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後日談4 - 英雄談義

後日談の締めくくりを同時更新しています。


ルーダとエリスがぐだぐだ駄弁っている話。

 生クリームの乗せられたプリンを小さなスプーンでひとすくい。恥ずかしそうにプルプル震えるそれを口に運ぶと、カラメルソースの絡まったそれが口内に幸せの味を広げてくれた。

 至福の時である。

 圧倒的に女性客が多いファンシーな喫茶店だろうと、この至福が味わえるのならば苦にもならない。好奇の視線に居心地の悪さを感じていたのは来店して注文するまでの間だけだ。

 だらしなく緩んだ表情を浮かべるルーダに、やがて生温かい視線が向くようになるまでに時間はかからなかった。

「幸せ~」

 弛緩した頬がさらにふにゃふにゃと緩む。


 と――

 不意に視界が暗くなった。

「だぁれだ?」

 誰かに背後から目を覆われたらしい。楽しげなその声には聞き覚えがある。

「エリス?」

「正解」

 手が離れて後ろから顔を覗き込まれる。イタズラっぽい笑みを浮かべるエリスに、ルーダも微笑み返した。

「久しぶり」

「ええ、久しぶりね」

 向かいの席に座ったエリスが、やってきた店員に注文をする。ルーダもついでに追加注文をした。


「シックは?」

「ナンパ」

「え゛」

 びきっと動きが止まる。

 瞬時に脳内を駆け巡ったのはシックに対する罵詈雑言だった。

「ウソよ」

 肩をすくめてエリス。

「街に入る前に別れたから何してるか私も知らないわ。野郎と甘いものに興味がないんですって」

「久しぶりに会おうとか思わないんだ」

 曖昧に苦笑するエリスに、ルーダは脱力気味に肩を落とした。

 約4年ぶりの再会だというのに、シックは相変わらずらしい。


「でもまだ一緒に行動してるんだね。1年くらいで別れると思ってたけど」

 2人の性格から考えると、そんな未来しか想像できなかったルーダだ。シュキハも憎々しげに早々に別れてしまえとつぶやいていた記憶がある。

「別れるもなにも、別に付き合ってないわよ」

「え? そうなの?」

 意外な言葉にきょとんと目を瞬かせる。

「好きだとは言われたけど付き合おうとかはないわねぇ」

「なんで? 好き合ってるんじゃないの?」

 言いにくそうにエリスが唸る。

 確かにシックは褒められるほど性格がいいわけではないし、女性に対して馴れ馴れしすぎて軽薄だし、いまいち誠実さとはかけ離れているけれど。

(あれ? ろくでもないな)

