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27 - 埋葬された想い

 ややこしい事態は一度はまり込むと加速度的に悪化するらしい。もがけばもがくほどその身を泥沼の底へと引きずり込む。

 巨大な竜の相手は心許ないがルーダひとりに任せ、シックは悲鳴を上げて逃げ惑っているエリスの元へと駆けつけた。竜から守ることはもちろん、まだ仲間と認めていないシュキハと2人きりにするわけにはいかない。

 竜の狙いが自分から逸れたのに気づいて足を止めたエリスと合流することはそれほど難しいことではなかった。


「無事か?」

「え、ええ。この通り」

 引きつった笑みを見せるエリスの手を黙って握る。断りを入れなかった突然のシックの行動に驚いたように手を引っ込みかけたエリスの手を引いて歩き出すと、エリスも抵抗せずについてきてくれた。

「目的は黄昏の記述だったな? ならそれをさっさと見つけよう。あんなもの相手にしていられない」

「え? あ、そ、そうね。そうよね」


 エリスの傍にシュキハの姿がなかったことは意外だった。横目で竜の姿を捉えれば、巨大な体躯の竜の足元をちょろちょろと動き回っている姿が確認できた。エリスを連れて逃げ回るよりも竜の気を引こうと判断したのか、それとも何か他に作戦があってそうしたのか。

 洞窟内に響き渡る声量で悲鳴を上げながら逃げ回るルーダの勇姿は目に焼き付けておいてやろう。後でそれをネタに褒めてあげれば愉快な反応をしてくれるに違いない。


「慰霊碑はあそこにあるわ」

 シックに手を引かれながらエリスが指差した方角――眩いほどの光を放つ壁面のずっと上。ぽっかりと開いた縦穴に確かに慰霊碑らしきものが見えた。

 先ほど踏まれるのがどうこうというやり取りの際に、慰霊碑は高い位置にあるのだろうことは予想していたが、あれは少し高すぎる。肩車して届くような位置ではない。建物でたとえるならば3,4階ほどの高さだろうか。

 反射的に足を止めたシックから手を離したエリスが、不思議そうにシックの顔を覗きこんできた。


「どうしたの?」

「いや……君はあそこにどう登るつもりなんだ?」

「気合とか根性とか」

「冗談を言っていられる状況か?」

「ごめん」

 素直に謝るエリスという貴重な姿が見えたことをからかいたかったが、今は本当にそんな状況ではない。

 今は元気に逃げ回っているルーダだが、彼の体力を思えば長い時間放置しておくわけにはいかない。いざとなれば助けに入らなくてはならないだろう。シュキハはわからないが、彼女はやはり信用できない。


「一応ハシゴはあるのよ」

「その言い方をするということは何か問題が?」

 問いの答えは指をさされることで示された。

 視線を転じる。分かりにくかったが確かにハシゴはあった。シックが手を伸ばせばぎりぎり届きそうな位置に。

「なるほど、それで踏んでもいいかと聞いてきたわけか、君は」

「あ、でも私が先に上がるとあんたが下になるからイヤよ」


 思わず沈黙してしまった。不覚にも。

 そこまで変態だと思われていたのはいささかショックだ。


「だから私を背負ってのぼってよ」

 これを無茶ぶりと言わずになんと言う。ため息をつきそうになって、いや、と思いなおす。

 無言でエリスに背を向けてしゃがみこめば、肩に手が置かれると共に背中にエリスの体重が預けられた。しっかりつかまれと告げると、前に回された腕がぎゅっとシックを抱きしめる。普段は触れようと思って手を伸ばしても叩き落とされるのに、こんな簡単なことでこうも無防備に接触できるとは。これは非常に役得だ。

 使える。似たような戦法がこれからも使える。

 シックはグッと拳を固めた。


「早く」

 背中から急かすエリスに適当に返事を送る。後ろからではシックが妖しく笑んでいるのに気付けまい。

 腕を伸ばしてハシゴをつかむ。強度を確かめるように何度か引っ張って、それからシックは腕の力だけで体を上へと押し上げた。背中の重みを意識しながら休みなくハシゴをのぼる。今の状態をたっぷりと堪能したい気持ちはあるが、竜の気を引いてくれているルーダのことを思うとあまり時間はかけられない。

 名残惜しさを感じながらも、シックは素早くハシゴをのぼりきった。


「……あれが?」

 辿り着いた場所には確かに石碑があった。

 黒い材質の重厚な石碑だ。洞窟内の石ではない。恐らくどこからか運び入れた代物に違いない。表面に彫られた文字もその石碑の重厚さを引き立たせている感があった。


「記述文を記録したらすぐにとんずらね」

 シックの背から降りたエリスが慰霊碑にかじり付きながら言う。


 軽いとは言えエリスを背負ったまま強行軍をした体を壁面に預けて、シックは大きく息を吐いた。

 その場所から竜を見下ろす。逃げ回ることに飽きたのか、それとも覚悟を決めたのか、竜に向かって魔導を放ちまくっているルーダの姿はすぐに発見できた。へたれた部分は多いものの、経験を積めば相当成長するだろうと改めて思う。なんだかんだ言ってルーダは諦めから生み出される度胸がある。


