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11_2 - 黒い闇

 規則正しく刻む鼓動の音を聞きながら、ルーダは目の前に立つリドルを見据えた。

 恰幅の良い大柄なリドルはただ立っているだけでも威圧感がある。抜き身の軍刀まで下げているのだ、威圧感はさらに増していた。委縮してもおかしくはなかったが、リドルの放ったエリスへの暴言がルーダの中の冷静さを失わせていた。


 二度と持つまいと思っていた鞭を持つ手に力がこもる。

 血豆を潰して鞭を振り回していたのはそれほど昔の話でもない。意識的に忘れようと思っていたことだが、体は鞭の扱い方をまだ覚えていた。


「五体無事に脱出できると本気で思ってるのか?」

 嘲りの響きを失わないままにリドルが口を開く。

 室内を照らす唯一の光源であるろうそくの火が揺れた。

 半ば本能的に体を捻る。目の前にいたはずのリドルの姿が消えていた。


「――っ!」

 背後から浴びる濃い殺意。

 何年振りだろうか。ここまで明確な殺意を向けられるのは。


「サンダーバイン!」

 足元から地を這うように電流が迸る。


 すぐ背後にまで迫っていた殺意が遠ざかるのを感じながら、ルーダは前方に駆け出した。壁に辿りつくと同時に振り返って背中を壁に預ける。

 反射的な行動だったが、どうやら功を奏したらしい。


 リドルは独房の入口に立っていた。先ほどまでルーダが立っていた場所だ。

 先ほどは瞬きするのも自制してリドルを見ていたはずなのに、視界の中心からリドルは姿を消していた。おまけに再び姿を現したのはルーダの背後、ルーダを押しのけなければ行けないはずの独房の外だ。

 目にも止まらぬ速さで飛び出してきた、だけでは説明できない。

 ろうそくが揺れるときに魔力を感じた。恐らくは魔導の力を利用しているのだろう。その正体はわからないが、それだけは確信して言える。


 手首を返す。

 しなる鞭が鋭い音を立てた。


「……もうこれ以上、帝国には奪わせない」

 不可解そうにリドルの顔が歪む。理解を求めての発言ではなかったはずなのに、その反応は気に入らなかった。

「ふん、つまらん。結局は綺麗な理由を付けただけの私怨か?」

 言葉通り、心底からつまらなそうにリドルが唾棄する。

 冷静であろうとするルーダの努力をまるで嘲笑するようだ。鞭を持つ手にも自然と力がこもってしまうのをルーダは自制できなかった。


「視界も心も闇に囚われてしまえば抜けだすことなどできはせん。一生、な」

 再びろうそくの火が揺れ、同時にリドルの姿が消える。

 魔力を感じた。やはり魔導によるなんらかの力を用いているのは確からしい。

 目で魔力の流れを追おうと思ったが、そこまで器用なことがルーダにできるはずもない。魔導学校に通っていたのならばまだしも、ほぼ独学と変わらないルーダにはそこまでの技術力は備わっていなかった。


