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45_3 - 知者は惑わず、仁者は憂えず

 蒼い羽毛に風を受けて飛翔するゼロウィングの上から地上を見下ろす。

 見事としか言えないほど見事に禿げ上がった荒野はどこまでも広がっているように見えて、唐突に群生しているかのように見える木々に遮られて勢力を途絶えさせている。はるか天上から巨大な力が線引きしたかと思えるほどに、森と荒野は明確に別れていた。

 とは言っても荒野も森も未開発地区であることに変わりはない。そこは人の領域でもなければ魔の領域でもない。一歩でも足を踏み入れれば、出会った異種族と刃を交える覚悟をしなければならない。

 田舎の実家から飛び出す以前に農作業を手伝いながら兄が話してくれたことだ。

 この地で戦い散って行った兄も、あの荒野と森の境界線を同じ空の上から見下ろしたのだろうか。争い事が好きではなかった兄は何を思い戦争に臨んだのだろうか。


 リブエンド荒野の上空、ゼロウィングに乗っていることが引き金になったのか、らしくない感傷に自然と苦笑がにじんだ。

 後方に向けていた顔を前方に。徐々に高度を下げ始めたゼロウィングから見下ろす眼下に影が見えた。

 地面を覆い隠すほどに積み重なるのは人魔両者の物言わぬ躯。流れ出た血がむき出しの大地を潤し、魔の体を構成していた魔力が大気の動きを鈍らせる。

 阿鼻叫喚の惨劇の後、とでも題したいほどに凄惨な光景だった。

 ここが戦場の中でも最も激しく人魔がぶつかり合った地だと知っていても、目を覆いたくなるほどの状況だった。

「スゴイな」

 思わず呻く。

 不良騎士とは言えシックも騎士の端くれ。大規模なものに経験はなくとも小さな小競り合い程度の戦いに参戦したことは何度かある。相手は主に帝国だったが、人の領域に入り込んだ魔の討伐隊に加わったことだってある。

 だからこそ余計に信じられない光景だった。

 人魔の躯の海の中、返り血ひとつも浴びずに佇んでいる人影がこちらを見上げている姿が。


 ゆっくりと降り立ったゼロウィングの背に立つ。降りてくるまで何も手を出してこなかった人影と目が合った。

「君がこれを?」

 ゼロウィングの背から飛び降りる。無意識のうちに剣帯の位置を確かめながら尋ねると、そこにいた男はもったいぶるでもなく小さくうなずいた。

 無造作に散らした短い茶色の髪を風にそよがせ、紫電の混じる黄土色の双眸は柔らかな感情を宿す。不均衡さのない整った相貌は女のみならず男の意識すら捕まえそうだ。中性的ではない男らしさを備えながらも男臭さを感じさせない。あまり好きな表現ではないが、正統派の美形と言えるだろう。ジスターデの国で人気の男性アイドルなど足元にも及ばない。

 よく手入れの行き届いた胴鎧ひとつとっても、ステージに立つ男性アイドルたちの着られている感とは違う。主張しすぎないエメラルドの光沢を鈍く放つ胴鎧はその男以外に着こなすことはできないだろう。よく見れば意匠もさりげなく凝られていてそれが上質な代物であることがうかがえる。

 胴鎧とお揃いの肩当、小手、足鎧もまた男に見事に似合っていた。それだけでひとつの完成された作品のようにも見えた。

 惜しむらくはマントを羽織っていないことだろうか。動きを制限して邪魔になるかもしれないが、マントを羽織っていたら空想の世界から飛び出してきた主人公と言っても遜色なかった。顔が見えなくなるので兜を被っていないことは評価に値するが。

「何者だ?」

 値踏みするシックの横から誰何の声が上がる。

「……フューレ」

 男の声は透き通っていた。シックにはどう頑張っても作れない爽やかさだ。ミントの香りでも漂ってきそうだった。

「貴方が人側の指揮を執っている方ですか?」

「の、ひとりだ」

「そうですか」

 柔らかく微笑む男フューレ。アイドルにキャーキャー言っている女どもならば一発ノックアウトしそうな破壊力はあった。背景に華やかな花が咲き誇りそうなくらい。


 フューレの左手が埃を払うように横に振られる。

「私怨はありませんが」

 光が伸びた。無手のはずの左手の中で光があふれ形を成す。

「貴方にも躯になっていただきます」

 凝固した光がフューレの左手の中で長剣に変わった。正確に言うならば、光が長剣を作り出した。

 どんなに鋼を錬成しても生み出すことのできない、透過率の極めて高いガラスのような刀身。柄や鍔のデザインは顔に似合わず無骨な汎用的なのに、見る角度を変えるたびに見える色を変える刀身のおかげでその無骨さが逆に精錬されたデザインに見えた。

 どこに出しても恥ずかしくない一級品の外見がその光でできた長剣をもって完成される。マントがなくても十分に様になっていた。

「発言内容はともかく、まるで寝物語に聞かされた勇者そのものだな」

 けん制というわけではないがいつもの癖でつい軽口が漏れた。

 双剣を構えるヨーヒに向いていたフューレの視線がシックに注がれる。

 フューレが微笑を洩らした。

「勇者なんて大袈裟な。僕は大した人間じゃありませんよ」

 微笑が苦笑に代わった。愁眉を寄せた姿もまた様になっているので若干腹が立つ。

「僕は大切な人を守れなかった。そんな僕が、勇者なんて」

 まつ毛を伏せたフューレの姿はどこか儚げに見えた。

 同時に彼が口にした内容にどきりとした。


 ――大切な人。守れなかった。


 八つ当たりの感情だとしても腹立たしかった。

 剣帯から剣を引き抜く。手に馴染み始めた片手剣はフューレのそれと比べると実に安っぽい。隠者の小屋から失敬してきた代物なので実際の価値は知らないが、少なくともフューレの長剣と同価値があるとは思えなかった。むしろヨーヒの持つ双刀よりも低価値だろうと予想できる。

