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17 - 存在してはいけない存在

更新再開

「はぁ」

 一夜明けた翌朝、フェアではないからという理由で昨晩の出来事と戦争の真実をルーダにも説明した。それに対する反応がそれだ。

 ルーダの性格上、口汚く罵ったり突然暴力に訴えたりするようなことはないだろうとシックも思っていたが、まさかそこまで薄い反応をされるとは思っていなかった。ルーダのことだから目を白黒させるほどに驚くとばかり思っていただけに、その気の抜けたような反応には拍子抜けさせられた。


 いわく。

 平和な首都で暮らしていたせいで戦争に対してあまり実感を持っていない。だから戦争の原因がエリスだと告げられても『そうなんだ』程度しか思えない。

 バーリハーと契約を結んでいたのは驚いたが、樹林ですぐに引いていってくれた理由とタイミング良く監獄に魔が押し寄せてきた理由だと思えば納得ができる。

 ――なのだそうだ。


 エリスと共に微妙な気持ちになりつつも、一行は小屋を出発した。

 国境の村から当初行く予定だったホロワ山脈のふもとの街への道程には地下坑道を使用した。なぜかよくわからないが、小屋の裏庭の畑に地下坑道に通じる隠し扉があった。エリスが言うには、彼女のトレジャーハンターの師が掘り起こしたのだそうだ。

 帝国の地下には秘密の通路があるという眉唾物のうわさがあることは知っていたが、まさか本当にそれがあるとは。

 街の郊外に繋がっていた地下坑道から抜けると、エリスは用事があるからとさっさとどこかへ行ってしまった。フードを目深に被っただけで特に大きな変装をしていないエリスをひとりで行動させることについては不安だったが、返事をする暇も与えずにさっさと行ってしまったエリスを追いかけてもこの街の地理に詳しくないシックでは追い付けないだろう。

 どうしたものかと思案している間にいつの間にかルーダもいなくなってしまっていて、シックは肩をすくめてため息を吐き出した。


「まったく、勝手な連中だ」

 ひとりごちるシックの耳に、細かく空気を振動させる音が届く。

 緩んだ空気をピンと伸ばすような、そんな音だ。


 音の発信源を探して首を巡らせたシックは、帝国内ではまずもってお目にかかれないような服装に身を包んだ女を見つけてその動きを止めた。

 なんと言っただろうか。

 大陸の東端に寄り添うように浮かぶ小さな島国ヤマトの民族衣装だ。笠と呼ばれる独特の帽子を目深に被っていて顔はよく見えないが、唇に薄く乗せられた紅は上品で好感が持てる。

 旅の途中では適当に遊ぶこともできないが、話し相手くらいにはいいかもしれない。


 口元を軽薄に緩ませ歩きだしたところで、再度涼やかに空気を微振動させる音が響いた。

「……キレイな鈴の音だな」

 女が手に持つ小さな鈴が甲高い音を響かせる。その音が鳴りやむのを待ってから女の顔がシックに向いた。

 エリスよりもやや背の低い女の顔は笠のせいで見えない。少し見上げるように女の首が動いたが、顔の全貌が明らかになる前に首の位置は元に戻ってしまった。


「おんしの背後に不吉が見えるぞや」

 緩やかに動いた女の唇はそんな言葉を紡いだ。

 唐突な言葉に反応できずにいるうちに、女の手の中の鈴が三度音を響かせた。

「暗く(よど)んだ怨念にも似た陰鬱な影だ」

 脳裏によぎったのは旅の連れであるエリスの顔だった。

 しかしそれを自ら否定するようにかぶりを振る。


「突飛なことを言うお嬢さんだ。俺は今、君に出会えた喜びで胸がいっぱいだと言うのに」

「その道は進まぬほうが良い。今引き返せば最悪は防げるやも。希望はあらぬぞ」

 微笑みながら軽口を叩くシックを無視して、なおも女は続ける。

 これが旅に出る前だったならば斬新なナンパ回避法だと思ったかもしれないが、今のシックには楽観的にそう思うことはできなかった。


「わしはアザト。古き言の葉を口伝せし国に仕える者」

 聴衆の反応を意に介さない演説者のように、脈絡もなく女の自己紹介が始まる。

 どこか古めかしさを感じさせる口調がシックの理解力を鈍らせていたが、とりあえず女の名前がアザトだということだけはわかった。


「天を曇らせる不吉の原因を探りに参った。おんしはその原因のそば近くに侍っておろう」

「さぁ? 雨男なら知り合いにいるが今は一緒にいないな」

 とぼけた返しをするシックに何を思ったのか――普通に考えれば呆れただけなのだろうが――アザトと名乗った女はそれで押し黙った。


 さて、と考える。

 正直に白状すれば、シックは今手詰まりの状態だった。

 昨夜の一件でいろいろと知ってしまったはずなのに、わからないことのほうが多すぎて何もわからないのと状態としては同じだ。そして真実を知っているエリスに突っ込んで尋ねようにも、彼女には最強とも言える護衛がどこからか目を光らせ耳を澄ましている。

