱する物で埋めるパレニーの神経を疑いつつも、五体満足で息をしていてくれている状態に安堵した。
「起こしたら駄目だよ。今はこの魔力結晶の近くに置いて一度はこの世界から切り離されたティッケをこの世界に再認識させてる途中なんだ」
「あ、わ、わかりました」
無事な声が聴きたくて、つい起こそうとしていた手を慌ててひっこめる。
パレニーがわざわざ注意するのだから、よっぽど重大なことなのだろうと思った。もどかしい気持ちはあるけれど。
せめて生き埋め状態からの解放くらいはいいだろうと、ティッケの周囲に散乱する物を片づけることにした。なぜかペンギンが手伝ってくれた。さらに不思議なことに、それに触発されて徘徊していた召喚獣たちが部屋の片づけをし始めた。
「切り離した、とはどういう意味だ?」
一部掃除の流れになっているルーダをよそに、配給されたおにぎりを頬張りつつ、シック。
「文字通りだよ。治癒のために多量の魔力が必要だったからね、より魔力濃度の高い世界に移送したんだ」
「なるほど、それで封印が解けたわけか」
それだけの説明で納得したシックが何かの上に腰かける。もこもこしているからそれも召喚獣なのではないかと思うのだが、もこもこした物体は特段身じろぎもしなかった。
「これも伝えたかったひとつだったけど、君たちを呼びつけたのは黄昏の件でいろいろと伝えたいことがあったからなんだ」
「伝えたいこと?」
「ノエキスト王朝、太陽の華、死魂召喚」
聞き覚えのある単語が羅列させる。
片づけをする手は自然と止まってしまっていた。
「前提として、黄昏の一族が世界の終焉を望んでいることを念頭に置いて聞いてほしい」
パレニーはそう前置きを置く。
かつて黄昏の一族と呼ばれる存在がいた。
魔を裏から操り他種族と争わせ、世界に混沌を招き滅亡への道程を歩ませた忌むべき種族。1000年前、暗黒時代と呼ばれる時代に賢者とヤマトの力によって封印されたのを境に歴史の表舞台から姿を消した。
現代、ヤマトの人間以外が黄昏の一族の名を知らないのはヤマトが歴史上から抹消したかららしい。ヤマト人でもごくごく一部しか知らないのだそうだ。
曰く。
「それがババァの意思だったからな」
らしい。
その黄昏の一族を復活させようとしたのが太陽神信仰国であるノエキスト王朝だった。
破滅の神とも呼ばれる太陽神から技術を賜ったとかいう王朝は、現代魔導学をもってしても対抗できないほどに高い技術力を持っていた。その高い技術力で作られたのが太陽の華となる種子。
太陽の華は封印された黄昏の一族の長、神王ヴェザを降ろすための器。その華を産み落とす役目を負ったのが王妃であるシンシアーナ・ノエキストだった。
王朝の計画は実に順調に進んでいたと言っていい。三魔人がひとり、光のオルフェが牙を剥くまでは。
「彼女の目的は判然としない。オルフェという人物の記録は執拗なまでに念入りに消されていたからね」
「そういや、本人もそれは秘密だって言ってたな」
いかな手段を用いたかも不明。オルフェひとりの力で王朝だけにとどまらず、王朝の存在していた島そのものを地図上から消し去った。これにより王朝の野望は潰えた――かのように見えた。
時代は進み現代、オルフェによって焼き殺された王妃は転生を果たした。そして資産家バードランド家に入り込み、太陽の華であるエリスを産み落とした。
後は器として機能するまで成長するのを待つだけ。
「けどここでも計算違いが発生する。エリシアナ・バードランドという女性が活発すぎたんだ」
家出をしてしまったことでコントロールすることができなくなった。
「さすがと言うかなんと言うか。エリスらしいな」
母シンシアーナは業を煮やしついに強硬策に出る。それが自身の死だった。
そこからの流れはルーダたちの知ってのとおりだ。
パレニーはそこで一度話を切った。