「とんずらは大いに賛成だが、どこを通ってとんずらするつもりだ? 元来た道は崩れているように見える」

 言いながらエリスが腰元のポーチを探っているのに気付く。

 何を探しているのかとしばらく眺めた後、ふと懐に手を入れる。ティッケから受け取ったままエリスに返していなかった手帳のことを思いだした。

 返そうか否か迷う。

 その間にエリスは別の手帳を取り出していた。


「この下くらいに別の出口に続いてる道があるはず。どこに繋がってるか知らないけど」

 慰霊碑の側面に記述を見つけたらしいエリスの手元を覗き込む。相変わらず何が書いてあるかはわからなかった。

 丹念に手帳に記述を書き込むエリスをいちべつし、慰霊碑そのものに目を向ける。


「ていうか石竜ってヤマトを古来から守ってるっていう四竜のうちの一匹よね」

「そうなのか?」

 黙って記述文を書いていても退屈なのか、世間話のように話し出したエリスへと顔を向ける。渋面を作るエリスの顔が一度眼下で暴れる竜へと向けられた。倣うようにシックも竜に目を向ける。

「聞いた話だからホントかはわかんないけど、竜玉と呼ばれるもので制御できるそうよ。さっきの巫女さん?が呼び出して制御してるんじゃないかしら」

 十中八九アザトの仕業であることは疑いようがないが、改めて仕組みを聞くとややこしいことこの上なかった。

 これが俗に言う泥沼現象というやつか。などと悟ったようなことを思っても事態は一向に好転しない。


「竜玉は本来ヤマトから持ち出せないはずなんだけど……って、そもそもなんでヤマトにまで邪魔されるわけ?」

「日頃の行いのせいじゃないか?」

「どういう意味よ」

 アザトのことを説明しようか迷って、結局説明しないことにした。

 エリスが不吉の原因だ、と言っていたことを告げることにシック自身抵抗があった。それを口にしてしまえばアザトの言を信じたと認めてしまうような気がして。それはシックにとって負けを意味している。


