24_4 - さぐるぐるぐる
夜の帳が下り、2人分の規則正しい寝息が聞こえてきた頃合を見計らってシックは起きだした。
パチッと火が爆ぜる音を鳴らす焚き火の前に足音を殺して近づく。両膝を抱えるようにして座っていたシュキハのじろりとした眼差しにそれ以上の接近を拒絶された。
「見張り、交代するよ」
「結構だ。不寝番は慣れている」
「まぁそう言わず」
言いながら火の前に腰を下ろす。シュキハは特に何も言わなかった。
揺れる明かりを受けて影が揺らめく。
ルーンスポットでは魔に襲われないという話を信じるのならば、シュキハと2人きりで落ち着いて話せる機会は今を置いてないだろう。女相手というのがやりにくいことこの上なかったが。
会話を拒絶しているのか、口火を切るのを待っているのか、火を見つめてむっつりと黙り込んでいるシュキハが口を開く気配はない。
さて、と考える。
話しかけたはいいが特に会話内容は決めていなかった――いや、正確に言うならばそれは少し正しくない。どの切り口から攻め込めば真実を聞き出せるかわからないのだ。
火の爆ぜる音だけが夜の空間を埋める。
覚悟を決めるつもりでシックはようやく口を開いた。
「その堅苦しいしゃべりかたは地か?」
あさっての方向の会話の切り口はシュキハの顔に怪訝な表情を浮かばせる効果を発揮した。が、気を取り直して表情を戻すのは意外に早かった。
「そんなこと聞くために起きてきたのか?」
「エリスも気になっていたみたいだから一応聞いておこうと思ってね」
呆れを含んだ息を吐いて黙秘を決め込むシュキハ。認めないだろうが、まずは先制、といったところか。
くくっと喉の奥で笑う。
「なら単刀直入に聞こうか」
シュキハが身構える気配が伝わってくる。
一呼吸分の間を開けるつもりでシックは舌先で下唇を舐めた。
「世界崩壊の引き金になる可能性があるという理由だけで人を殺せるか?」
「……………………………………確証が得られるのならば」
だんまりを決め込まれなかったことは意外なことだった。
「グレーの段階では手を下さないと?」
「当然だ。いわれなき罪で存在を否定するなど外道のすること。拙者は外道に堕ちる気はない」
目を逸らさずに言い切るシュキハの言葉にうそはないように思えた。完全ではないにしろ多少の安心材料になる。
「ならもうひとつ確認させてもらうが……彼女を狙ってヤマトの人間が現れたら、君はどちらの味方になる?」
瞳が揺れたように見えたのはその問いにシュキハが動揺したからか、それとも揺らめく炎を映し出したからか。確認する術は本人に聞く以外にない。
炎を挟んで見つめ合う目が逸らされることはなかった。
「拙者はエリス殿に雇われたエリス殿の護衛だ。同郷の者が相手だからと主君を裏切るつもりはない」
「知り合い相手でも武器を振るえるんだな?」
「当然だ」
強い眼差しだった。
これでうそをついているのだとしたら、シュキハという女は相当な食わせ者だ。並み居る女性を口説いてきた経験を持つシックだからこそ余計にそう思えた。
彼女の言葉を馬鹿正直にすべて信じる気はさらさらないが、それでも言質を取れたことだけでも良しとすることにする。今回は、だが。
「お前は?」
「うん?」
とりあえずの用件が済んだので寝に戻ろうと腰を浮かせかけたシックの耳にシュキハの声が届く。まさかシュキハのほうから声をかけてくるとは思っていなかったので、とっさにシュキハの言葉を理解することができなかった。
「ジスターデの国がエリス殿を殺せと命じてきたら、お前は従うか?」
不意を突かれた気分で二の句を失った。それは予想外の問いだ。
確かにシュキハの立場を自分に当てはめるとしたらそうなるのは自然だ。自分がジスターデ国の騎士だと話した覚えがないのになぜ知っているのかは疑問だったが。ずっとそばにいたエリスの口からその手の話題は出なかったのでルーダが漏らしたのだろうか。
自他ともに認める不良騎士ではあるが、騎士団に所属している以上は国の命令には逆らえない。騎士という地位を捨ててまでエリスのために尽くせるか、と問われれば――
「逆らうね」
口元に笑みを浮かべる。
国と女を天秤にかけて国を選ぶなどシックではない。
「俺は決めたんだ。あの子を護るって。その誓いを自分の手で破る気はない」
たとえエリスが兄の死を招いた遠い原因だとしても。
悲しみ苦しんでいる彼女のことを知ってしまった。恨む気持ちは完全にないわけではないが、彼女を護りたいという気持ちのほうが勝っていた。
ロウアーニにも約束した。アザトにも啖呵を切った。
今さら撤回などするつもりはない。
「ひとつ宣言させてもらう」
立ち上がり、シュキハを見下ろす。
「小さな傷だったとしても、もし君がエリスに危害を加えたら俺は君を殺す。どんな崇高な理由があったとしても容赦はしない」
それは警告。
言いたいことだけを宣言して踵を返したシックの背にシュキハの声が追いかけてきた。
「なぜそこまで彼女に尽くす? 古くからの知り合いではないのだろう?」
肩越しに振り返る。中腰を浮かせたシュキハの目には困惑の色があった。
くくっとまた喉の奥で笑う。
「君も無粋なことを聞くんだな」
パチンッ
炎が爆ぜた。
ここで一区切り。
またちともぐります。