 厄介なことに今のシックには真実を得るための手段がない。

 回りくどい言い回しでもって何事か言ってくるこのヤマトの女との出会いは果たして幸運な出会いになるかどうか。


「君はヤマトの占い師か何かか? 古き言の葉というのには黄昏の記述も含まれるのか?」

 カシャン、と音がして足元に視線を落とす。

 澄んだ音を発していた小さな鈴がしどけなく地面に転がっていた。

 女の手元を見るとそこに先ほどまであった鈴はない。地面に転がっている鈴が女の取り落としたものであろうことは間違いなかった。


「災い訪れり。ハスノミヤ様の予言は真であったか」


 どこか呆然とした口調でつぶやかれる女の言葉。

 シックの眉間にしわが寄った。

「災い? なんのことだ?」

「絶望がある。おんしも他の者も打ち震える絶望だ」

 思い出すのは事あるごとにエリスから告げられた忠告――黄昏に近づくと不幸になる。

 笑い飛ばしたい気持ちではあったが、そんな気分には不思議となれなかった。


「君は何か知っているのか?」

「…………わしは語り部にあらず。わしは不吉の原因を排除するためにある。不吉なる影を破壊する」

 目深に被られている笠の下から強い視線を感じた。

「おんしが侍っておる不吉の持ち主はどこにいる」

「君の言う不吉がどうして俺の連れだと? その証拠は?」

「ハスノミヤ様はおっしゃった。この地で不吉の影は枷より解き放たれる。暗く(よど)んだ怨念が天を曇らせる」

「そのハスノミヤというのは?」

「ハスノミヤ様は先見の力を持つヤマトの至宝。そしてハスノミヤ様は見届ける者」

 女が受け答えに詰まることはなかった。


 エリスと黄昏という謎を含むピースに、新たにヤマトのピースが加わる。

 状況はよりややこしくなったとしか思えなかった。

 やけくそ気味に目の前の女が口のうまい詐欺師であれと願う。


「仮に俺の連れが君の言う不吉だとしよう。その場合、君はあの子をどうするつもりだ?」

「排除する」

 断言する女に迷いの影は見られなかった。本気で言っているのだろう。

 間を開くように嘆息して首を振る。


「それは随分と乱暴な考えだ」

「未来に待ち構える最悪を防ぐために残酷にならねばならぬときもある。偽善に囚われ不吉を呼び込むことこそ真なる残酷」

「人ひとりの命を奪う行為だぞ? それは最終手段であるべきだ。なぜ他の方法を考えない?」

「甘さは人を救わぬ。100生かすために1を犠牲にする。それがヤマトの決定だ」


 その言い分がシックにも理解できないわけではない。

 大きな戦争の経験がなかったとしてもシックも騎士だ。国のために他国の人間を斬ることもある。今は表面的に友好関係を結んでいても隣国である帝国は隙あらば領土拡大を目論み国境を侵すことを辞さない。小競り合いの中でシックが斬った軍人だっているのだ。

 昨夜、魔との戦争の真実をエリスから聞いたときに思った。エリスがもっと心根の腐った女だったならば思い悩むことなく復讐のために斬り殺せていただろうと。


「わしも……ヤマトも命の重さは理解している。その上での決定だ。最悪を防ぐための最善がそれなのだ」

 言い返さないシックを見てどう思ったのか、ごり押しをするように女が言う。

 くくっとシックは喉の奥で笑みを漏らした。


「大のために小を犠牲にする。その考えを理解できないわけじゃない。でも俺はあの子を守ると約束したばかりでね。君たちヤマトがあの子を不吉と思い命を狙うのならば俺はそれを阻むよ」

「おんし………………それでもわしらは決定には逆らわぬ。これが正しいと後におんしもわかろうもの。立ちはだかるならば排除する」

「俺は俺が正しいと思った行動を取るまでだ」

 怯まず断言するシックに、そこで初めて女は押し切られる形で押し黙った。

 形の良い唇が反論を生み出そうと動くも、飲み込むようにスッと引き結ばれた後に小さく開いた。


「なにが正しいか、何が間違っているか、それはすべてが終わってからでなければわからぬもの。おんしが障害となるならわしも全力を尽くそう。わしはヤマトの使者アザト。不吉の源を断ち切る者。よく覚えておけ」

 女の――アザトの右手が動く。

「再びまみえるときは戦であろう」


 アザトがそう口にした直後、足元からもわっと煙が立ち上った。

 とっさに後方に跳び退る。

 一瞬にして膨れ上がった煙はアザトの姿を瞬く間に隠し、そして煙が晴れたときには手品のようにアザトの姿を消していた。地面に転がっていたはずの鈴と共に。


「まるで忍者だな」

 言って嘆息する。


 真実を求めての行動だったはずなのに、手元に残ったのは真実などではなく新たな厄介事と謎だけ。

 黄昏とはかくも厄介な代物なのか。

 シックは再度嘆息した。


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