35_3 - 怠惰な思惑
くるくると回されるステッキを見るともなしに見る。
どこからともなく出したり消したりしているナルのそのステッキは、彼女が言うにはキーワードを口にするだけで取り出し自由なのだそうだ。普段は腕輪として持ち運んでいるらしい。なにそれ欲しい。
さすが天才魔導師として名高いパレニー・ラキッシュを師に持つだけはある。そんなものを気軽に持てるとは。
「さーて、時間もそんなないけ、ちゃっちゃとやってくっしょ」
バトンのように回していたステッキの動きが止まる。
顔を上げてナルの顔を見ると、続けて口を開こうとしているナルを遮るようにルーダは手を上げた。きょとんと――この反応を予想していなかったのだろう――動きを止めたナルに、素早くルーダは疑問をぶつけた。
「その前に聞きたいんだけど、ここってどこ?」
ひたすら黒いとしか表現しようのない不思議空間は決して居心地は悪くないものの、どことも知れない場所にいるというのもなんとなく落ち着かない。明らかに自然に存在する空間ではないのならば、何かしら魔導が関わっているだろうという好奇心もある。
ああ、とばかりにナルが手を打った。
この場を示すように両手を軽く広げ、
「ここは影の中っしょ」
事もなげに言う。
ルーダは首を傾げた。
「影?」
「そうけ。朝でも昼でも夜でもどこにでも存在する影の中。あたいの先天属性が影だかーら、普通に異空間を作るより楽なんしょ」
やはり住んでいる次元が違う――ルーダは思った。
たとえ先天属性寄りの条件があったとしても、空間を固定・維持することは生半可な技術でできる芸当ではない。空間を先天属性に持っている人間でも、異空間を作ることは容易ではないはずだ。少なくともそんなことができる人間がなんの地位も得ずに在野でフラフラしているはずがない。
絶句するルーダをよそに、ナルの関心事は既に別のことに移っていた。
「さーて、時間もそんなないけ、ちゃちゃっとやってくっしょ」
仕切り直しのつもりなのか、先ほどと微妙に違うが同じセリフを吐いて、ナル。
釈然としないながらも、ルーダもその流れに従うことにした。
「少年、魔導とはなんしょ?」
「なにって……魔力で現実に干渉する力のこと?」
ナルが名前を呼んでくれないことに関しては既にルーダの中で諦めが強くなっていた。少年という歳でもないという訴えもナルは笑顔で無視することがわかりきっていた。
だから普通に答えたのに、なぜかナルは不満顔だった。ツッコミを入れたら無視する癖に、ルーダが無視したら不満らしい。なんて勝手な人間なんだ。ナルらしいけれど。
それでもその不満をナルが口にすることはなかった。やぶ蛇になる上に、言った通りに本当に時間がないのだろう。
「魔力で現実に干渉するために必要なプロセスはなんしょ?」
「え、えっと……事象を魔力で形成して顕現す――」
「説明が固いっしょ」
文句を言われた。
一般的な魔導理論の書籍に掲載されていることを答えたのに、ナルにはお気に召さなかったようである。
「もういいっしょ。めんどくさい。あたいが懇切丁寧に説明してやるけ、脳みそに穴開けて聞くっしょ」
「脳みそに穴空いたら死ぬと思うけど」
自然に出たツッコミは、どうやら気に入ったらしい。ニヒルな笑みを向けられた。
くるりと一回転したステッキがナルの手から消える。代わりにピンと立てられた人差し指がピコピコと動かされた。
「魔導発動に大切なことはひとつ。実現させたいことをどんだけ細かくイメージできるかっしょ」
「…………なるほど」
実にシンプルに言い切ったナルの言葉に、納得するようにルーダはうなずいた。
「イメージした内容が細かければ細かいほど、自然発生しない内容であればあるほど、魔力の消費量は多くなるけ」
「た、確かに」
「先天属性ってのーも、そいつが一番違和感なく使える属性ってだけの話。キミは自分が雷を操れることを疑問に思ったことあるけ?」
「ない、かなぁ」
「これにはどういう原理が働いてるのかあたいも知らんけーど、神様からのプレゼントとでも思ってればいいっしょ」
表情から見るに、適当に言っただけなのだろうが妙な説得力はあった。
ルーダは敬虔な大地神信仰者ではなかったが、大地より授かった力だと言われれば素直に大地神に信仰のひとつでも捧げたくなる。雷という先天属性があったからこそ、ルーダは今こうしていられるのだから。
「ここで少年に問題。魔力が完全に枯渇したらどうなるっしょ?」
「え、魔力が? うーん……身動きが取れなくなる、とか?」
「ぶっぶー」
妙に楽しそうにナルが両手を広げた。恐らくその動きに意味はない。
「魔力の完全枯渇は存在の消滅を意味するっしょ」
「え?」
