26 - 古代守護竜
崖の横腹から到達した洞穴は、児童向けの絵本の中のそれを彷彿とさせるような典型的な場所だった。
どういう仕掛けになっているのかはさっぱり想像もできないが、なぜか僅かに発光している壁面のおかげで、入り口からの光が届かない奥へ進んでもまったくの暗闇に閉ざされるわけではない。とは言ってもその程度の光源で満足に歩けるわけではないので、エリスの能力で作った松明が奥へ進むルーダたちの頼りとなった。
洞窟というのはそういうものなのかルーダにはわからなかったが、洞窟の中はひんやりとして涼しいというよりも肌寒さを覚えさせた。上着のひとつくらいは欲しいところである。もっとも、一番露出の多いエリスが何も言わないのだからルーダから言い出せるはずもなかった。
「よくこんな場所を見つけ出せたな? お宝の地図か何かあったのか?」
「実家の地下倉庫に眠ってた古い文献にね」
前方を行くエリスとシックの会話の声が聞こえてくる。他にすることもないので聞き耳を立てることにした。
「君の実家の地下倉庫にはお宝がたくさん眠っていそうだな。少しくらいあやかりたいよ」
「ガラクタばっかよ? だから倉庫に放置されてるわけだし」
「君たちブルジョワ層にとっては価値がなくても、俺みたいな貧民には価値があるんだよ」
「それって嫌味?」
「どう捉えるかは君次第」
「なんか腹立つ」
特に実りのある会話ではなかった。
エリスがリドルに裏切られた場所がここだという話なので、シックなりに気持ちが落ち込まないように気を遣っているのかもしれない。好意的にシックの言動を捉えるとしたら。隙あらばエリスの肩に手を回そうとしている様子は傍から見れば下心しかないように見える。エリスもあしらい方に慣れが窺えた。
なんだかんだで相性がいいのだろう、などと口にしたらエリスに嫌われそうだからやめておこう。
「そうだ、ひとつ聞きたかったことがある」
「何よ」
「なぜ帝国と手を組んでここへ? 君一人でも到達できたんだろ?」
「ああ、黄昏の鍵がここにあったのよ。あとハニワが」
「はにわ?」
会話の繋がりを見失って思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。振り返ってきたエリスとシックの視線から逃れるように、思わず反射的にシュキハの後ろに隠れる。2人は特にルーダに声をかけてくることはなく再び前を向いた。
黄昏の鍵がこんな場所にあったという事実に驚きたかったのに、付随する情報のせいですべてのインパクトを持っていかれた感がある。
そんなルーダの微妙な気持ちになど気を遣うことなく、エリスが話を続けた。
「ハニワってのはヤマトの名産品よ」
「その認識は少し待ってくれ」
おざなりな説明をするエリスに待ったをかけたのはシュキハだった。
「確かにハニワはヤマトで作られていたものだが、現在ではほとんど作られていない。遺跡から出土されるものが主だ」
「ずいぶんと詳しいな。記憶がないのに」
「ヤマト人としての常識だからな」
今一瞬、シックとシュキハの間に火花が散ったような気がした。なぜかわからないが。
なんとなく感じ取っていたことだが、シックとシュキハはあまり相性が良くないらしい。シックはやたらと挑発めいたことを口にするし、シュキハもシックにだけは態度が固い。まるでけん制し合っているようで居心地が悪かった。
「それで、そのはにわがどうかしたの?」
流れを変えるつもりでエリスに話を戻す。
ルーダと同じくシックとシュキハの間の微妙な何かを感じ取っているらしいエリスも、不思議そうに瞬いてからさっさと話を戻してくれた。
「でっかいハニワが目的のものを守ってて近づけなかったの」
「は?」
「へ?」
予想の斜め上を行く話にルーダとシュキハが間抜けな声を上げた。シックだけは声を上げなかったが、顔は不可解そうな表情を作っている。
「強かったわ、あのハニワ」
それ以上の説明をしないまま感想だけを述べるエリス。
はにわというのがどういった形状をしたどんな物体なのかは知らないが、出土品というシュキハの言葉から推測するに何かを象った物体なのだろう。そして当然無生物のはずだ。仮に人形的なものと置き換えて想像すると、大きな人形と戦うというとてもシュールな映像しか脳裏に描けなかった。
