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25 - 終わりと始まりの場所

 大陸には三大霊峰と呼ばれる山が存在する。

 今現在、ルーダがいるこのホロワ山脈がその三大霊峰のひとつだった。

 朝早くにルーンスポットを発ち、思い出したように襲ってくる魔を迎撃したり逃走したり、緩やかな坂道を登ったり下ったり、急こう配を登ったり、岩場を越えたり――とにかく過酷な道中に、既にルーダの体力気力その他もろもろ削られまくっていた。


「へぼいわね、あんた」

 昼前に取られた休憩中、ぐったりしているルーダを見て勝ち誇ったようにエリスが言った。

「君が言う資格はないと思うけど」

「うっさい」

 へたり込んでいるルーダに負けず劣らずぐったりしているエリスを、シックが苦笑交じりにからかう。トレジャーハンターとは言ってもやはり女性。体力的にはきつかったのだろう。同じ女性のシュキハは涼しい顔をしているけれど。

 大きく息を吐く。そうすることで少しでも疲れが取れればいいな、なんて都合の良い期待をして。


「エリス殿、ひとつ尋ねたいことがあるのだが良いか?」

「なに?」

 シックから受け取った水筒から水を飲もうとしていたエリスが顔を上げる。

「エリス殿はこの旅の先に何を求めているのだ?」

 きょとんとエリスが瞬く。ルーダも同じように頭の上にクエスチョンマークを飛ばした。

 黄昏を求める旅であることは説明したはずなのに、今さら何を知りたいというのだろうか。

 が、エリスはシュキハの問いの真意をくみ取ったらしい。事もなげに肩を竦めてみせた。


「そうねぇ……簡単に言えば私らしい生き方、かな」

「エリス殿らしい生き方?」

「そ。ルールとか家柄とかそういう煩わしい鳥かごから抜け出して、この広い大空を自分の翼で飛びたい」

 柔らかい微笑を浮かべて、エリス。

 不覚にもその微笑がきれいだと思ってしまった。春先の暖かな太陽のような、などと表現したらシックに笑われるかもしれないが。

「今は君らしい生き方をしていないのか?」

「してるわよ。…………たぶんね」

 あいまいな断言だった。


 パンッ――エリスが手を叩く。まるで今の空気を打ち消すように。

「じゃあこっちからも質問。ねぇシュキハ。あんたって恋人とかいないの?」

 ぶほぉ!!

 竹筒から水を飲んでいたシュキハが盛大に吹き出した。

 唐突と言えば唐突すぎる脈略のない問いはシュキハの頬を朱に染める程度の力を伴っていた。


「な、ななな!?」

 無駄にテンパっているシュキハを見て、真顔だったエリスの顔が次第ににやけてきた。

「やだ、シュキハかわいい!」

「かかかかわっ!?」

 ひっくり返った声を上げるシュキハ。普段の堅苦しさを感じさせる態度とのギャップを見れば、確かにエリスの言うとおりかわいいかもしれない。

「そうよね、シュキハもお年頃の女の子なんだから彼氏の一人や二人や三人や四人いるわよね」

「多いよ」

 条件反射でツッコミを入れたが無視された。

 顔の前で慌ただしく両手を振るシュキハに顔を近づけるエリスの目は獲物を見つけたいたずらっ子のように爛々と輝いていた。可哀想にとは思うが助け船を出してとばっちりを受けても嫌なのでルーダは傍観の姿勢を貫くことを決める。


「私も半年前までは彼氏がいない期間なんてなかったわ」

「へぇ、それは初耳だな。悪い大人に引っかかるほどだから経験は少ないと思っていたけど」

「たまに外れ引くこともあるわよ」

 無粋な横槍を入れるシックに平手をかまそうとしたエリスの腕を軽々とシックがつかまえた。ニヤニヤと笑うシックを悔しそうに睨むエリスも遊ばれていることにそろそろ気付くべきだと思うのだけれど。


