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45_1 - Let's play!

※痴女注意

 天井以外何もないはずの頭上から突如として降ってきたナイフの雨。

 それと認識する前に体は動いていた。

 背負った二槍を両手に、トウナの背を蹴って中空に飛び上がる。自由落下以外の力が加えられていないナイフ群を視界に収め、頭上で二槍を振り回す。ハスノミヤのいる方向へ弾き飛ばさないことだけに気を付けながらの大車輪。

 すべてを弾くことはできなかったものの、弾けなかったナイフ程度はトウナもオロも避けることができるはずだ。アザトは無理だろうが、トウナあたりが庇うだろう。

「なんのつもりでおめぇら」

 着地の合間にトウナの誰何の声が聞こえてくる。

「えぇ~、なんのつもりもなにも、ねぇ?」

「ボク言ったじゃん。Let's play って」

「ねぇ~」

 侵入者2人の受け答えに緊迫感は微塵もなかった。ゆるゆると真面目さに欠く。

 今しがた刃物を用いてこちらを殺傷至らしめんとしていた者がとれる態度とは思えなかった。敵意も殺意もなく、その2人は他人を傷つけることができるということを意味している。


 視線を走らせ現状を確認。

 弾いたナイフの大半は畳の上に突き刺さっていた。ハスノミヤの傍には一本も飛んで行かなかったようでとりあえずはホッとする。アザトもいつの間にかハスノミヤの傍にまで避難していた。

「れ、れっつぷ、ぷれ?」

「Let's play だよ。おじさんいい年して知らないの?」

「あぁん? し、知らないわけねぇだろ!」

 虚勢を張っても無駄だと思う。侵入者2人が顔を突き合わせてクスクスと笑っていた。

 横文字が苦手だと思われたくないという妙なプライドは、シュキハが家を出て大陸へ向かってからも改善されることなく健在だったようである。知らないものは知らないで素直に認めてしまえばいいのに。

「ガキどもと遊ぶつもりはない。帰れ」

 相変わらずオロは通常運転で遠慮がない。突き放すどころか突き刺す勢いのオロに怯んだのは少年のほうだけだった。

「やぁん、ニックンいじめちゃやんやんなんだからぁ」

 胸焼けしそうな甘ったるい声を出す女性が隣の少年の頭をむぎゅっと抱きしめる。強調された豊満な胸に押し付けられて少年が苦しそうにパタパタと暴れていたが、女性は気付いていないようだった。ついでに言うならばオロがガキと評したのは少年だけではなく女性も含めてだ。

