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36 - ヤマトの英雄

 遠くから水の音が聞こえてくる。その中に時折、固いものがぶつかる軽い音が混ざった。

 静寂の中で聞くと妙に心の波風が凪ぐ。敵地のただなかにいるというのに、だ。

 さすがヤマト。神秘の国。

 これが何かしら洗脳系の術などではないことを祈るばかりだった。シックでは魔導に対抗しようがない。


 前を行くアザトの背中を見る。

 砂利の敷き詰められた庭に面した板張りの廊下を進むその足取りに迷いはない。半室内――庭と廊下の境に仕切りはない――だからなのか、アザトのトレードマークともなっていた笠は外されていた。残念ながら顔は見ていないが。

 異国情緒あふれるとはよく言ったもの。横目で見た庭を見るだけでここが紛れもなくヤマトなのだと思い知らされる。川の流れを思わせる砂利や転々と配された大きな石は、大陸人であるシックをしても見惚れるような完璧な調和を作りだしていた。もしこんな状況でなければじっくりと見て回りたいものである。

「着いたぞえ。入れ」

 先行していたアザトの声で意識を戻す。ドアのない部屋の前、促されるままに踏み込めばすぐに仕切りに行く手を塞がれた。

 竹林と鶴が描かれた折り畳み式の衝立のようなものだ。大陸の絵画と違い、立体的に感じてそれだけで圧倒されそうになる。ドアの代わりでも担っているのか、押せば倒れそうなそのパネルのせいで室内を見ることはできない。左右は空いているのでこのパネルを避けて奥に進んでいくのだろう。

 エリスに目配せをして、それからシックが先行する形でパネルの奥へと足を進める。

 畳とかいうヤマト特有の床の上には二枚のクッション。記憶が確かならば座布団といっただろうか。家具ひとつない室内を見回し、それらがシックとエリスのために用意されたものだろうと予想する。


「遠方よりよう参った。楽にして給う」

 視線を転ずる。

 部屋の最奥、一段高い場所に座す女がひとり。その隣には見覚えのあるガラの悪い侍がひとり。

 声をかけてきたのは女のほうだろう。艶やかな黒髪を背中に流し、薄い布を何枚か重ね着したような儀礼的な服に身を包んだ女。閉じられた両の目はしかし、しっかりとシックとエリスの2人を捉えていた。

 女の言葉を無視するようにして無遠慮に室内を見渡す。

 廊下に通じるパネルの横に、腕を組んで佇む男ひとり。ガラの悪い侍の相棒だったか。

 その反対には女がひとり。裏切り者だ。

 アザトは室内に入らずに廊下で控えているようだった。


「おい、とっとと座れ」

 刺さるような視線を寄こしていた侍トウナがイライラを隠しもしない声で命令してくる。

 ちらりといちべつをむける。あぐらをかいて座すその姿は、どう贔屓目に見ても機嫌が良さそうには見えなかった。

 エリスが先に進んで座布団に腰を下ろす。女の正面だ。シックもすぐにその隣に腰を下ろした。トウナの正面なので必然的に射殺す勢いの視線を浴びることになった。男の熱視線は遠慮願いたいものだ。

 トウナを無視する形で女に視線を向ける。この部屋の主は間違いなく彼女だろう。

 空気が落ち着くのを待って、女は口を開いた。

「まずは身内の蛮行を謝罪する。許して給う」

「おい、ババァ。謝ってんじゃねぇよ」

 開口一番そんなことを言って頭を垂れた女を、慌てたようにトウナが止めた。どうでもいいことだが、まだ年若く見える――と言っても三十路は過ぎているだろうが――女相手にババァは流石に失礼ではないかと思う。

「謝罪の言葉は受け取りません。私にとってははた迷惑以外のなにものでもありませんでしたが、日の国の誇るトウナ様が信念に基づいて判断された行動ならばそれだけ意味のある行動だと思いますので」

 しれっと言い返すエリスの横顔を見つめる。澄ました顔をしているが、内心では暴れ狂っているのではないだろうか。

 苦々しく顔を引きつらせるトウナの姿を見る限り、隠そうともしないエリスの嫌味に後ろめたさは感じている様子。女のほうも困ったように表情を曇らせていた。

 後ろ手に縛られていることが悔やまれる。機先を制したエリスに拍手のひとつでも送りたかった。

 が、その気持ちは女の取った行動で一瞬にして吹き飛ばされた。

「お、おい!?」


 両手をついて深々と頭を垂れる女に、エリスと揃って言葉を失った。


「心地よいぬるま湯に沈み込み、役目から目を逸らしてしもうたわらわの責任じゃ。わらわを恨んでくれて構わぬ。じゃが、トウナを責めてくれるな」

「やめろババァ!」

 騒ぐ2人の様子を冷めた目で見据える自分がいた。

 エリスを見れば、こちらは冷めたのを通り過ぎてまったくの無表情になっていた。

 シックらの反応を責められる者はいまい。

「そんなことをされても困ります。いえ、むしろ迷惑です」

 耐え切れなくなったのか、ため息交じりにエリスが言う。茶番劇を見せられてまだその程度の反応に抑えているのは流石としか言えない。お嬢様育ちゆえの処世術なのだろうか、見習いたいものである。

