44_1 - 滅びた王朝
新章突入。
入室してきたアザトを見る。全員の視線を受けて一瞬怯むように立ち止まったアザトだったが、視線の意味に気付くとすぐに首を横に振った。
知らずため息が漏れる。正面に目を向ければ、トウナがつまらなそうに耳をほじっていた。多少苛立った風ではあったが。
魔の王に受けた傷による損耗は見られなかった。胡坐をかいて座っているため確認しにくいが、包帯が巻かれた抉れた脇腹は既に肉が盛り上がって傷を覆い隠しているに違いない。多少臓器も損傷していたはずだがそれすらも早や再生しているであろうという確信があった。
1000の時を重ねて薄くなったとは言え、トウナには魔の血も流れている。当時最強と謳われた絶魔ルインの血だ、自然治癒のスピードは人間の比ではない。シュキハにも同様の血が流れているためよくわかった。
「もはやここにはおらぬじゃろう」
深い深いため息に声を乗せるようにして、ハスノミヤ。
「自力で下山できる場所ではありませんが?」
それに即座に疑問を口にしたのはオロだった。
「彼には空間を渡れる仲間がいます。恐らくはその者の手引きではないかと」
オロの疑問に答えたのはシュキハだ。
言葉を交わしたわけではない上に一度しかその姿を見たことはなかったが、エリスに呼ばれて空間をめくって現れた男がいたことをシュキハは覚えていた。人好きの良さそうなへらへらした笑顔は頼りなさそうに見えて、それなりにしたたかそうにも見えた。あくまでもそれなりに。
魔の王と共にエリスが消えた後、トウナの治療を行っている間にふらりと部屋を出て行ったシックはそのまま姿を消した。
慌てて皆で探したのだが、屋敷内にその姿を見つけることはついにできなかった。雲竜や式、ゼロウィングなどの乗り物がなければ自力での下山が実質不可能なこの凌雲山だ、飛び降りたのではないことを祈るばかりだ。
「それよりババァ、ノエキスト王朝が作った最後の作品ってのはどういうことだ? あそこはとっくの昔に滅んでたはずだろ?」
いなくなった人間に対する話は切り捨て、トウナがさっさと本題に入る。
オロ以外に友どころか親しい人間が極めて少ないトウナが久しぶりに親しくなれそうな男だっただけに、なんのあいさつもなしに消えたシックが面白くないのだろう。消えたシックの気持ちも理解できないわけでもないからこそ、早々に話題を変えたのだ。
ハスノミヤは少しだけ心苦しそうに表情を曇らせたが、話を蒸し返すことはしなかった。
「トウナの言うとおり、ノエキスト王朝は800年も昔に滅んでおる。三魔人と呼ばれる大陸の魔導師たちによって、国を形成しておった島ごと抹消されたと言ったほうが正確じゃろう」
「じゃあなんで今さらそこの作品とやらが存在してんだよ。生き残りでもいたのか?」
ハスノミヤが首を振る。
「ノエキスト王朝の人間は根こそぎ抹消された。怨恨なのかは知らぬが、その手際はヤマトの諜報員に影を踏まさぬほど鮮やかじゃった」
「彼の国は過激な太陽神信仰国だったのでしょう? その関係では?」
「どうであろうな。今となってはわからぬ」
太陽神信仰――それは大陸に広く信仰されている大地神信仰とは一線を画す。黄昏の一族に加護を与えていたとされる太陽神シルフェリウスはまさに異端の神。それを信仰するということは即ち、人類滅亡並びに世界崩壊を望んでいるということに相当する。
ましてやノエキスト王朝は最先端技術大国だったという話だ。その技術力は現代技術すらはるかに凌駕していたという。
危険な思想に、それを実現させることが可能なスキル、莫大な資金、民衆という名の実験体。黄昏の一族を復活させるための手段は様々に考案されたに違いない。
当時のヤマトですら手を出せなかった強大な王朝を、たったの3人の魔導師が滅ぼしたというのはにわかに信じがたいことではある。が、歴史がそれを真実であると証明していた。
「じゃが、あのおなごが特別な存在であるのは確かじゃろう」
「太陽の華、だったか? それ、いったいなんなんだよ」
「わらわにも皆目見当つかぬ。わかることは、あのヴェザをその身に降ろしても肉体が耐えきれたという点のみ」
「不完全な覚醒だったからでは?」
「ヴェザの行使した魔力を目にしたであろう? 人の身では行使した瞬間に爆砕しておる」
ガリガリとトウナが頭をかく。苦りきった表情は困惑の配分が多くなってきていた。
息を吐く。
手のひらを見下ろすと強く握りこんでいたためか、手のひらにくっきりと爪の跡が残っていた。
「……――拙者にはエリス殿が作られたモノには見えません」
沈黙が下りた頃合いを見計らって口を開く。一同の視線が集まるのを感じた。
この場にシックがいないのだから、エリスを護ることができるのはシュキハだけだ。その思いだけで口を動かしていた。