 トウナがげんなりとした表情を浮かべる。大和撫子を好むトウナには確かに受け入れられない感じの女性だろう。

「なんなんだよ、おめぇら」

「ん~? 知りたい知りたい? あのね」

「stop! 待って」

「なぁに?」

「あれ、あれができるよ」

「あれ?」

「ほら、あれだよあれ! 前に話してたじゃん」

 助けろと訴えるトウナの視線にオロは首を横に振ることで諦めを促した。


 トウナとオロが無言の攻防戦をしている間に侵入者2人の話し合いも終了したらしい。

 女性の甲高い歓声がやんだと同時、まっすぐに上に伸ばされた腕の先で女性の指がぱちりと音を立てた。

 抜けかけた気を入れなおして身構える。侵入者2人の周りだけふっと暗闇に包まれた。

「鋼の声聴き、鋼の Fate 捻じ曲げる。天と地つなぎとめる Infinite power。異界のニッチ」

 暗闇に一筋光が灯る。スポットライトのように照らされたのは少年。カマキリのように両手を構えて、片足を上げて何やらポーズをとっていた。

「老若男女、種の隔たりすら関係ない。あなたにロックオン。光のオルフェ」

 もう一筋、光が灯る。照らされたのは女性。畳の上にしなを作って座り込み、誘惑するように右手を差し出すポーズをとっていた。

「And」

「ここにはいないけど胃薬がお友達、リーダーの虚像のジーモ」

 最後にもう一筋。照らされた場所には少し不細工な熊のぬいぐるみがデーンと吊るされていた。

「3人合わせて!」

「三魔人!」

 暗闇が晴れると同時にどこからともなくけたたましいファンファーレが鳴り響き、2人の背後からクラッカーが打ち鳴らされる。誰もいないのに。


 時が止まった。

 トウナはもちろん、オロすら反応しなかった。ポーズをとったままの2人も動かない。

 おどおどと周りを見渡し、それから恐る恐るシュキハは拍手を送った。はっとしたようにハスノミヤもそれに続いてくれた。アザトも困惑しながらも続く。

 横から伸びてきた手がシュキハの頭を上から下へと殴打した。

「バカかおめぇは! 拍手とかしてんな! ババァもアザトもつられんな!」

 トウナだった。

「い、いや、しかし。か、カッコよかったではないか」

「どこがだバカ!」

「戦隊ヒーローものっぽかっ――」

「黙れバカ!」

 三回もトウナにバカと言われてしょぼんと肩を落とした。カッコいいと思ったのに。

 盛大な拍手とまではいかなかったものの、それでも拍手をもらえたことで2人は満足したらしい。キャッキャッと嬉しそうにはしゃいでいた。実に微笑ましい。

「貴様らが痛い集団であることは理解できた。帰れ」

「そーだ、帰れ帰れ」

 女連中と違って男連中の反応は冷め切っていた。こういうものを見て喜ぶのは男子のほうだと相場が決まっていたはずなのに、おかしな話である。


「やぁん、意地悪言ったらオルフェやんやんなんだからぁ」

「島国の田舎者にはボクらの Cool な演出が理解できないのかな?」

「違う違う、ニックン。リーダーがいなかったからだよ」

「Ah~、そっか。オジサンがいなくて Perfect な内容じゃなかったから Bad だったんだね」

「そうだよきっと」

 底抜けに前向きな人種とはこういう人たちのことを言うのだろうか。トウナとオロの白けた視線を受けてもなんのそのである。

 トウナが頭を押さえてくらりと体を傾けた。

「あ、頭痛ぇ」

「やぁん、切れ痔?」

「違ぇよ! 頭関係ねぇだろそれ!」

「バカだなぁオルフェ。糖尿だよ糖尿」

「あ、そっかぁ」

「そっちも違ぇよ! なんでそうなんだよ! 納得すんじゃねぇよ!」

「ガキどもが。トウナはただ被っているだけだ」

「ちが――って、なんでおめぇがボケ側に回ってんだよ!?」

「オルフェが剥いてあげようか?」

「被ってねぇよ!」

「ねぇオルフェ、被るとか剥くとかなんの話?」

「それはねぇ~」

「教育的指導!」

「やぁん」

 右へ左へとツッコミが尋常でないトウナをあわあわと目で追う。血管を浮き上がらせて怒鳴るトウナがこのままではツッコミのしすぎで倒れてしまう。味方まで敵に回っているし。