 意外そうにフューレが目を見開いた。

「貴方も躯になりたいのですか?」

「あいにく自殺願望は持ち合わせてない。だがイイ男を競う戦いに参加せずに観戦しているだけなのは我慢ならなくてね」

「イイ男?」

 未知の単語を聞いたとばかりにフューレの顔にきょとんとした表情が乗った。

 その隙を突く形でヨーヒが飛び出す。一拍遅れて迎撃態勢を取ったフューレに向かって、シックは足元に転がっていた何かを蹴り飛ばした。よく確認していなかったので遺体の一部でないことを祈る。

 左脇構えの体勢を取っていたフューレの長剣がヨーヒとの交錯の瞬間翻った。

 切り上げられた長剣がヨーヒの双刀を下方から跳ね上げる。鍔迫り合いにもならないほどに、鋭く速かった。

 シックが蹴り飛ばした何か――金属質の何かだ――はフューレの元に到達する前に見えない壁に阻まれるようにして弾かれた。

「しっ」

 上方に弾かれた流れに逆らわずに体を開いたヨーヒが顎先を狙った蹴りを放つ。フューレはそれを上体を逸らすことで軽く避けた。

 フューレが体勢を整える前にヨーヒが下がって距離を取る。

 わずかな攻防戦ではあったが、それだけでフューレの実力の高さがうかがい知れた。


「……魔導剣士か?」

 ヨーヒの問いにうなずきが返される。

 何もないところから光で長剣を作り出したときから薄々気づいてはいたが、改めてそうと知ると厄介さがいや増した。

 気を散らすためにシックが蹴り放った何かを弾いたのは恐らく魔導。長剣を作り出した手法から考えて、フューレの得意とする属性は光だろうと予想。光の壁だかなんだかを作って弾いたのではないだろうか。

 口元に苦みが浮かんだ。

 魔導師でないシックですら知っていることがある。属性の中で空間に次いで扱いにくさに定評のある属性のひとつに光が列せられていること。ラドのせいでいまいち空間属性がスゴイと思えないが。

 ヨーヒと打ち合っても押し返せる剣の腕前を持ち、さらに光属性の魔導を使いこなし、おまけにその両者を組み合わせて戦法に取り組むことができる。

 これなら帝国の空軍やジスターデの飛翔騎士団を撃ち落とせるだろうし、広範囲を一気に焼き払うことすらできるだろう。

 正直、詰んだとしか思えない。

 これほどの強者が今まで無名で存在していたことに驚きを隠せなかった。顔も悪くないというレベルを超えているし、気性も穏やかそうに見える。これだけの逸材は本人が望んでもなかなか埋もれないものである。

「君の目的はなんだ? こんなことをして何か意味があるのか?」

 直接打ち合うにはリスクが高すぎると判断し、会話を持ちかけることで時間を稼ぐ。

 つまるところヨーヒは殿軍、本隊が撤退を完了するまでの時間を稼げればいいはずだ。そもそもヨーヒほどの責任ある立場の人間がそれをひとりで引き受けるのはどうかと思うが、この場に何人いようと死人が増えただけなので結果としては良い判断だったのかもしれない。これを知った時のエリスの反応を思い浮かべると面白くない感情が湧いてくるが。


 フューレがわずかに頭を傾ける。

「目的?」

「君の背後に黄昏がいるんじゃないのか?」

 不思議そうに聞き返してくるフューレにさらに問いを重ねる。

 紫電を封じ込めた黄土の瞳に揺らぎが生じた。

「……? ごめん、今耳鳴りがして何も聞こえなかった」

「なに?」

「よくわからないけど、僕は貴方たちを退けて前に進むよ」

 左足を引いて脇構えの体勢を取るフューレの姿が蜃気楼のように揺らいだ。

 とっさに片手剣を前方に構える。鈍い衝撃が柄を通して伝わってくると共に、踏ん張る力を加えさせる隙も与えられずに手の中から弾かれた。

「ぐっ――!」

 剣を持っていた手に痺れ。それを意識する前にシックは脇腹に訪れた灼熱感に苦悶の声を上げた。

 速い。

 熱を持つ脇腹に手を当てる。脈打つ傷口からどろりとした生暖かい体液があふれだす感触がした。


 顔を上げる。

 こちらにとどめを刺すまでもなく、フューレは既にヨーヒと切り結び始めていた。押しているのは明らかにフューレのほうだ。ヨーヒも手練れであることは間違いないだろうが、残念ながら一見しただけでフューレのほうが実力が上なのがわかる。

 息を吸う。息を吐く。

 弾かれた片手剣を目玉だけ動かして探しだす。

 脇腹から手を離して、シックは疾風乱舞(バースト)を発動させた。


ここのチームだけやけに真面目で他チームとのテンションの差が激しい。


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