背筋に冷たいものが走った。
ナルは変わらず笑顔のままなのに、声は変わらず楽しげなままなのに、内容の不穏さだけでぞくりと内臓が冷えた。
「この世界のすべての存在には魔力が宿ってるっしょ」
「うん」
「かつて存在した三魔人がひとり虚像のジーモが遺した論文にこうあるけ。『今世に在りし個は須く魔導である』とーね」
浮かんだのはクエスチョンマークだけだった。
ナルが頭を傾ける。ルーダも同じ方向に頭を傾けた。
「簡単に言えば、この世のすべてのモノは大地神アージャウィテナが発動させた魔導だーってことっしょ。だーかーらー、魔力がゼロになった魔導の末路は?」
「……消滅?」
「ぴんぽんぱーん」
傾けていた頭を戻し、やたら明るい声で、ナル。
ルーダも頭を元に戻そうとして、なぜか手で押さえられた。恐らくこの行動にも意味はないのだろうと予想しながら、物言いたげにナルを見る。ケラケラと楽しげに笑ってすぐに離してくれた。
「さーて、あたいがなんでこんな話をしたかってーと、根性出せばなんとかなるとか考えるバカが後先考えずに魔力を使い切ってあぼんするんを未然に防ぐためっしょ」
「……ん? それ誰のこと?」
にんまりと笑われた。ルーダのことらしい。
「魔導は根性出せばどうにかなるもんちゃうかーら」
鼻先に指。突き付けられた指の爪先にほんのりと魔力が乗った。
「いいけ? 強い魔導師を目指すなーら、根性論はダストシュートに投げ込むっしょ」
「う、うん」
完全に勢いに押される形で返事をしていた。
それに満足するでもなく、突き付けられた指も引っ込めないままナルは続けた。
「はい復唱。魔導師に必要なんは」
「ま、魔導師に必要なのは」
「想像力と思い込みの力」
「想像力と思い込みの力ってえぇ!?」
驚くルーダを見て、そこで初めて満足したようにナルはうなずいた。鼻先に突き付けられていた指を離し、再びステッキを取り出してくるくると回しだす。
「さっきも言うたけ、魔導に一番必要なんはイメージっしょ。雑なイメージしかできん魔導師は総じてへなちょこっしょ」
「へなちょこって……」
「第二に、イメージしたそれを欠片も疑うことなく発現すると思い込めるかどうかっしょ」
言われてなるほどと思う。術者自身が効果を疑っているものが術者のイメージを越えた効力を発揮するはずがない。
魔導の教師となった母もよく言っていた。自分が操る魔導に対してはナルシストであれと。長年何を言っているのか理解できなかったが、つまりはナルが言うことがその理由ということだろう。
ルーダはうなずいた。何度も。
「精巧なイメージと思い込みの力で現実に干渉する力の型ができたっしょ。最後にこの型に魔力を注ぐことになるけーど、先に言った通りイメージが細かいほど要求される魔力の量は多くなるけ。魔力の絶対量なんて一朝一夕で増やせるもんじゃないってのは前に説明したっしょ?」
「うん。それは毎日の積み重ねがなきゃムリなんだよね。あれから時間を見つけてはあの練習法やってるけど、少しくらいは増えたかな」
「そんな知らーん」
本当に興味がなさそうに言われて肩が落ちた。少しくらいはこちらのテンションが上がることを言ってくれてもいいのにとは思うものの、自由人間を絵に描いたようなナルにそれを求めるのは無理がある。
「けーど、十分な魔力量を確保できんでも発動は可能なんよ」
首をひねる。矛盾した言いようだった。
ルーダの疑問を承知しているのか、ナルはうなずいてルーダの腹をステッキで突いた。
「キミはその答えを上で無意識のうちにやってたっしょ」
「へ?」
どすどすと腹を小突かれる。痛い。
抗議するよりも早く、ナルがにやりと笑って続けた。
「魔力の質を高めるんしょ」
「質?」
腹を小突いていたステッキがまた消えた。
「そ。同じ量なら小銭より札のほうが価値は高いっしょ?」
「あー、なるほど」
「だーかーらー、キミは常に魔力の練度を上げることを意識するっしょ」
脈打つように黒が濃度を増した。ような気がした。
こくりと喉を鳴らす。
「ひとつ、魔導のイメージをより詳細により鮮烈により凶悪に。ふたつ、そのイメージに疑問も恥も差し挟まない。みっつ、体内の魔力の質を高め続ける。これがキミがこれからやる特訓のすべてっしょ」
漠然と強くなりたいと願っていた想いが、確かな道筋を得た。
拳を握る。
ヤマトに囚われたエリスとシックのことは心配だけど、裏切り行為を働いたシュキハの真意を知りたいけれど。
助けに行くのにも、真意を問いただしに行くのにも、今のままでは無謀でしかない。弱いままでは意味がない。
だから。
一区切り。
次から説明回になるから、息抜きにちと番外編を挟むぞやー。