人形と真剣に戦うリドル――想像するだけで間抜けだ。
同じような想像をしたのか、微妙な表情をしたシックが怪訝そうに話を続けた。
「宝の守護をしていた何かってことか?」
「そう、そんな感じ」
「倒したのか?」
「木っ端微塵に」
わかりやすく確認を取ってくれたシックのおかげで、脳裏に浮かんだシュールな映像はなんとか消えてくれた。はにわなるものを一度見てみたかったが、強かったと評されるはにわと戦うことがないのだからそれで良しとする。
「あれ?」
ふと疑問が浮かんで声を上げる。
特段興味を持ったわけでもなく、声に反応して振り返ってきたエリスとシックからなんとなく逃げるように後退りする。顔を見合わせたエリスとシックが足を止めるのに合わせてルーダとシュキハも足を止めた。
「なに?」
怪訝そうに眉根を寄せて、エリス。同じようにシックもシュキハも怪訝そうな顔をしている。
自分に注目が集まっているという慣れない状況に内心で焦りながらも、たいしたことではないと前置きをしてからルーダは慌てて口を開いた。
「えっと、どうしてまたここに来たのかなぁと思って」
「ああ、確かに言われてみればそうだな。目的のものは既に入手済みなのに来る必要があったのか?」
すぐに理解を示してくれたシックがルーダの疑問をわかりやすく言い替えてエリスにぶつけてくれた。
「用がなきゃ来ないわよ。こんなトラウマ満載な場所」
見るからに不機嫌そうに表情を歪めてエリスがそっぽを向く。
「以前来たときにはできなかったことなのか?」
「そんな時間がなかったの。鍵手に入れた途端リドルの馬鹿が裏切ったから」
「なるほど」
「奥にね、よくわかんないけど慰霊碑があるんだけど、そこに黄昏の記述があるのよ」
その説明で納得できたシックとルーダに置いていかれる形で、シュキハだけが理解の追いついていない険しい顔をしていた。
黄昏の記述についてわからなかったのだろうかと思い説明のための口を開こうとしたルーダよりも先に、シュキハ自身が疑問を口にしていた。
「慰霊碑?」
予想とは違うところに反応していた。
「そう、慰霊碑。誰のかは知らないけど、こんな辺鄙な場所によく建てたわよね」
相変わらず説明のようで説明になりきっていないエリスの説明。それでもシュキハは納得してしまったらしい。そのまま引き下がった。
「ヤマト関係者の墓なんじゃないか?」
慰霊碑の話はそこで終わるものと思っていたが、すかさずシックが口を挟んできた。
「何を根拠に?」
「竜洞という名、はにわという守護者――俺にはヤマト色が強いように感じる。君はどう思う?」
話を振られてシュキハの眉間にしわが寄った。
いったい2人の間に何があったのか知らないが、どうしてこう事あるごとに若干不穏な空気が流れるのだろうか。ルーダにはわからなかった。空気が悪くなるので一刻も早く和解してもらいたい、というのがルーダ個人の希望だ。
「……ヤマトは八百万信仰だが竜は神聖な存在として信仰もしている。ハニワもヤマト特有の焼き物だ。ヤマトがなんらかの関わりがある可能性はないとは言えない」
同意を示す――ニュアンスは少し違うが――シュキハに、満足そうにシックが微笑みかける。シュキハには顔を逸らされたが。
なんとなく助け舟を求める気持ちでエリスを見ると、お手上げとばかりに肩を竦められてしまった。
「誰のための慰霊碑かとかどうでもいいわよ。黄昏の記述さえ見られればね」
それ以上おかしな空気が流れないように、努めて明るい声を上げてエリスが話をぶった切る。そのまま歩みを再開させたエリスを追って、皆も歩き始めた。
慌ててルーダも後を追う。
洞窟の中は奥に進むにつれ肌寒さを強くしていっていた。今が冬の季節でなくて良かったとのん気に考える。
「ねぇ、それよりシック」
「なんだ? 俺に愛の告白か?」
伸びたエリスの手を身軽に避けるシックに向かってエリスが陰険な唸り声を上げた。
「じゃなくて。あんた私に踏まれたい?」
素っ頓狂な言葉に吹き出したのはルーダだけだった。
その反応が気に入らなかったのか、ちらりとうっとうしそうないちべつをくれるエリス。言われたシックは特にどうという反応を示していないのが、なんだか無性に悔しかった。結構な衝撃発言だったと思うのに。
「意味もなく踏まれるのはごめんだが、君を高い位置まで押し上げることくらいなら快く引き受けるよ」
