37 - 賢者
「黄昏の一族?」
遅めの朝食、あるいは早めの昼食を取りながらおうむ返す。
向かいの席で何個目になるかわからないプリンを突きながらナルはふんふんとうなずいた。
時刻はお昼前。
ナルの作りだした影の空間で手ほどきを受けていたルーダは、いつの間にか影の中を移動していたらしい。魔力も尽きてきた頃、じゃあ今日は終了と言って影から放り出された場所はファーニ・エモのただなかだった。
ファーニ・エモ――魔導国レトポーフの一都市で、魔導学校があることで国内外に知れ渡った街だ。魔導師を目指す者にとって憧れの街であり、いつかルーダも行きたいと思っていた街だった。
そのファーニ・エモのある宿屋に昨日はナルと共に泊まった。なぜか同室だったが、魔力が尽きかけていたルーダにそんなことを気にする余裕などあるはずもなく、目覚めたときに同じベッドの中にいるナルを見て悲鳴を上げたのは今や遠い思い出。もちろん同じベッドで寝ていたわけではなく、起こしに来たナルが悪戯心をいかんなく発揮してあの結果らしい。ベッドから転げ落ちたルーダを見て笑い転げていた。
言いたいことはいろいろあったけれど、ナルのやることだしと思うと諦めのほうが先に来てしまう。
そんなわけで今に至る。
バイキング形式の朝食であるピラフを口に運びながら首をひねる。
どれだけ記憶をひっくり返してみても、黄昏の一族と呼ばれる種族の名はヒットしなかった。
「おチビの家から拉致った文献を調べた師匠が言うには、魔の裏で糸を引いてるのはそいつららしいっしょ」
「賢者様保有の文献かぁ」
拉致されたという部分は聞き流す。いちいちツッコミを入れていたら身が持たない。ナルは不満みたいだけれど。
「最初の賢者フラウリーブが暗黒時代に封じた存在こそがその黄昏の一族なんよ。んーで、その封印に使われたのがトワイライト・ストーン。つまりはキミたちが目指してる黄昏の正体」
スプーンをピコピコさせて、ナル。
にわかには信じがたいことではあるけれど、この状況でナルがウソを言うとも思えない。人をからかうことに無駄な情熱を注ぐ傾向にあるナルではあっても、ここで冗談を言うほど性格はねじ曲がっていないはずだ。
それでも信じきれずに唸るルーダに、言い聞かせるようにナルは続けた。
「おチビがあの良くない魔力のお姉さんに力を使ったのを見たけ?」
うなずく。
魔力を暴走させたエリスに対してティッケが何やらやっていたのを思い出す。
「あれは禁呪らしいんよ。代々賢者を継ぐ者にのみ扱える術っしょ。人に対して使ってもほとんど効果は現れず、魔に対しては一部の術なら効くかもしれないらしいっしょ。おチビから聞いたけーど」
「う、うん」
「けーど、黄昏に関する対象には絶大な威力を発揮した。良くない魔力を封じたり? 黄昏の記述を解読したり?」
言われて初めて気づく。ティッケの能力の特異性。そういえばティッケ自身も賢者の血筋は特殊だと言っていた気がする。あのときは場合が場合だったので詳しく聞けなかったけれど。
魔導は例外なく属性を持っている。四大元素はもちろんのこと、光や闇、空間など、またはそこから派生したもの。ルーダの雷の先天属性は四大元素の風からの派生属性、ナルの影という先天属性は光と闇からの派生属性だろう。ところがティッケの、というか賢者の家系に代々受け継がれるという禁呪にはその属性の縛りがない。これは異例中の異例だった。歴史上に名を残す偉人たちの中でも、この属性の縛りを受けない人物はひとりしかいない。それが魔導理論の祖と言われる魔導の天才なのだから、賢者の特異性が際立つというもの。
「めんどいからいきなり結論から言うと、キミたちが黄昏に辿り着くとその封印したもんが復活するっしょ。贄は良くない魔力のお姉さん」
なにやらいろいろすっ飛ばされた気がするが、不吉を囁く言葉に体は固くなった。
思い出されるのは洞窟の出口付近で再会した魔の王が口にした言葉。
『黄昏に到達してもエリシアナは死なないが死ぬ』
それはきっと、このことを示していたのだろう。
ピラフを口に運ぶ手は完全に止まっていた。
ナルの話が真実で、それをヤマト側が知っていたのだとしたら、執拗なまでにエリスを消そうとしていたことにも納得ができる。臭いものには蓋をしろ的な考えは理解できないけれど、合理的ではあった。
ますます不安が増す。ヤマトに捕まった2人は無事だろうか。エリスはまたひどい目に遭っていないだろうか。シックは彼女を守るために無茶をしていないだろうか。
不安がとぐろを巻く。焦燥感だけが募った。
もっとも、ナルにはそんなルーダの姿が滑稽にしか見えなかったらしい。もごもごとプリンを咀嚼しながら、ひどく冷めた眼差しを向けてきていた。
「キミは損するタイプっしょ」
なんとも否定しがたいことまで言ってくる。ナルに気遣いを求めたところで無駄であるとわかっていたつもりなのに、落ち込むようにルーダは肩を落とした。
「いいけ? あたいはまだ話し終えてないけ、リアクションは最後にとるべきっしょ」
「ごめん」
反射的に謝ったらでこピンされた。お気に召さなかったらしい。
たいして痛くはない額を擦りながら、恐々とナルを窺う。相変わらず口をもごもごさせているナルに不機嫌そうな様子は見受けられなかった。
「師匠もまだ完全に文献を読破したわけじゃないけ、わからんとこはいっぱいあるんよ。けーど、確定してることもあるっしょ」
「な、なに?」
「賢者にできたことがキミたちにできないはずがない」
「…………は?」
「むしろ退治することも夢じゃないっしょ。キミのレベルさえ上がれば」
「いやいやいやいやいや!」
なんか無茶苦茶言いだした。
慌てて手を上げるルーダを無視して立ち上がったナルは、制止のために上げたルーダの手を取り満面の笑顔でこう言った。
「そうと決まったらかちこみに行くっしょ」
昼にはまだ早いファーニ・エモの街。
うららかな平穏に浴す街中に、悲鳴がこだました。




