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33 - カタルシスに没す

 彼女という人間を理解するために必要なことは何か。

 答えは簡単だ。正面からぶつかればいい。嘘を吐くことに慣れていない彼女は、正面から詰問されればうまくごまかし切ることができないのだ。

 それを美点とするかどうかは人による。

 とは言え、この状況でその美点を惜しげもなく発揮するのは避けてもらいたい事態ではある。


「せ、拙者らは、その、た、旅のだな、あー……芸人?」

 ――なぜ彼女を交渉人にした。誰だ彼女を交渉人にしたのは。

 ――そしてルーダ、そこで隠れもせずに頭を抱えるな、怪しまれまくっている。こっちだって頭を抱えたいのを必死に我慢しているのだから、そっちも少しは堪えろ。

 内なる言葉は当人たちに届くはずもなく、目深に被ったフードの下でシックは表情を歪めた。シック以上にフードを目深に被ったエリスの表情はうかがえないが、恐らくは似たような表情を浮かべているだろう確信はあった。

 人選ミスは否めない。

 が、4人の中で帝国領内に手配書が出回っていない可能性があるのはシュキハしかいない。こうすることは必然だった。口惜しいことに。

「シェイフ大森林に、あー、用が、そう用があるのだ。用が。通せ」

 動いた物体を反射的につかむ。エリスの手だった。どうやらシュキハの後ろ頭をはたき倒そうとしていた様子。気持ちはわかるが自重して欲しい。


「ここは軍部によって封鎖された一般人の立ち入りを禁止した区域だ。速やかに身分を証明するものを出してこの場から立ち去れ」


 案の定というかなんというか。

 にべもない門兵の言葉に、むぅとシュキハが唸った。なぜそこで唸る。

 やはり彼女にアドリブを求めてはいけないらしい。


 レゾムレート封鎖地区。

 帝国とシェイフ大森林を隔てる地区のひとつだ。軍事施設ではあるが、許可さえあれば中で滞在することもできるし通過してシェイフ大森林に入ることもできる。

 もっとも、その封鎖地区を通過しなくてもシェイフ大森林に入ることは可能だ。危険度はうなぎのぼりになるらしいが。

 結局エリスの主張に従いシェイフ大森林を帝国領から目指すルートを選んだのだが、シュキハが大根役者だと知っていたら強引にでもルート変更をしたというのに。重ね重ね悔やまれる。

 封鎖地区と言うだけあって、重厚な鉄門扉で閉ざされた施設内は外から窺うことはできない。門番である軍人用の詰所として設置された建物内ですらまるで窺い知ることはできなかった。


「む? 身分証明だな。あるぞ。これでどうだ」

 ハッと思い出したようにシュキハが懐から何かを取り出す。

 封書だった。

 黒い封筒に赤の封蝋がされた代物だ。印璽(いんじ)は二本の剣にツタが巻き付いたものだった。

「あれで本当に大丈夫なのか?」

 懐から取り出した封書を門兵に渡すシュキハを見ながらエリスに耳打ちする。限界までフードを引き下げ前すら見えない間抜けな状態になっているエリスは、それでもなぜか誇らしげに胸を張って頷いてみせた。

「大丈夫よ。あれ、一昨年くらいにヨーヒ兄様に頼んで書いてもらった許可証だもの」

「消費期限過ぎてないか?」

「そんなの下っ端にはわかんないわよ。いいから見てなさい」

 確認を取っただけなのに、なぜか不機嫌そうに返された。よっぽどあの封書の中身に自信があるらしい。

 確かに、軍の最高司令官が署名した書状は雑兵相手には覿面(てきめん)の効果を発揮するだろうが、帝国軍は一枚岩ではない。どれだけの威力を発揮してくれるのか、シックには半信半疑だった。


「ヨーヒ・クレリアス将軍から直々にシェイフ大森林の調査をせよと依頼を受けて参りました。この書状はここの通行許可証になります」

 ついに耐え切れなくなったルーダが横から口を挟む。封書を確認もせずに突き返そうとしていた門兵は、その後押しの声にピタリとその動きを止めた。

 最初の頃に比べてルーダもだいぶ処世術を身に付けたものである。あの頃の純真無垢さが懐かしい。

「し、しばらく待て。内容を検める」

 さすがヨーヒの名は伊達じゃなかったらしい。慌てたように封書を持って詰所に駆け込んでいく門兵を見送るエリスの誇らしげな態度が癇に障った。


 そうして門兵を待つこと10分弱。

 戻ってきた門兵は形の良い敬礼をすると、丁重に封書をシュキハに返した。

「失礼しました。お通りください」

 再び敬礼。門兵の背後で重厚な門扉がゆっくりと動いた。

 人ひとり通れるくらいにまで開いたのを確認すると、門兵の案内に従って4人は封鎖地区へと踏み込んだ。


「ふむ、なんとかなるものだな」

「シュキハ、あんた後で説教」

「なにゆえ!?」

 声を潜めながらも盛大に慌てふためくシュキハ。お遊戯会でももう少しうまくやれるだろうレベルの大根演技の何に満足したのかと呆れるエリスを、困ったような苦笑を浮かべながらルーダが宥める。