「共に歩んだ短い期間でエリス殿はよく笑いよく怒りよく拗ねる可愛らしいおなごでした。昨日の言葉にも拙者は胸を打たれました。この方を主君として仕えたいと本気で思ったほどです。作られたモノにそのようなことができましょうか」
胸に手を当て前のめりになりながら訴える。
様々なエリスを見た。楽しそうに笑う姿、シックのセクハラ発言に機嫌を悪くする姿、ルーダの頭を撫でて上機嫌な姿、石竜に驚き悲鳴を上げる姿、毒に苦しむ姿、背筋を伸ばした凛とした姿。
誰よりも人間らしかったと断言できる。
「そなたの想いはわらわにも理解できる。わらわも先の宣告で自ら心を縛っておった鎖を砕いて給うた。たとえ作られし存在であろうと、あの者はヒトとして意思を持ち、ヒトとしての想いを持っておろう」
「私もそれには同意です。すべてが作られた存在だとしたら、私が仕込んだ毒は彼女を害さなかったでしょう。あの毒は生きたいという生存本能を蝕む趣味の悪い代物ですから」
ハスノミヤに続くオロの同意には驚いた。自ら作った毒を趣味が悪いと言い切るところも含めて、そんな仕組みの毒だったことに驚きを隠せなかった。悪辣すぎる。
「トウナ、シュキハ、そなたら白夜の民がすべきこと、わかるな?」
「黄昏ぶっ殺してババァの仇を取る」
「エリス殿を護り、黄昏の一族を打ち滅ぼします」
ほぼ同時に言い切った。
少し前、一昨日の時点ならば両者共に別の答えを口にしていただろう。だが、昨日のエリスのあの宣言を耳にした瞬間から変わった。あるいは目を覚ましたと言ったほうが適当かもしれない。
英雄スオウの血を継ぎ、志をつないできた。そのつもりだったシュキハらヤマトの面々を前にして、エリスは臆することなく言い放ったのだ、低俗だと。猪突猛進なところのあるトウナですら言い出さなかった黄昏討伐。それをエリスは己が身の危険性を念頭に置いた上で、それでも易々と言ってのけた。
黄昏の一族を打ち滅ぼすことこそ、暁の民である人間と宵の民ある魔の血と引く白夜の民たるトウナとシュキハの真の役目なのだ。
そう気づいた。気付かされた。
ハスノミヤがうなずく。ひどく晴れやかで満足そうな顔で。
「オロ、アザト、そなたらは2人の後方支援を全力でして給う」
「御意」
「御意に」
こちらもほぼ同時に。跪いて臣下の礼を取るオロとアザトに、こちらも満足そうにハスノミヤはうなずいた。
「んで? ぶっ殺すのはいいけど、どうすんだ? あの女、魔の王に連れてかれちまったぞ?」
「うむ、そうじゃのう……」
核心を突いた疑問にハスノミヤが唸る。開かれることのない目を伏せて困ったように形の良い柳眉を寄せた。
魔の王に本気で隠遁されたらシュキハらに探し出す術はない。いくらヤマトが諜報に長けていても、さすがに魔は守備範囲外だ。ましてや魔の王などこれまでずっと魔の本拠地であるブラスノルカ島に引きこもっていた存在だ、推測を立てることも不可能に近かった。
「工夫もなくブラスノルカ島にいるかもな」
ぼそっと、オロ。
「そこまでバカじゃねぇだろ?」
「さてな」
当然のトウナの問いにオロは軽く肩をすくめるだけ。単なる思い付きの発言で裏付けはなかったのだろう。
しばし場に皆の唸り声が唱和する。
ふとトウナが立ち上がった。
何か思いついたのかと皆が見上げる中、おもむろに抜刀してみせる。鞘走りの音もなく引き抜かれた刀は、きれいに虚空を撫で切った。
「やぁん」
声。
ハスノミヤ以外の全員がぎょっとしたように立ち上がった。
「見つかっちゃったぁ」
「だから近づきすぎだって言ったじゃん」
「でもでもぉ、もう少しであの侍クンにキスできそうだったよ?」
「Wao! それは惜しかったね」
「ねぇ~」
室内に人がいた。先ほどまでは確実にいなかった2人の人間が。さも最初からそこにいましたといった風に。
ひらひらふわふわした踊子風の衣装に身を包んだ女性と、小ざっぱりとした深緑色のローブをいろいろと魔改造した服装の少年。
つと汗が流れるのを感じた。
気配をまったく感じなかった。無邪気にくねくねと体を動かす女性も、発展途上の幼い少年も、その身のこなしには素人感しか感じられないのにかかわらず。突然現れたとしか思えなかった。
「誰だおめぇら!」
怒鳴るようにトウナが誰何の声を上げる。キスされそうになっていたという事実によるいら立ちも恐らく含んでいる。
はしゃいでいた女性がきょとんと目を瞬かせた。
「Be cool。いい大人がうるさいよ」
「怒っちゃメ」
見事に火に油を注いでくれた。
「あは、用事はひとつだよ」
「あん?」
「ボクたちとLet's play」
ぱちんと女性が指を鳴らす。
シュキハらの頭上から一斉にナイフが降り注いだ。
新キャラ登場。
はてさて、彼らは敵か味方か。