 改めて思うとろくな男ではない。こんなのと付き合ったら苦労すること必至である。

 だからなのか。


 テーブルに注文のスイーツが並べられたところで、ようやくエリスは口を開いた。

「なんて言うのかしら。お互いにさ、やっと冷静になれてきたって言うか」

 言葉を選ぶようにして慎重に答えるエリス。よりも、旬の果物がどっさりと積まれたパンケーキのほうに視線が向いてしまうのは、最近染み付いたルーダの悪い癖である。

 迷い淀みのない優雅な所作でナイフを入れるエリスの動きについつい注目してしまう。

 その間もエリスの話は続いていた。

「お互いに吊り橋効果があったと思うのよね。あれからもう随分と時間が経ったし、良いとこも悪いとこも見え始めて、気持ちが本当なのかやっと判断できるようになったの」

 ルーダには理解できない分野の話である。

「それで? 結局エリスはどうなの?」

 理解できないからこそ遠慮なく直球で尋ねたら、困ったように苦笑いされた。

「嫌いじゃないわ。普通に好きよ。でも付き合うとかはないかしら」

「なんで?」

「なんか違うのよね。一緒にいるのは結構楽しいけど、だからって付き合うかと言われたら拒否するわね。たぶん、あっちもそうなんじゃないかしら」

「ふーん?」

 さっぱり理解できない。

 恋愛経験が多い2人だからこそなのだろうか。


「そういうあんたはどうなの? 誰かいい人できた?」

 それ以上の追及を逃れるためか、矛先はルーダに向いた。

 途端に沈んだ。気分だけではない。上半身も机に突っ伏した。

 今日、一番振られたくなかった話題である。

「なに? どうしたの?」

 口内に広がっていた幸せな味が無味になっていく感覚を味わいながら、ルーダはのろのろと体を起こした。

「ナルに、よく合コンに連行されるんだ」

「へぇ。確かにあの子顔広そうだもんね」

「可愛い子も美人な子も普通の子もいっぱいいるけど……」

「けど?」


「みんな狩人の目をしてるんだ!」


 両手で顔を覆う。脳裏に浮かび上がる、ギラギラした目を笑顔で隠そうとしている女性たちの顔。

 思い出すだけでもトラウマである。

「おれが三英雄のひとりだからって、ただそれだけの理由で近づいてくるんだよ。女怖い女怖い」

「それは……被害妄想よ。みんながみんなそうってわけじゃ――」

「でもナルが言ったんだよ! あれが女の本性っしょ。隙を晒したら少年みたいなマヌケなオスは一気に食い尽くされるって! オンナコワイオンナコワイ」

「……あんたの傍にいるその性悪女より怖い女の子なんてそうそういないと思うわよ?」

「気休めなんていらないよ!」

 ガタガタ震えるルーダに向けられる視線には、多分に哀れみが混じっていた。

 もちろんナルが諸悪の根源であることはルーダもわかっているのだ。わかっていても怖いものは怖いのだから仕方がない。

 ルーダの不幸はナルに出会ったことだ。


「そ、それより、魔導学校はどうなの?」

 無理やりに話題の転換がされて、ようやくルーダの震えは落ち着いた。

 が、気分はさらに落ち込んだ。

「なに? 今度はなんなの?」

 しくしくと泣き出したルーダの頭を、エリスが慌てたように撫でてくれる。テーブルを挟んでいたのにわざわざ回り込んで。こういうところがエリスは本当に面倒見がいい。

 単に周りの視線が痛いだけだったとしても、今のルーダにはその優しさが嬉しかった。

「入学手続きは問題なく進んだんだよ。学校のほうも歓迎してくれてさ」

「うん」

「なのに入学日当日、な、ナルがぁー……」

「あー」

 今度こそ泣き出したルーダの頭を撫でながら、エリスの目はどこか遠くを見つめていた。

 そんなことはお構いなしに、ルーダの口は止まらない。

「あんなとこ行くだけムダけ、師匠のところに来ればいいっしょ――て!」

 今でも夢に見る。

 影に沈む体。遠ざかる魔導学校。ケタケタ笑うナルの声。

 悪魔はあそこにいた。


「じゃあ、あんたはパレニー様の弟子になったってこと?」

「それが……」

「違うの?」

 こくりとうなずく。

 パレニーの弟子になれていたならばまだ良かった。あの人は徹底した放任主義者だけれど。

「ナルの弟子ってことになってる」

 絶望的な気持ちで吐露する。

 耳の奥でこだまするナルの笑い声に、ルーダは身を震わせた。

 ナルはパレニーとは教育方針がまるで異なる。徹底したスパルタだった。

 旅の途中でいろいろ教えてくれたときは、あくまで他人に対するアドバイスだからと優しくしていたらしい。本性を露わにしたナルは、それはもう恐ろしかった。

「今でも週8回は吐いてる」

「うわ」

 それ以外言える言葉はなかったのだろう。その一言の呻き声に、感想のすべてが詰まっていた。


 深く吐息する。

「でもおかげで魔力量が1.3倍増えた」

 毎日毎日魔力が尽きるギリギリまで魔力を放出させられれば、嫌でも魔力量が増えるというもの。同じようなことをしていたナルも同じように増えていたし、苦しかったのはルーダだけだったわけではない。

