46_4 - 愛しい華
「オルフェね、仙女ちゃんはどうでもいいの。でもでもぉ、ニックンが行くって言うからひとりで行かせるわけにはいかないでしょ? ニックンは他の子に比べたら魔力も多いし、アドリブも上手にできるからとぉっても強い魔導師なんだけどぉ、まだ経験もしてないお子様だからオルフェ心配だったの。リーダーは賢者ちゃんに会いに行くってわがまま言うし、勇者クンは勝手にいなくなっちゃってるし、オルフェが行くしかないでしょ? だからついでだしついてきてあげたの」
ひとり滔々と語るオルフェ。
横を見ると、退屈そうにトウナが耳をほじっていた。若干イライラしているのは、甘ったるい声で体をくねらせながらひとり語りに酔っているオルフェが鬱陶しいからだろう。シュキハもほぼ同じ気持ちである。
「だからね、ニックンもいなくなっちゃったからオルフェの華がどこにいるか教えて?」
話の結びに到達したらしい。ほとんど聞き流していたので内容は覚えていないが、要は華つまりはエリスの居場所を教えろということなのだろうう。
「おめぇバカか? 教えろって言われて素直に教えるわきゃねぇだろ」
「なんでぇ?」
「黄昏の手先に渡すバカがどこにいんだよ」
きょとんとされた。
頭がゆっくりと傾き横に倒れる。大きな目をぱちくりとさせる姿は、苦手な種類の女だというのにかわいいと思ってしまった。
「なんでオルフェがヴェザちゃんの手先にされてるの?」
心底不思議そうに尋ねられた。
思わずトウナと顔を見合わせる。そしてお決まりのごとく、2人の視線はオロへと向かう。
「…………貴様は先ほどハスノミヤ様を狙う勢力はひとつしかないと言った。黄昏かと尋ねたら貴様は肯定の意を返した。よって貴様は黄昏の勢力に属する者と判断した。相違あるか?」
今度はオロも嫌な顔ひとつもせずにすぐに対応してくれた。持つべきものは頭脳明晰な幼馴染。
ああ、と納得したようにオルフェが手を軽く叩いた。
「うん、仙女ちゃんを誘拐してこいってニックンに命令してたのは確かだよ。オルフェも横で聞いてた。でもでもぉ、だからってオルフェがヴェザちゃんの手先だなんてひどい侮辱ぅ~」
言葉では不満を言いながらもオルフェはきゃらきゃらと楽しげに笑った。
と思ったらぴたりとその笑みを奥へと引っ込めた。
トウナ、シュキハの順にいちべつを向け、最後にオロへと視線を向けて固定化させる。なんとなく難しい話でもするではないかと直感した。
果たしてそれは正解だったらしい。
「死魂召喚って知ってる?」
聞き覚えのない単語だった。当然トウナも知らないようである。
「死したる魂を冒涜する邪法か?」
「ぴんぽーん」
やはりと言うべきかどうか、オロは知っていたらしい。おざなりに拍手を送るオルフェを無視して先を促す。
「リーダーやニックンはその死魂召喚で呼び出されてるからそういう意味ではヴェザちゃんの手先かもしれないね。リーダーは解呪の方法がないか探してるみたいだけど」
「貴様もそうではないのか?」
「あは、オルフェはヴェザちゃんの死魂召喚の流れを利用しただ・け。そもそも死魂召喚で呼び出せるのは格下の相手だけでしょ? ヴェザちゃんがオルフェより格上とかありえなーい」
「自分が黄昏より格上であると?」
「今の不完全な状態のヴェザちゃんは確実に下。全盛期でもオルフェのほうが強いけどね」
「ならなぜそちら側にいる?」
「そのほうが華を探すのが楽だったから」
問答はオロが沈黙することで終了した。
再びトウナと顔を合わせる。
今の会話の理解度は8割ほど。とりあえずオルフェという魔導師が自称黄昏以上の実力者で、黄昏に従っているわけではないという部分だけ理解できた。召喚だとかなんだとかはわからないのでパス。
ぼそぼそとトウナと答え合わせをしたら、大体トウナも同じような理解度だった。
「……ノエキスト王朝」
オルフェの顔から笑顔が消えた。
「貴様ら三魔人が滅ぼした国で相違ないな? なぜ滅ぼした?」
「あ」
思わず声を洩らしたらオロに横目で睨まれた。話の腰を折るなと厳命された気がして慌てて口を閉じた。
