38 - 取ってしまって入れる
荒唐無稽。そう言ってしまえば理不尽な感情も少しぐらい治まるのだろうか。
後ろ手に縛られていなければ頭を抱えていただろうに。むしろ醜態を晒さなかっただけ、縛られていたことは良かったのかもしれない。感謝はしないが。
むっつりと黙り込んだエリスが何を考えているのかはわからない。知らなかったとは言え、かつて賢者が封印した存在を復活させるために動いていたことは少なからずショックだった違いない。もしかしたら世界を破滅へ導く世界の裏切り者としてその名が知れ渡ったかもしれないのだ。ショックを通り越して恐怖だ。
が、どの道シックにとってどうでもいいことではあった。
「それで? 俺たちを呼びつけたからには何か策があるんだろ? まさかここまで話しておいて、だからここで死ね、なんて言わないよな?」
「それはない。仮にここで殺めたとて、鍵は次の宿主に寄生するだけじゃ。意味がない」
言葉を繕う気のないシックに対するトウナの眼光が非常に鬱陶しいことになっているが、それに構わずシックは話を促すように顎をしゃくった。その動作がさらに気に食わないとばかりにトウナが犬歯を剥いたが無視である。
一度、ハスノミヤは黙考するように間を挟んだ。
その隙間に、シックは言葉を捻じ込む。
「魔の王が言うには、鍵の代わりとなる絶魔ルインの生命の輝きがあれば救うことができるらしい。それは君がこれから言おうとしていることと一致しているか?」
「……うむ、概ね」
同意を得られたことに少しの安堵を覚えた。エリスを死の運命から退避させる手が残されていることの証明だった。
たとえ、続くハスノミヤの言葉がそこに冷や水を浴びせることになったとしても。
「じゃが、それが容易なことではないと予想できよう?」
自然、睨むようにハスノミヤを見てしまったシックを責めるのは筋違いと言えよう。彼以前に、先ほどから隣のチンピラが射殺しそうな勢いで睨んできているのだから。
「少なくとも3人、能力のあるものを集めねばならぬ」
「能力?」
「ひとつ、体内から鍵を肉体を傷つけることなく切り離せる能力」
黙ってうなずく。
それはシックも懸念していたことだった。心臓の代わりを務めている鍵を安全に取り出せることができなければ、たとえ絶魔ルインの生命の輝きを手に入れたとしてもどうにもならない。
ハスノミヤの言う能力は確かに必須だと納得できた。治癒系、もしくは空間系の能力者を探す必要がある。
「ひとつ、宿主を失った鍵が次の寄生先に宿ることを防ぐ能力」
これは盲点だった。
鍵が次なる犠牲者を選べばまた同じことを繰り返すことになる。シックとしてはエリスが助けられるのならば他の誰が犠牲になろうと、多少は気にはしても些事だと切り捨てられる。が、その宿主にシック自身が選ばれてしまったらと思うとゾッとしない。
問題はどの系統の能力者を探せばいいのかわからないことだ。魔導に詳しくないシックには予想も立てられなかった。
「ひとつ、絶魔ルインの生命の輝きを体内に定着させる能力」
「ん?」
これはわからなかった。
問うように視線を向ければ、心得ているとばかりにうなずかれた。
「人と魔の持つ魔力の性質は異なる。ただ取り込んだとて体を蝕むことがあっても、心の臓の代わりにはならぬ」
「……なるほど」
説得力はある説明だった。
事実、魔から得られる素材は力のある魔になればなるほど加工できなくなるというのを聞いたことがある。もっとも、魔はとどめを刺されるとなぜか跡形もなく消滅してしまうため素材などめったに手に入れられないが。
こちらが情報を消化するのを待っていたのか、シックが顔を上げるのを待ってハスノミヤは話を続けた。
「じゃがこの能力者については心当たりがおる。むしろその者にしかできぬことであろう」
「それは?」
「賢者」
脳裏に浮かんだのは幼い少年の顔だった。
祖父の死により幼くして賢者の名を継がざるを得なくなったあの少年は、果たしてハスノミヤの言う力を行使できるだろうか。
――否。
行使してもらえなくては困る。もし行使できないのだとしたら行使できるようになってもらうしかない。
「そうか、わかった。他の2人については心当たりはないのか?」
「すまぬ」
「いや、これだけの情報を得られただけでもありがたい。礼を言わせてもらうよ」
言って頭を下げる。
とは言え、随分と上からの物言いだとは自覚していた。現にトウナのみならず、背後からの毒使いの視線の圧が増している。鬱陶しいことこの上なかった。
「トウナにはよう言い聞かせておく。今後そなたらを襲うことはないと思うてくれて構わぬ」
「それは実にありがたい」
ちらとトウナを見る。憮然とはしているものの、ハスノミヤの決定に逆らう気はなさそうだった。ババァなどと言いながらも彼女に対する感情はその言動を見ていれば容易に察せられるというもの。その決定がハスノミヤ自身の身の危険に繋がらないのならば逆らったりはしないだろう。警戒は続けるが。
