番外編2_2 - 最低男
オロ番外編の続き。
トウナから見た相棒オロの話。
海に囲まれた島国であるヤマトの夏は湿度が高い。雨上がりの日などはじめじめとしていて気持ちが憂鬱になる。肌に張り付く髪のなんと不快なことか。
それを相棒のオロに愚痴ったら涼しい顔で一笑に付された。
いわく、修行が足りない、らしい。
心頭滅却しても火は熱いんだと反論してみたが、だからなんだと返された。確かにトウナもオロにそう言われたらだからなんだと返しそうだが、相棒なのだからもう少しくらい愚痴に付き合ってくれてもいいのではないか。
正面からそう告げたら、今度は無視された。
相棒であるオロとは長い付き合いになるが、我ながらよく付き合っていられるなと思う。
宿は一級しか認めず野宿は全面拒否、食事にもうるさく口に合わなければ放り捨てる。何より、女は基本的に日替わり乗り捨て、ところ構わずいきなり猥談をしてくるという卑猥っぷり。
猥談をするくらいなら夏の湿気に対する愚痴に付き合ってくれてもいいのではないだろうか。どうせ夜はいつもいないのだから昼間くらい、とつい口にしたら気持ち悪がられた。
そっちの趣味はない、と言われたことに対してキレても良かったのだろうか。
「そら災難やんな」
野放図に垂れ流す愚痴に付き合っていた女が苦笑をにじませながら同意を示してくれる。
幾重にも着物を重ね合わせている女を見るだけでトウナまで暑くなってくるが、現在こうして気楽に愚痴をこぼせる相手はその女を置いて他にいなかった。しかも女は決してトウナの言うことにケチを付けない。愚痴をこぼす相手としてこれほど最適な人物はいなかった。
オロに知られたら全力で嫌な顔をされるだろうが知ったことではない。
家が用意した女だとオロは言う。
何もなければ将来的に婚姻関係を結ぶと聞いているが、オロはその女に対して愛情を見せたことはなかった。もしかしたらトウナの知らないところで、と思っていた時期もあるがオロに限ってそれはないと思い直した。
基本的にオロは情の薄い人間だ。
家柄、職業柄、立場柄、努めてそうして振舞っている部分もあるだろう。オロの家とは古い付き合いだ。トウナも理解はある。
しかしそれを差し引いて考えたとしても、オロという男は冷たい人間だった。
こと、家族に対してはその冷たさが顕著だ。
3人兄弟の長子であるオロは生まれる前から家を継ぐことが決まっていた。幼いころから厳しい教育を受けたのだろう、細かな所作に至るまで礼儀を欠かない。それなのに家族、特に弟と妹に対する態度は他人のトウナでも思わず擁護したくなるほどに辛辣だった。
例えば弟に対してだ。
弟は何でもそつなくこなしてしまうオロに劣等感を抱いているためか、よくオロに突っかかっては玉砕しているのを見かける。そのときのオロの対応が辛辣なのだ。
頭の回転の早いオロならばもっとソフトに対応もできるだろうに、わざと劣等感を煽り反発心を高めているとしか思えない発言をする。当然弟はオロに対する劣等感と怒りを募らせる。
いくらオロが家の跡継ぎでも、いつか弟に後ろから刺されるのではないかとトウナは無駄に心配してしまうのである。オロから言わせれば余計なお世話なのだろうが。
そしてオロはまた、割り切りが良すぎるところがあった。
それが正しいと判断すれば、相手が誰であろうと――例えば将来嫁になるこの女が相手でも――慈悲もかけずに命の略取をすることができる。
それをオロの妹は気に入らないようだった。
命を略取することがではない。その行為に対して少しも心を動かさないことが、だ。
トウナだってそれが必要だと感じれば近しい者でも手をかけるだろう。しかしまったく心が痛まないかと問われれば肯定することはできない。トウナにも心はある。
いや、オロに心がないと言っているわけではない。
本当は表に出さないだけで心を痛めているのかもしれないし、そうすることであえて批判の矛先を自分にだけ向けさせているのかもしれない。
トウナの家の泥を被るのはオロの家の役割だった。
「あの人は己を語らん人やから」
女は言う。
必要なこと以外は何もしないし言わない女とオロは言うが、トウナといるときの女はぞんがい雄弁だった。
口を滑らせてつい尋ねたことがある。今の状態に満足しているのかと。
女は笑って言った。
「不満があったらとうにいななってます」
と。
女から聞いて始めて知ったが、オロは彼女に会うたびに現状に不満がないかと尋ねるらしい。オロも女に対して気を使ってるのかと思ったトウナに、女は笑顔で首を横に振った。
「あの人はそれが義務やから」
家の都合で人生を強制された女に自由意志を与えるのがオロの役割なのだと。不満があるならすぐに解放してやるという意思を見せることがオロの義務なのだと。日替わりで女を乗り換えるオロが女とだけは関係を持たないことが慈悲なのだと。
不思議な関係だとは思うが、2人の間の問題にトウナが口を挟めるはずがないし、2人も口を挟まれたくはないだろう。当人同士が納得済みで今の関係を継続させているのならば、それはそれでいいと思う。個人的にもやもやした気持ちがあるのは否めないが。
ただひとつだけ納得できない点はある。
オロが彼女の名をまったく呼ばないこと――記憶していないことだ。
それはあまりにも女が可哀想過ぎる。
それでも女は笑う。
「いつか呼んでくれたらこっちの勝ちやんな」
だからトウナにはオロから教えてもらうまで自分からは名前を教えないと女は続けた。
変に意地になっている様子はないし、言わされている様子もない。本気で女はそう考えているのだろう。
不思議な人だ。
だからこそ最低男のレッテルを貼られているオロと一緒にいられるのかもしれない。
夏独特のうっとうしい湿度に苦しめられながらトウナはそう結論付けた。
なんとなくオロの好感度を上げようと思ったけど玉砕した感が否めない。