ほとんどは昨夜ヤマト組が語ってくれた内容と一致していたけれど、改めて時系列に沿って整理されるとそれぞれの因果関係が把握しやすかった。独立した点だったものが線でつながり大きな流れが見えてくる。
おかげで情報の咀嚼には時間がかからなかった。
「ま、背景はそんな感じで適当に聞き流しておいーて、本題はこっからっしょ」
なぜかナルが仕切り直す。
それにうなずいて――いや、布の塊だからどこが首なのかわからないけれど、なんとなくうなずいたような気がした――パレニーは中断していた話を続けた。
中途半端に解けた封印により半覚醒した神王ヴェザが最初に行ったのはエリスの体を支配すること、ではなかった。
片手間でもエリスの体を完全に支配できると思ったからか、黄昏の一族の手駒と言えば魔しかいなかったことが動機だったのか、それはわからない。
ヴェザは自由となった魔力を使って死魂召喚を行った。
それは輪廻の渦を巡り転生の刻を待つ浄化された魂を強引に呼び寄せ核に閉じ込める忌むべき邪法。死魂召喚された魂は二度と転生を望めない、摩耗して消滅するまで使役される。しかも核として扱われるのは生身の肉体。少なくとも3人の人間が彼らの召喚のために犠牲になったと考えてもいい。約1名だけは例外らしい。
確認できただけでも死魂召喚されたのはかつて活躍した偉人が4人。三魔人と呼ばれた3人の魔導師と、有史以来唯一勇者と呼ばれた1人の魔導剣士。
「辛辣なことを言うようだけど、今の君たちでは彼らに勝つことはできない」
歴史に名を残す偉人の中でも彼らは群を抜いているらしい。
一番弱いのが三魔人のリーダーである虚像のジーモ。防御や目晦ましなどの後方支援が得意で、しかも専門は魔導研究だったらしい。空白の200年間と呼ばれている歴史の謎を熱心に研究していた。パレニーも彼の研究を引き継ぐ形で空白の200年間の研究をしている、というのはただの蛇足だ。
とは言え、ジーモは対魔導師において無敗を誇ったらしい。これは本人がそう言っていたのをルーダも聞いていた。事実、ナルの魔導の一切は杖の一振りですべて無効化されていた。
次が三魔人の最年少、異界のニッチ。世界三大悲劇の魔導師のひとりでもある。
才能に恵まれたがゆえに、その高すぎる魔力と魔導センスを危険視され、実の親に疎まれ異界人とまで蔑まれたと記録に残っている。その蔑称が通り名として定着してしまったことも不幸としか思えなかったけれど、
「いや? なんか誇らしげに名乗ってたぞ?」
どうやら本人は満足しているらしい。
ニッチにとって幸運だったのは、叔父であるジーモに引き取られたことと天真爛漫を絵に描いたようなオルフェと出会えたことだろう。これは後世の研究家による考察だ。
が、天はニッチの幸せを許さなかった。旅先で流行り病に倒れ、治療の甲斐もなくあっという間にわずかに16年という短い生涯を閉じた。これが世界三大悲劇の魔導師のひとりと言われる理由。
天寿を全うしていたらそれこそ史上最強の魔導師となっていただろうとまでまことしやかにささやかれている。
そして勇者フューレ。彼のことは語るまでもない。
彼ほど人々のために生きた人物はいない、彼ほど人々に愛された人物はいない、彼ほどその死を悼まれた人物はいない、彼ほどその死が謎に包まれている人物はいない。
数多くの逸話を残し、老若男女関係なく今や誰もが知っている偉人のひとりである。
「本人は勇者であることを否定していたがな」
「どっからどう見ても勇者なのになーにわがまま言ってるけ」
さらにこちらはあまり広く知られていないが、フューレは彼が活躍した時代の賢者の一人娘と結婚していた。なので今ここで眠っている賢者の末裔ティッケの祖先ということになる。
「能力の関係上、賢者が刃物を振り回すことはないから勇者の血はもったいないよね。こっそり抜き取っても誰も文句言わないんじゃないかな」
「怖いこと言わないでください。近づかないってぎゃー!」
最後に。
三魔人の紅一点、光のオルフェ。