 不謹慎だが、この場にシックがいなくて良かった。彼までトウナをからかう側に回ったら本気で収拾がつかなくなってしまうところだった。


「だぁーーーーーー!!」

 ついにトウナがキレた。

 両腕を上げて何度も何度も地団駄を踏む姿は、幼いころに癇癪を起こしていた姿によく似ていた。

「なんなんだよ! もうなんなんだよ! おめぇらなんなんだよ!」

 きょとんとした表情を浮かべた2人が顔を合わせてうなずき合う。

「もう一回やってもいいの?」

「すな!」

「One more chance」

「横文字わかんねぇよ!」

 このままでは本気で泣き出しそうな気配を察して、シュキハはさっとトウナの前に歩み出た。

 背中に期待に満ちた視線を感じる。トウナに頼られている、そう思うだけで気持ちが高揚した。

「トウナは非常に繊細にできているからこれ以上はやめろ。泣くぞ」

 後ろ頭を思いっきり叩かれた。

「フォローになってねぇんだよ!」

「し、しかし、涙目ではないか」

「なってねぇよ! 舐めてんのかおめぇは!」

 なぜか火に油を注いだだけで終わってしまった。

 襟元をつかまれガクガクと揺らされる。気のせいだろうか、先ほどよりも涙目になっているような気がする。

 いや、むしろ直接的に八つ当たれるシュキハに怒りをぶつけることでトウナの感情の高まりが抑えられるかもしれない。そう考えるならば自分ナイスフォローである。


「ひあっ!」

 されるがままにトウナに揺すられていたら、変な声が出た。

 ぎょっとしたように手を離してくれたトウナが原因なのではなく。

「やぁん、やっぱり」

「みぎゃああぁぁぁぁぁあぁぁぁ!」

 背後に立った女性――オルフェと言うらしい――に胸を揉みしだかれていた。

「おっぱいあるのにどうしてつぶしてるのぉ?」

 さらしで限界以上につぶしているというのに、さらしと服の上から実に巧妙な触れ方をしてくる。血のつながった兄であるトウナの目の前での行為に余計に羞恥心が煽られた。

「オルフェ男でも女でも選り好みしないんだぁ。イき狂わしてあ・げ・る」

 耳元で囁かれた。ゾクゾクっと背筋が凍る。

 オロとは方向性の違う変態だ。女の本能が最大限の警告を発してくる。

「た、たす、たすけ」

「変態痴女野郎!!」

 抜刀したトウナがシュキハを拘束する女性に切りかかる。今日一番の迫力だった。

「やぁん」

 女性は至って平常通り。楽しそうにきゃらきゃら笑ってひょいとトウナの一撃を避けた。シュキハの胸を揉みながら。

「オルフェは野郎じゃないよ?」

「野蛮な Monkey にはわかんないんじゃない?」

「やんやん、ショック~」

「それよりオルフェだけ遊んでずるい。ボクも遊びたい」

「あ、そっか。ごめんねぇ?」

 そこでやっと拘束を解かれた。

 踏ん張れずに自身の胸を抱いて崩れ落ちる。以前にエリスに服を剥かれたことはあったが、揉まれることはなかった。衣服の上からとはいえ、他人に揉まれたのは初めてである。

 かける言葉を見つけられずにあわあわしているトウナの姿が見られただけまだ救いがあった。そう思うことにする。

「とんだ変態もいたもんだな」

「おめぇが言うな淫乱野郎」

「やぁん、淫乱なのぉ?」

「そこに食いつくんじゃねぇよ!」

 オロが場を和ませている――と言ったらまたトウナが怒りそうだが――間になんとか立ち直ってトウナの背後に隠れる。武士としてあるまじき姿勢だが今回ばかりはトウナも嫌な顔をしなかった。

 二槍を構えて女性を睨みつける。ニコッと笑い返された。


「目的はなんだ目的は! 何しに不法侵入ぶっこきやがった!」

 いい加減彼女らのペースに乗せられまいと必要以上に声を荒げて、トウナ。

 オルフェとニッチと名乗った2人は顔を見合わせると、揃ってぷくっと不満そうに頬を膨らませた。本題に入る前にもっと遊びたかったのだろうか。

「つーかそもそも三魔人ってなんだよ。大昔の偉人の名前だしゃビビるとでも思ってんのか?」

 言われて思い出す。そういえばそんな風に名乗っていた。他のインパクトが大きすぎてすっかり聞き流してしまっていたが。

「はぁ? Old days? 何言ってるのさ。今も昔も三魔人はボクらしかいないでしょ」

 怪訝そうに少年ニッチ。苛立っているのか、先ほどまで無邪気に笑っていた表情は鳴りを潜めていた。

 ふと、肌がちりつくような感覚にシュキハはわずかに首を傾げた。オロに視線を向ける。怖いくらいの形相でニッチ少年を睨んでいた。

「おめぇこそ何言ってやがる。三魔人と言やぁ、800年も昔に――」

「はい、ざんねぇ~ん」

 目の前で、トウナの体が横に吹き飛んだ。

「トウナ!」

 オロの声。

 ふわっと風をはらんで舞い降りる羽毛のように降り立ったオルフェが、ポニーテールにした明るい橙色の髪の毛を揺らす。トウナの側頭部を蹴り飛ばした右足を軽く払いながら、目が合うとニコッと笑いかけられた。