「私は――」
細い声。
横に顔を向ければ、背筋を伸ばして前を見据えるエリスの横顔。
あ、と声が漏れそうになった。
ここへ至るまでに竜の背でもそうであったように、凛然と美しい。良家の子女としてではない、トレジャーハンターとしてでもない、エリスというひとりの女が美しい。
それまでハスノミヤに対する己の不作法を恥じた。感情はどうあれ、彼女の護衛として相応しい態度をしようと最初に思ったはずなのに。
せめて今からは、と居住まいを正す。
エリスは気付いた様子も見せずに、皆の注目が集まったのを待ってから口を開いた。
「私は目の前の餌に無節操に飛びつく獣ではありません」
「餌、とな?」
「はい、餌です。貴女の話はなんの意味もない。低俗な餌でしかありません」
「ンだとこら! 調子乗んなよアマ!」
「トウナ!」
抜刀したトウナを慌ててハスノミヤが押し留める。反射的に膝立ちをしてエリスの前に回ったシックだったが、そのシックを押しのけたのはエリス自身だった。
「私は死を望んでいるわけではありません。ですが、貴女の話が真実であるならば、すべきことは私の延命ではありません。黄昏への対処であるはずです」
「対処、じゃと? それは――」
「黄昏の一族を討伐します」
シン、と静まり返った。
激昂しているはずのトウナすら唖然とした表情で固まっていた。
「私はバーリハー……魔の王と契約を交わしています。たとえ魔が黄昏に逆らえないのだとしても、彼は私の味方です。彼は私を決して裏切りません」
「魔の、王と契約、だと?」
「彼の精神を縛り付けていた玉座を燃やして言ってやったんです。あんたは自由よ、と。それから彼は……王様にこんなこと言うのは失礼かもしれませんが、まるで母鳥の後をついてくる雛鳥のようなんです。もうかわいいのなんのって」
ぴくっと耳が反応する。
バーリハー、最警戒人物に認定。
「それで彼に課せられた鎖が千切れたみたいなんです。彼は私を太陽の華と呼びます。契約の内容は明かせませんが、私は彼を信頼しています」
シックは胸中で固く誓いを立てた。
今度バーリハーに出会ったら、とりあえず問答無用でライバル宣言をしよう。
いや、その前にエリスを惚れさせればいいのか。それができたら苦労はしないが。
「さらに、私には兄同然に育った人が帝国にいます。ヨーヒ・クレリアスと言いますがご存知ですか?」
「はあ?! お、おめぇ、あの旦那のい、妹、なのか?」
「妹同然だと思っています」
初めてトウナが動揺に顔色を変えるのを見た。エリスを見下していた顔が一転、奇妙なものを見るような顔に変わっていた。
ヨーヒはいったいトウナに何をやったのだろうか。超がつくほどの堅物にしか見えなかったが、実はとんでもない人物だったのだろうか。単純な力比べならトウナのほうが上だと思うが、あちらは最高司令官だ。一癖も二癖もあるのだろう、恐らく。
「彼は私が最も信頼を寄せる人物です」
最警戒人物変更。
「国に不利益が降りかからない限り、ではありますが私の最大の理解者でもあります」
まさかとは思うが、エリスが年上好きになった原因はヨーヒなのではないだろうか。
そんなひらめきにシックは唸った。
「最後に、賢者とは昔から懇意にしています。聞いた話によると、今はパレニー・ラキッシュ様という有名な魔導師様の保護下にあるそうです。交渉次第ではお力になってもらえるでしょう」
「なんと。あの魔導師殿と繋がりが」
呆けたように、ハスノミヤ。
そういえばルーダが興奮したようにティッケの見受け引受人のことを語っていたが、ヤマトの至宝と謳われるハスノミヤの耳に入るほどの魔導師だったとは思わなかった。知っていても真面目に話は聞かなかっただろうが。
「ハスノミヤ様、ひとつ質問があります」
「な、なんじゃ?」
「私に使うつもりだった絶魔ルインの生命の輝き、それは貴女が千の時を生き永らえるために使ってきたものですか?」
ひゅっと息を呑む音が聞こえた。
振り返ったトウナの表情は見えない。が、その背中から怒りにも似た感情がうかがえた。
「……そのつもりじゃった」
「ババァ!」
怒りと、悲しみの混ざり合った声だった。気持ちは大いに理解できた。
守護対象者が自ら命を絶とうとしていたらどれだけやるせないか。想像するだけでも苦しい。
「貴女を犠牲にして今の状況から逃げるほど私は愚劣ではありません。だからハスノミヤ様」
うなだれていたハスノミヤが弱々しく顔を上げる。そのハスノミヤを見返すエリスの双眸は強い光を宿していた。
いや、輝いていた。爛々と。
「トウナを私にください」
「い゛っ!?」
180度回ったのではないかという勢いでトウナが振り返ってきた。その顔は驚愕よりも恐怖に近かったかもしれない。
にっこりとエリスが笑う。いっそ無邪気と言えるほど楽しそうに。