 それでもルーダには辛かった。特にナルの無茶振りには毎回泣かされた。


「純粋な質問なんだけど、今はどっちが強いわけ?」

「おれ」

 ほぼ即答で返す。

 これは本当だ。純粋な魔導勝負ならばナルよりもルーダのほうが強い。それはナルも認めている。

「でも勝てない」

「なんで?」

「――っナルが姑息なんだよ!」

 言葉による揺さぶり、挑発、それら精神攻撃がナルは驚くほど巧みだった。集中力が強さにつながる魔導師にとっては、実に有効的な戦法だとは思う。利口なやり方だろう。

 が、だからと言って模擬戦で本気で精神を抉ってくるナルを手放しで褒められるはずがない。

 精神を鍛えてやっているっしょ、などとのたまうナルに感謝など誰ができる。

「あんた、一生そうやってあの子に泣かされるんじゃない?」

「不吉なこと言わないでよぉ」

 再びテーブルに突っ伏す。頭の上から遠慮するように笑う声が聞こえてきた。


「ああ、そうそう、シュキハのこと聞いた?」

 あまり長い間ルーダを凹ませているのも気が引けたのか、エリスが話題を変更してくる。快くそれに乗っかる形でルーダは顔を上げた。

「争奪戦のこと?」

「そうそれ。なんかあれね、進化してるらしいわよ」

「進化?」

 三英雄のひとりとしてシュキハの名が広まったと同時に起きた事件がある。シュキハ嫁取り合戦である。

 家柄良し、稼ぎ良し、顔も悪くない、と三拍子揃ったシュキハを放っておく男はいない。本人が凶暴という点を除けば、嫁としてこれほど優れた女性はいなかった。

 が、素直に嫁に行くほどシュキハは甘くない。

 自分より弱い奴に興味はないと言ってしまったのがまずかったのだろう。シュキハに勝てば即結婚、という頭の悪い曲解が広がり連日連夜シュキハの下には挑戦者が詰めかけた。

 最初は鍛錬の相手が増えたとばかりに喜んでいたシュキハだったが、それが2ヶ月ほど続いたころにトウナが(・・・・)キレた。

 鬱陶しいから求婚者の中で一番強い奴とだけ対戦しろ、と。

 そこから始まったのが、シュキハ争奪大会だ。優勝者だけがシュキハに求婚という名の挑戦ができる。

 不定期開催で、今まで3回ほど開催されていずれもシュキハ勝利で終わっている。

 それが進化したというのはどういうことだろうか。


「ついこの間も開催されたようなんだけどね、大会の意味を理解してない参加者が多かったらしいのよ。女の人とか妻子持ちとか」

「もう普通の武闘大会だね」

「そうね。しかもなんか知らないけど、トウナも参加したらしいわよ」

「あー……うん、なんとなく予想できてた」

 容易に想像できる。嬉々として予選から参加して決勝まで勝ち上がるトウナの姿が。

「あれはもうただの公開兄妹喧嘩よ。大会はただの前座」

「あ、はは」

 シュキハもシュキハできっと嬉々としてトウナと刃を交えたに違いない。今のところシュキハには、トウナくらいしか本気で戦える相手がいない。それはもう楽しかったことだろう。

「あの子結婚できるのかしらねぇ」

「選り好みしなければできるんじゃない?」

「どうかしら」

 想像してみる。シュキハのお嫁さん姿を。

 できなかった。

 まったくこれっぽっちも想像できなかった。


「でも、いつかはするんでしょうね。血は繋げないとって言ってたし」

 ぽつりとこぼすように言うエリスは、どこか羨ましそうに見えた。

 パレニーが裏から手を回して偽造した戸籍しか持っていないエリスだ、結婚は恐らく不可能だろう。事実婚はありえるかもしれないが、それは果たしてエリスの望む形かはルーダにわからない。

 わからないと言えば、仮に結婚できたとしてもその相手がシックかどうかもルーダにはわからなかった。先ほどエリスが言った通り、2人の行き着く先が恋人以上だとは思えないからだ。

