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46_2 - 罪状累々

 一般人には誤解されがちだけれど、魔導師同士の戦いというのは実はそれほど派手なものではない。

 互いの魔力をぶつけ合う段階で8割がた勝敗は決してしまうからだ。魔力に圧倒的な差があった場合、どんなに戦術を工夫したところで魔力の低い者が高い者に勝つことはない。多少相性が関係するとはいえ、魔力の差を覆す決定打にならないのが世の常だった。

 魔力が互角のとき初めて魔導での戦いは始まる。中にはわざと互角に見せてけちょんけちょんにする魔導師もいるらしいけれど。

 ルーダが視る限り、ナルとジーモの魔力はほぼ互角だった。

 甘く概算しただけでもルーダの倍以上はある。逆立ちしてもルーダでは2人に勝てないだろうと思えた。悲しいことに。


 先に動いたのはナルだった。

「影火」

 赤のマナチップが輝き、ジーモの足元の影から焔が立ち上る。

 軽く感心したように眉を上げたジーモだったが、その顔に動揺の色は微塵もない。好奇心にも似た輝きを放つ瞳はむしろ楽しんでいるようでもあった。

 ジーモが杖を振り下ろす。勢いよくではなく、普通に降ろす程度に。

 コン、と杖の尻が地面を叩く。ジーモの体を這い上がろうとしていた焔がそれだけで掻き消えた。

「は?」

 つい間抜けな声が出た。

「悪いな。おじさんは対魔導師で負けたことがないんだ。うちんとこのじゃじゃ馬以外にはな」

 顎に生えた無精ひげをさすりながらジーモが言う。自慢する響きはなくても、それは自信の表れだった。

 手の中で広げていたマナチップを懐にしまうナルの横顔を盗み見る。無表情だった。

 右手に持ったステッキをバトンのようにくるりと回転させたかと思えば、その先をジーモに向ける。

「他人の魔導構成を解体するとか著作権の侵害っしょ!」

 感情を堪えていたのか、吐き出された声は予想以上に大きくて思わずルーダは身をすくめた。

「あー……まぁそうだな」

 対して、ジーモは軽く苦笑をにじませるだけだった。


「破邪の杖の力け?」

「ほう、よくわかるな」

「ナルちゃんを舐めるなと言いたいっしょ。他人の魔力構成の解体なんて普通にできる魔導師なんていたら大問題っしょ」

 珍しく憤慨した様子でなぜかルーダをステッキで突いてくるナル。なんで、と尋ねたいところだけれど八つ当たり以外の何物でもない上に、そんなストレートな問いにナルが答えてくれるとも思えなかったので無抵抗を貫いた。それがナルには気に入らないようなのは知ったことではない。

 同情の視線を送ってくるジーモにはあいまいな笑みだけを返しておいた。

「ますます欲しくなったっしょ」

「やらんと言っとるだろ。人の話を聞かん娘さんだな」

「それが自慢け」

 半眼になったジーモを指さしてケラケラと楽しそうにナルは笑った。つくづくいい性格をしていると思う。

 ようやく突くのをやめてくれたナルがそのままステッキの先をジーモに向ける。

「あたいもそろそろ本気出すけ、おっちゃんも本気出すっしょ」

 ナルの体からあふれた魔力がいたるところに存在する影の中へと潜り込んでいく。もぞもぞと蠢く影が鎌首をもたげるように隆起した。

 それを眺めるジーモの目にはやはり焦りではなく興味の色しかない。口から細く長い紫煙を吐き出す姿は余裕の表れか、挑発のつもりか。

 ジーモが杖を掲げる。

 ニィッと口元を歪めたナルが魔力を解放した。


 足元に感触がなくなる。

 ああこのパターンか、と他人事に思いながら影の中へと沈む。

 もはや見慣れた影の空間で――やることもないルーダは2人から距離を取って座り込んだ。完全に観戦モードである。ここに菓子と飲み物があれば完璧だったのに、残念。

「ほう、影を利用した異相か」

「あたいのあたいによるあたいだけのフィールドっしょ」

「嬢ちゃんの魔力に満ちた嬢ちゃんに有利な空間、と。はは、こりゃおじさんでも干渉できんな」

 目を輝かせる勢いで影の中を見渡しながらのジーモの不利を認める言葉。それでもやはり焦りはない。

「んん? しかも座標移動してるな」

「にゃーん、なんでそこまでわかるっしょ。サプライズができないなーい」

「そりゃ良かった。おじさんサプライズにゃいい思い出がないんで、ね」

 言葉の締めにジーモが杖を振るう。

 視認できる魔力構成がいくつも影の空間内に浮かび上がった。わずかに発光する魔力構成は一目で複雑さが理解でき、なのに煩雑になっていない。それらが円環となってジーモの周囲に展開された。