 乱暴にシックの手を振り払ったエリスが咳払いをする。

 シックとじゃれている間に多少は気を取り直したらしいシュキハが身構えるのが見えた。

「シュキハは――」

「拙者に連れ添いはいない」

 先手でも打ったつもりなのか、エリスの言葉が言い終わらぬうちにシュキハが強い口調で言った。


 ぱちくりと目を瞬かせるエリスの手がふらふらと動く。伸びたエリスの手はそのままシュキハの左右の頬に添えられた。

 あ、と言う暇もない。

 エリスの手はシュキハの頬を引っ張って広げていた。

「もう少し女子トークを楽しませなさいよ」

 半眼で理不尽なことを言うエリス。頬を引っ張られながらシュキハが困惑したように表情を曇らせた。

「まぁまぁ。シュキハは昔の記憶がないんだからあんまり無理言っちゃダメだよ」

 仕方なく助け船を出すようにエリスをなだめると、渋々といった様子でエリスの手がシュキハから離れた。


 それに気付いたのは偶然だったのだろう。恐らく珍しく動物的な勘が働いたのだ。

 エリスは苛立っている。

 累積された疲労はもちろんのこと、リドル大佐に裏切られたこの山にいることはエリスにとって相当なストレスに違いない。もしルーダがトラウマを抱えた場所に足を運ばなければならない状況に陥ったら、ストレスから発狂していてもおかしくなかった。そもそもその場所に行く前にルーダは逃げ出しているだろうけれど。

 そして同時に、エリスはストレスを感じている自分を認めようとしていない。

 気丈な女性だ。いつまでも引きずっている自分が許せないのかもしれない。


「エリス」

「何よ」

「女子トークなら俺が付き合ってやろうか?」

「あんた女子じゃないでしょ」

 時折からかうようにシックが軽口を叩くのも、そんなエリスの気持ちを紛らわせるためなのかもしれない。不純な動機も8割ほど含まれているだろうが、シックはルーダなんかよりもよっぽど女心というものに理解がある。

 実際、シックの軽口に付き合っているときのエリスは自然体だった。


「だいたい、自分のことを拙者と呼ぶ女に男がいるはずがない」

「ぬ?」

「確かに拙者はちょっとねぇ……」

「エリス殿まで!?」

 仰け反るシュキハの表情は引きつっていた。

 2人の表情を見るに、単にからかって遊ばれているだけだと思う。真面目だからそのあたりには気付いていないのだろう。

 同情はすれど、普段からかい倒されているルーダからすれば標的がシュキハに移ったことは喜ぶべきことだった。だから助け舟は出さなかった。それで矛先がまた戻ってくるのも嫌だし。


「じゃあそろそろ出発する? ルーダはもう大丈夫?」

「あ、うん。大丈夫」


 今度は放置か、などと思いながら返事を送る。肩を落としているシュキハがちょっと可哀想だった。

 こうしていじる側といじられる側が別れるのだろうと思うと非常に切ない。

 仲間だよ、という意味を込めてシュキハを見る。怪訝な顔をされた。切ない。


「エリス、この山どこまで登るの?」

 気分を入れ替えるつもりで再び歩き出したエリスに問いかける。山を登り始めてずいぶん経つので、今さら感は拭えなかったけれど。

 旅の始まりからしてそうだったが、目的地が分からないのは言わないエリスではなく聞かない自分たちが悪いような気になってきた。こうなったら積極的に尋ねていくしかない。


「もう少し。それよりみんなに質問だけどさ、ロッククライミングの経験ある?」

「はいフラグ立ちました」

「は?」


 柳眉を寄せるエリスから顔を逸らしてため息を吐き出す。

 このタイミングでその話題を出すということは、もう確実にこの先それをやりますと言っているようなものだ。目的地に着く前からテンションだだすべりである。だいたいにしてルーダがロッククライミングなどという危険極まりない行為をやるはずがないことは、誰の目から見ても明らかだというのに。

