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13 - カワイイ人

 魔導を動力源として作動するホバーという乗り物は大変に便利である。

 詳しい仕組みはわからないが、少ない魔力を操縦桿を通して注ぐだけで魔力炉が起動し、機体を数センチほど浮かせて動く。小回りは利かないものの、大人数を一度に輸送することに関しては他の乗り物の追随を許さない。しかも馬と違って世話をする必要がないため日々の手間が省ける。

 しかも何がスゴイって、パネルを操作して目的地を設定すれば操縦する必要もなく、目的地までオートで進んでくれるのだ。揺れも少なく乗り心地は快適、屋根さえ取り付ければこれだけで大陸横断旅行も実現できそうだった。


「メンテナンスが必要だから言うほど楽じゃないわよ? 事故起こしたら魔力炉が爆発したなんて聞いたことあるし」


 冷ややかなエリスの声はこの際無視することにした。

 こんなにも便利な乗り物なのに、帝国にしか普及していないというのだから驚きだ。多少値が張っても欲しがる人間は世界にいるはずだ。


「帝国が製造技術を独占してるのよ」


 いちいち口を挟んでくるエリスを見る。

 オート操縦にしたホバーの中、船をこいでいたラドに膝枕をしている姿をシックはじと目以外で見ることができそうになかった。


 理不尽だ。不公平だ。

 なぜエリスはシックのような色男をぞんざいに扱って、ラドやルーダのような頼りない男に優しくするのか――先ほどそれを正面からぶつけたら、返答もなくただ鼻で笑われた。もはや完全に元のエリスである。

 弱っている女性を口説き落とすというイージーモードが一転、またしてもベリーハードモードに逆戻り。確かに多少は立ち直ってもらおうと軽口は叩いたが、何もそこまで戻らなくてもいいではないか。もったいない。計画を返せと言いたい。


 そもそも今のそれぞれの位置がおかしい。

 狭くはないが広くもないホバーの上、エリスと彼女の膝枕で寝るラドはともかくとして、なぜルーダまでエリスの横に当然のように座っている。対面にシックしかいないのはバランス的に見てもよろしくない。まるでシック対他3人で対立しているような錯覚を抱きかねない。


「だってシックと同類に見られるのヤだし」


 蹴ったらエリスに叱られた。なぜエリスが怒る。味方はいないのか。

 が、シックはあくまでもシックである。ここで扱いの不平等さに対して声を上げて訴えたりはしない。口元を歪めるシックに、のんびりとラドの頭を撫でていたエリスの動きが止まった。あからさまに身構えた気配が伝わってくる。

 そこまで警戒されるとそれはそれで軽くショックなわけだが、そんなことはおくびにも出さない。


「ラドは本当にただの使用人だったのか?」

「は? そうだけど?」

 不審がるエリスに顔を近づける。反射的にエリスが顎を引いたのであまり近づきすぎないように。

「ただの使用人に膝枕をするのか、君は? もしかしてただならぬ関係だったんじゃないか?」


 きょとんとした表情を見せたエリスが、最近は見慣れてきた感のある半眼になるのにそう時間はかからなかった。


「下世話な妄想」

「嫉妬と言ってくれ」

 エリスがため息を吐いた。隣のルーダにいたっては代わり映えのしない砂漠にぼんやりと目をやっている始末。矛先を向けられないからと言ってシックの話に興味を持たなさすぎではないか、ルーダは。これは後からいろいろしてやる必要がありそうだ。いろいろと。