「ハスノミヤ様の愛する夫と息子の運命を蹂躙した不逞の輩、子孫である貴方の手で打ち滅ぼしたくはありませんか?」
(あ、落ちたな)
返事を聞くまでもなくシックは悟った。
振り返って毒使いを見る。彼もまたシックと同じ結論に達したのか、やれやれといった風に嘆息していた。
「ババァ! 俺様がババァの仇をとってきてやるからな! 楽しみに首洗って待ってろ!!」
「そ、そうか。トウナが良いのならばわらわもそれで良い」
嬉しくない男の増員が決定された瞬間だった。
全力で反対したいところだが、雇用主の意思には逆らえない。
大きく肩を落としてため息をこぼす。それでも男は断固反対の姿勢だけは見せておこうとシックは決めた。
「――……ああ、ひとつ言っておきますけどトウナ様」
「あん?」
「立場としては私の協力者となってもらいますが、シュキハとはケンカをしないでくださいね」
「なっ――!」
声を上げたのはシックだった。
顔を歪めたトウナが口を開くよりも先、当然といったように言ってのけたエリスに顔を近づける。
「君は裏切り者を傍に置いておく気か? またいつ裏切るともわからないヤツを」
身じろぐ気配が伝わってくる。出鼻を挫かれた形になったトウナが、そちらに憐みにも似た視線を送っていた。破滅的に仲が悪いくせに、同情心はあるらしい。
「シック、あんたわかってて言ってるでしょ」
吐き出す息に呆れを含めてエリスの双眸がシックを映し出す。
「あの場でシュキハがとれる行動の中ではあれが一番正しかった。そうしなければ私たちはこの会談には応じなかったし、応じなかったことでトウナたちに大義名分を与えていた。今度こそ最大戦力で私を潰しに来たでしょうね」
でしょ?と問いかけるエリスに、無駄に尊大にトウナが首肯する。後ろめたさなどはそこから窺えなかった。
「それに、トウナには全力で逆らえてもハスノミヤ様に逆らうのは心情的に難しかったんじゃないかしら」
「俺様に逆らうのには抵抗ねぇのかあのアマ」
ぶつぶつと呟くトウナの声は当然のことながら無視した。
「あの子はあんたを押さえつけても私には手を触れなかった。あんたを拘束しても私は拘束しなかった。あんたから剣を取り上げても私から小太刀は取り上げなかった」
「それだけで判断するのは浅慮が過ぎないか?」
「そりゃ、ここに来るまでは裏切られたと思って恨みもしたけど、ハスノミヤ様の話は私にとってプラスにこそなれマイナスにはならなかったもの。それに、あの子が裏切りとかそんな器用なことを平気で出来る性格だと思う?」
「はっ! ンなのあのアマの顔見りゃ一発でわかるじゃねぇか」
口を挟んできたトウナに促されるように、そこでようやくシックは背後を、シュキハを振り返った。
一文字に唇を引き結んで、必死に何かを堪えている様は泣くのを我慢しているようにも見える。エリスが声をかけたら堤防はいともたやすく決壊するだろう。
ため息を吐く。
この機会に追い出そうと思っていたのに、どうやらそれはエリスが許さないらしい。
「そういうわけだから、あんたもこれからはシュキハと仲良くしなさいよね」
「君がそれを望むなら努力だけはしているように見せる努力をする」
「普通に歩み寄りなさいよ」
肩をすくめる。エリスの口撃はそれだけで止めることができた。
「…………話はまとまったようじゃな」
それまで成り行きを見守っていたハスノミヤが気を見計らって声をかけてくる。
再び背筋を伸ばして、エリスはハスノミヤと向き合った。
「はい、黄昏が如何ほどの脅威かはわからないので話を詰める必要はありますが」
「うむ、そうじゃな。じゃがその前にしばし休むと良い。湯浴みの用意をさせるゆえ、ゆったりと寛ぐと良い」
「お気遣い感謝いたします」
「待て」
頭を下げるエリスに待ったをかける。
不思議そうにこちらを見たエリスにまっすぐな眼差しを向ける。ただならぬシックの様子に、エリスが身を固くしたのがわかった。
「君を危険に晒すわけにはいかない。俺も一緒にはい――」
ザシュザクッ
二方向から攻撃を受けた。
足元に突き刺さる刀と槍をいちべつ。シュキハをいちべつ。最後にトウナを見る。
「なぜ君が攻撃する?」
「変態淫乱野郎はオロだけで間に合ってんだよ!」
「おい、失礼なことを言うなトウナ。俺はただ毎晩乗り捨てているだけだ」
「それが淫乱だっつってんだ!」
「特殊なプレイは偶にしかしていない」
「ばっ! そ、ば、お――」
「混ざるか?」
「混ざんねぇよ!」
唯一、攻撃をしてこなかった毒使いの男を見やる。
涼やかな面差しからは想像もつかない卑猥な単語を連発する男に、シックは感心した。ここまであけっぴろげだと逆にいやらしく感じない。シックも見習うべきかもしれない。
「あんた、今ろくでもないこと考えてるでしょ?」
じと目のエリスに見つめられ、ごまかすように艶やかに笑んでみせた。
セクハラ野郎が淫乱野郎に出会った。
エリスには早めの逃亡をお勧めする。