 ナルの口が苦みと、それ以上の嬉しさをにじませて弧を描く。

 視ようと思わなければ視ることができないはずの魔力構成を堂々と晒し、惜しげもなく見せつけるジーモの口元にも笑みが浮かんだ。こちらはもはや定番となっている苦笑だ。

「楽しいかい?」

「もち」

 影が――と言っても空間それ自体がすべて影なわけだけれど――蠢く。地上では単に気を引くためだけに蠢かせていた影たちとは込められている魔力の質と量が違う。ナルの本気度合いがうかがい知れた。


「いやはや、おじさんは争い事は得意じゃなくてね。この空間、割るよ」

 魔力構成による円環が一斉に輝きを放つ。足元が大きく揺れた。

 不穏な宣言通り、影の空間に干渉して脱出を試みているのだろう、恐らくは。干渉は無理だと言ったその舌の根も乾かないうちに何をしくさりやがってるんだと言いたいところではあるけれど。

 他人が形成している空間に干渉するなど、普通の魔導師にはできない芸当をいともたやすく行おうとしている。虚言でもなく、本当にジーモという魔導師は800年前に活躍した三魔人のひとりなのだろう。

 なかなか納得しがたいけれど、実力が高いことだけは疑いようもなかった。

「著作権を侵害するのに飽きたらず器物破損まで犯すなんて、救いようもないダメなおっちゃんっしょ」

「女の子の創造物を壊すとかないよねー。しかもさっきできないとか言ってたから虚偽申告だよ。最低な大人だ」

 なんとなくナルに同調してみる。魔導勝負の形勢はナルのほうが不利そうなので、せめて口だけはナルを優勢にしようと思ったのかもしれない。いや、本当のところはよくわからないけれど。

「あの物ぐさ大王の師匠から何年かけて空間属性の扱い方を盗んでこの影空間を作り出したと思ってるんしょ。壊したら泣くけ、泣くけーな」

「あーあ、ナル可哀想。先天属性以外の属性ってただでさえ習得しにくいのに、空間属性なんて習得難易度最高ランクじゃん」

「そうけそうけ。空間属性単体じゃ扱えなかったけ、苦肉の策で先天属性と組み合わせてなんとか形になったんしょ」

「それを壊すなんて……外道だね」

「男のクズっしょ」

 あらかじめ決められた台本をなぞるように軽快な言葉のキャッチボールの末、魔力構成の円環を消滅させてジーモは膝から崩れ落ちた。打ちひしがれたように(くずお)れている姿は実に哀愁漂う。

 むずむずとした快感があった。シックやナルが人をからかうことを趣味にしている気持ちがわかったような気がする。

 声を出さずにケラケラと笑っているナルの上機嫌極まった表情を見ていて思う。被害が自分に及ばないようにするには自分もナル側に回ればいいのだと。


「おじさんもなぁ、おじさんもなぁ」

 勢いよくジーモが立ち上がる。

「あと少しで完成しそうだった研究成果を目の前で燃やされたことがあるんだよ! そうしたら面白いと思ってとか言いやがって! お前さんらにあの時の悔しさがわかるか!?」

 そう叫ぶジーモはちょっぴり泣いていた。少し可哀想だった。

「そんなのちゃんと守りきれなかったおっちゃんが悪いけ」

「あいつらからどう守れってんだ」

 片手で顔を覆うジーモには苦労の色がにじみまくっていた。何かを無性に奢りたくなってくるほどに。

 もっとも、ナルには嗜虐心を煽る役にしか立たなかったようだった。残念なことに。実にいい笑顔でジーモを見ていた。つくづくろくな性格をしていない。

「とにかく! ここからおじさんは脱出させてもらうからな!」

「それは困るけ、あたいが協力してやるっしょ」

「協力?」

 威勢を削がれて怪訝そうな顔をするジーモにうなずきを返して、ナルはクルクルとステッキを回した。

 座り込んでいたルーダも立ち上がる。汚れが付くわけでもないけれど一応払ってから両足を踏ん張る。

 ピタッ、とステッキの動きが止まった。

「たーまやー」

 気の抜けた声と共に足元の影がせり上がって打ち上げられた。まさに打ち上げ花火のごとく。


 頭頂部からドプリと重い液体を抜ける感覚。

 影から弾きだされる際のこの感覚だけは何度経験しても慣れそうにない。生理的に受け付けない気持ち悪さだった。

「ぷはっ」

 酸素を求めて息を吸う。鼻腔をくすぐったのは新鮮な空気――ではなく。

 喉の奥で悲鳴が漏れる。とっさに口を両手で塞がなかったら悲鳴が漏れていたかもしれない。

 影の中から排出された先は一面を新鮮な亡骸で埋められた大地だった。

 西に大きく傾いた太陽の光を浴びてさらされるグロテスクな情景。生あるモノであったことを執拗に主張する生臭さ。胃から酸っぱいものが逆流しそうになって、ルーダは息を止めた。