「あんたはできなさそうだけどね」

 ものすごい勢いで言葉が胸に突き刺さった。それはもうぐっさりと。

 しくしく泣くルーダの頭を、今度はエリスも撫でなかった。冷たい。


「あ、そうだ」

 結婚という単語でふと思い出したことがあった。

「ナル、今度結婚するって」

 エリスが吹き出した。

 いや、吹き出す直前で耐えたからギリギリ吹き出してはいないけれど、激しく咳き込んでいる。

 爆弾発言だったらしい。

「は? あ、あの子が?」

「うん。なんかナルに連行されてそこの通りを歩いてたらさ、男の人がすごい形相で近づいてきて、今すぐ結婚だ! とか叫んだと思ったらあっさりナルがオッケーしちゃってさ」

 あれはいつのことだったか。つい最近だったような気がする。

「なにそれ」

「さあ? でも約束はしてたらしいよ。予定はだいぶ早まったみたいだけど」

 元よりナルの価値観はルーダ――というか世間一般――の斜め上を爆走しているので、あの程度では驚かないルーダがいる。

 なんかものすごく男の人に睨まれたから、何かしら勘違いされた可能性は大いにあるけれど。ルーダの知ったことではない。

「式は挙げないって言ってたし、パレニー様もその人は庵に入れたくないって言ってたし、どうなるんだろうね?」

 結婚してあそこをナルが去ったとしても、ルーダの生活にあまり変化はないだろうと思う。影移動が可能なナルなら毎日普通に通ってきそうだ。

 性格は割と破綻しているけれど、ナルはどちらかと言えば主婦向きな気もする。家事能力の高さから言っても。

「パレニー様は?」

「ナルの好きにすればいいってさ」

 反対はもちろん賛成もしなかった。ただ興味がなさそうに、ここには来させないでね、と言ったのみだ。

 あの徹底した他人排他主義ぶりは、見ていて不安になる。ティッケに悪影響を与えないかの点で。


「変な人だけど、あの人には感謝してるわよ」

「いろいろ良くしてもらったから? あ、定期健診もしてくれるもんね」

「違う違う。オルフェの相手をしてくれるからよ」

 ものすごく説得力のある理由だった。思わず遠い目をする程度には。

 エリス大好きと公言して憚らないオルフェは、暇になるとエリスに会いに行っていると聞いている。庵が静かなときは出かけているのだとわかるほど、彼女の存在感は特大だった。

 そういえば最近はあまり出かけずに、パレニーの研究室に日がな一日入り浸っていたような気がする。

 また一緒になってろくでもないことを企んでいるのだろうか。この間なんてファーニ・エモの街を召喚獣が闊歩する、やたらファンシーな街にしたて上げていた。研究室にあふれかえっている召喚獣を街に放牧するのを提案したのは確かオルフェだったはずだ。

 もっとも、ファンシー都市になったおかげで観光客が増えて、街の収入が増えたのも事実である。魔導師にしか見向きもされなかった街なだけに、街の住人は戸惑っているらしいけれど。

「まぁ、みんな落ち着くところに落ち着いたって感じかな」

 投げやりにざっくりと総括すると、苦笑と共に同意された。

 変わらない人は変わらず、変わった人は変わった。来年の今ごろはまたどう変化しているのか、楽しみのような不安なような。


「あ」

「ん?」

「ちょっと話に夢中になりすぎたかしらね」

 通りに面した窓に目を向け、エリスが言った意味を理解した。

「じゃ、私行くわね」

「うん。今日はありがとう。今度はシックも連れてきてね」

「努力するわ。じゃあね」

 足早に店を出て行くエリスを見送り、再び窓の外に目を向ける。

 久方振りに見るシックは、どうやらエリスの素直ではない性格に少しだけ影響されたようだ。店から出てきたエリスと合流したシックにわざとらしく手を振ってみると、苦虫を噛み潰したような表情をされた。

 迎えに来たのならもっと目立つところで待っていればいいのに。


 路地裏に消えていく2人を見送り、ルーダは何度目かになる注文をまたするのであった。


久しぶりと言いつつ、ルーダとエリスは結構頻繁に会ってスイーツを食べています。ルーダをスイーツ大好きにしたのはナル。


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