24_2 - 水と油
壁に背を預ける。改めて体を休めると、自分がどれだけ疲労を溜めていたのかがわかる。
意識してゆっくりと息を吐き出していると、ためらいがちにエリスが隣に座った。珍しいこともあるものだとその横顔を盗み見る。俯いていて表情はうかがえなかった。
髪をかきあげようとして、途中でやめる。手の惨状を思いだしたからだ。
近くにあのヤマトの妙な女シュキハの姿はない。この近くにルーンスポットがあるはずだというエリスのふわっとした情報をもとに探しに行ってもらっている。ヤマト出身というだけで疑わしいのに、記憶喪失などという苦しい言い訳をする怪しさ満載の女だ、できるだけエリスの傍にはいてほしくなかった。
後頭部を岩肌に押し付ける。ごつごつとした感触が妙に気持ち良かった。
そのまま目を閉じる。
エリスは自分が守る。そう決めた。
何度も何度も言い聞かせるようにそれを繰り返す。
黄昏に到達するために必要だから守るのだ、と思っていたときが懐かしくすら思える。
「――……ごめん」
空気の振動を聴覚が捕捉した。それがエリスの声だと認識するのに時間がかかったのは、話しかけられるとは思っていなかったせいだろう。
閉じていた目を開ける。隣を見てもエリスはうつむいた姿勢のままだった。
空耳か? そう思うシックの耳にまた声が届いた。
「治療院、行ったほうがいいんじゃない?」
「君を置いてか? それは笑えない冗談だ」
エリスが顔を上げる。目が合うとすぐに逸らされた。
やはり気にしているらしい。
無理もないとは思う。思うのだが。
「護衛が手傷を負うのは起こり得ることだ。いちいち気にしていたら身がもたないぞ」
「でもその傷は――!」
続くはずだった口上は人差し指をエリスの口元に当てることで止めた。
こんなつまらない怪我のことで責任など感じてほしくない。それこそやりたくてやったことなのだから。
早々に話の矛先を変えるために思考を巡らせる。話の種はすぐにいくつも思い浮かんだ。
舌先で唇を濡らす。
話の種のうちのひとつ、それを使うのにはまだ抵抗があった。それでも、と思う。それを話すことで己の気持ちを再確認できる。
シックはゆっくりと息を吐いた。
「エリス、俺の話を聞いてくれるか」
言いながら山々の稜線をなぞるように視線を移動させる。腐敗の道をひた走る帝国領内であっても、自然の見せる風景は美しかった。
隣から戸惑いの気配を感じる。シックは薄く苦笑して、了解の返事を得ぬまま口火を切った。
「俺は田舎の農家出身でね、上に3人も兄がいるからってんで家を飛び出して騎士になった」
目を閉じれば思い出すのは、いつだって稲穂の実る夕暮れのあぜ道だった。
「一番歳の近い兄がそんな俺に付き合って一緒に騎士になった。争いごとは好まないくせに騎士としては俺よりも優秀だったよ」
「………………だった?」
「戦争でね」
引きつった呼吸音が聞こえた。
いつどの戦争でとは口にしていないのに、悟ってしまったのだろう。シックも否定はしなかった。
「魔との戦争の引き金となった君を憎んでいないと言えばウソになる。君さえいなければと思わなくもない」
利き手である右手を見下ろす。
「同時に、この身を賭しても君を守りたいとも思っている。剣が握れなくなる恐れさえあったのに、君を守るためだと思ったらためらいなんてなかった」
「……なんで?」
「さあ。感情は理屈ではないからな」
下腹にグッと力を入れて腹筋の力だけで立ち上がる。
ティッケを送り届けるために下山していたルーダが戻ってくる姿が見えた。振り返ってエリスに手を差し出す。
「俺に対して引け目を感じているのなら、後でこの手の手当てをしてくれるい?」
見上げてくるエリスに微笑みかける。
戸惑いを浮かべたままではあったが、ルーダと合流するまでにシックの手を取ってうなずいてくれた。