「隠す必要もないから先に言っておくけど、彼女には私でも勝てない」
説明に入る前にパレニーが恥じるでもなく告白した。事実はただ事実として。
「そんなに強いのか?」
怪訝そうに、シック。
彼女と一戦を交えたらしいヤマト組を見ると、ひどく微妙そうな表情を浮かべていた。
「強いとか弱いとかの問題ではないかな。勝負にならない。世界広しと言えど彼女ほど巧みに空間操作の魔導を扱える魔導師はいない。ヤマトの君たちは気付いていなかったようだけど、彼女が姿を見せてからずっと君たちは彼女の空間に閉じ込められていたんだよ」
「は? あのアマの空間? いや、ずっとオレ様の部屋だったぞ?」
「そう、捕らえられた当人たちすら気づけないほど自然に自空間に閉じ込められる実力を持っているんだよ、オルフェという魔導師は。彼女の手にかかれば永遠に出口のない空間を彷徨わせることもできる」
「うげ」
顔を歪めるトウナは、それでもまだパレニーが告げることの大半を理解はしていないように見えた。
想像力の違いか、はたまた魔導師でないこととの違いか。
魔導の一属性として数えられる空間という属性は、扱える魔導師が極めて少ないことは周知の事実。
ラドのような先天属性として生まれ持っていない限りは、空間属性を習得するには魔導への才能の他にも相当な努力が必要となる。しかも努力したからと言って必ず習得できるわけでもない。習得できる人数はほんの一握りだ。
その空間属性を使いこなせるということは、それだけで手練れであることの証明になる。
「それともうひとつ。彼女の目的が判然としない」
「黄昏の手先じゃねぇとは言ってたけどな」
「恐らくそれは事実だろう。けど、それはイコール敵ではないという意味ではない」
「出会ったらどうしたらいいけ?」
「刺激しないようにそっと陰に隠れる」
「猛獣?」
「似たようなものじゃないかな」
何気に失礼なことを言っているはずなのに、師弟はどこか楽しそうだった。
件の魔導師と実際戦った経験のあるヤマト組を見る。やはり微妙そうな表情を浮かべていた。
もぞりと布の塊が蠢く。いや、動く。
行軍中の小人の列を突っ切って――巻き込まれて数名の小人が布の塊に呑み込まれた――奥へと消えていったパレニーが、数分後にふよふよと漂っていた毛玉と衝突事故を起こしながら戻ってくる。
手――たぶん――に大きな紙を持って。
召喚獣に甚大な被害をもたらすくらいなら、傍でペンギンを頭に乗せて遊んでいるナルに取りに行かせれば良かったのにと思わなくもない。
「さてここからが本題だ。ナル」
「ほいほいっと」
紙を受け取ったナルがそれを床に広げる。
それは地図のようだった。世界地図。あまり見たことはないけれど、かなり詳細な地図であることがうかがえる。
「自力での到達は無理だから暴露しておくと、渦中の娘は現在ここにいる」
勢いよくシックが身を乗り出した。
が、布の塊ではどこを指し示しているのかわかるはずもない。
顔を上げたときの据わったシックの目つきが少し、いやかなり怖かった。
パレニーが笑う。揺れる布の塊はちょっと不気味だった。
「今の君が会いに行ったところでまた同じ目に遭わせるだけだよ」
「いつならいいと?」
普段と変わらぬ声音でありながらも怒りを抑えているせいで抑揚のない声が、空気にピリリと緊張をもたらせる。
当然と言うかなんと言うか、パレニーがそれで怯むことはなかった。
「死に返り勢力をどうにかしてから、かな」
睨み合い――になっていたかはともかく――はシックが引くことで終わりを迎えた。
「そいつらを始末するのは異論ねぇけどよ、そいつらがどこにいるかわかんねぇのにどうすんだよ。それもおめぇが知ってんのか?」
引き継ぐ形で侍の人が問う。
「彼らが受けている命令から逆算すれば行動を読むのは簡単だよ」
「命令?」
「仙女殿の誘拐、賢者の殺害、後は各国に混乱をもたらすためのゲリラ行為」
表情が曇る。
