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42_1 - 消滅

 階段を駆け上る。散乱している本の勢力が階段に及んでいなかったのは幸いだった。


 失念していた。

 滝の裏で出会った魔の王が言っていたではないか。賢者狩りを行っている魔がいることを、一度はティッケを狙って現れナルとパレニーに追い返されたことを。一度敗れたぐらいで諦めるはずがないことを。

「ナル姉ちゃん!」

 最後の階段を二段抜かしで駆け上がる。

 ティッケがいた。怪我はない。

 ナルがいた。左腕から血が流れている。

 魔がいた。サルのような外見をした小型の魔と、賢者ロウアーニを死に至らしめた甲殻類を思わせる魔が。サルのような魔はともかくとして、甲殻類型の魔はティッケの祖父の仇だ。自然、怒りにも似た感情が沸き起こった。


「少年、ボーズを連れて下に避難しとくっしょ」


 横から冷や水を浴びせかけるように、ナル。

 反射的に反論しようとして、しかしその口は開くことなく閉ざされた。

 ナルには戦局眼がある。対峙する魔の実力とルーダの実力を見極め、彼我の戦力差を算出した上で最適な選択をしている。己が実力を見誤ってこの場に留まったところでナルの足を引っ張るだけで物の役に立ちはしない。

 葛藤の時間は一瞬。

 ティッケの腕をつかむと、登ってきたばかりの階段を駆け下りた。

 背後で戦闘音。振り切って足を動かす。

 魔導師ならば今できる最善を最適な形にして実現させなければならない。弱さを悔しがる必要もない。弱くてもできることをすべきなのだから。

「る、ルー兄ちゃん、ナル姉ちゃんが!」

「ナルなら大丈夫!」

 自分に言い聞かせるように。

 根拠はない。だけどナルならどんな状況に陥っても自力で乗り切れる。そんな願望とも信頼ともつかない確信があった。


「麗しい友情ジャン」

 声が鼓膜を揺らすのとほぼ同時、ルーダの体は宙に浮いていた。

 長くはない浮遊感。体は積み上げられた本のタワーを崩して止まった。

「ぐっ……」

 体の痛みからうめき声が漏れる。が、これは崩した本が殴打した際の痛みであってたいしたものではない。手足はちゃんと動くし血もどこからも出ていない。痣はできているかもしれない。

「ルー兄ちゃん!」

「脆いジャン脆いジャン、チキチキチキ」

 こちらを心配するティッケの声の他に聞いたことのない何者かの声。恐らくはルーダに攻撃を加えた人物、いや、魔か。

 状況把握のために即座に立ち上がる。

 急いで駆け下りていたつもりだったが、階数でいえば1階分しか降りられていなかったようだ。パレニーのいる階はさらに下の階だった。

 待ち伏せか、ナルを無視して追いかけてきたのか。

 視線を這わせても魔の姿はどこにもなかった。魔力だけが感じられる。上階で派手に放出されている魔力とは違う、ねっとりとまとわりつくようないやらしい魔力だ。

 ティッケの元まで行くべきか、ティッケをこちらに呼び寄せるべきか、ティッケを先に下に行かせるべきか、判断がすぐに下せない。どれが最善な選択なのか、今のルーダにはわからなかった。


「チキチキチキ、隙だらけジャン」

「――っ!」

 再び衝撃。後頭部に受けた打撃にたまらずルーダはもんどりうって倒れこんだ。

 目の奥でチカチカと星が瞬く。単なる打撃だったからこそその程度で済んでいるが、これが斬撃だったら即死だったろう。いや、もっと重い打撃でも終わりだ。

 打たれた後頭部を押さえながら体を起こす。振り返っても崩れた本の山と本棚以外は何もなかった。

「どこ見てんジャン」

 今度は背中に。

 蹴り転がされたように本の散乱する床の上を転がる。

 追撃は腹に来た。下から突き上げるような衝撃に息を絞られる。堪らず胃に収まっていたものが逆流した。

「ッゲホ! ……ゲ、…エ、ゥエエ……」

「チキチキチキ」

 まるで乱暴に弄ばれる人形。抵抗どころかその姿を視界に収めることすらできない。


 少しは強くなれたと思っていた。少しはナルに近づけたと思っていた。

「ルー兄ちゃん!」

 現実はこんなものだ。

 涙のにじんだ目が、己の口から出た吐瀉物を映し出す。朝食を取っていなかったことを幸いと見るべきか。皮肉としか思えなかった。

「弱いヤツに守れるモンは何もないジャン」

 ――こんなもの?

(ふざけるな!)

 怒りが。

 爆発した。


 飛び上がって右手を突き出す。

 壁の向こうに視えた(・・・)魔に向かって、ルーダは全力で魔力を解き放った。

「クロスライトニング!」

 雷が迸る。

 視界を焼き、散乱する魔導書を焼き、本棚を焼き、壁を焼き、床を焼き、天井を焼く。

 サルのような姿をした魔の目玉が確かにこちらを見た。目が合った。

 歪む。笑みの形に。

 小柄な魔の体を飲み込んだ雷の奔流は勢いを減じさせることなく壁を破壊して大きな穴を開けた。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 肩で息をする。

 感情が爆発するに任せて放った魔導はルーダの保有していた魔力の大半を消費していた。

 迸りの消えたそこには焦げ跡が残るのみで魔の姿はどこにもない。物が炭化したにおいが鼻腔を刺激した。

「ルー兄ちゃん!」

 ティッケが駆け寄ってくるのに応えて、ルーダは軽く腕を上げた。


「勝ったと思ったジャン?」

 耳元で、声。


 声を上げるヒマはなかった。

 醜悪に伸びた悪意の塊のような爪が、発達途上のティッケの体を貫いた。


今日はついでにキャラ紹介的な設定も追加しときました。

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