 顔を上げたトウナの殺気がこもった視線に腰を浮かせかけながらも、それでもエリスは言葉を続けた。トウナを一切見ずにではあるが。

「こちらは冗談抜きで生死の境をさまよいました。理不尽にも一方的に災厄だと決めつけれてです。生きていてはいけない存在だと告げられ刃を向けられた私の気持ちをご理解いただけますか?」

 女は顔を上げない。上げられない、のかもしれない。

 エリスの口上は止まらなかった。

「説明を求めます。なぜ私を――黄昏を災厄だと断じ、鍵の所有者である私を手にかけようとしたのか」

 凛然と臨む姿勢に、知らずシックの口元に笑みがにじんでいた。


 女に視線を戻す。

 トウナの手を借りずにゆっくりと体を起こした女は、注がれるエリスの視線を受け止めて小さくうなずきを返した。

「そうであったな。取り乱して無様な姿をさらした」

「いいえ、お気持ちはお察しします」

 またしてもどうでもいいことだが、丁寧な口調で話すエリスの声を聞くたびにムズムズする。違和感が半端ない。

「わらわはハスノミヤ。武王の庇護の下、この凌雲山(りょううんざん)の屋敷に住むを許されておる。これはトウナ。傭兵として各地を巡る傍ら、戯れにわらわのそばに侍っておる」

「私はトレジャーハンターのエリスと言います。こちらは護衛のシック」

 紹介を受けて軽く頭を下げる。エリスがお上品に振る舞っている以上、護衛のシックが礼儀を欠いた行動をするわけにはいかなかった。普段は崩れまくっているが、これでも一応は騎士だ。不良騎士とは言え公式の場での作法は叩きこまれている。

 一方でトウナは礼儀や作法などといったものには頓着しないらしい。あぐらをかいた足に腕を立てて頬杖を突いている始末である。イライラした様子でエリスを睨む姿は、完全にただのチンピラだった。


「そなたを狙うに至った原因じゃが……そなたはスオウの名を知っておるか?」

「はい、ヤマトの英雄と。暗黒時代当時、ヤマトに攻め寄せる魔を退け、最強の戦士の名を冠していた絶魔ルインを討ち取ったと大陸に伝わっています」

 うむ、とハスノミヤがうなずく。どうやら()の英雄の伝承は歪曲されて大陸に伝わっているわけではなさそうである。

「トウナとシュキハはそのスオウの血を引いておる」

 ぎょっとした。思わずトウナを凝視するくらいに。

 隣のエリスも後ろを振り返っていた。恐らくシュキハを見ているのだろう。

「俺様はあのアマを妹とは認めちゃいねぇけどな」

「トウナ」

「けっ」

 不貞腐れたようなことを言っているトウナとそれを諌めるハスノミヤの声を聞きつつ、英雄譚として語られるスオウの姿とチンピラ丸出しのトウナの姿を重ね合わせる。どんなに多角的なアプローチをしても、両者が重なり合うことはなかった。

 後ろ手に縛られていなければ目頭を押さえたかった。

「君はとりあえずご先祖に謝るべきだ」

「あ゛ぁ?」

 思わず漏れた本音に陰険な唸り声が返ってくる。シックは残念そうにかぶりを振った。

 膝に手を置かれて顔を上げる。エリスが物言いたげにトウナをいちべつした後、やはりシックと同じようにかぶりを振った。

 ぶちっと何かが切れるような音が聞こえてきたが、仕切り直すように素早くエリスが咳払いをした。


「続けてください」

「う、む……ではスオウの出自を知っておるか?」

 切替について行けていなかった様子のハスノミヤを促すと、戸惑いつつも話を続けてくれた。

「出自ですか? いいえ、職業柄いろいろな文献は見ましたが出自に関してはどの文献にも載っていなかったと記憶しています」

 確認のためにエリスに視線で問われて首を横に振る。シックもスオウの出自に関する記憶はなかった。

 ハスノミヤに視線を戻す。知らないことを承知で問うたのか、小さくうなずかれた。

「スオウは人と魔の間に生まれた子じゃ」

「……………………は?」

 間抜けな声はエリスとシック、どちらが上げたものだったろうか。

「父の名はエドゥ。スオウ自身が打ち倒した絶魔ルインじゃ」

 ポカーンとするこちらに構わずハスノミヤは話を続ける。エリスが上げかけた手は虚しく宙をかいた。


 ありえない。

 人と魔は有史以前から争ってきた因縁の関係にある。ましてや暗黒時代と呼ばれたあの時代は、最も人と魔の衝突が激しかった時代だ。人と魔が出会う場など戦場以外ではありえず、出会ったのならば殺し合いが始まって当然だった。