 そんな3人を遠巻きに眺めながら、横目でシックは封鎖地区内を観察した。

 汚れた石造りの建物が区画ごとにキレイに立ち並ぶ様は、粗暴ながらも抜け目なく策謀を巡らせる帝国そのものを表しているようである。無機質さが夏に近い陽気を凌ぐうすら寒さを演出していた。

 行商人のような人間はいない。視界に映るのは帝国軍の軍服に身を包んだ軍人ばかりだった。

 帝国領内で指名手配をされている人物が軍人の巣を通り過ぎる、なんとも間抜けな映像だろうと思えた。誰かに見咎められでもしたら一気に袋にされることは想像に難くない。


 剣帯に触れる。

「いい加減、君の顔を見るのは飽きてきたな。そろそろ畜舎に帰ったらどうだ?」

 立ち止まったエリスを背後に庇うように前に立つ。行先を遮る軍服を着こんだ豚は紡いだ軽口に醜く鼻を鳴らした。

 ルーダは左に、シュキハは右に、エリスを中央に配した陣形を素早く作る。

 視界の中から豚を外さないようにしながらシックは左右に視線を這わせた。

 敵陣のただなか、当然のように取り囲むのは帝国の軍人。いつかの監獄とは違い、統率のとれた動きに隙は見いだせなかった。

「くっくっく……子供騙しの策でこの俺が騙しとおせるとでも思ったか小僧ども」

 どこまでも不愉快な鳴き声で豚が人間様の言葉を汚い口から吐き出す。顔に張り付いた嘲笑が腹の底に黒い感情を湧き起こらせた。

 この豚は人を不愉快にさせる天才らしい。

 鼻の頭にしわが寄るのを我慢することはできなかった。


「ヨーヒは君の愚行を知っている。このまま続けるのは得策ではないと気付かないほど君は愚か者なのかい?」

「クレリアスの小僧の名を出せば怯むとでも思ったか? もはや黄昏も帝国も関係ない。貴様らを全員地獄へと叩き落としてくれる」

「なんだやけくそか」

 呆れたとばかりに肩をすくめる。豚の額に血管が浮き出るのを冷めた眼差しで見やった。

 激情はいつだって冷静な判断力を奪う。確実に豚を始末するためにはよりヒートアップしてくれたほうが都合が良い。

 山から逃げられたときには失っていた義足は既に新しいものに実装されていた。たかだか1日や2日で新しいものを用意できたとも思えないので、元々用意されていたスペアか。迷惑な用意周到さだ。やはりあのときにとどめを刺しておくべきだった。


 包囲を固める軍人たちが軍刀を構えるのに合わせて剣帯に手を添える。

 鼻先に、手が生えた。

 ぎょっと目を剥く。横から生えた手は白く細かった。


「私は今日ここに宣言に来た」


 手が。手の主が。

 凛としたエリスの声が場を支配した。

 軍刀やら魔銃やら各々の武器を構えて襲い掛かるタイミングを計っていた軍人たちが、迎撃しようと緊張を走らせてルーダが、機先を制するとばかりに踏み出そうとしていたシュキハが、頭に血を昇らせかけた豚大佐が、そしてシックが。

 声に呑まれた。

 それはある種の高い身分にある者のみが纏うことのできる空気、とでも表現すればいいのか。

 まっすぐに揺るぎなく、凛然と美しい。


「リドル、私はもう俯かない。前だけを見て進み続ける。私の見据える先にあんたはいない」

 演説者を気取るには内容に重みはなかったものの、それは彼女の精いっぱいの決意の表れだろう。

 どれだけ危険を示唆してルートの変更を訴えても頑なに拒み続けた理由。恐らくはこれが目的だ。雇用主としてもトレジャーハンターとしても愚かな選択ではあったが、バカらしいくらいに清々しく彼女らしい。

 シックの口元に微かな笑みが浮かんだ。

 強い女だ。初対面の時に感じた印象を再度噛み締める。

 それに、とエリスはなおも宣言を続けた。

「どうしても私を護りたいっていう酔狂な男がいるの。守られるだけの女になる気はないけど、男を立てるのもイイ女の条件でしょ?」

 湧きおこってくる感情をなんと呼んだらいいのだろうか。

 にやけそうになる顔を我慢するのは困難を極めた。


 剣帯から剣を引き抜く。小屋にあったものの中から失敬した剣なのでまだ手に馴染んでいないが、初陣を飾る舞台としてはこの上ないのではないかとすら思えた。

 己がためではなく他がために。剣士として、騎士として、男として、これほど名誉なことがあろうか。

「とうとう俺に惚れたか?」

 鼻で笑われた。相変わらず。

 それでもシックは満足げに笑った。

「ならあいつをカッコよく倒して俺の魅力を見せつけてやろう」

 返事は待たずにエリスを下がらせ、お預けを喰らわせていた豚を見据える。

 もはや討ち取ることはシックの中で決定事項だった。己が負ければ今度こそエリスは無事では済まないし、何よりもかけられた期待を裏切ることなどできるはずもなかった。


「リドル大佐。君との因縁も些か長すぎた。今日で終わりにしようか」

「ふん、地獄に送ってくれるわ、小僧」

 同時に地を蹴る。

 それが帝国とのラストバトルの幕開けとなった。


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