「クロスライトニング」

 どこから仕掛けてくるかわからないリドルをけん制するために、前方に向かって得意の魔導を放つ。雷光が一瞬にして室内を明るくした。


 床に寝そべる鞭をしならせその体躯を宙へ投げ出す。

 しどけなく垂れているだけだった鞭が、ルーダの手首の動きに応えて鋭く空気を裂いた。

 雷光が照らし出した室内に見えたものがある――利き手とは逆、左手側から近づいてくる黒い塊。いや、塊と呼ぶのは相応しくない。それは煙のように不安定に揺れていた。


 言うなれば闇だ。

 宙を泳いだ鞭がその闇を叩いた。

 ピシンッと鋭い音が鳴る。闇の向こう側の壁を叩いて。

 再び本能に引っ張られるようにしてルーダは前方に体を投げ出した。


「甘いわっ!!」

 後ろからリドルの声。そして衝撃。

 もんどりうつようにしてルーダは床を転がった。


「愚民が。軍人に逆らうことの愚かさを知れ」

 首筋から伝う汗が床に落ちる。

 今さらながら沸き起こってきた恐怖が体を支配して、体を捻ってその場から逃げることもできなかった。

 背中がジンジンと痛い。


「――――……っ!」


 喉元までせり上がってきた悲鳴が声帯を震わせる――前に、開け放したままだった通路に繋がるドアの向こうから悲鳴が聞こえてきた。

 役割を奪われたような気持ちで入口に目を向ける。

 悲鳴の他に聞こえてくる音があった。


「ちっ、こんなときに攻めてきやがったか」

 誰かの足音が近づいてくる。

 またドアの向こうから悲鳴――看守の中にも女性はいるのか甲高い悲鳴だった――が聞こえてきた。先ほどよりも近い。

 リドルと対峙していたときとはまた違う本能が訴えてくるものがあった。


「ルーダ!」


 どこか切羽詰まったような呼びかけの声と、ドアの向こうから四本足の動物が飛び込んできたのはほぼ同時だった。

 いや、動物ではない。動物などであるはずがない。


 最初に飛び込んできた鋼色の毛並みを持つ狼に似た魔に続くようにして、大量の蛾のような魔が室内になだれ込んでくる。

 本能は全力で逃げろと言っているのに、体はその意思に反して動いてくれなかった。

 それはリドルによって恐怖を思い出してしまったからなのかもしれないし、この状況で魔から逃げられるはずもないといつもの弱気な心が早々に諦めてしまったからなのかもしれない。

 飛び込んできた狼のような魔と目が合った。


「呆けてるな!」


 弾かれたようにルーダは身を起こした。

 遅れて魔が飛びかかってくる。寸でのところでルーダは魔の攻撃を避けることができた。


「エリスを頼む」

 戸惑うルーダを置いていくように、シックがルーダの腕の中に何かを押しつけてくる。訳もわからずそれを受け取ってから、それがエリスだとわかった。


 露出した肌に細かい裂傷と痣を作っているが、間違いなくエリスだ。照明となるものがろうそくの火しかないというのに、痛々しいその姿は鮮明に確認できてしまった。顔に傷がないことだけが唯一の救いなのか、それはエリス自身にしか判断が付けられない。


 ハッと思いだしたように室内を見渡す。

 飛び込んできた魔と、それらに対抗するために剣を振るっているシック、そしてルーダとエリス――先ほどまで確かにいたはずのリドルの姿がなくなっているのに気付いた。

 いつの間に、どこから。

 疑問には思ったが、魔と同時に相手にしなくても良い状況であることは正直にありがたかった。


「え?」

 声が聞こえたような気がしてエリスの顔に目を落とす。

 固く閉じられた目はそのままに、しかしかすかに唇が動いていた。

 口元に耳を近づけても、はっきりとエリスの声は聞きとれなかった。ただ一言だけ聞き取れたのは。


「……やめ、て」

 泣きそうな声だった。


 彼らが到着するまでの時間、何をされたのだろう。考えるだけで申し訳なさが溢れた。

 一刻も早くこの監獄から抜け出さなくては――そう思うと委縮していた気持ちが奮い立った。


 シックと攻防を繰り広げている魔たちを確認する。

 狼のような魔はシックが相手にできるだろうが、蛾のような魔は小さい上に数が多いのでシックでは荷が重いだろう。エリスを抱えたまま戦えるか不安だが、魔導を放つだけならばなんとか立ち回れるはずだ。

 右手を掲げる。


 監獄を揺らす爆音が轟いたのはそのときだった。


「わっ――!!」

 とっさにエリスを抱え込むように身をかがめて振動に耐える。

 爆音はそれほど大きなものではなかったが、間を置かずに断続的に何度も轟いた。

 天井からパラパラと埃が落ちてくる。

 部屋の外から聞こえてきていた騒ぎがより大きなものへと変化していた。


「ルーダ! 来い!」

 爆音の合間にシックの呼び声が聞こえてくる。

 顔を上げれば、狼のような魔を蹴り飛ばしたシックがルーダに向かって手を伸ばしているのが見えた。蛾のような魔共々無視する気らしい。

 揺れる足元に辟易しながら立ち上がる。シックの元まで駆け寄ると、腕の中のエリスを抱える役を受け持ってくれた。体力的な面から妥当な判断だろう。


「何が起きてるのっ!?」

「さあな」

 2人同時に独房を飛び出す。

 が、そのまま駆けだすはずだった足は、呆気に取られたように立ち止まった。通路が独房へと入る前に見た光景とまったく異なる光景を晒していたからだ。


 断続的に爆音が轟く中――その爆音が原因なのかどうかはわからないが、独房を仕切る壁は壊れ天井は崩れ始めていた。壊れた壁から逃げ出した囚人や看守たちが入り混じって逃げ惑い、そんな彼らを魔たちが襲おうとしている光景がそこかしこで見られる。それはまさに地獄絵図。

