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番外編2_1 - 鳴かない風見鶏、跳ねない雪兎、泳がない魚拓

本編開始数年前の話。

主役はオロ。

奴の性格を把握するために書き溜めた小話を結合してみた。

 沈殿した意識の底にまで届いてきたお囃子の音に覚醒を促されて目を覚ます。ただ目を閉じただけのつもりだったが、いつの間にか寝てしまったらしい。

 寝起き特有の気だるさに動きを緩慢なものに制限されながらも体を起こす。

 ぼんやりとした視界が映し出した室内の様子で、自分がどこにいるのかを思い出した。

「おはようさん」

 こちらの意識が完全に覚醒するまで待っていたようなタイミングで――実際待っていたのだろうが――声がかかる。聞き慣れてしまったと言ってしまえば聞き慣れた声だった。

 特に言葉を返さずに首を回す。

「どれだけ寝ていた?」

「半刻ほど」

 時を確認するもののない室内で正確な時刻を知る術はない。その女が嘘をつくはずもないと知りながらも、確認するように窓の外に顔を向けた。

 太陽の位置はまだ高い。丸一日寝ていたのでなければ、何時間も無為に過ごしてしまったわけではないようだ。


 それよりも気になったのは先ほどから聞こえてくるお囃子の音だった。眠りを妨げられたことも相まって、余計にそれがうるさく聞こえた。

「窓閉めよう思ったんやけど、動かれんかった」

 申し訳なさそうな女の言葉を聞いて、初めてその女へと眼差しを向けた。

 眠りに落ちる前と変わらぬ姿勢を保ったまま、特に微笑むでもなくこちらを見る女。短い付き合いではないはずなのに、その女の名前が思い出せなかった。一度も呼んだことがないせいだろう。

 そしてそれは女も同じだ。女から名を呼ばれたことはない。こちらと違って覚えていないわけではないだろうが、名を呼ぶことを許可するまで決して呼ぶことはないはずだ。

 つまらない女だが、家が用意したこの女を拒否したところでまた別の女が用意されるだけだ。必要以上のことをしないし言わないこの女よりも厄介な女があてがわれても面倒なだけだった。

「またしばらくは来やしん?」

「ああ」

「そか。なら楽やんな」

 折り畳んでいた膝を伸ばして女が立ち上がる。幾重にも重ね合わされた装束が衣擦れの音を奏でた。

 パタン、と女の手で窓が閉められる。うるさく聞こえていたお囃子の音が遠ざかった。

「―――…貴様は現状に不満がないのか?」

 好奇心と言うよりは義務感のようなものに後押しされて疑問が口をついて出た。

 ちらりと女がいちべつをくれる。

「なんも」

 窓の外へと顔を向けられた女の表情は窺えない。

 元より答えなどどうでも良かった。ただその女が少しでも動揺する姿が、すました表情以外の表情が見たくなっただけだった。

 下品な遊女のように媚びてくることのないその女にそんな反応を求めたところで無駄だとはわかっていたはずだったが。

 ふらりと立ち上がる。女が振り返らないことを知っているのでこちらも振り返らなかった。

 閉められていた襖を開ける。

 遠ざかったはずのお囃子がまたうるさく聞こえてくる外へと足を運んだ。






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「冷えるはずやんな」

 白い結晶が付着する外套を払いながら女が呟いた。

 にわかに降り始めた雪はすぐに積もらないだろうが、翌朝には外の景色を白く染め上げるだろう。

 常に袖下に隠している指先は外気に晒していなかったおかげで、多少冷えてはいてもかじかんでいなかった。

 冷たい床板を踏みしめて奥へと向かう。勝手知ったる我が家のように、いつもの部屋の襖を開けて中へと入る。

 家主の性格を表すように飾り気のない質素な室内に、いつもないものが我が物顔で鎮座していた。

 火鉢だ。

 室内を暖める目的で用意したのだろうが、火鉢に火を入れたのは自分がやってくる半刻ほど前だろう。寒さに耐えかねて火を入れたのか、それとも自分がやってくることを察して火を入れたのか。

「飯はいらん?」

「必要ない」

 遅れてついてきた女が初めから答えを知っている問いを投げるのはいつものことだ。

 室内を暖める火鉢から離れて座ると、付かず離れずの距離を開けて女も座った。寝転べばちょうど女の膝に頭が乗る。

「湯にも入らん?」

「必要ない」

 形だけは膝枕の体勢を取っているが、互いにそれを意識することはなかった。どちらが先に始めたということもなく、気が付いたらこれが2人の基本姿勢になっていた。意味も期待も何もない。