 控えめに言っても死の宣告としか思えない。


「ろっくくらみんぐ?」

 諦めの境地に入ったルーダとは逆に、頭の上に大量のはてなマークを飛ばしている人もいた。シュキハだ。

 ヤマト人でしかも昔の記憶がないのならば、ロッククライミングそのものを知らなくても不思議ではない。横文字に弱そうな顔をしているし。

「ロッククライミング。ロープ一本で崖を上り下りするの」

「なるほど」

「あ、受け入れちゃうんだ」

 傭兵をやっているとかいうシュキハが派手に騒ぎ立てるところを見たかったわけではない。見たかったわけではないのに、淡白な反応を示すシュキハになんとも言えない理不尽な感情が芽生えた。

 一般常識を普通レベルで備えているのはルーダだけなのだと、そういうことなのだろう、きっと。


「ロープは?」

 思い出したように問うシックを見上げ――エリスの動きはそこで止まった。







「ラドって便利な人だね」

 なんとなく呟いたら睨まれた。大木にロープを結び付けているエリスの傍にいるシックがニヤニヤ笑っているのよりはよっぽど害のない呟きだと思ったのに。


 ロープの存在をすっかり忘れていたエリスがとった行動はラドと連絡をとることだった。一体どういう原理になっているのかわからないが、ポーチの中に入っていたベルを鳴らしたらラドが空間をめくって現れた。どこにいてもエリスのベルの音は聞き逃さないのだそうだ。

 そのラドにロープを調達してもらい、これからいざロッククライミング――それが今のルーダたちの状況だ。

「人であれば失敗は致し方ない。エリス殿が落ち込むことはない」

「はは、ありがと」

 まっすぐなシュキハの励ましにエリスが乾いた笑みを返す。こういうときは失敗を笑ってもらったほうが反応も返しやすい、というのがシュキハには理解できないのだろう。


「よし、完璧。はいみんな注目」

「初めから注目してるよ」

 また睨まれた。


「今からこのロープを命綱にしてそこの崖を下るわよ」

 無言で手を上げる。半眼を向けられたが指差してくれたので発言してもいいのだと判断。

「ロープで降りる必要あるの?」

「向かう場所が崖の中腹からしかいけないからよ」

「そこしか入り口がないのか?」

「あるけど山の反対側だからこの山越えなきゃいけないの。軽く死ねるわよ」

 世界三大霊峰の登山とロッククライミング。天秤にかけても同じくらい苦労するであろうことは確実である。トレジャーハンターのエリスが言うのならば、ロッククライミングのほうが多少はマシなのかもしれない。

 崖際に近づき崖下にロープを投げ入れるエリスに登山するという考えはないように見える。


「その下に何がある?」

「竜洞と呼ばれる不思議な場所よ。なんでそう呼ばれてるかは知らないけど」

「不思議な場所?」

「見ればわかるわ」

 シックの問いに答えながら、ロープの強度を確かめるエリス。ポーチから取り出した手袋をはめてはいるが、他に道具らしい道具を取り出す様子はない。まさかとは思うが、本当にロープ一本で崖を下る気なのだろうか。だとしたら正気の沙汰ではない。

 ロープを手に深呼吸をしていたエリスが崖に足をかける。


「みんな未経験でしょ? 私が手本を見せるから後からついてきて」

 ひらりと身を翻したエリスがロープ一本を頼りにして崖の下へと消えていく。無理だと言う隙はなかった。

 崖下を覗き込んでいたシックが振り返ってくる。

 ぶんぶんと思いっきり首を横に振ってみた。無駄に色気のある笑顔を返された。意図はわからない。

「お先に失礼するよ」

 言うなり、エリスと同じようにしてシックもロープを頼りに崖下へと消えて行ってしまった。

 シュキハを見る。促すように首を振るシュキハに覚悟を決めさせられた。


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