 監獄が魔の襲撃に遭ったことを好都合だと思っていた先ほどまでの自分をルーダは恥じた。

 看守はともかく、囚人は生身なのだ。魔への対抗手段が何もない。ただ襲われるのを甘んじて受けるしかない。


「…………行くぞ、ルーダ」

「え?」

 駆け出そうとしていたシックを信じられない思いで見る。


「い、行くって……でも! あの人たちが――!」

「俺たち2人で全員を助けられると? 俺たちの目的はエリスだ。それ以外は諦めるしかない」

「そんなっ――!!」


「ひゃっはー! オレ様のジャマするなんざ千年はやーい!」


 口論しそうになっていた2人の会話を遮ったのは、地獄絵図のようなこの光景の中にあって一際異質な楽しそうな声だった。

 シックと並んで声が聞こえてきた方向に顔を向ける。

 汚れた囚人服に身を包んだひとりの青年が、奇怪な笑い声を上げながら素手で狼のような魔を殴り飛ばす光景が目撃できた。


「おら、てめぇらそっちは渋滞してんだろ。こっちの穴から外に出な」

 階段に殺到する囚人たちを後ろから抱え上げ、壁に開いた穴から外へと投げ捨てる青年。

「よっしゃ、残りも続けや!」

 最後まで楽しそうに笑い続けると、残っている看守、囚人に呼びかけて青年自身もその穴から外へと飛び出した。


 シックと目を合わせる。

「あの穴から出たほうが早そうだ」

「う、うん」

 うなずいて2人もその壁の穴へと駆け出した。

 あの青年が誰かはわからない――囚人であることは確かだろう――が、無駄死が減ったのであればそれに越したことはない。いやらしい話かもしれないが、自分の力では何もできないという引け目も多少は和らげることができた。


「こ、ここから出るの?」

 辿り着いた壁の穴から外を見て、一度は萎えて再び奮い立った心がまたしても萎えていくのを感じた。


 高い。

 2階分なら大丈夫だと思ったのに、見下ろす地上は思っていた以上に高かった。


 腰を引くルーダをしり目に、穴に足をかけるシックが軽く肩をすくめる。

「運が悪ければ骨折くらいだ」

「たいしたことだよ、それ」

「ここで魔に襲われるのを待つか?」

「それはいやだよ」

「なら腹を決めろ。先に行くぞ」

「えぇ!?」


 言うが早いが、エリスを抱えたままシックが足をかけていた穴から外へと飛び降りた。迷いのない動きだ。こういうときにシックは訓練を受けた騎士なのだと実感する。

 恐る恐る縁から身を乗り出して下を見る。

 やはり高い。

 危なげなく着地に成功したシックが下で手を振っているのが見えた。


「うー……うー……」

 決心が付かずに意味もなく唸る。


 爆音はまだ続いていた。狼のような魔がその見た目を裏切らず吠える声も聞こえてくる。蛾のような魔は音を立てているのかどうかは知らないが、時折雑魚魔キューブの鳴き声が聞こえてくるのでキューブらもどこかにいるのだろう。

 この場に留まることの危険性と、飛び降りることの危険性。天秤にかけて計る。


 ルーダは目を閉じ、そして思い切って飛び降りた。

「わああぁぁぁあーーー!!!」

 落下の途中、恐怖に耐えきれなくなって悲鳴を上げる。

 無意味にバタバタと手足をばたつかせても、当然ながら落下速度が劇的に変わることはなかった。少し期待したのに。

 受身を取らなくては、と思ったときには既に地面は目の前だった。

 短い人生に別れを言う暇もなく、ぽすんと意外と軽い音を立てて体が止まる。


「男を抱く趣味はないんだけどな」

 ぼやくようにつぶやく声に遅れて、再度体に軽い衝撃が伝わってきた。体に、というよりか尻に、だが。

 顔を上げる。気を失ったエリスを抱え直しているシックと目が合った。


「……ありがと」

 パニックに陥っていた頭でも理解はできる。シックが受け止めてくれたのだということ。

 小声で伝えた礼の言葉に軽く肩をすくめて、さっさと歩きだしてしまったシックを追いかけて立ち上がる。

 歩きながら振り返り監獄を見上げると、何かが爆発する音は相変わらず続いていた。ルーダたちが飛び出してきた穴から魔が追いかけてくる様子はないが、いつまでもこの場に留まっていても良いことはないだろう。

 少しでも早く遠ざかりたい気持ちがルーダの足を小走りにさせた。


「どこに向かうつもり?」

「できるだけ遠くへ」


 会話をしながらエリスの顔を覗き込む。眉間にしわを寄せて固く瞼を閉じている顔が痛々しくて仕方なかった。

 ふとエリスが薄着であることに気づく。動きやすさを重視していると思われる服装では、砂漠の夜を過ごすのは辛いだろう。暦の上では夏が近いと言っても砂漠の夜は冷える。

 少し考えるように虚空を見やってから、ルーダは来ている上着を脱いでエリスの体に掛けた。


「おや、紳士的だな」

「う、うん、一応女性だから」

 からかうようなシックの言葉に曖昧な理由を返す。

 本音を言えば、リドルに痛めつけられたエリスの姿を見たくなかっただけだった。


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