無事に生還したばかりのティッケがまだ狙われているのだと思うと、あのときに味わった無力感が色濃く浮かび上がってくる。同時に今度こそは守りきるんだという強い思いも。
「現状、私の研究所はまだ知られていない。仙女殿には既に打診しているけど、安全が確保できるまではここで過ごしてもらうことになる」
「あ? ンなの聞いてねぇぞ」
「君にだけは言ってないからね」
平然と言ってのけるパレニーに、侍の人の額に青筋が浮かんだ。声音からの想像に過ぎないけれど、パレニーはとってもにこやかに微笑んでいるような気がした。
侍の人がシュキハを振り返る。お手本のようにさっと目を逸らした。なにやらケンカが始まった。
「今の君たちでは彼らと一対一で勝つのは難しい」
パレニーはそんな彼らを一切無視して話を続けた。
首を突っ込んで因縁をつけられるのもつまらないので、ルーダもそれに倣うことにした。
「だったらどうするんですか?」
「そら当然、各個撃破っしょ」
答えたのはナルだったのでそちらを見上げる。師にもたれかかってリラックスしている姿はさすがとしか思えない。
――いや、布の塊だからいいのか。いやいや、やっぱり駄目だろ。でも布の塊だし。
「問題は誰から狙うかっしょ?」
ひとり脳内葛藤を繰り広げるルーダをよそに、もたれかかっている当人であるナルがパレニーに問う。さして気にした様子もなく――というかもしかして気付いていないのかもしれない、布の塊だから――パレニーがうなずくのが気配で伝わってくる。
「最初に狙うのに適しているのはニッチだろうね」
「おっちゃんは?」
「彼には破邪の杖と頭脳がある。伊達に虚像のジーモと通り名を付けられていたわけではないよ、彼は」
軽く両手を上げるナルだけれど、あれは絶対につまらないという顔だ。
地図を見下ろすと、ペンギンが地図の上に人形を置いていた。なにを遊んでいるのだと注意しようとして、それがジーモたちを模った人形であることに気づいて首を傾げた。
「何してるの、ペンギン?」
「ペンギンじゃないのだ! テンテなのだ!」
人形はルーダたちの分も合わせて結構な数があった。
「私が予測でき得る彼らの行動予定と、君たちが仕掛けるべき罠だよ」
ぺちぺちと叩いてくるペンギンを片手で押さえつけているルーダの頭上から声が降ってくる。
顔を上げたら意外と近くに布の塊がいて、驚いてびくっと体を震わせた。いつの間に移動してきたのだろうか。
「罠、とは?」
フリーズしたルーダに代わってシックが問うてくれた。少しだけ機嫌が直ったらしい。
ヤマトの兄妹ケンカも侍の人の気が済んだようで終わっていた。
「それはゆっくりと説明するよ。その前に1つ」
「なんだ?」
「君たちが持っている武器はこれからの戦いに耐えられないから強化してしまおう」
「あ? 強化ってなにするつもりだよ」
「もちろん、魔武器化だよ」
事もなげに言われてもいまいちピンとは来なかった。
首を傾げるルーダの頭を後ろからナルが小突く。いつの間に移動してきたのだろうか。パレニーのときにも思ったけれど。
「とりあえず全部出すっしょ。隠しても無駄だかーら」
「どこの追いはぎだ、おめぇら」
素早く侍の人がツッコミを入れる。それを聞いてから、今の発言はツッコミを入れるような発言だったのだと思い至った。既に慣れてしまったルーダはどうも思わなかったけれど、普通の人の感覚では確かにツッコミポイントと言えなくもない。
にやにやとしているナルの表情を見るに、どうやら侍の人の迅速な反応はお気に召したらしい。
「あー……まぁナルとパレニー様だしなぁ」
「なんだその悟りは」
律儀にルーダにもツッコミを入れてくれた。
ちらりと侍の人をいちべつして、目が合う前に逸らす。
これでナルのターゲットが彼に移ってくれたらルーダは安泰である。なんてことを考えていたら、
「安心するっしょ、少年」
見たこともないほどの満面の笑顔でナルに肩を叩かれた。
次回更新は土曜日の9/14になります。