すっかり忘れてしまっていたが、三魔人は太陽神信仰のメッカであるノエキスト王朝を滅ぼしたとされている魔導師連中だ。つい先ほどまでそのことを話し合っていたというのに、それを吹き飛ばすインパクトを伴って現れたオルフェたちのすごさを改めて実感する。できれば実感などしたくなったが。
無表情になっていたオルフェの顔にまた笑顔が乗る。
「違うよぉ? あそこの島を消滅させたのはオルフェだけ。リーダーもニックンも関係なぁい」
「なに?」
ふわりとオルフェの体が浮き上がった。見えない階段を一段一段上るように天井付近へと登っていく。
「最初に村を焼いてね、街を焼いてね、城を焼いてね、シアちゃんの護衛をひとりひとり焼いてね、最後にお腹の中にいた華と一緒に生きたままじっくりじぃっくり焼いたの。それがぜぇんぶ終わってから島を丸ごと消滅させた」
「シア? それはノエキスト王朝最後の王妃シンシアーナ・ノエキストのことか?」
空中でオルフェがくるりと回る。
隣でトウナがまた地味に視覚的ダメージを喰らっていた。誰も気にしなかったが。
「そう、シアちゃん。折角じっくりと焼いてあげたのに、じっくりと時間をかけすぎちゃったせいで転生装置の起動を許しちゃったみたいなの。もうやんやんだよね?」
内容は割とえげつないはずなのに、空中で寝そべっているオルフェは愉しそうだった。
それだけにオルフェの精神的異常さが際立つ。
「なぜ? なぜそこまでする必要があった?」
「あは、それは秘密ぅ~」
浮いていたオルフェが降りてくる。風をはらんで舞い上がった衣装のせいでまたトウナが視覚的ダメージを喰らっていた。
「それでぇ? オルフェの華はどこにいるのぉ?」
「ここにはいない。どこにいるのかは把握していない」
あっさりとオロが白状した。いいのかと問うように視線を向けるも、まったく取り合おうとせずに無視された。
意味もなく行動する人間ではないので何か作戦があるのだろうと判断する。
「やぁん、オルフェいっぱいしゃべったのにぃ~! ひどいひどい」
ぷくぅっと頬を膨らませてぷんすこ怒るオルフェ。あまり迫力がないのは本気で怒っていないからだろう。
「つーか、800年前に生まれる前にぶっ殺したモンがなんでおめぇのなんだよ。おかしくねぇか?」
敵意のないオルフェを前にやる気をなくしてしまったのか、あぐらをかいて座り込んでしまったトウナが横から口を挟む。オロと違って情報を引き出そうという意図はなく、本当にただ疑問に思ったことを口にしただけのようだ。
ぱちくりとオルフェが瞬く。軽く小首を傾げ、
「オルフェが神の踊り子だからだよ?」
そんなことを平然と言ってのけた。
トウナの眉が跳ね上がる。顔には驚きが乗っていた。
それは恐らくシュキハも同様だっただろう。
「神の踊り子、だと? おめぇ、太陽神信仰者か?」
慎重に問われたそれに、オルフェは心底から不思議そうに首を傾げて見せた。
神の踊り子――大陸のアイドルのキャッチコピーで使われてそうなありきたりな称号ではあるが、太陽神関係に限定するのならばその称号は重大な意味を持つ。
自身の胸に手を当てオルフェが微笑む。
「オルフェは太陽神様のために舞い踊り、太陽神様のために愛を捧げる選ばれた存在。生も死も太陽神様に捧げているの」
矛盾だ。
誰もがそうと思いながらも口にできなかった。オルフェが再び、あの歪な笑顔を見せていたから。
冷や汗が首筋を撫でる。なのに口の中はカラカラと乾く。
「ああ、愛しい愛しい太陽神様。いつになったらオルフェの愛を受け入れてくれるの。こんなにあなたに焦がれているのに」
芝居がかった口調としぐさで。
両の手の平を天に突き上げ、無上の愛を声高に唱える。その姿は敬虔な一信者。それなのに背中に薄ら寒さを感じるのはなぜだろうか。
こくんと喉が鳴った。
「華を手に入れてどうするつもりだ?」
オルフェは答えない。ただただ笑みを浮かべるだけ。
「もうオルフェ、あなたたちに用がないから帰るね」
ひらりと手を振ってオルフェの体が浮き上がる。あ、と言う間もなく姿が掻き消えた。
思い出したように遠くから鹿威しの音が聞こえてくる。
誰ともなく深く息を吐き出した。
「嵐が去った」
思わず漏らした言葉に隣でトウナが大きくうなずいた。
「だが、見えてきたものはあった」
「んあ?」