「そうだ、ルーダ」

「え?」


 さっそくいろいろのうちのなにかを仕掛けつもりはないが、会話にまったく参加しないという態度は気に入らないので強制参加させることにした。

「君は鞭が使えるのか?」

 あからさまにルーダの表情がこわばった。

 なるほど、聞いて欲しくなかったことかと悟ったところで問いを撤回するつもりはない。


 目を泳がせるルーダ。隣のエリスは興味を持ったようだった。

 あう、と呻いてルーダがこくんと首肯した。


「ジスターデの首都に流れ着くまでいろいろあったから護身用にね。魔導以外の防衛手段を持ってたかったんだ」

「なんで鞭?」

「剣や槍は目立つし重いし、弓は練習するの嫌だったし、で消去法で鞭が残った」


 そこに行きつく思考力がさすがルーダと言うべきか。シックでは行き当たらない選択だった。

 どの道、あの場では役に立ったのだからシックが文句を言う筋合いはない。


「ラドは何か武器が扱えるのか?」

 矛先を変える。エリスは即座に首を横に振ってみせた。

「使えるわけないじゃない。私の家出に付き合ってるだけのただの庭師だもの」

「へぇ、庭師なのか」

「腕はいいのよ。最近は品種改良にも手を出してるみたい」

「花のか?」

「ええ、青いバラを作りたいんだって」


 言うエリスはどこか淋しそうにも見えた。

 疑問には思ったものの、一度に踏み込み過ぎてもよくない。引き際も大事である。


「バラか……君に1000本のバラを送ったらデートしてくるかい?」

 答えは鼻で笑うことだった。


「――聞きたいことあるんでしょ?」


 軽口を叩き続けるシックに焦れたのか、エリス。

 シックが意図的に帝国との関係や、監獄での出来事を話題に出さないことには恐らく気付いていたのだろう。

 話すための心の準備はできた、ということか。


 小さく息を吐いてシックはホバーの進む先に目をやった。

 終端の見えない砂漠はどこまでも広がっているように見える。覚めない悪夢に似ていた。

 ただ待つ。問いは発しない。話したいことだけを話す、そのスタイルのままでいてくれればいいと思った。国境の村にいるときまではどうやったらすべてを白状させられるか考えていたというのに。


「……大佐とは半年ほど前に出会ったの」

 耳元を通り過ぎる風に混じってエリスの声が届く。うつむきながらしゃべっているせいか、よく耳を澄ませなければ下手すれば聞き逃しそうな声量だった。

 のだが。


「一目ぼれでした」


「へ?」

「ほぉ~」

 斜め上な話の展開にルーダがまぬけな声を上げ、シックはひどく興味深そうに腕を組む。

 2人の視線から逃げるために明後日の方向を見るエリス。表情はとても複雑そうだった。


「黄昏の手がかり見つけて、でも危険な場所だったからどうしようって悩んでるときに会ってさ、粗野だけど男臭いとこがちょっとカッコいいなって」

「うわ」

「言いたいことはわかるわよ? 私も今にして思えばあんな最低男に惚れるなんてどうかしてると思うわ。戻れるもんならあの頃の私をぶん殴ってやりたいわよ」


 趣味が悪い、とはさすがに言うのをやめた。


「あの頃はまだ白馬に乗った王子様ってのを信じてたのよ」

 ぼそぼそとしていて聞き取りにくくはあったが、聞き取れなかったわけでもなかった。恥じるように苦い表情を浮かべているので、聞き間違いでもないらしい。

 ぷっと思わず吹き出してしまった。


「あ! わ、笑ったわね! 昔はだからね! 昔は!!」

 過敏に反応したエリスが声を大にして言い訳を連ねる。その様がまたおかしくて、シックは声を上げて笑った。

 ほのかに頬を紅潮させているのと、腫れぼったくなっている目もとのせいで、エリスが年齢よりも――実際何歳かは知らないが――幼く見えた。


「昔と言っても半年前なんだろ? たいして変わっていない」

「そっ――! ……そんなことないわよ。変ったわよ、いろいろ」

 またしてもぼそぼそと言うエリスにシックは笑った。


 いつもつんけんしている態度か、曖昧にごまかすような態度しか取らないエリスがそんな風に普通の娘みたいな反応をするのが新鮮で面白かった。

 ニヤニヤと笑いながらエリスの頭を撫でる。いつもなら弾き飛ばされるはずなのに、拗ねた表情を見せているエリスは無抵抗にぐりぐりと撫でられたままだった。


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