 予想もしていなかった光景がそこにある。助けを求めるようにあたりを見渡すと、ルーダほどではないが驚いたように目を瞠っているナルがすぐそばにあった。それだけで少しだけ気が楽になる。

 ついでにジーモの姿を探すと、こちらもまた驚いたようにしながらも顎をさすりながら冷静に状況を分析しているようだった。

「座標的にはリブエンド荒野に出たみたいだけーど、この有り様はなんけ」

「……ああ、なるほど。リブエンド荒野ならおじさんとこの勇者の仕業だな」

「勇者?」

「いやはや、おじさんたち三魔人だけじゃないんだな、呼ばれたのは」

 できるだけ下を見ないように這わせた視線が、ルーダたち以外の立って動く生物を捉えた。

 数は3。全員が男。2人は見覚えがあって、1人はまったく見覚えがない。

 戦っているようだった。2対1なのに形勢が不利なのは2人のほう、ルーダが見知った2人である。


「シック? ……と、エリスのお兄さん的ななんか偉い人」

 一日ちょっと離れていただけなのに、シックの姿をやけに久しぶりに見たような気がした。懐かしさとやっと再会できた喜びに浮足立ちそうな気持ちはしかし、どこにもエリスの姿が見当たらないことで尻すぼみに萎んでいった。

 シックがいるところには必ずエリスがいるものだと思っていたのに、一緒にいるのは帝国の偉い人と見知らぬ男性。しかもその見知らぬ男性と刃を交えている。

「勇者ってーとあれけ? 勇者フューレ?」

「歴史上、勇者と呼ばれたのは彼だけだろ? ま、本人は勇者と呼ばれるのは好きじゃないみたいだけどな。おじさんたちの次の代の人間だからおじさんよりも嬢ちゃんたちのほうが詳しいんじゃないのか?」

 緊張感のない会話を聞きながらシックが相対している男性を見る。

 勇者――確かにその名に相応しいいでたちだ。2人を相手にしても余裕の見える実力もまた。

「人類史上最強の魔導剣士じゃないけ。しょーもないもんまで死魂召喚せんでほしいっしょ」

「おじさんに言わんでくれ。拒否できるもんじゃないんだ」

「おっちゃん以外の三魔人も死魂召喚されてるんけ?」

「残念ながら」

 おどけたように肩をすくめてみせる。皮肉気な笑みは否が応にも不吉な未来を予感させた。

 ただ今回ばかりはその嫌な予感はルーダらだけに当てはまるものではなかったようで。

「――ごふっ!!」

 隕石のように高速で飛来した物体がジーモに激突して、その体を吹き飛ばした。


「聞いてよオジサン! オルフェひどいんだよ!」

 高い少年の声が響く。殺伐とした血生臭い戦場には不釣り合いな。

「抜け駆けしないって約束したのに! 自分ばっか遊んでさ!」

 白目を剥いて涎を垂らすジーモの体を揺すって喚き散らしていたのは幼い少年だった。

 ティッケよりも少し上くらいだろうか。癖のある猫っ毛の藍色の髪を短くまとめ、髪の色に合わせた藍色のローブを腰あたりで切断させた軽くイカレた服装をしていた。動きやすさを重視したのかデニム生地の短パンは年相応に見えてこれは良い。明らかに大人用だろうと思えるベルトが長すぎて垂れている。それだけならまだ背伸びした子どもということで微笑ましい気持ちになれたかもしれない。

 余分なベルト部分で吊られたテルテル坊主はいったいなんの意味があるのだろうか。いや、ナイフとフォークを持った手がついているからテルテル坊主ではないのか。可愛らしくない顔がちょっと、いやかなり怖い。完全に捕食者の顔だ。純粋な子どもならトラウマになるレベルである。

 一番の問題は上半身部分。元は装飾もないただ藍色なだけのローブだったのだろう。びっくりするくらいポケットが増設されていた。たまに捕食者テルテル坊主と同じ顔をしたテルテル坊主が顔を出しているポケットがあるので余計に怖い。