オロを振り返る。
が、廊下から足音が聞こえてきたことで会話は中断を余儀なくされた。
足音を数える。足運びから判断するに、女中のものともうひとつ。
手にしたままだった槍を背負い直す。トウナも納刀した。
問題は散らばっている大量のナイフや苦無だ。ざっと見回しただけでもうんざりする量だ。
最初に動いたのはアザトだった。オロは動く様子を見せない。トウナも同様だった。いや、トウナはいいとしてもオロは動くべきではないだろうか。自分が投げた苦無も含まれているのだから。
じと目で見ても意に介さないオロに、シュキハは諦めて嘆息した。
アザトひとりにやらせるには忍びない。仕方なくシュキハもナイフ等の回収に向かった。
「失礼します」
それでもふたりでの回収では、廊下から聞こえてくる足音の主が到着する前に終わらせることはできなかった。
「おう、なんだ?」
廊下から聞こえてきた使用人の声に、腰を上げぬままトウナが応対する。入室の許可を与えない限りは入ってこないとは言え、回収の手を早める必要があった。
「お客様をお連れしました」
「客だぁ? ンな予定入ってねぇぞ。誰だ?」
「それが、その……」
「あん?」
回収したナイフ等を部屋の隅へと集める。小さな山ができた。
他に取りこぼしがないか振り返って確認する。畳はボロボロになってしまったが、見落としはなさそうである。
「アザト」
作業の終了を待っていたかのようなタイミングでオロが妹の名を呼ぶ。アザトは文句のひとつも言わずに廊下へと出ていった。来客の確認に行ったのだろう。
立場的には彼女が妥当だとしても、なんとなくもやもやする。
アザトはすぐに戻ってきた。困った顔をして。
「どした?」
「それが……――」
珍しくごにょごにょと言葉を濁す。らしくない行動だった。
「誰が来たんだ? 説明しにくいヤツなのか?」
「……――――――と」
「あ?」
「パレニー・ラキッシュと、名乗っている」
言い淀みながらもごにょごにょと続けたアザトのそれに、一同ぽかーんとしてしまった。
「本物か?」
「わしには判断つけられぬ」
愁眉を寄せるアザトは心底困惑しているようだった。実物を見ていないが、こちらにとっても寝耳に水である。
そもそも交流のまったくない大陸の有名な魔導師、しかもこのタイミングでの訪問。先ほど襲撃してきたオルフェやニッチ少年のように刺客としてやってきた偽物だという可能性もゼロではない。敵が去って気が緩んだ隙を狙って仕掛ける、などという手は昔からある戦法のひとつだ。
が、昨日エリスが言っていた。怠惰の魔導師パレニー・ラキッシュとは繋がりがあると。もしかしたらその繋がりが縁でわざわざ足を運んできてくれたのかもしれない。
考えれば考えるほど訳がわからなくなってきた。
熱暴走を起こしそうな頭を抱えて、シュキハは無意識のうちにオロに視線を送っていた。
「直接会って話せばわかる」
どこか投げやりに言われた。
「おめぇ、考えるのめんどくなったろ?」
「常日頃から頭脳労働を放棄している輩にとやかく言われる筋合いはない」
「ぐっ……」
そう切り返されてしまってはシュキハもフォローの入りようがなかった。傭兵生活の間はまだしも、ヤマトに帰還してからというもの困ったらすぐにオロを頼っていたのはシュキハも同じだ。
トウナがガシガシと後ろ頭をかいた。
数秒、十数秒、数十秒。
長いこと考え込んでいた顔を上げると、アザトに目で合図を送った。心得たとばかりにアザトが再び廊下に出ていく。
一言二言、廊下から言葉をやり取りが聞こえてきた後、それは入室してきた。
「こんばんは、ヤマトの皆さん。パレニー・ラキッシュと言います」
男とも女とも判別できない声で訪問者が自己紹介を述べる。
トウナの顔が引きつっていた。オロも絶句している。訪問者の後ろに控えるアザトはさらに困惑した顔を濃くしている。
訪問者は、短冊を吊るしすぎた不格好な竹のような物体だった。
おい、前回とオチが同じだぞ、どういうことだ。
次とその次の更新はお休みします。
代わりに9/1の0時に愛魅様の小説祭りに参加した短編を更新します。
次の更新は9/6にできたらいいなぁ。
あ、人物紹介を更新しました。