「察しが良くて助かるわ。そうなの、高いところに行きたいのよ」
2人の会話を聞いているうちに、ルーダの顔が徐々に赤く染まっていったのに気づいた者は恐らくいまい。何か特殊なプレイを想像した自分が恥ずかしい。
と。
周囲の闇の濃さが急激に増した――いや、どうやら狭い横道を抜けて開けた場所に出たらしい。松明の明かりや発光する壁面程度では太刀打ちできない暗がりが彼ら一行を出迎えてくれた。
チリーン……――
聴覚が音を捉える。
ほぼ同時だったろうか。前触れもなく、突如として壁面がその光を失った。
喉元を圧迫するような闇が辺りをくまなく行き渡る。松明の明かりではそれを持つエリスぐらいしか照らしてはくれなかった。
『ここより先、おんしらを進ませるわけにはいかぬ』
圧倒的な闇が支配する空間に、ポッと鬼火のように光がともる。
身構える一行を出迎えるかのように、闇の中に佇む姿が何かの映像のように浮かび上がっていた。大陸ではついぞお目にかかれないような服装をした鈴を持った女性の姿。
シックと、そしてシュキハが息を呑むのが聞こえてきた。
『太古より負いしヤマトの使命、果たさせてもらう』
くぐもったような鈴の音は一回。
黒い絵の具で塗りつぶすようにして女性の姿は闇に溶け消えた。
不意に。
壁面が光を取り戻す。一斉に。眩く。目に痛いほどに。
思わず目をつぶって後退る。耳に届いたのは重みのある低い咆哮だった。
『ヤマトの古代守護竜が一、石竜。不吉の元を滅せよ』
声の主がいったい何を言っているのかはわからない。だけど本能的に察した。危険だ。
決心して目を開けようとしたルーダの体が何かに引っ張られた。思わず喉から飛び出そうになった悲鳴は、地面に引きずり倒されたことで外に解放される前につぶれて消えた。
「参ったな。ヤマトはこんなものまで持ち出してくるのか」
目を開けたルーダは、視界に入った“それ”を記憶ごと葬り去るようにもう一度目を閉じた。
が、そんなことをしたところで何がどう変わるわけでもないと気づくなり、勢いよく体を起こして近くにいたシックの背後に身を隠した。
そこにはいないはずの生き物がいた。
巨大な体躯。ごつごつとした鱗。頑強そうな顎にびっしりと生えた鋭い牙。太い尻尾――伝説上の生物として語られる恐竜がそこにいる。先ほどまでルーダらがいた場所の壁を噛み砕いた恐竜が。
もういっそ頭をぶつけて気絶していたい。
「エリス! 無事か?」
背中に隠させてもらっているシックが恐竜を超えた向こう側に声をかけている。どうやらあちら側にエリスがいるらしい。シュキハがこちら側にいないので恐らく彼女もあちら側だろう。
「無事よー! ていうか何これ!?」
悲鳴にも似たエリスの声がこちらに届く。その声に反応したのか、恐竜の顔があちらに向いた。
「ギャーーーーーーー!!!!」
可愛げのない悲鳴が聞こえたが同時、ルーダは隠れていたシックの背後から飛び出して両手を前に突き出した。
力強い呪文の声に応じて魔力が形を得る。発生させた雷撃は恐竜の左足に見事に命中した。
現実逃避な思考にとらわれても、護衛としての自覚は知らないうちにルーダの中で芽生えてきているのかもしれない。とっさのときにエリスを守るための行動が取れるのだから間違いない。
が、雷撃によって発生していた土煙が晴れたときに見えた恐竜の足には傷ひとつ残ってはいなかった。
カポンと顎を外す勢いで口を開ける。雷撃は恐竜を仕留めることができなかったが、恐竜の進行を妨げることには成功していたようで、振り返ってきた恐竜のぎょろりとした大きな目玉は雷撃を放ったルーダを獲物として捉えていることは疑いようがなかった。
恐竜が咆哮する。びりびりとした衝撃波でひっくり返りそうになった。
「そのまま引きつけておいてくれ」
駆け出したシックが薄情なことを言って遠ざかっていく。呼び止める声は間に合わなかった。
恐竜の体がルーダへと向けられる。
「で――……」
恐竜が一歩足を前に踏み出せば、ズン、と地面が揺れる。
ふ、とルーダは小さく笑みをこぼした。
「できるかーーーーーーーー!!!!!!!!」
脳裏に浮かんが単語は脱兎。
毛皮を脱いだウサギが飛び跳ねるシュールな映像を脳裏に流したまま、ルーダは全力でその場から逃走を開始した。