 これが少年の趣味なのだとしたら親を呼んできてほしい。ルーダも勇気を振り絞って説教のひとつでもしてやりたい。

「聞いてるオジサン!?」

「こ、腰が……」

 ヒートアップしている少年に返すジーモの声はか細くなっていた。ぴくぴくしている姿はもはや哀愁どころの騒ぎではない。似合いすぎて苦笑いも浮かばなかった。


 再起不能になったジーモを見限ったのか、少年がぷりぷりと怒りをまき散らしながら立ち上がる。そこで初めて周りの惨状に気付いたらしい。軽く口笛を吹いた。

「Wao! すっご」

 明らかにルーダよりも年下の少年が、この惨事を前にして恐れを抱くどころか驚きもしない。

 怖がるでもない態度に薄ら寒さを覚えた。

「ボーズ、キミはそのおっちゃんの仲間け?」

「Sure! そうだよ、ボクが異界のニッチだ」

「うーあ、世界三大悲劇の魔導師まで登場なんて豪華だーね」

「悲劇? What's? ボクは異界のニッチとは呼ばれてるけどそんな変な呼ばれ方はしてないよ?」

「……なーる。キミは自覚がないパターン(・・・・・・・・・)なんだーね」

「は?」

 訝しげにする少年ニッチを無視して訳知り顔でナルが何度かうなずく。ひとりで納得するのはナルの悪い癖だ。説明されないほうはもやもやするのでその癖は直ちに治してもらいたい。

 願ったところで説明する気がないことはその表情から見て取れる。

「おっと嬢ちゃん、それ以上は口にしないでくれよ」

「わかってるっしょ」

 腰を擦りながら起き上がったジーモが苦い顔で言ってくる。ナルは軽い調子でそれに了承を返した。

 ますます意味がわからない。


「オジサン、なんの話?」

「子どもは知らなくていい話」

「Too bad!」

 憤慨したニッチがぽこぽことジーモを叩く。ジーモがさりげなく腰を叩くように誘導しようとしているが、残念ながらその企みは叶いそうになかった。

 足元にゴロゴロと亡骸が転がっていなければ見ていて和む光景なのに。

「少年、あのボーズの前では死魂召喚のことを口にしちゃいけないっしょ」

 遠い目になりそうだったルーダにナルが耳打ちをしてきた。

 微笑ましい光景を繰り広げているニッチとジーモをいちべつし、それからナルに視線を向ける。

「死魂召喚って何?」

「邪道中の邪道っしょ。生命(いのち)の海に還った魂から死の定義を削除して核に閉じ込める外道の術け」

「生き返らせたってこと?」

「似て非なる死に返りっしょ」

 頭上に疑問符が浮かぶ。

 ナルが小さく面倒くさそうに嘆息した。

「ここにはいないオルフェって魔導師を含めた三魔人、それとあそこでハッスルしてる主人公顔の勇者も間違いなく本物ってことっしょ。ついでに言えーば、その彼らを召喚して使役してるのが前に話した黄昏の一族だってこーと」

 死魂召喚の説明をさりげなく飛ばしていきなり結論を言われた。

 前から思っていたけれど、ナルは人に説明するという行為が随分と嫌いらしい。苦手なのかもしれない。

 眉をハの字にして見つめたら顔ごと逸らされた。


 ナルはそのままジーモらへと視線を戻す。喚いているニッチの気を引くために二度手を打ち鳴らした。

「そこのお子ちゃま、おっちゃんを困らせたらダメっしょ」

「ボクは child じゃない!」

「ハイハイ」

 子ども特有の反論を適当に受け流し、腕輪に戻していたリングオブフェイトをステッキへと変える。当然のように使われている伝説の魔武器は、そうと知る前からナルが使っているのを見ていたせいで様になっているように見えた。

 こきりと首を鳴らしてジーモも破邪の杖を構える。こちらも伝説の魔武器、だけど見れば見るほどどこにでもある地味な杖に見えた。

「ニッチ、お前さんはあそこの少年に遊んでもらったらいい」

「えー、一番弱そうじゃん」

 言葉の矢が胸に突き刺さる。

 ――相手は子ども、相手は子ども。

 呪詛のように何度も口の中で繰り返したら、受けた精神的ダメージをいくらか軽減させられた。たぶん。恐らく。

「ボーズ、あたいにはおっちゃんの先約があるけ、こっちの少年で遊ぶといいっしょ。だーいじょーぶ、少年は頑丈にできてるかーら」

「あ、ちょっとナル、フラグ立てるのやめてくれる」

「少年、これも修行っしょ」

「適当に言ってるでしょ?」

 半眼で返したらへらりと笑い返された。


 ため息を吐く。

 年下と言えども三魔人のひとり。それを相手にどう修行しろというのか小一時間ほど問いただしたい。小一時間ほどのらりくらりとかわされそうな予感がするけれど。

 改めて少年ニッチを見る。

 歴史上でも謎の多い魔導師3人組グループ三魔人がひとり、異界のニッチ。魔導理論の祖、カルクン神聖国建国の父に次ぐ魔導の天才と謳われた天賦の才の持ち主。

 そして、世界三大悲劇の魔導師に名を連ねるひとり。


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