 女の膝は枕の代わりとしか思っていなかったし、女もこの体勢を特別意識などしていないだろう。

 家からあてがわれたから共にいるだけ。家に言われたから共にいるだけ。

 パチ、と火鉢の中の炭がはぜる。

 こちらが拒絶をしなければ、将来的にこの女と婚姻関係を結ぶのだろう。家を存続させるためには避けられない選択だ。

「―――…貴様は現状に不満がないのか?」

 滑り落ちた問いは、いつかした問いとまったく同じだった。

「なんも」

 そして女の答えもまた。

 流転していく季節に置いてきぼりにされたように、2人の間にある感情が流されていくことはない。

 それが、2人だから。






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 久方ぶりに立ち寄った実家で、久方ぶりにその男と出会った。

 姿を見てしまったときには無視を決め込んだオロだったが、あちらから話しかけられてしまってはそのまま通り過ぎることもできなかった。

「――――……彼女のことでお話があります」

 予想するまでもない。男がオロに対して用向きがあるとすれば、その件しかない。

 男は立場上恐縮した態度を見せているが、根底にはオロへの敵愾心に満ちていることは明らかだった。

 面倒くさいことこの上ない――その感情を顔に出すほどオロも迂闊ではなかったが、オロが男との会話に積極的でないことは男も察したようだった。一瞬、口元が歪んだのが見えた。

「同じことを二度以上繰り返させるな」

「何度だって言います。彼女をくだらないしがらみから解放してください!」

 冷たいオロの声音に怯まず――声を大きくしている時点で怯んでいないとは言えないが――、吠え猛る野良犬のように男が反論してくる。

「あの女が拒むのならば貴様の要求に従ってやる。家が用意した女に執着はない」

 反して、返すオロの声には感情的な部分は微塵も含まれていなかった。

 それが気に入らないとばかり男が唇を噛む――もっとも、オロがどんな対応をしたとしても、気に入らないという感情以外を男が抱くとは思えない。男にとってオロの存在そのものが気に入らないのだから。


「貴様はこのしがらみをくだらないと言うが、俺から言わせればくだらないのは貴様の嫉妬だ」

「なっ――!」

 男の顔に朱が乗った。

「数年先に生まれただけで苦労もせず当主の座を手に入れ、かつ、長年一方的に焦がれていた女を家から宛がわれた。そんな俺が妬ましい。……違うか?」

 怒りからなのか羞恥からなのかは興味ないが、握り込んだ拳を震わせている男。

 口で彼に勝てた試しがないくせに、何が楽しくてオロに突っかかってくるのか。感情論を振りかざしてオロを責め立てたところで、得をする人間などどこにもいない。むしろ、この家の次期当主であるオロに意見したという理由で何かしらの不利益を被りかねないのは男のほうだ。

 話を終わらせるつもりで踵を返したオロを、回り込んできた男が止めた。

「カビの生えたしきたりで人の自由意思を奪う行為を黙って見過ごせない!」

 反射的に口角が皮肉気につり上がった。

 もしそれを言ったのが男――オロの弟でなければ、黙殺して通り過ぎることができただろう。妹ならばそもそもそんなことを言ったりはしないに違いない。

 青臭い。

 反吐が出るほどに。

 知らずオロの眼差しに鋭さが増したことで、わずかに男の顔が引きつった。


「俺は家の都合であの女を縛ったことは一度もない。今の関係を解消したいと言ってこればすぐにでも解消してやるし、仮にあの女が打算的な考えの下で今の立ち位置にいるのだとしたら俺から放逐している」

 一歩前に踏み出す。男は一瞬だけ踏み留まろうとしたようだったが、オロに近場から睥睨されるのに耐えきれなくなったように、すぐに二歩分後退した。

「俺には覚悟がある。貴様が本質を知ろうともせず、古くさい、くだらないと唾棄するしがらみも、この家が果たす役割も――すべてを理解し昇華する覚悟だ」

「や、役割……?」

「俺をなじりたければ知識を得ろ。見解を広げろ。貴様よりも愚妹のほうがまだ業を知っている」

 男の目が泳いだ。

 オロ同様、男もまた妹とは仲が良くない。彼ほど壊滅的な関係ではないだろうが、劣等感を持つ男にとっては妹と比較されることは耐え難い屈辱だろう――それを知っていてあえての発言ではあったが。

 今度こそ言うべき言葉を失い、男の横を通り過ぎる。

 視線が追ってくる気配を感じつつ、オロはその場を無言で立ち去った。



今日はもう一話更新。オロ番外編の続きです。

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