「気になっていたんだが、なぜ君は記述のある場所を正確に知っている?」

 竜から目を離してエリスを見る。手帳に写し終わった記述と慰霊碑に刻まれた記述を見比べていたエリスが、軽く頭を傾けて小さく苦笑をした。

「鍵のおかげ、かな。ただ、第一暗黒時代の英雄たちに関係する場所に記述は現れてたみたいだから、だいたい見当はついてたんだけどね」

「ならここも英雄関係の場所と言うことか」

「そういうこと。えっと……エドゥ…?」

 確認作業の終わったエリスが立ち上がる。ポーチに手帳をしまいこみながら慰霊碑の前に移動すると、慰霊碑の一番上に書き込まれている名前を読み上げた。


 衝撃を受けたのは2人同時だった。


「エドゥだと? ヤマトの英雄と戦ったあの絶魔ルイン?」

 いまどき知らない者がいない名である。

 第一暗黒時代に人を最も苦しめた魔ルイン。最上位に位置する絶魔を関する最悪の魔である。単純な強さで言えば魔の王すら凌ぐとも聞く。

「う、うそ。え、じゃ、じゃあこれって魔の墓ってこと?」

「……そうなるな。誰が建てたのか……酔狂な」

「酔狂とかの問題? 魔にお墓を建てるとかの考えはないから人の手で建てられたってことよ? いったいどこのどいつが――」


「――それをおめぇが知る必要はねぇんだよ、災いの元凶」


 降ってきた殺意がエリスの肌に赤い線を走らせた。

 とっさの判断だったのか、その場から飛び退いたエリスの体が宙を舞う。天井から降ってきた何者かが手にした刀がエリスの太ももを浅く裂いた。

「おめぇがいなきゃ誰も不幸にならずに済む。生きたいなんて願うな。ここで死んどけ」

 中空に投げ出されたエリスの顔が泣きそうに歪んだ。そのまま落下していくエリスの体。

 事態の把握が遅れたシックは舌打ちして自身もその場から飛び出――そうとして、エリスの肌に傷をつけた刀に阻まれてそれも叶わなかった。


「やめとけ。あれは毒だ」

 刀を構えた物体が何か言う。

 堪えきれずにシックは声を上げて笑った。


「ほざけ」


 怒りで頭が沸いた。

 剣帯から引き抜いた剣が物体の構えた刀と激突する。金属同士の奏でる不協和音はただただ不快だった。

 脳がそこにいる物体を生物だと認識しない。刀を携えた物体としか認識できない。

 沸点を超えるということはこういうことなのだ、と初めてわかった。


「後悔してからじゃ遅ぇんだよ。ここで死なせてやることがあの女にとっても幸せなことだ」

「黙れ」

「罪も業も白夜の民が背負う。大陸の奴らはそれを知らずにただ平和を謳歌すればいい」

「黙れ!」

 鍔迫り合いはシックに軍配が上がった。沸き起こる怒りのぶつけどころを求めて追い討ちをかけるべく地を蹴る。

 刀を携えた物体が言葉を紡いだ。それが意味のある言葉だったかはわからない。

 肩口を狙って振り下ろした剣は体勢を低くすることで避けられた。血走った――自分では確認できないが恐らく血走っていると思う――眼が物体の姿を追いかける。石碑を蹴った物体の体はシックを無視して中空へと飛び出した。

 気づいたときには遅い。


「この大地の安寧は揺るがせない! その目でしかと見届けやがれ!」


 落下を始めたエリスへと追いついた物体が刀を振り上げる。

「エリスっ!!」

 我ながら情けない。叫ぶ声はほとんど悲鳴に近かった。

 もはや間に合わないと知りつつ中空へと躍り出る。腕を伸ばしても、物体が振り下ろす刀の速度のほうがエリスの体に到達するのは早いだろう。


 騎士団の先輩から聞いた。戦場に赴いた敬愛する兄は空中戦で負けて地に落とされ絶命したのだと。

 同じ事態がエリスの身に迫ろうとしているのに、伸ばす手が届かない。

 伸ばしても、伸ばしても、伸ばしても――いつもシックの手は大切なものに届かない。

 無慈悲に刃は振り下ろされる。ぎゅっとエリスが目を閉じた。


「諦めるな!」


 声が、轟く。

 がづっと鈍い音がそれに続いた。

 物体が振り下ろした刀が、何かに受け止められている。何か棒のようなもの。先を辿れば、シュキハがいた。槍を携えて。

「おめぇは――!」

「戯言無用!!」

 伸ばした手がエリスに触れる。ハッとしたように目を開けたエリスの体を、シックは引き寄せて腕に抱いた。

 落下しているときだというのにわかる。エリスの体の震え。強く抱き寄せることでその震えを抑えられたらいい、とシックは思った。


「シック!」

 下から聞こえてくるルーダの声に誘われるようにして下を見る。

 地面まではまだ距離があると思っていたが、地面はすぐそこにまで迫っていた。

 エリスを抱く腕に力を込め、体を捻ってエリスの体を上へと変える。それでエリスへの衝撃がどれほど無効にできるかわからないけれど。


 背中に衝撃――と呼ぶには柔らかい感触が襲う。音にするのならば、ぽふん。

 意味がわからずに体を硬直させるシックの耳に声が届いた。


「大丈夫け?」

 初めて聞く声。

 反射的に飛び起きることはエリスを抱えた状態ではできなかった。


「警戒せんでもだーいじょうぶ。今のとこ君たちにイタズラしようとは思ってないけ」

「……君は?」

「あたいはナル。賢者の卵ちゃんを預かった魔導師っしょ」

「ああ、ルーダが言っていたあの」

 エリスを抱えたまま体が下敷きにしているものに視線を落とす。ぶよぶよとした感触の黒い塊だった。よくわからない。

 声はその黒い塊が発しているものだった。ルーダから聞いた話では派手な格好をした若い女性と聞いていたのだが、まさかルーダの目にはこの黒い塊が年若い女性に見えたのだろうか。


「エリス! シック! 大丈夫――ってうわなにこの黒いの」

 駆け寄ってきたルーダを見上げる。シックが下に敷いているものを見て顔を歪めていた。

「あやー、薄情っしょ。このナルちゃんを忘れるなんて」

「へ? ナル?」

 黒い塊がシックの体の下でうごうごと蠢く。なんとも言い難い感触だ。

「影の中からこーっそり覗いてたらピンチそうだったけ、親切なあたいが助けてあげたっしょ。おせっかいだーね、あたいも」

「ストーカー?」

「似たようなもんっしょ」


 緩い会話を耳に入れながら、腕の中のエリスに声をかける。ここに至ってようやく地面に到達したことに気付いたらのか、ハッとしたようにエリスが閉じていた目を開けた。

 恐怖――時に妖しさとしたたかさを宿らせていた明るい碧眼に今宿っている感情。

 痛ましい。

 一度グッと抱き寄せる。エリスは抵抗しなかった。


「ルーダ、ここを離れるぞ」

「あ、う、うん、わかっ――」

 足下が揺れた。

 振り返る。

 五体満足の竜があぎとを開けていた。



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