 その時代に、魔側の最強の戦士が人の女と子をなすなど。

 そもそも魔が子をなす器官があること自体初耳である。魔は他の生物と異なり、気が付いたらどこかで発生している存在だ。だからこそ親兄弟はおらず、一般的に情に薄く仲間意識が低いと言われているのだ。

 その魔が人との間に子をなした。しかもその子は英雄に語られる人物。

 シックの中での最警戒対象が兄代わりのヨーヒから魔の王のバーリハーに切り替わった。魔だからと言ってエリスの相手候補から抜いてはいけない。

(――じゃない)

 混乱が思考をどうでもいい方向にシフトさせていたことに気付いて、慌ててシックはかぶりを振った。


「……スオウは、ヤマトのために父を切り捨てたの?」

 同じく混乱の中にあると思っていたエリスが呆然とした様子で問いかけていた。言葉を繕うことも忘れている。

 ハスノミヤの表情が苦しそうに歪んだ。

「スオウはエドゥが父とは知らずに敵対した。……いや、そうよな、知っておったとしてもスオウはエドゥを斬ったであろう。その身を、その心を、その命を、己のすべてをヤマトに捧げたスオウなれば」

 愁眉を寄せて吐露するハスノミヤの言葉に違和感を覚えた。

「まるで見てきたみたいに言うのね」

 違和感の正体を代わりに口にしてくれたエリスに、ハスノミヤは淡く微笑んだ。女に対していろいろ耐性がついているはずのシックでも、その微笑にはどきりとさせられた。これがルーダだったらきっと真っ赤になっていただろう。

 もっとも、その隣で犬歯をむき出しにして威嚇している番犬、もとい、トウナを視界に入れなければであるが。


「わらわはエドゥの生命の輝き(ルナティックソウル)を飲み込み、千の時を長らえてきた。暗黒時代の生ける亡霊じゃ」


 今度こそシックは絶句した。

 嫣然として微笑むハスノミヤを見返したまま、呼吸も忘れて息を飲んだ。

 頭をもたげるのはひとつの可能性。

「……貴女は、スオウの――?」

「そうじゃ」

 短い肯定。

 ハッと小さく息を吐く。

 秘された歴史の一端を知ってしまった。これは下手をすればヤマトという国に消されかねないレベルだ。荒唐無稽な情報だとしても、あの強欲な帝国にでも情報を売ればこれ幸いとヤマトを糾弾するだろう。他に類を見ない傭兵派遣国家としてのヤマトは武力面から崩すことは困難でも、脳筋としても知られるヤマトは政治面に弱い。この情報は確実にヤマトの急所に届くだろう。

 背後からの視線が鬱陶しい。恐らくは毒使いのものだろうが、シックが考えついてしまったことを察したのだとしたらなんとも厄介な人物である。ヤマト人ならばヤマト人らしく脳筋でいてもらいたい。

 とりあえずはその気がないことを示すために首だけ巡らせていちべつを向ける。向けられた視線の圧はそれで薄まった。あくまで薄まっただけであるが。


「エドゥはスオウを、……我が子を愛してはいなかったのですか?」

 ハスノミヤがかぶりを振る。だがそれは否定のためでも肯定のためでもない。

 一度うなだれるように俯けた顔を上げ、ひどく息苦しそうにハスノミヤは続けた。

「あやつにはスオウに討たれる以外の道を選ぶことができなかったのじゃ」

「なぜ?」

「……エドゥには友がおった。その友を見捨てる選択だけは……それだけは、どうしても――」

「家族以上に大切な友人だったのですか?」

 僅かばかり、エリスの声には棘が含まれていた。

 父親の再婚が許せずに家出した身空のエリスには、友を優先したと思える選択をしたエドゥの行動が気に食わないのだろう。

「そうではない。どちらも選ぶことができなかったからこそ、自らを子に討たせることで幕引きとしたのじゃ」

「……わからないな。魔は情に薄い生き物のはず。愛情も友情も無縁のはずでは?」

 思わずといった風を装って問いを投げる。言葉を飾ることが面倒くさかったからだ。

「一般的にはそうやもしれぬ。じゃが、あやつが情に厚かったことは確かなこと」

「その友人は誰ですか? 魔、ですよね?」

「バーリハー。玉座に縫い止められた形だけの王じゃ」

 目を(みは)る。意外な魔の名、しかもそれをハスノミヤは形だけと言う。

「待て、彼は魔の王だろ? どういうことだ?」

「魔を統率――いや、操っておったのは別の意思。魔はその意思に逆らうことはできぬ。魔の王とてそれは変わらぬ」

 こくん。喉が鳴る。

「……――それは?」


「黄昏の一族」


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