 油断があったとはいえ、成人男性を軽々と吹き飛ばした女性の手がオルフェの頬を撫でる。抵抗しようとしても体が縫いつけられたように動かなかった。

「オルフェたちは正真正銘、三魔人だよ? 疑ったらやんやんなんだから」

 先ほどとは違う、恐怖から背筋が凍りついた。


 ニコッとオルフェが笑う。

 シュキハの頬から手を離して、くるくると回転しながらニッチ少年の元まで戻っていった。

「じゃじゃーん。ここにオルフェたちの目的を発表しまーす。はい、ニックン」

「ボクらは仙女のおばさんを Kidnapping しに来たんだ」

 大々的に発表してくれた内容。しかし即座にそれを理解できた人間はいなかった。横文字に弱いのは何もトウナだけではない。

 2人を除く全員の視線がオロに集まる。辛うじて受け身を取れていたトウナを助け起こしながら、オロはどこか面倒くさそうに全員の疑問に答えた。

「ハスノミヤ様の誘拐、か?」

「Excellent」

「正解のご褒美にオルフェからキスのプレゼント~」

「いらん」

「やぁん、冷たくて素敵ぃ」

 両手で頬を包みながらくねくねと腰を振るオルフェから恐怖感は伝わってこない。彼女に対して純粋な恐怖を覚えたことが不思議に思えるほど、今はなんともなかった。

「誘拐だと? ふざけんな! ンなもんこのオレ様が許すと思ってんのか?」

「あなたの許可が必要なのぉ?」

「ったりめぇだ!」

 有無も言わせぬ調子で断言するトウナの返事を受け、オルフェは可愛らしく小首を傾げてくりっと大きな目を何度か瞬きさせた。ひらひらと揺れる衣装の端をニッチ少年が引っ張る。腰を屈めてオルフェとニッチ少年はぼそぼそと何やら相談し始めた。

 その隙にトウナと目配せし合ってシュキハはハスノミヤの護衛を行える場所まで、トウナとオロは2人組を囲む位置へと移動する。


「OK。じゃあそれで行こう」

「はぁい」

 対策を打っている間に2人の相談もひと段落したのか、ぴょこんと跳ねるようにして2人が立ち上がる。

 立ち位置が変わったシュキハらを不思議そうに見回して、さして気にした様子も見せずにぱちんと手を合わせた。

「ではでは発表しま~す」

「Game は鬼ごっこ。Rule は単純明快。ボクかオルフェ、どっちかを捕まえたらお兄さんたちの Win」

「捕まえる前にオルフェたちに倒されたらゲームオーバー。仙女ちゃんはもらっていくね?」

「はぁ?」

 予想の斜め上を行かれた。

 いや、力づくで奪うと言われるよりはシュキハらに有利な条件と言える。

 困惑が広がった。互いに目線だけで会話をしてうなずき合う。

「つーか、おめぇらなんでババァ狙ってんだ?」

 最初に確認しておかなければならなかった疑問を代表してトウナがぶつける。

「あは、このタイミングで現れて仙女ちゃんを誘拐する勢力なんてひとつしかないよ?」

 言いながらオルフェが背後からニッチ少年の耳を両手で塞ぐ。抗議するようにニッチ少年が頭上をふり仰いだら、ちょうど狙いすましたようにオルフェがニッチ少年の鼻の頭にキスを落として黙らされた。

 流れるような一連のオルフェの行動に顔を引きつらせながらも、トウナが答えを紡ぐ。

「……黄昏か?」

 答えはニコッとした笑顔。


 ニッチ少年から手を離したオルフェがくるくると軽やかに舞う。

「じゃ、Game start!」

 開始の合図がかかると同時、トウナが床を蹴りオロが袖下に忍ばせていた苦無を投擲する。


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